へたくそな沼と外
「出てこないの?」
私は、ぬるりと濁った小さな沼の中で目をつむり膝をかかえ丸まって横たわっている裸の私に尋ねた。
「うん」
沼の中の私はそのままの状態で応えた。何年も手入れされていないただの長い髪は、沼の中でもぼさぼさで乾燥しているのがわかる。
「なんで? 苦しいでしょう」
「うん、苦しいけれど、息はできるよ」
「こっちも、同じだよ」
私は沼の中の私に手を差し伸ばしてみた。手の方向をちらりと横目で見ただけで再び目をつむり、沼の中の私は深い眠りにつこうとしている。
「ずるいよ」
私は本音を吐いた。
「うん、沼の私はずるいの。小さなことで沈む私は鬱陶しいじゃない? たったそれだけのことで、とか、そういうふうにみえない、とか。そういう言葉は外の私に全部聞かせているの」
「やっぱり、沼の中にも聞こえていたんだ」
「うん、でも、直接じゃないから、外の私の感情が伝わってくるだけだから、外よりかは平気」
「そっか」
「うん」
「沼の中でどうやって発散しているの?」
「外の私が発散できないものが、沼なんだよ」
「ごめん」
「あはは、いいよ。どっちも、私だし」
「先生がね。“治そうね”って」
「沼を消すってこと?」
「そうみたい。でも、それを聞いて、なんか違うって思ったの。沼も外も私だし」
沼の私が笑った。口から、夢の中でよく経験する、喉奥まで圧をかけてくる石や砂のかたまりたちがはみ出し、少し溢れて沼の水をゆるりと躍らせた。
「私って、私を変えようと、今思えば頑張っていたね」
「人より出来ないからさ、必死だったね」
「頑張って人並みになっても、続けるの大変だったね」
「でも、続けたかったね」
「うん、続けたかった」
「沼に入りたいな」
「うん、おいでって、思うよ」
「でも、こんな私でも、泣く人がいてくれるからね」
「うん」
「また、たまに話そうよ」
「うん」
「怖いって、不安って、嫌って、思う気持ち、先生にもわかってもらえなくても、ここにあるんだもんね」
「うん、ないって言われても、どうしようもなくあるもんね。もう否定されたくないから誰にも言わないけどね」
「たぶん、私の伝えかた、へたくそなんだよ」
「あはは、なにもかも、へたくそだね」
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
誰にも触れられたくなくて注意して歩いているけれど、それでもどうしてもぶつかってしまう。私は、変にみられたくないけれど、でもそれ以上に嫌悪感がまさり、その場を逃げるように走る。履き物を脱ぎ棄て家に入り人に触れた服を投げ棄て、堪えきれなく大声で泣いた。
おおげさで、こんなことで、そういうふうにみえない私は、ここに確かにある感情で自分を縛り狭めて唸っている。
それでも明日も笑って過ごすんだ。
へたくそな沼と外