人のよすぎる吸血鬼

ステマじゃないです

俺は吸血鬼である。この世に蔓延る矮小な生物、人間の血を啜り生きている。
そうとは露知らずハイエナのごとく群がる愚かな人間共。俺様の牙の餌食になるがいい。
今日の獲物を探すため街を歩いていると前から小さな看板を持った女がやってきた。
白いパーカにも負けないくらい色白な肌、健康的な体つき。今日のターゲットはこいつに決めた。
しかしいきなり話しかけるのはハードルが高いのでこっそり女の後を尾行した。
何やら小さな雑居ビルに入ったので俺も続いていく。
チーンとエレベータが辿り着いた先は白一色の隅々まで掃除の行き届いた綺麗なフロアだった。
な、なんだここは?一体何をする所なんだ?頭に疑問符を浮かべて固まっていると後ろから声を掛けられる。
「もしかして献血の方ですか?」
「エッアッハイ」
背後に立っていたのは先程俺が尾行していた女だった。
驚いて思わず返事をしてしまった。
それをイエスと受け取った女に室内へ案内される。
クソッこれは非常にまずいことになった。こんな人だかりでは堂々と血を吸えないではないか。
中に入ると平日にも関わらずお年寄りから若者まで色んな年齢層の人間がソファに座って寛いでいた。
人見知り全開な俺は急に背中からどっと変な汗が流れだす。やっぱり一旦帰って体勢を立て直そう、と背中を向けてる女に声を掛ける。
「アノ、スイマセン…」
「こちらにご記入いただけますか?」
「アッハイ」
しかしそれもスルーされペンと問診票らしきものを手渡される。
彼女に言われるがままささっとそこに個人情報を記入して受付へ持っていくと今度は番号プレートを渡された。
おそらくここにいる人たちは何らかの順番を待っているのだろう。
「それではあちらにお進みください」
「ハイ」
またも有無を言わさぬ笑顔で通された個室には大分お年を召した医者が机を挟んで座っていた。
「最近、性交渉はしましたか?」
「エッ…イヤ…」
何だこの失礼な爺は。いきなり人に性の話題を持ち出してくるとは。下世話にも程がある。
他にもいくつか質問を受けた後、ぷるぷると震える手で腕を持ち上げられた。
そして変な丸い筒状の機械に入れられ突然脈が千切れるそうな強さで腕を挟まれた。痛い痛い痛い痛い。
あまりの痛みに悶絶するやそれも一瞬で終わりもういいですよーと軽い調子で診察は終わった。
何だったんだ一体…と安心するも束の間。
次の部屋へ行くと数人のガタイのいい看護師にまたガッと腕を押さえ付けられた。
やばい今度こそ殺られる。
恐怖に目を瞑ってるとちくっとした痛みが腕に走り、あっという間に採血が終わった。
「呼ばれるまであちらの部屋でお待ちください」
「アッハイ」
何事もなく終わってほっと胸を撫で下ろす。何なんだ一体。何故俺が血を採らねばならないんだ。
腑に落ちないままソファに座って大人しく待っていると、目の前の自販機に男がやってきた。
男がお金も入れずにボタンを押すと自販機の中からその飲み物が出てきた。その一部始終を見ていた俺は早速見よう見まねでボタンを押す。
あったか~いコーンスープを選んでボタンを押すと同じように自販機から飲み物が出てくる。何という文明の利器だ。
感動を覚えつつもゲットしたコーンスープを一口運ぶ。おいしい。
それを持ってソファに戻ろうとすると俺はあるものを発見してしまった。
漫画だ。此処には本屋かというくらいいろんな雑誌が置いてある。しかも俺が昔から愛読しているワ●ピの最新刊があった。
先ほど手に入れたコーンスープと漫画を持ってソファに座って読みふける。
ああ…何て快適な場所なのだろう。飲み物やお菓子だけではなく漫画も読み放題なんて。ここは楽園か。ここに住みたい。
しかしすぐに我に帰った。
いかんいかん。本来の目的を忘れるところだった。
俺は吸血鬼だ。
帰りに絶対にあの女の血を吸ってやる。
そう意気込んでいると番号を呼ばれて部屋へと通された。
なんだかよくわからない機械に囲まれながら俺は仰向けになって寝っ転がった。
ああこのチェアの座り心地もまあまあ悪くない。何だか眠気が。
うとうとしているとまた看護師がやってきた。
「はい、少しちくっとするけど我慢してねー」
「ハ、ハイ…」
どうやらまた血を採るらしい、さっきよりもぶっとい針を腕に刺される。
今日は初回で身長と体重が平均より少し足りないから200ミリリットルだけ血を採ることになったらしい。
あんまり採り過ぎると貧血になって倒れる人もいるからねーという看護師の話を聞いて流石に少し怖くなった。
「あら?あなたちょっと手が冷たいわね、今毛布もってくるから待っててね」
「アッアリガトウゴザイマス」
そう言って看護師が毛布とあたたかいのみものを持ってきてくれた。やさしい。
献血が終わる迄暇なので目の前のテレビでずっと崖の上の●にょのDVDを観ていた。所詮子供向けだろうと思っていたが正直ちょっとうるっとしてしまった。くやしい。
それから約一時間ほどで献血が終わり、また待合室でワ●ピの続きを読んでいると女がやってきた。
くく、自ら吸われにやってくるとは、馬鹿な女め。
すると女はスッと目の前に紙袋を差し出した。
「ご協力ありがとうございました!こちら献血カードと粗品です」
「エッアッドウモ」
なんと献血に協力すると粗品まで貰えるらしい。
中には献血オリジナルキャラクターをあしらったデザインのマグカップと毛布が入っていた。意外とかわいいな。
「また次回もお待ちしております」
と言って女は手を振りつつ俺を見送った。
外へ出ると太陽の光が目にまぶしかった。だけどいつもと世界が少し違って見えた。
今まで血を吸うことしかできなかった俺が初めて人の役に立つことができた。これで誰かの命が救われるのか。そう思うと何だか心がふわふわした。
お菓子も沢山食べたし見たかった漫画も見れたし。何だかこちらの方が得をした気分になるすばらしいシステムだと思う。
皆もレッツ☆献血だ!

人のよすぎる吸血鬼

人のよすぎる吸血鬼

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted