太陽の光
三題話
お題
「おだてる」
「気難しい神さま」
「古代」
平日の昼下がり、公園には誰もいない。
芝生の上に寝転んで、空を見上げると雲一つない青空が広がっている。
まだまだ寒い日が続いているけれど、太陽は元気に活動しているようだ。
こんな風に大の字になって寝転んだのは、何年振りだろう。とても気持ちが良い。
太陽をぼんやりと眺めていたら、急に目の前が真っ白になり、ぽすんとお腹の上に重さを感じた。
ホワイトアウトした視界が元に戻ると、お腹の上に子供が乗っていた。
「女神様だぞ。お兄ちゃん」
それは五歳くらいの女の子。自称女神様。
とりあえず体を起こそうとすると、チビ女神は俺の上から軽快に飛び降りた。
「誰だよ、お前」
「だーかーらー、女神様なの。太陽をつかさどってるの」
「へえ、太陽神なわけね」
太陽ならゴツイおっさんをイメージしてたけど。
まあこういうのは何でもアリなのか?
「そうなの。あたし、えらいの」
「で、何をしてくれるんだ?」
「えーと、きなこ棒ちょうだい」
「それでいいのか! というか要求するモノが地味だな」
「でも何も出来ないのです」
えっへん、と胸を張るチビ女神。
俺は座っていて、チビ女神は立っているから、下から見上げるかたちになるのだけれど、全く膨らみはなかった。
女神様といえばスタイル抜群なお姉さんのはずなのに、ここにいるのは幼児体型どころかそのまま幼児の姿をしている女神様だ。
「じゃあ何しに来たんだよ」
「お兄ちゃんが呼んだんだよ? 何か悩みでもあるんじゃない?」
「悩みなんて、別に……」
彼女が欲しいとか彼女が欲しいとか彼女が欲しいとか、ほんの少しだけ思っていたりはするけれど。こんなチビ女神に打ち明けるような悩みはない。
「ほらあ、あるでしょ? 例えば彼女が欲しいとか」
「んなっ、心が読めるのか!?」
「ううん。適当に言ってみただけだよ?」
「…………」
「ごめんね、お兄ちゃん。当たってるとは思わなかったの……」
語尾が小さくなり、手をもじもじさせながら俯いてしまったチビ女神。
そこで謝られると余計傷付くよ。
「あー……そういえば、お前の名前は?」
「ロリ子」
「は?」
「そこは『ん?』と返さないとだめだよー」
ロリ子、ん。
何を言わせるんだ。
「……はあ。で、本当の名前は何だよ」
「ソレイユだよ」
「えっと、それって確かフランス語だよな。お前はフランスの神様なのか?」
「ううん、あたしは日本の神様だよ。だから綺麗な黒髪でしょ」
「じゃあその名前は……」
「さっき考えたの。てへっ」
「はいはい、そうですか」
そんな適当でいいのかよ。神様の名前って。
こいつが適当なだけ、という気もするけど。
「まあいいや。それで、何歳なんだ?」
「白菜」
ぽかっ!
「んぎゅっ」
「で、何歳なんだ?」
「もう、叩かないでよぉ。そもそも年齢という枠は存在しないの。あたしは地球が誕生する前からいるけど、ただそれだけのこと。神様は何歳でもないんだよ」
「はあ……分かったような分からないような」
「分からないのも当然。お兄ちゃんはニンゲンだもん」
それは、そうかもしれない。
でもこの姿で言われると腹が立つな。
「……それよりどうして子供なんだ?」
「それはお兄ちゃんの趣味でしょ? あたしたちは求めた人の思考に左右されるから、見た目だけじゃなくて言動もそれっぽくなっちゃうの。お兄ちゃんがロリコンさんだから、こんな子供の姿で出てきちゃったんだねぇ」
「ばっ、お、お前が勝手にその姿で来たんだろ。俺はロリコンじゃねえ!」
勘違いしてもらっては困る。
俺は髪を三つ編みにして眼鏡を掛けている巨乳の女の子が大好きなんだ……それは嘘だけど。
でも少なくともロリコンではない。
「そんなに強く否定しなくてもいいのに。自分で認めちゃってるようなものだよ?」
こいつ、外見は子供なのになかなか面倒臭い。
適当にあしらうのが、正しい対処法だな。
「ああ、そうだな。子供の姿で現れてくれてありがとう」
「別にあんたのためにしてるわけじゃないんだからねっ」
「…………」
「あれ?」
「いきなり何だよ」
「だってニンゲンはこういうのが好きなんでしょ? ツンデレっていうやつ」
「何でお前がそんなこと知ってるんだ」
「あたしはツンデーレ様だぞ!」
「名前が変わった!?」
「ツンデール様だぞ」
「人生に行き詰まってそうな名前だな」
「ジングルベール様だぞ?」
「もう原型が分からねえよ!」
「甘いね、お兄ちゃん。『クリスマス』から『年末』を連想させることで、『終わり』を表現しているんだよ。だから『人生に行き詰まっている』という言葉と繋がるのです」
「……ああ、全く分からん」
どうして途中から連想ゲームになったんだ。
いちいちツッコミを入れる俺も馬鹿なんだけどな。
「ふんっ」
急にそっぽを向いてしまったチビ女神。さっきから展開が全く読めない。
「おい、ツンデレはさっき終わっただろ」
「ふんっ……反抗期なのです」
「第二次性徴が始まってたのかよっ!?」
「難しい年頃なのです」
「めんどくさいなあ」
「ふんっ、お兄ちゃんなんて大嫌い」
「ああ、俺だって嫌いだよ」
「…………」
「…………」
「ごめんね。お兄ちゃんにとってそれくらいの女の子はもうババアだよね……」
「どうしてそうなるんだよ!」
思春期の子がババアだったら、俺のストライクゾーンはかなり低いところにあるんだな。
んなわけあるか。女の子の趣味は普通だよ。
女子高生ひゃっほい!
「大丈夫だよ。あたしはお兄ちゃんの味方だからね」
「もうどうでもよくなってきた」
再び寝転がると、初めと同じようにお腹の上に乗ってきた。
あまり動かれると気持ち悪くなる。
「ねーねー、いじけちゃったの?」
「別にいじけてねえよ」
「じゃあどうしたの?」
「……お前の相手するの疲れた。もう十分楽しんだだろ。そろそろ帰りな」
ひらひらと手を振ると、チビ女神は黙って俯きながら立ち上がり、俺の横腹をつま先で蹴飛ばした。
「ぐがっ!」
一瞬呼吸が止まった。横腹がじんじんと痛む。
「ふんだ、そんなこと言う人は大嫌い」
そっぽを向いた横顔は、さっきのものとは違い、頬を伝う一筋の何かが見えたような気がした。
子供相手に言い過ぎたか。
「ごめん。言い過ぎたよ」
「つーん」
「ソレイユは素敵な女神様だよ。ちょーぷりちー」
「そんな言葉には騙されませんっ」
「あとできなこ棒を買ってやるから」
「……モノで釣られる神様はいません」
「よし、おはぎも付けよう」
「お兄ちゃん大好き!」
「切り替わり早いな! というか本当に好みが地味だな!」
きなこ棒とおはぎで買収された女神様。
機嫌を戻したチビ女神は、俺に飛び掛かるように抱きついてきた。
安いもんだ。
「まあ嘘だけどな」
「むー、お兄ちゃんひどい。嘘を吐く人にはオシオキが必要です」
「どんなお仕置きなんだ?」
「古代から受け継がれてきた究極奥義――」
そう言って両手を天に掲げるチビ女神。
この構えは、まさか、あの大技なのか。
それなら少し楽しみ……かも?
「――なんてものはないけど」
「ないのかよっ!?」
「でも日本三十年の歴史が生み出した技なら……」
「浅い歴史だな。バブル経済に掛けてシャボン玉でも出すつもりか?」
「先にネタバレするなー!」
「当たってるのかよっ!?」
もうとっくにバブルは崩壊してるけどな。
チビ女神がポケットから取り出したのは、良く見掛けるシャボン玉液の容器とストロー。
どうしてそんなものを持っているのか。神様もそれで遊ぶのだろうか。
先にネタバレされてしまったチビ女神は、黙ってそれをポケットの中に戻した。
「あ、もうすぐ日が沈んじゃうね」
「そうだな。いつの間にかそんなに時間が経ってたか」
辺りはオレンジ色に染まり、もうすぐ夜になろうとしている。
「夜になったら、お前はどうするんだ?」
「太陽があるうちしかここにいられないよ。だから、もうすぐお別れ」
チビ女神は太陽に向かって手を伸ばして、静かに呟く。
「お兄ちゃん、今日はありがとね」
「ん、ああ。こちらこそ」
太陽が沈んで辺りが暗くなると、俺の目の前にいる女の子の姿も消えていった。
「本当に女神様だったのかな」
ただおしゃべりをしただけだったけれど、それ以上の何かを手に入れたような気がした。
◇
次の日の昼下がり。
俺は昨日と同じ公園の同じ場所へ来ていた。
この芝生の上で、ソレイユと出逢った。
「また来たの、お兄ちゃん?」
振り返るとそこに、昨日と同じチビ女神がいた。
「毎日お暇なんだね。お兄ちゃんはもしかしてニートなの?」
「暇なのは否定しないが、大学が春休みなだけでニートではない」
「それであたしに会いに来るなんて、やっぱりお兄ちゃんは……」
大学に入ってから初めて出来た友達がこんな子供だったということは、誰にも言えない。
太陽の光