サプライズ

誕生日を祝う二人に訪れたサプライズとは!

誕生日を祝う二人に訪れる不思議な一夜

「サプライズ」
都心に並び立つ数多くあるビルの中に一際輝きを放っている「ウィッシュ・レストラン」。政夫にとっては、二席取るだけでもかなりの出費であるが、今日は年に一回しか来ない彼女の誕生日。料理も最高級のフルコースを三週間も前から「彼女の願いが叶えられる最高の夜にしたい」と予約していた。勿論、彼女は何も知らない。
「もうすぐ、二六歳の誕生日だね。澄子さん」
「嫌だわ。女性は歳を取りたくないものなのよ」澄子は頬を膨らませ横を向いた。
「そう怒らないでよ。歳をとっていく君も見てみたいな」
店内に流れる高級感溢れるクラシックは唐突に止まり、店内の明かりが一気に消えた。突如の事に停電を疑うお客もいたが、その不安はすぐに払拭された。
先ほどのBGMとは違い、誰もが一度は歌い歌われた事のある音楽が流れ始めた。
彼女の事を知らない他のお客達も音楽を聞き、拍手をしながら彼女の誕生日を祝った。
店内に響き渡る拍手の中、店員が一つの小さな光を二人の元に運んだ。
さすがの彼女もこれだけの演出に何事か分っているようだ。口元に両手を添え涙目で感動を抑えている。
運ばれた小さな光の正体はショートケーキに刺さったろうそくの火であった。二人の前にケーキが置かれ店内に明かりが戻る。
「誕生日おめでとう」涙目でケーキを見つめる澄子に言った。
「ありがとう」澄子は政夫にお礼を言った後、拍手をくれた他のお客にも頭を下げ、二人の微笑ましい姿を見届け各々の食事に戻っていた。
「こんな誕生日は初めてだわ」
「だって、前に言ってたでしょ。夜景が見えるところで誕生日を迎えたいって」
「覚えてくれていたのね」
「もちろん。今日は君の望む物、全てを用意してあるよ。さぁ、ろうそくの火を消して」
澄子はろうそくに向って息を吹きかける。火は揺らめき、一瞬で姿が見えなくなった。 
しかし、消えたと思った火は勢いが少しづつ戻り、ろうそく先に再び姿を見せた。
「もう一回、いくよ」澄子は恥ずかしそうに笑って火に向い、勢いよく息を吹きかける。
先ほどと同じように火は揺らめいたが、今回も何とか持ち堪えた。
「なかなか、消えないね」
「もう一回、いくね」澄子はムキになり、今まで一番大きく息を吸って勢いよく吹いたが、火は傾くだけで消えない。澄子の顔は火に負けない位に赤くなっていた。今度は連続で単発の息を何度も吹いたが、火の勢いが止まる事は無かった。
肩で息をしながら、火を睨みつける澄子の姿に政夫は「可愛らしいな」と思っていた。
「この火、全然、消えないわ。今度は政夫さんがやってみて」
「でも、これは君の誕生日ケーキだし。それは駄目だよ」
「今日は私のお願い聞いてくれるんでしょ」澄子は目を細めて、はにかんだ。
「わかったよ。君の勝ちだよ」政夫は指を鳴らして両肩を回す。澄子は政夫の張切り様に少し笑って火に目をやった。
「じゃあ、いくよ」政夫は胸を大きく膨らませ一気に息を吹いた。澄子よりも長く、勢いのある呼気だ。火は揺らめきながらも、その強風にも負けてる事は無かった。次第に政夫の息も弱まり、結局火は消えなかった。
「ほら、消えないでしょ」
「今はケーキが崩れないように手加減したんだよ。でも、次は本気でいくからね」政夫はそれからも、何度も息を吹きかけた。真上から、横から、斜め45度から何度も吹いたが、火は一向に消えることはない。
一旦、額に出た汗を拭って一息ついた。
「これだけやっても、消えないなんて」疲れた政夫に澄子は一つの疑問を投げかける。
「ねえ、ちょっとだけ良いかしら。このロウソク、溶けてないわよね。ずっと火が燃え続けているのに」二人の視線は一旦、ろうそくへと向けられた。
「本当だ。これだけ、時間が経っているのに全然溶けてないね」
「この火もロウソクもおかしいわ」
「ちょっと、すみません」政夫は手を挙げ店員を呼んだ。
「どうか致しましたか」店員はマニュアル通りの上品な笑顔で受け答えをしている。
「どうって、このロウソクの火が消えないんですけど」
「と、おっしゃいますと」
「だから、消えないんですよ。いくら息を吹きかけてもね。ほら」政夫は勢いよく、消えない火に息を吹きかけ見せた。
「あと、このロウソクが全く溶けてないんです。何か特殊な素材を使ってるんですか」
店員は、テーブルに置かれたケーキを不思議そうに見つめた。
「確かに、このロウソク溶けてないですね。普通のロウソクと変りないハズですが…。しかし、不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ございません。すぐに新しいのと交換しますので、少々、お待ちください」店員は二人に深々と頭を下げ、ケーキの乗っている皿を掴んだ。
「あれ」あとは皿を持ち去るだけだが、店員は何故か立ち止まった。
「少々、お待ちください」焦る店員の顔を政夫は覗き込む。
「どうしたんですか」
「申し訳ございません。お皿がテーブルに苦張り付いているみたいでして」手に取った皿は、接着剤でくっつけたようにテーブルに張り付いていたのだ。いくら持ち上げようとしても離れない。先ほどまでの余裕なマニュアル笑顔など消えていた。何度引っ張ろうとも取れない。
「もしかして、このお皿、取れないんですか。手伝いますよ」
「すみません。よろしくお願いします」店員と政夫は二人で力を合わせて皿をテーブルから引き剥がそうとしたが、ピクリともせずにいた。どんなに揺らそうともケーキも火も変らずにいた。
「一体、どうなっているんだ」
「度重なるご無礼、誠に申し訳ございません。只今より、VIP席にご案内いたしますので、お待ちください」
「わかりました。よろしくお願いします」二人は何がなんだか分らずに唖然とした。
「なんか、逆に良い所に行けるみたいね」
「ごめん。こんな事になるなんて。折角の誕生日が」落ち込む政夫に澄子は優しく微笑む。
「そんな事無いよ。私は十分に嬉しいよ。それにVIP席なんて滅多に行けないもん。楽しみだな」表情がほぐれた二人に店員が案内しに再び現れた。
「それでは、席の準備が出来ましたのでご案内いたします」店員の指示に従い、二人は席を立とうとしたがある違和感に襲われた。
二人は何度も立ち上がろうとしたが、椅子は釘で固定されたかの様に動かせず、お尻も椅子に強力な磁石で引かれているかのように接着して全く立ち上がれないでいた。
「どうかされましたか」二人の行動に店員もまさかと思い政夫の背後に回り椅子を持った。
「椅子から立ち上がれないんです」
「椅子が動かないですね」店員と政夫が協力して椅子を後ろに引こうとするもお皿同様に全く動かない。
息を切らしながら、椅子と格闘するも結果は敗戦。二人は力尽きて休憩を取った。
「一体、どうなっているんだ」これまでの意味不明な現象もあって、今にも怒りを爆発させてしまいそうだが、澄子の誕生日にそんな事は出来ない。澄子もさすがに疲れ果てていた。店員は「少々お待ち下さい」と言い、複数人の助人を呼んで来た。全員で協力して席を動かすが変化は無かった。
気づけば、レストラン内の店員のほとんどが二人の周りに集まっていた。全く身動きできない二人の救出に対して様々な意見が飛び交うも、良案が産まれずにいた。
そして、約十五分が経過し、ようやく皆を惹きつける一つの案が出てきた。
「とりあえず、火を消さないと、このままだと、いつ広がるかもわかりませんし、広がれば二人は逃げ切れないでしょ」
「それもそうだな」
まずは、火を消す為に、店員が水の入ったグラスを持って来た。
「申し訳ございませんが、まずは安全の為に火を消したいと思いますので、テーブルが少し汚れると思いますが、水をおかけしてもよろしいでしょうか」
「好きにしてくれ」政夫と澄子は疲労困憊でどうでも良くなっていた。
店員は燃え続ける火に水をかけ始めた。コップ一杯分の水をかけた。だが、火の光が消えることは無かった。
更に言うと水の掛かったケーキもふやける事無く、水を弾いていた。この異様な光景に店員達も不気味さを感じた。
「すみません。そのお盆を貸して頂けませんか」澄子は店員がコップを運ぶ為に使ったお盆を受け取り、力無い目でケーキを見つめた。
この異様な光景に他のお客達も既に退席し、残っている客はこの二人だけ。BGMもいつの間にか聞こえなくなっていた。
目の前に座っている政夫は青白い顔でお盆を持つ澄子を見つめている。
「何をする気なんだい」弱々しい声の質問に澄子は店内に響き渡る声で返答した。
「こんな物なんかー」澄子はお盆を持った右手に全ての力を込め、ケーキに振り落とした。
澄子の急な行動にその場の人間はみんな驚いたが、それ以上に目を引いたのはケーキの方だ。ケーキは押し潰される事無く、お盆を弾き、その姿を留めていた。
澄子は泣くことも、悲しむこともせずにただ、力が抜けた。愕然とする澄子の姿に政夫は目が覚めた。自分がしっかりしなければ、目の前の女性を守るのは自分だ。隣にいて支えてあげるのは自分だ。俺が落ち込んでいたら駄目なんだ。
「澄子さん」何も考えずに只、名前を叫んだ。名前を呼ばれ、顔を上げると真直ぐに右手を差し伸べる政夫が居た。
「大丈夫。何があってもずっと一緒だよ」青白い笑顔に澄子は笑って返した。
「よく言うわね。自分もギリギリなくせに」と言いながら、澄子は左手を伸ばした。二人の手が重なるまであと数cmと言う所で双方の手が止まった。正確には止まってしまった。
「次は私達みたいね」
「みたいだね」政夫も澄子も最早、絶望する事無く、笑い合っている。
「この後、どうなるのかな」
「わからないけど、もう動くのが口だけみたいだ」
「そうみたいね」他の身体の部位を動かそうとするも困難。腕を引き返す事も出来ないでいた。
「最後は…」政夫は何かを言いかけたが、澄子の小さな頷きにより言葉は止まった。
笑って向かい合う二人を店員達は見守り続けた。この予測も出来ない状況下で厨房から店長が現れた。
「これで、終了ですね」店長の冷静な態度に二人にずっと付き添っていた店員が涙目で問いだした。
「どう言う事ですか。店長はこの事について何かご存知なのですか」店長は淡々と説明を始めた。
「こちらの男性からご予約の際に頼まれていたんですよ。彼女の望みを叶えてあげたいから手伝ってくれとね」
「それは、彼女の誕生日を祝ってあげることでしょ」
「そうです。夜景が見える席で、一一時になったら、店内にHAPPY BITHDAYの曲を流してケーキを運んで驚かせてくれとね」
「それが、なぜ二人はこんな事になっているんですか」
「私も突然の事なので驚きましたよ」
店長は参ったと顔をして説明を続けた。
「最初に予定していた事は全て上手くいきました。しかし、彼女がここに来てもう一つのお願いをしたんですよ。『歳を取りたくないわ』とね」
「確かに、そんな事を言っていたような気がします」
「だから、焦りましたよ。時間を止めるなんて大掛かりな事、すぐには出来ませんからね。まずはこのケーキから時間を止めました」
「だから、何をしても火が消えなかったのですね」
「そうです。火を中心に時間を止めていき最終的にお二人を止めたんです。これ以上、彼女が歳を取らないように」
「なるほどですね。それで、こういった事になったんですか」
「これで納得いきましたね。それでは、明日の準備に取り掛かりますよ」店員は「はい」と一斉に返事をし後片付けに取り掛かった。
「でも、店長、彼氏の方は時間を止めなくても良かったのでは」店長は若手店員の素朴な質問に苦笑いして誤魔化した。

ここは「ウィッシュ・レストラン」お客様全員の願いを叶えられるように全力で尽くさせて頂きます。

サプライズ

サプライズ

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-17

Copyrighted
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