泡沫 ~夕空のキセキ~ #1
プロローグ
目が覚めると、そこには誰の姿もない。
薄暗い校舎の裏手。何があるわけでもないこんな寂しい場所で、僕は一人、ただぼーっと腰をついていた。
まだ体のあちこちが痛むけれど、さして気には留めないように。
「……あった」
徐にポケットを探り、少しして小さなビニール袋を取り出す。別に用意してきたわけではなかったから、多分また無意識のうちに手にしてしまったのだろう。
中に入っているのはプラスチック製の小さな容器とラッパ状の筒。大抵の人は知っているであろう、至って普通のシャボン玉セットだ。高校生にもなって何を持ち歩いているのかと言われても仕方がないのだけれど、そう分かっていながら、やはり今日も手放しては来られなかった。
ふぅっ
液に浸した筒の先端に、反対側からそっと息を吹き入れる。夕日を背景にたくさんの泡が舞いながら、ゆっくりと浮き上がっていく。
そうしてそれを追えば、やがて視線はあるものに覆われる。
「やっぱり……おかしいよね」
別に普通だ。誰もがそう言って疑わない。
鮮やかな緋色。それ以外を忘れ、ただ一色となってしまった、少しだけ不思議な空。
……相変わらず、僕にはそう思えてならないのだけど。
タッタッタッ
「!」
ふと、背にしている建物の向こうから足音が聞こえた。僕は少しだけ驚いて、それから足よりも先に手を動かしていた。早々と中身を取り戻したビニール袋がまたポケットの中へと収まる。
その頃には、足音はもう曲がり角の向こうに聞こえていた。
……僕の足じゃ、間に合わないな。
そう諦めると、少しずつ目を閉じながら、僕はまた意識を遠ざけて――
「――ソラタくんっ!」
飛び込んできたのは女の子の声だった。予想外のことに、思わず僕は顔を上げる。
「……!」
オレンジの背景に、長く一本に束ねられた、赤茶色の髪が揺れている。
どこかあどけなさの残るその顔からは、ややはっきりと動揺の色が見て取れた。
――そして、それはきっと僕も。
「ユヅ……キ……?」
一方は叫ぶように、一方は呟くように呼ばれた、二つの名前。
それは、初めて僕らが出会った時のことだった。
泡沫 ~夕空のキセキ~ #1
こんばんは、天色です。
一年ほど前までここで少し活動しておりましたが、受験生としての一年を終え、投稿はこれが久しぶりになります。
文章はやはりイマイチですが、これからも少しずつ書かせていただきますので、どうぞよろしくお願いします。