残像は夏風と共に 1
どうも皆さんこんにちは。立風です。
『残像は夏風と共に』新作です。というかこれが初投稿なんです。
どれだけの人が見てくださるか分かりませんが、頑張っていこうと思います。
ぼちぼち読んでくださると幸いです。
第一章 許されざる過去
残像は夏風と共に 1
夏なんて大嫌いだ。
いつだって俺を傷付ける。
「くそっ…」
誰に言うでもなく、呟いた。
俺の声は誰にも届かない。夜雨降りしきる暗闇、その狭間に虚ろに響くだけだ。
世界一優しい悪態。
でも、世界一優しいって事は、世界一役に立たないって事と同義だ。ひねくれてる?
俺もそう思うよ。
分かってはいるが、そんな悪態でも吐いていないと、気が狂いそうだ。
俺は、日中は賑わい、夜にはサラリーマンの憩いの場となる大通りの、暗い暗い路地裏にうずくまっていた。
体は丈夫な方ではあるが、まだ高校3年生の俺の限界は、すぐそこまで来ていた。
体中が痛くて死にそうだ。
頭はガンガンしているし、手足は怠くて動かせる気がしない。
俺の体は無力なんだよな。
違う。無力なんじゃない。俺の心が、精神が、崩壊しているんだ。
無気力。この世で最も厄介な病。
ただでさえ体調が悪い俺に追い打ちを掛けるように、夜雨は激しさを増す。
このまま死ねば、楽になるのかな。
そんな事をふと思った。
夏は……嫌いだ。
毎年夏が来るたびに、俺の大切な何かが奪い去られていく。
さてと、このまま路地裏で朽ちていくのもつまらないな。
そうだ。昔の事を思い出してみるとしよう。
どこで、俺は間違ったのか。
何を、俺は間違ったのか。
深いため息を一つついて、俺は過去の事、そして、これまで思い出すのを恐れてきた事を回想し始めた。
これは、絶望の物語。
恐怖と、挫折の物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜2年前〜
キィーンコォーンカァーンコォォーン………
どこか間の抜けたチャイムが今日の務めを果たしている。
夏の日差しに目を細めながら、俺は帰宅の途につく。
登校。勉強。下校。就寝。
登校。勉強。下校。就寝。
登校。勉強。下校。就寝。
俺のスケジュールはこれだけ。
我ながら、本当につまらない、変わりばえのしない生活を送っているな。
まっ、高校1年生なんてそんなもんだ。
今は耐える時なんだよ、きっと。
お前はよくやってるじゃないか。
自分で自分を慰めちゃってるよ。
情けなさを通り越してもはや誇れる趣味だな、こりゃ。
本当は分かってる。
部活に所属せず、学校でも最低限の友達付き合いしかしない。
かといって帰宅後に果たすべき仕事があるのかと言えば、そうでもない。
言ってしまえばニート街道まっしぐら。
そんな生活を望んでいるのは、俺だ。
昔からの目立ちたくない性格が高じて、いつしかこんな情けない状況になっていた。
「家に帰っても親が嫌な顔するだけだからなぁ……どうしたもんか」
まっ、この楽観主義を生まれ持ったおかげで、案外ストレスは感じずに過ごせている。
今日は大通りにでも遊びに行こう。
あそこなら誰かしら知り合いがいるし、夕方まで暇って事はないだろ。
あぁ、説明が遅れたな。
俺は高校1年生の劉ヶ峰湊(みなと)。
ここまでである程度は分かっているかもしれないが、帰宅部のエースだ。
派手ではないが、持ち前の
『なんでも一人で楽しめる』性格で、それなりに楽しい生活を送っている。
湊「さてと。まずはどこ行こっかなー」
学校の友達は絶望的に少ないが、俺にはここの友達がたくさんいる。
大通り。正式名称は『八須田商店街』。
特にこれって所がない八須田町の中で唯一、誰もが認める中心地だ。
他の所が小ちゃすぎるんだよ、っていう皮肉と、昔から変わらない事への敬意で、俺を含めこの場所を知ってるものは皆『大通り』って呼んでる。
とりあえず魚屋に向かうとしよう。
そう思って歩き出す。
ちょっと歩いて、店に着いたと思ったら、
背後に気配が…
バシィッ!
「よぉっ!久しぶりだな!会いにもこねぇで元気にしてたか!」
不意に、背中に強烈な平手打ちを貰う。
こんな事する奴は一人しかいねぇ。
湊「松さんッ!久しぶり!」
さっき言った俺の友達、実はほとんどが年上なんだ。それも大幅に。
それについては追々説明するが、この人はその筆頭、魚屋の店主を俺がガキの頃からずーっと続けているおっさん、松田亮。
松「母さんはどうだ?最近顔を見てねぇが」
湊「ぼちぼちやってるよ」
父さんは、とは訊かない。
なんとなく察する人もいるだろうが、俺には親父がいない。
いたことにはいたんだが、俺が物心つく前に交通事故に遭ったらしい。
今はもうあの世だ。
俺が持つ珍しい姓、『劉ヶ峰』もこの男から引き継いだものらしい。
全然覚えてないってのも問題だな。
ともかく、母さんが働きに出て一人でいた幼い俺の面倒を見てくれていたのが松さんだ。
たくましい体と、ぶっとい腕は、四十歳をこえた今でも健在だ。
今では親父のような、友達のような不思議な関係性だが、何れにしても恩人である事に変わりはない。
松「おーい母さん!久しぶりに湊が来てくれたぞ!出てこいよ!」
「はーいよ!あら湊君!久しぶりじゃないのぉ!元気にしてた?」
店の奥から松さんの奥さん、順子さんが出てくる。相変わらず人の良さそうな満面の笑みを浮かべて。
湊「ご無沙汰してます。会いに来れなくてすいませんでした」
順子「いいのよそんなこと!それより今日はどうしたの?」
湊「いえ、特に用事があるってわけではないんですけど、ちょっと暇があったんで寄ってこうかなって」
順子「あーら嬉しいわぁ!そこ座ってゆっくりしていってね!」
順子さんは、正直実の母さんよりも母さんらしいと思う。
母さんが俺を養う為に必死で働いてくれていた事は知っているし、感謝もしてるが、直接的に温もりを感じていたのは順子さんの方なんだ。
実は、俺の『年上』の友達は松田夫妻だけじゃない。
ガキの頃からうろうろしてた俺は、あらゆるところでお世話になった。
魚屋はもちろん、花屋、八百屋、肉屋、銭湯……挙げていったらキリがないくらいだ。
それだけ、この八須田商店街の人達は優しくて、温かい。
俺は、ここの人達の為だったらなんだってしてやろうって思ってる。
なんて考えてた時の事だ。
?「おばちゃーん!松田さーん!今日はどんなお魚が入ってる〜?」
今、妙に間延びした女の声が響いた。
しかもこれ、年同じくらいじゃねぇか?
俺はほぼ反射的に身を隠していた。
同じ年代の奴と会うのを恐れてここに来たのに、とんだ思い違いをしちまったみたいだ。
順子「あらあら、楓ちゃん!今日も来てくれたの?いっつも偉いわねぇ!」
……楓?
なんか聞いたことあるような名前だな……
まさか同じ学校!?
いやいやいくらなんでもそれは………
順子「湊くぅん!湊君もたしか八須田第二高校だったわよねぇ?」
うわあああああああ!!
順子さんッ!俺が必死に隠れてたのが見えてなかったのか!
…いや、隠れてるんだから見えてないか。
楓「あれ?同じ高校の人がいるんですか?珍しいこともあるんだなぁ」
楓とやらは相変わらず間の抜けた、能天気な声を出している。
しかも、順子さんの口ぶりからして、同じ高校じゃねーか!
ふ、ふぅ。落ち着け俺。
たかだか女一人だ。
ここは覚悟を決めて出て行ってやるか。
俺は決死の覚悟で体を起こす。
湊「あぁ、そうだよ。俺も第二……」
そしてそのまま倒れそうになった。
湊「ぉぃ……」
目の前には、キョトンとした表情の、絶世の美少女が立っていた。
楓「こんにちは!でも見たことないなぁ。あたし、庄子楓って言います!よろしくね」
湊「へ?ぁ…あの、ああ、庄子さん……」
順子「あれぇ?知り合いじゃなかったの?珍しいこともあるもんだねぇ」
楓「あの、あなたのお名前は?」
ぐっ……この状態の俺に話をしろってのか。
結構鬼畜なことするんだな……。
湊「あ、あぁ。劉ヶ峰湊……です」
楓「りゅう…がみね?」
ほらな!最初の奴はみんながみんな同じ反応をするんだ!
悪かったな、珍しくて!
湊「あ、うん。……この劉に、一ヶ月の『ケ』みたいなのと峰……」
メモ書きしながらじゃないと説明できない名前ってのも、そうそうないと思う。
それにしても、どうしてこんなに舌が回らないんだ?口も乾いてるし、普段からは考えられないくらい吃ってる。
案の定微妙な空気になって、現実からの退避用の穴でも掘ろうかと考えていると、不意に庄子が口を開いた。
楓「あっ、でもでも!あたしの名前もけっこう珍しいんですよ!」
湊「ん?でも庄子って別に…」
楓「多分劉ヶ峰君が思ってる庄子じゃなくて、東に海に林って書いて東海林なの!」
湊「東海林ぃ!?」
楓「そうそう、そうなんです!」
一緒ですね、って笑った顔がクラクラするくらいに眩しかった。
緊張で倒れそうだけど楽しい、なんていう矛盾した感情を味わっていると、またまた不意に順子さんが口を開いた。
順子「ほらほら二人とも!こんな所で話してたら他のお客さんの邪魔になるだろ!二人でどっか行っちまいな!」
松「おいおい母さん、そんなこと言わないでも………」
どうしたってんだ?
楓「えぇぇ!?いきなりの罵声とは…」
湊「じ、順子さん!?」
順子「いいからいいから!あんたらはここにいたら邪魔なんだよ!」
そう言うならしゃあねぇな。
一人で帰ろうと立ち上がった瞬間、順子さんがこっちに向かってウインクをした。
庄子もとい東海林楓に見えないように。
あ………そういうことか。
今順子さんはめちゃめちゃいい事したような気分なんだろうなぁ……
焦りながらも、一生懸命な順子さんに思わず笑みがこぼれた。
楓「えー?今日はお魚買いに来たのにぃ!」
順子「明日はいいのを揃えといてやるから今日はもう帰んな!明日またおいで」
順子さんは怒ったふりをしていても、根が優しいせいで最後にフォローを入れちゃうんだな。普通なら『明日またおいで』なんて言わないぜ、あんな場面で。
とりあえず順子さんと松さんに挨拶をして、今日のところは帰ることにした。
問題は、この子だ。
一緒に帰れと言われても、彼氏がいたらどやされるなんてもんじゃすまないぞ。
それに、あっちが嫌がる可能性だって十分に、いや十二分にある。
そう思っていたからこそ、東海林と話してびっくりした。
楓「じゃあ……一緒に帰ります?」
湊「えっ?…ほ、本気ですか?」
楓「あっ…迷惑でしたか?」
湊「全然そんな事はないんだけど、彼氏とかいたら悪いかなって思って」
楓「それなら大丈夫ですよ!彼氏どころか男の友達さえほとんどいないので」
彼女はそう言って笑った。
なんとなく、どことなく寂しそうに。
あっちが望むなら、ってなわけで、俺は生まれて初めて絶世の美少女と一緒に歩くという経験をした。
とりあえず東海林の家まで俺がついていくことにしよう。
短めに切った髪。
大きな目と、整った人懐こそうな顔。
それでいてラフで自然な格好。
うぅむ……これはもしや夢か?
辛い現実から逃れるために俺が作り出した幻想なんじゃないのか!?
楓「なんか話してくださいよ。こういうの緊張しちゃって、あはは」
俺は応えた。
湊「僕の頬をつねって…ゴホッ!」
楓「え?なんて言いました?」
湊「なんでもないです。今のは完全に忘れてください、お願いします」
楓「ま、まぁいいですよ」
俺はアホかぁーー!!
今のは社会的に葬り去られるレベルの発言だぞ、マジで。
いつしか大通りを抜けて、俺達は山の傍を通る細い道を歩いていた。
ここは長いわけではないんだが、街灯が少なく、人通りも極端に少ないため、夜に通るのは少々危険だ。
ついてきてよかったかもな。
そういえば、いつの間にか日は落ちてすっかり暗くなっている。
俺達が話す時は、いつも敬語だ。
初対面なんだから当然と言えば当然だが、高校生二人という組み合わせで見れば、なかなか無いことなんじゃないだろうか。
あっ!話題ができたじゃん!
そのことを話せばいいんだよ!
その時、俺が若干前を歩いていたので、話し掛けようと後ろを振り向いた瞬間、
俺 は 凍 り つ い た 。
俺が見たのは、うずくまって苦しそうに咳き込む東海林楓だった。
湊「おいッ!大丈夫か!!」
もう敬語もクソもない。
咳き込んでるだけなんだが、その様子が明らかに普通じゃないんだ。
顔面は蒼白、手足も震えている。
楓「ゲホッ!ゲホッ!……だ、大丈…ゴホッゴホホッ!!ハァ…ハァ」
湊「どこが大丈夫なんだよ!とりあえずパーカーだけ脱げ!」
着ていたパーカーを脱がし、シャツの胸元を緩くする。
とりあえず寝かして頭を俺が支えた。
まだ咳は止まらない。
なんか呻き声みたいなのも混じり始めた。
俺は、背中をさすりながら声をかけてやることしかできなかった。
これが正しい対処かなんてわからない。
でも、とにかく何かをしていないとこっちが狂ってしまいそうだ。
数分後、東海林は少し落ち着き始めた。
未だ咳は治まらないが、少しずつ、しっかりとした呼吸をしようとしている。
湊「大丈夫か?さっきよりは少し落ち着いてきたみたいだけど」
楓「ケホッ……う、うん。大丈夫。……ハァハァ…たまにあるだけだから……ゴホンッ!」
たまにある?
持病があるってことか?
にしては酷い、過酷すぎる発作だな。
まぁ今はそんなこと話してる場合じゃない。
とにかく東海林の回復を待たないと。
それからさらに数分後、東海林楓の咳はほとんど治った。顔色もだいぶマシになり、落ち着いた表情になっている。
ここまでくればもう大丈夫だろう。
発作だとか持病だとかは全く分からない俺だが、直感的にそう思った。
まだ離れるのは危険なので、俺が飲んでたペットボトルの水を渡し、二人で並んで道の傍に座った。
湊「もう大丈夫みたいだな」
楓「うん。ごめんね、心配かけて」
湊「体調はもう悪くないか?」
楓「うん。ありがと」
口数が少ない。
さっきまで発作を起こしてた人間なんだから当然なのか。
とりあえず俺は話し続ける。
湊「たまにあるって言ってたけど、持病かなんかなのか?」
楓「そんな感じかな。小さい頃からちょくちょくあったんだけど、この年になってから来るとは思わなかったよ」
そこまで言ってから、東海林は不意にニッコリと笑った。
楓「あっ!そういえば!いつの間にかタメ口になっちゃったね!」
湊「ふぇっ!?…あっ、あぁ。まぁさっきのは不意だったからみたいな………」
楓「別にいいんだよ!改めて、あたしは東海林楓。よろしくね!」
湊「ああ、劉ヶ峰湊だ。字の説明はもう絶対やらないぞ」
楓「あははは!もう大丈夫、しっかり覚えたよ〜ん」
いつもの…つっても会ってまだ1時間くらいなんだが、とにかく東海林は笑顔と元気を取り戻したみたいだ。
だが、一つだけ聞いておかなくてはいけないことがある。
湊「なぁ、さっきのアレとかも含めて、ちょっと詳しく教えてくれないか」
楓「だよね、気になるよねぇ。分かった、ちょっと長くなるけど大丈夫?」
湊「どうせ暇人だよ」
こうして、東海林は自分の生い立ちをぽつぽつと語り始めた。
夏の暗闇の中で。
吸い込まれるような、星空の下で。
残像は夏風と共に 1
この作品は、これから少しずつ更新していくという形になると思います。
リアルの方が忙しく、更新頻度が遅くなってしまうかもしれませんが、長い目でお付き合いください。
この章は過去編ですね。