くまかめついのべ。⑩

《①》
「のし鶏、雑煮に水炊き筑前煮。ああ、嫌な季節が来たもんだな」
「日本の年末年始は最悪だぜ」
「……大体クリスマスは七面鳥なんだよ」
「いやいや、今はまだマシなのかもしれないぞ。ハロウィンみたいに定着するイベントが増えたら」
「ああ、あの眼鏡爺がまたバーレルを」

《②》
頭に包帯は間抜けだ。
病院のベッドの上、扇原君はムスッとしていた。
「来んなよ」
言葉とは裏腹、包帯の隙間から好意的な文言がだらだら零れる零れる。
彼は気付いてないだろうけど、どうしようもないくらい漏れて溢れて。
「まあまあ」
明日も来よう、うん。

《③》
「ほら、プレゼントだ。大事に使えよ?」
店のお兄さんは長い耳をふるふる揺らしながら、僕が欲しがっていたバイオリンをくれた。
「あの、でも蛙は」
僕の言葉に盛大に笑い、冗談に決まってるだろ、って。

僕の部屋の貯雨蛙箱は、もうすぐいっぱいになるのに。

《④》
ジャンケンロボットは、なんとジャンケンが出来る。
空は飛べないし、ビームも出ないけれど、グーを出すし、チョキも出すし、パーも出せる。
「ありゃ、また負けた」
今は亡き親友が遺してくれた素晴らしいロボット。
この世界で唯一、僕に勝てて負けられる存在なんだ。

《⑤》
実家の物置をひっくり返す。
ない、ない。

「……」
大喧嘩したあの日から、妻は口も利いてくれない。
こっそりと通信を試みてみたけれど、徹底抗戦の意思の表れかケーブルの受け口まで換えられていて。
「これって」
一回り小さな受け口。
あああ、変換コネクタぁ。

《⑥》
「父さんが、父さんが」
電話の向こう。
母は酷く動揺した様子で。
「なに、やっとくたばったわけ?」
ま、あんな奴どうだって良いけど。
「父さんが」
もう二度と、顔を合わせる気は。
「世界一sexyな生物に選ばれたのよ!」
「……」
「授賞式に」
卑怯者め。

《⑦》
「家出する。旅に出るんだ」
寝る前にそう宣言したら、翌朝には荷物が準備されていた。
「お弁当は蜂蜜たっぷりのサンドイッチにしたからね」
リュックを背負って、帽子を被って。
「で、夕飯はハンバーグにするつもり」
「……」
「素敵な、プリンつき」
卑怯者め。

《⑧》
「かしてあげゆ」
玩具たちだけが頼りだった。
でも彼らは度重なる戦いで傷付き疲れ果てていて。
藁をも掴む気持ちで妹に全てを話したんだ。
お人形でも少しは戦力になってくれるかな、と。
「ありが」
妹の玩具箱からちらりと覗く、筋肉質なブーメランパンツ達が見えて。

《⑨》
人形遣いは昔会った時よりも巧みに人形を動かしていた。
まるで人間そのものだ。
「……」
人形遣いは昔会った時よりも不可思議な動きをしていた。
人形を人間に近付ける為に、自分自身を人間から遠ざけているようで。

《⑩》
ありったけの感謝の気持ちを箱に詰め込んだ。
綺麗に包装して、業者さんを呼んで。
「あー、これはちょっと重すぎますね。宅配便では受け付けられないです」
他のサービスの案内を受け取りながら、僕は何も言えずにいた。
中身は空なんですけど、なんて言えない。

《⑪》
世界中から集められた沢山の素晴らしい演奏家たち。
彼らで組んだ世界最高のオーケストラは、暴れ回る恐ろしい怪獣の前で怯む事なく堂々と演奏を始めた。
怪獣は爆弾よりも素敵な演奏に弱いらしい。

《⑫》
誘拐王は誘拐のスペシャリストである。
村、町、都市、国、大陸単位の誘拐もお手の物。
誘拐された人も周囲の人も誘拐に気付かないくらいの早業で。
「……あれ」
貴方が偶に感じる今の生活への違和感は、たぶんきっと。

くまかめついのべ。⑩

くまかめついのべ。⑩

ついのべまとめでござい。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-20

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