歌声喫茶にて
ご近所を参考にして。
その珍客に、一同どよめいた。
博多博が来てるらしい。
この田舎町にそのニュースが走ったのは、午前9時ごろのこと。
暇人の矢口桔平が駆け込んできて、カウンターで息を吐きながらそうママに伝えた。
ママは「あらあらまあまあ」とびっくりして、誰彼無しに来る客来る客に伝えた。
おかげで町の伝言板と異名を取る。とりあえずママに言えばなんでも伝わる。
博多博、紅白出なかったなあ。
誰かがそう言って、うーんと皆が考え込んだ。
最近旅番組のおーい、博多博にも出ていない。別のタレントに乗っ取られて久しい。
博多博、なーんでこんな街に?
そう誰もが思うことを高瀬清が呟いて、なんかの番組じゃねえの、と誰かが返した。
あら、それならお洒落しなくちゃ。
そう口が軽いママが呟いて、奥の部屋へ消えた。
室内には野郎ばかり、またうーんとどうでもいいことをあれやこれや考えている。
すると、からころからころ、とベルが鳴り、そちらを見ると、ママの姪っ子の千春ちゃんが、犬のトゥトゥを連れて野菜を運んできたところだった。
千春ちゃんは、親御さんが残した多額の遺産で町はずれにペンションを買い、毎日畑を耕している。
この狭い田舎町じゃ歩きづらいらしく、毎日広いペンションの中でランニングしては、本を読んでいるらしい。趣味はNHKの歌合戦を見ることで、演歌もいける口だ。
「春ちゃん、この町に、博多博が来てるんだってよう、一度会ってみたいと思わねえか」
そう清が聞くと、春ちゃんは、「なんですかそのニュース。博多博今、生放送でニュース出てますよ」と言う。
ええ!と皆が驚き、耕作爺さんがぴっとチャンネルを点けると、確かにワイドショーに映っている。
なんだよ、誰だよ言い出したのー、と誰かが言い、春ちゃんが冷静に、「デマ、ですね。田舎だから」と言った。
長靴の足元からトゥトゥが飛び出し、耕作爺さんの膝にぴょんと飛び乗った。
矢口桔平は立つ瀬がない。
俺はよ、走り屋の奴らに言われたんだけどよ、と言い逃れをし、「だから誰なんだそいつは」と言われると、ぐっと詰まる。
知らない人の話を真剣に聞いたらしい。
「この、馬鹿!」
皆に怒られ、桔平はしゅんとした。
おまたせーと厚化粧したママが出てきて、でえ、と春ちゃんが仰け反った。
ママは、いつでもなんでも盛りすぎなのだ。
盛りに盛られた野菜を背に、春ちゃんは帰っていった。
愚か者共め、と呟きながら。
夜に迎えに来られるトゥトゥを撫でながら、耕作爺さんが呟いた。
「何はともあれ、一安心じゃわい」
この田舎は今日も平和である。
歌声喫茶にて
大分盛りました笑。