夢の中、現実の時間
三題話
お題
「待ちなさい」
「ライオン」
「子供の想像力」
一日目、僕は草原にいた。
日差しが強く、とても暑い。
適当に歩いていると、大きな木の陰に立派な鬣を持つライオンが眠っているのが見えた。
…
三日目、僕はライオンを起こさないように、そろりそろりと歩いていた。
でも、ライオンは顔を上げて、僕の姿をしっかり捉えていた。
…
七日目、ライオンは僕を見詰めたまま、のそりと立ち上がった。
僕が走り出すと、ライオンも僕を追い掛け走り出した。
…
最初の夢から一ヶ月。
七日目からは追い掛けられている途中で目を覚ます。
初めはかなり距離があったのに、日に日にライオンが近付いてきているように感じる。
追い付かれたら、僕はどうなってしまうのか。
やっぱり殺されて食べられてしまうのだろうか。
◇
「マサオ、早く食べなさい」
突然の母親の声に、びくりと体を震わせる。
平日の朝、自宅のリビングで朝食を摂っている。
「……は、はい」
急いでトーストとスクランブルエッグを掻き込んで、カフェオレを飲んで強制的に流し込む。
「ほら、早くしないと学校に遅れるわよ」
「……はい」
ランドセルを背負って、玄関へ向かい、靴を履いて外へ出る。
「いってきます」
朝にばたばたと忙しくしている母親からは、何も言葉は返ってこなかった。
…
マサオは有名私立大学の付属小学校に通っている小学六年生。
レベルの高い学習環境の中で、学年トップクラスの成績を維持しているのは本人の努力の賜物。
良い成績を取ると、両親は褒めてくれる。褒めてもらえるから、マサオは勉強することが苦ではない。むしろ好きだった。
逆に成績が落ちると、テレビやゲームの時間を減らされる。
毎日のように学習塾やら英会話やら習い事があるから、そもそもテレビを見る時間もゲームをする時間もほとんど取れないのだが。
でもその少ない息抜きの時間をマサオは楽しみにしている。その時間まで勉強に費やされてしまうのは、勉強がどちらかと言えば好きとはいえ、マサオには耐え難いことだ。
/
あれから二ヶ月が経って、もうすぐでライオンの鋭い爪が届きそうなところまで来ている。
朝に目覚めると、身体は汗びっしょりになっていて気持ちが悪い。
僕は殺されるかもしれない。
夢の中だけど、そのとき現実の僕はどうなってしまうのか。
もう眠りたくない。眠らなければ、追い掛けられることはない。
…
その日は、逃げている途中で転んでしまった。
脚は疲れきっていて、僕はすぐに立ち上がれなかった。
振り返ると、ライオンは目前に迫っていた。
何故か地面はひんやりと冷たかった。
/
布団の中で頑張って起きていたのに、結局眠ってしまっていた。
目が覚めると、腰の辺りの異変に気が付いた。
ひんやりと、冷たくなっている。
被っている布団を捲ると、嫌な臭いが漂ってきた。
マサオはショックで、布団から出ることが出来なかった。
「マサオ、早く起きなさい。遅刻するわよ」
母親はマサオの異変に気が付き、布団を取り去った。
「もう、六年生にもなっておねしょ!? 何やってるの」
母親の怒号に、マサオは何も言えなかった。
…
いつものようにライオンに追い掛けられて、でも途中で転んでしまって、その日は遂に追い付かれてしまった。
上に乗られた重みを感じながら、マサオは静かに目を閉じる。
鋭い爪で身体をズタズタにされて、とても痛かった。
大きな牙で噛み付かれた首からは血が噴き出して、身体はだんだん冷たくなってゆくのを感じた。
/
その日もマサオがなかなか起き出して来ないから、部屋まで起こしに行くことにした。
またおねしょかしら、と心配しながら、母親はマサオの部屋へ向かう。
濡れた布団を外に干すのは、近所の人に見られる可能性があるから、とても恥ずかしい。だからしっかりしてもらいたかった。
六年生なのにおねしょなんて、恥以外の何ものでもない。
…
扉の前に立ち、声を掛ける。
「早く起きなさい。遅刻するわよ」
返事は何もなかった。
部屋はひどく静まり返っている。
母親は、ふう、と溜息を吐いて扉を開いた。
「もう、まさかまたじゃな……」
布団の上は赤黒く染まっていて、ドロリと纏わりつく鉄の臭いに母親は言葉を失った。
…
マサオの身体はズタズタに切り裂かれていて、パジャマは赤く染まっている。
致命傷は他のものより深い頸部の切り傷だろう。まん丸に見開かれた両目がその凄惨さを物語っている。
冷たくなったマサオのすぐ側に、鋭い刃が剥き出しになったままのカッターナイフが落ちていた。
夢の中、現実の時間