ゴルディアス聖子
同性を好きなわけではなく、趣味が女装という男性は、結構多いらしい。一種の変身願望であろう。清五郎の趣味も、それに近いかもしれない。社長室の専用パソコンを立ち上げると、清五郎はSNSに接続した。
《午前中の授業、ぜーんぜん、つまんなかった。午後はエスケープしちゃおうかなー》
清五郎はキーボードを打つ手を止めた。
(はて、今時の娘は『エスケープ』などと言うだろうか?)
一応、ググッてみたが、最近の女子高生が使うかどうかまではわからなかった。
(まあ、いいだろう。ゴルディアス聖子は大人びたモノ言いがウリだからな)
ゴルディアス聖子、というのが清五郎のアカウント名である。地方在住の十七歳ということにしている。これは、間違って時代遅れな言い回しを書き込んでしまったとき、そういう地方なんだと思わせるためだ。ただし、いかなる形でも、どこの地方かわかるようなヒントは出さないように気をつけている。東京に憧れ、いつかは都内で働くのが夢、という設定だ。
フォロワーは結構多い。アイコンを見る限り、男女半々ぐらい。中には、しつこく言い寄って来る若い男もいるが、すぐにはブロックせず、モテモテ感を楽しんでいる。
(と、いうことは、わしにも多少はそういう傾向があるのかもしれんな。もっとも、相手が本当に若い男かどうか、わかったもんじゃないが)
SNSには実名のものもあり、清五郎自身も、そちらには本名で登録している。だが、実社会の延長で、堅苦しく面倒くさい。ゴルディアス聖子は、その息抜きである。
清五郎が夢中で書き込みをしていると、ドアがノックされた。
「社長、よろしいでしょうか?」
営業部長の宇野の声だ。
一瞬、気持ちの切り替えが利かず、清五郎は「ちょっとー、待ってよー」と甲高い声で応えてしまった。
「社長!大丈夫でございますか?」
「ゴホッ、ゴホゴホ。すまん、ちょっとタンが絡んだようだ。いいぞ、入りたまえ」
「失礼します」
宇野は清五郎の少し赤らんだ顔を見て、「お風邪を召しましたか?」と尋ねた。
「あ、いや、大したことはない。で、どうした?」
「はい。午前中の会議で社長がおっしゃっていた、若者のニーズを掘り起こすという件ですが」
「ほう、何かいいアイデアがあるのか」
「実は、今年営業部に入った新人の白河くんに、最近の若い女性の好みなどを聞いたところ」
「どうだった?」
「意外にも、自分はもうオバさんだから、JKの、あ、JKというのは女子高生のことで」
「知っとる」
「そうですか。えっと、JKの意見が一番参考になるだろうと」
「ほう、そうかね」
「はい。で、今ネットで評判のJK、ゴルディアス聖子、というのを教えてくれました」
「うれしー!」
「は?」
「ゴホッ、ゴホゴホ。あ、いや、すまん。残念だが、その案は却下する」
(おわり)
ゴルディアス聖子