僕のバツ
三題話
お題
「×」
「キチガイ」
「ブロッコリー」
風が吹いている。
太陽は僕に光を注ぐ。
空は雲一つない青色。
僕はフェンスに背中を預けた。
カシャン、と寂しい音がした。
…
あれはいつのことだったか。
誰かが僕の頭を見てマリモだと言い出して、いつの間にかブロッコリーとなり、最後には何も言われなくなった。
その頃には、僕は教室内で孤立していた。
孤立するきっかけは自分で引き起こしてしまったのだからそれは甘んじて受け入れている。
だけどその経緯には納得していない。
ある日、いつものように三人組が僕の机の周りに集まってきた。
友達ではない。イタズラ好きといえば聞こえが良いが、要は僕をイジメの標的としているのだ。
その日三人は僕の教科書やノートを笑いながら窓の外へ放り投げていった。
一人は僕の机の上に乗って、飛び跳ねている。
バサバサと教科書は舞い、僕の机は占拠されている。
教室内の人は誰一人として三人に何も言わない。それどころかここでの出来事は存在しないものとして無視されている。
それすらもいつもの光景なのだけど、その時の僕はどこかが違っていた。
机の上で飛び跳ねているヤツの腰を掴んで、投げ飛ばしていた。
投げ飛ばしたといっても、机の上から突き落とす程度だったが……。
僕の教室内での席は窓際。
そして三人が僕の教科書を外へ投げ捨てていたから窓が開いている。
僕は初めての反撃で、窓から人を突き落としたのだ。
幸いにも教室は二階で、頭を打ったが命に別状はなかった。
その後は救急車が来たり、担任の先生から事情を訊かれたり、親が呼び出されたりして大変だった。
三人組の内残った二人は僕を指さし、コイツがいきなり突き落とした、と言った。
クラスメイトは一様に、何も見ていないから分からない、と言った。
そして僕は、何も言わなかった。
もちろん経緯は説明した。外に落ちている教科書のことも、机の上に残された靴跡のことも。
これまでのイジメだって、先生もクラスメイトも知っているはずなのに、誰も何も言わなかった。
だから僕は何も言えなかった。
母親がやってきて、僕にビンタをした。泣きながら、何てことをしたの、と怒鳴った。
病院へ行き、落ちた子の母親に深く頭を下げた。
僕の両肩を掴み身体を揺さ振りながら、うちの子が何をしたというの、と叫んだ。
その問いに、今までずっとイジメられていたから、と答えると、うちの子がそんなことするわけないじゃない、と余計に怒鳴られた。
僕の母親は、ひたすら頭を下げて謝罪の言葉を繰り返すだけ。
僕の話を聞いてくれる人はどこにもいなかった。
…
ここは二十階建てマンションの屋上。この辺りでは一番高い建物で、遠くまで見渡すことが出来る。
屋上へ続く扉には鍵が掛けられていて、管理人じゃないと立ち入ることは出来ない。
でも、その鍵が壊れていることは、ここに住む子供のほとんどが知っている。
きっと大人も何人かは知っているだろう。管理人にも伝わっているだろう。
それなのに鍵は壊れたままで、放置されている。
忙しいのか、単に面倒だからなのか、お金がもったいないのか。
それとも二メートルほどのフェンスがあるから安全だと思い込んでいるのか。
僕は学校があるほうを見る。
あの事件以来僕の周りは静かになった。イジメを楽しんでいた三人組はともかく、元から友達と呼べるような人はいなかったけど、少なからず話をする人はいた。それすらもいなくなった。
イジメが苦になったとか、味方がいないとか、そんなことは関係ない。
僕は下の道路を見る。
車や人が左右へ流れてゆく。街路樹がざわざわと揺れる。
親に見捨てられたとか、理不尽に責められたとか、そんなことは関係ない。
個人的な理由は、外へ出た瞬間に霧散して意味を成さなくなる。
だからこれはそういうモノではなくて。
僕は目を閉じて身体を前に倒した。
◇
そう、これは罰なのだ。
でも明確に罪というようなものがあるわけではない。
世界の中にあり、社会の中にあり、そして人々の中にあるもの。
間違ってはいない。だけど正しくはない。
そんなモノは主観的なものでしかなく、客観性を欠いている。
絶対的な基準はどこにもない。
だからこそ、これは罰なのだ。
希望もなく、悲観もなく、ただ泣くことしか出来なかったココロ。
だから、僕は……。
このキチガイじみた世界にバツ印を付けたかったんだ。
僕のバツ