ステージの上で

答えは必ずステージの上にある

ココロが、高鳴る。手にはうっすらと汗をかく。のどがどうしようもなく渇く。何度も、味わったような、この感覚。なんて懐かしいのだろう。18歳の冬、私は5度目のピアノコンクールに挑む。
コンクールの日の朝は、あまり物がのどを通らない。半端ない緊張。いつもおしゃべりなお母さんが思わず黙ってしまうような、そんな緊張である。のどに詰め込むようにして朝ご飯を食べ、「行ってきます」とだけ言って家をでる。外は晴天。なんて気持ちの良い朝なのだろうか。途中のコンビニによって、いつものジャスミンティーを購入する。そうそう飲むものではないのだが、本番の日はいつもこれを買う。一種のゲン担ぎみたいなものだろうか。コンクール会場までは電車で2駅。長いような短いような時間を電車に揺られ、最寄り駅につく。ちょっと早く着きすぎてしまったが、早い分には構わないだろう。
ピアノは、幼少の時から習っていた。中学生の時からコンクールに出場し始めたのだが、長いスランプに陥ったこともあり、入選することはなかった。スランプの間は、真っ暗闇の中で、永遠の眠りにつかされているような気分だった。スランプを抜けたのは、高校三年の春。今年の春である。その日は、世界中が私を祝福してくれていたかのように感じた。春の芽吹きとともに、私はもう一度真の力で、舞台に立つことができるのだと感じた。そうして、戻ってきたのだ。真っ白な気持ちのままで。
控室について、まずはドレスに着替える。新調した桜色のドレス。うきうきする。あの人は、どう思うかな、似合うって言ってくれるかな、なんて考えながら、メイクしたりする。今日は自分が一番輝かなくてはいけないから、念入りに。そうして出番を待つ。
出番まで、あと10分、いつものやつが来た。どうしようもなく、ステージから逃げたくなる時間。音楽から逃げたくなる時間。覚悟を決める時間。私は鏡の前で、昔彼に言われた言葉を、鏡の前の自分に言い聞かせる。「答えは、必ず、ステージの上の君が教えてくれるよ」と。
係りの人が私を呼ぶ声がする。さあ、行かなくちゃ。背筋をピンと伸ばして歩きながら、ふと、思う。何だか君に、会いたくなったよ。

ステージの上で

ステージの上で

ピアニストの卵、再び舞台へ

  • 小説
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更新日
登録日
2016-05-16

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