虚勢の紅茶
第二部 新米顧問と、
「それで、バイトしてんの?いろはちゃん?」
グレーのスーツを身に着けて縦ストライプの青い線が入った白いシャツを中に着て、赤いネクタイを締めている。不機嫌そうな顔とポマードで頭を固めた若い男が厳しい口調で言った。
「最近、生徒会にあんまり顔出さないし、サボってんのかなーって思ってた訳だよ」
「そしたらバイトやってるとか、先生の耳に入るじゃん?学院がバイト禁止って知ってるでしょ?一応、いろはちゃんって会長だし」
その言葉に髪の毛が赤く眼鏡をかけてショートカットの少女は笑いながら、拳をゆっくりと握りしめて、そのポマード男に質問した。
「青桐先生?その、私がバイトしてるって誰から聞いたんですか?」
その静かな声に髪の毛が黒く、学ランを着けた目の大きい少年が瞬時に手を上げて「いろは会長!青桐教員に会長が隠れてコソコソとバイトを勤しんでいる事をバラしたのは僕です!」堂々とした自信に満ちた声で言った。
「あら、余計な告げ口どうも、あ・り・が・と!」
私は目の前にいる唇を上げてニコニコと微笑んでいる、バカの広坂に向かって握っていた拳を振り下ろした。
パァン!
「んふぅ!」広坂は気持ちの悪い声を漏らした。
その光景に生徒会顧問の青桐先生は、厳しい表情をさせて言う。
「おいおい、先生の前で暴力はいかんぞ、そういのは先生のいない所でやりなさい!最近、厳しいじゃん?そう言うの、ラブあんどピースを分かち合いなさい!」
「青桐教員!これは決して暴力ではありません、この行為はまさに、いろは会長からの好意!いろは会長はスキンシップが下手なだけです、いわゆるツンデレ!あくまで愛情表現が下手糞なだけです!」
そしてこっちを見て微笑む。広坂、頬っぺたが赤いぞ。
「そうなのか?いろはちゃん、しかしこれはまた珍しい、眼鏡を着けたツンデレ属性とは、普通はツインテの割合が多いじゃん?」
その言葉に広坂は四角い椅子から立ち上がり「流石です、青桐教員!いろは会長は確かに、希少種でして…」
「んな訳、ないでしょ!広坂とスキンシップするくらいなら、伸びたウドンとスキンシップを取った方がいいわよ!」
広坂は少し考えるようにして「いろは会長、意味が分かりません」
「っ、うるさい!さっさと帰れ!」
私はムカついたので、広坂の飲んでいたダージリンのお湯を出すコップを取り上げた。
「あぁ、まだ飲んでないですよ」
私は広坂を無視してポマードの匂いがキツい青桐先生に向かって尋ねる。
「青桐先生、私、ここの喫茶店の倉庫をその、いろいろありまして弁償しないといけないんです、それでバイトを続けたいんですけど」私は落ち着いた口調で言う。
「いやな、別に先生はいろはちゃんがバイトを辞めさせる為に、ここに来たんじゃないんだ」
私は思わず「そうなんですか?」と言った。
「だってさぁ、学生だぜ?合法に仕事しないで遊べる訳じゃん、スーパーもったいない!」
青桐先生は続ける。
「正直、先生、もう仕事辞めたいよ!教頭、カツラの癖にウザいし、俺に面倒くさい仕事振ってくるし、たまに横にカツラがズレてるし、会議中に何してくれてるの?一種の犯罪だろ」
私は教頭のカツラを思い出す。そしてその物体を思い出す。まぁこれも犠牲なのだ、そして本体なのだ。私は青桐先生に別の質問をした。
「今言ってた、面倒くさい仕事って何ですか?」
「生徒会の顧問だけど?」
「は?」私は思わず声を発した。
そこで、広坂が私の手にあったダージリンの入った縁が金色のコップを奪い返しながら言った。
「部活動やサークルの顧問の教員はボランティアとして協力してますからね、どんなに放課後に活動したとしても賃金は発生しませんから、まさに馬車馬ですね」
青桐先生はゆっくりと話す。
「先生が言いたいのはな、大人になったら嫌でも働くじゃん、何が悲しくて今の時間を売るかって事を伝えたいの」
私はその青桐先生の文句に冷静に返答する。
「いや別に私、バイトしたくてやってるんじゃないですからね!弁償の額の分まで紅茶を売り歩きしないといけないんです」
「売り歩いてないですよね!お客様がいない時はアップルティーを飲みながらテレビ観賞して、中年のおばさま方みたいにダラけてるだけでは…」
「ツッコミの後半、必要かしら?」広坂にニッコリと微笑む。
「しかし事実ですし」広坂は両手を上げた。
腕を組みながらスーツにシワを作り始めた青桐先生は言った。
「まぁ、実際、先生に関係ないし、いろはちゃんがどうなっても知らないし」
「もう少し、顧問として、教え子に興味を抱いたらどうですか?」
私は眉間にシワを作った。
すると広坂が明るい表情を浮かべて声を発した。
「その通りです!青桐教員!まず、いろは会長のこの、学院とは違うバイトでの制服の姿!白いエプロンに小豆色の洋服、オシャレなスカート、まさに洋菓子の木箱に入った栗まんじゅうですよ!」
「最後の例えが何かしら、苛立ちをうけるんですけど」私は軽く微笑む。
「ふむ、メイド服とは違うな、服の全体は西洋の特徴がはっきりと分かるが、デザインからは旅館の女将を感じるそして、日本の伝統的な文化を感じる」
「つまり栗まんじゅうじゃん?」
「いい加減にしろよ!もう、学院に帰ろよ!お前ら2人」
私はそう言うと手をサッと振り上げて、喫茶店の入り口の方に指を指した。だが広坂は困った顔を作り出して「いろは会長、青桐教員はまだ、会長の入れた紅茶を飲んでないんですよ!何の為に学院をサボってここに来たのか分からないでしょう!」広坂は青桐先生に向かって指を指した。
青桐先生はウンウンと頷いて「その通りだぞ、いろはちゃん!先生はまだ学院に帰りたくないの!」
「赴任、1年目で調子乗り過ぎだろ、こいつ」私はボソリと小声で言った。
「それで先生はコーヒーとか入れましょうか?何か先生のイメージってブラックコーヒーをすすってる感じなんですけど?」
その私の言葉に青桐先生はニッコリと笑い。
「先生はコーヒーが好きだぞ!ミルクが10、コーヒーを0で割ってくれ」
私はおもわず、ゴホッゴホッと咳をして青桐先生に言った。
「先生!それって100%のただの牛乳ですから」
「あと、レンジでチンしてくれ、先生はあの浮いた白い膜が好きなのだ、ついでに砂糖も入れて」
青桐先生は鳴らない指パッチンをしてみせる、その様子を見ていた広坂も続けて喋る。
「驚きましたね!まさか青桐教員がここまでコーヒーにこだわりのある方だったとは!この広坂!感服いたします!」
「もう、水道水でも飲んでろ!」
いろは会長の声が喫茶店の中で響き渡った。おそらくその声は外まで聞こえたのかもしれない。
チャリーン、チャリーン…
入り口のドアに付いている鈴が、窓から入ってきた風で揺れて音が鳴った。つむじ風も紅茶を飲みに来たのであろうか?
ここは七色喫茶、学院と商店街の間にある、小さな喫茶店。落ち着いた雰囲気と古ぼけた家具と大きな古時計が置いてあるだけのお店、だけども紅茶の味には自信があります。また一度、ご来店の方を御待ちしております。
虚勢の紅茶
第三部もまた来てねー