地球最後の日常

地球最後の日にあなたは何をしたいですか?
めろんはやりたい事多すぎて答えられません…。
あなたはこれは譲れないやりたい事ってありますか?
あったら教えて下さい。

一話 空崎大輔(からさき だいすけ)

ここに、五つの願い事を書いたメモがある。


「でもですよ、もし駄目だったら悲しい気持ちで俺の人生終わっちゃうじゃあないですか!?」
「だったら未練タラタラで幽霊にでもなっちまえよ」
「え!?幽霊って宇宙でも生きていけるんですか?」
「バーカ、死んでるから幽霊なんだろ」
「あ、そっか」

国道沿いの居酒屋で空崎は仕事の後輩と飲んでいた。
これも願い事の一つではあるが、朝から飲むというのはちょっとキツかった。死ぬ前に上手い酒は飲みたかったが、他にも予定があるので朝に回すしかなかったのだ。あと、後輩を連れてきたのも間違いだった。悪酔いして思考も上手く働いてない。

「悪ぃがお先に、勘定払っとくから、てめぇはさっさと行動しろ」
「え~、空崎さんもう行くんですか?」
「ああ、お前と一緒に死ぬのは御免だ。」



地球最後の日は、平穏だ。

空崎は町を歩きながら考える。昔の映画では、地球滅亡の危機とやらにさらされる…ってのがよくある話だ。しかし、実際世界はこんな状況にも関わらず社会的に機能している。別に大混乱を期待している訳ではないが、やはり何か拍子抜けだ。俺自身、そんなのうのうとした奴らに含まれている。最後にやっておきたい願い事を五つメモ書きして町をぶら
ついているわけだ。
空崎はポケットからメモ書きをつまむ様にして取りだし、次の願い事を確認する。酒は…あまり満足じゃねぇが仕方ねぇな。と呟きながら、次の願い事を目で追っていく。

「ごめんなさーい!!どいてー!!」
「ん?って、おわッ!!」

後ろを振り返ると、自転車に乗った女が凄い速度で突進してくる。間一髪で空崎は避けたが、肩同士がぶつかり、バランスを崩して空崎は倒れる。しかし、女は止まる事なく去って行った。そして後を追うようにパーカーを着た男が走っていく。

「待てって、アキネー!」

空崎は地面に座ったまま、唖然と見届けた。

「何なんだぁアイツら…」

服についた砂ぼこりを払いながら立ち上がる。すると、足元にカリッと硬い感触があった。

「なんだこれ、まがだま?」

地面に転がった石のまが玉を拾う。所々削りが粗く、手作りの様に見える。

「まずぃなぁ、あの嬢ちゃんの落としモンかよ…」

空崎は自転車が走り去って行った方を見たが、もう何処にも姿は見当たらなかった。面倒くさそうに頭をかいて、町の中を歩いて行った。

●●●●●●●●

取り敢えず空崎は二つ目の願い事を叶える為に、高校へ向かっている。卒業してから一度も訪れていない。だけど、今はどうなっているのか気になったのだ。昔俺は典型的な不良だった。喧嘩はザラで、竹刀持った生徒指導のおっさんによく怒鳴られたのを覚えている。
あの時はただがむしゃらで、将来の夢なんて無かった。でも、腐りきらずに生きていけたのは、あのおっさんのおかげだ。

学校は丘の上に建っており、校門にたどり着くには長い坂道を歩くしかない。空崎は登る前に心が折れそうになった。今年で40になるおじさんには正直面倒だ。いや、まだ40だ。と思い直し、坂を上る。
すっかり緑になった桜を見ると、まだ6月初旬だが夏を感じられずにはいられなかった。

「おい、そっちに言っても学校しかないぞ?」
「?」

坂道の途中で落葉の掃除をしているじいさんに声をかけられた。俺を不審者か何かだとでも思われてるのか?

「俺はこの先の学校に用がある。卒業生なんだ俺」
「ほぅ、そうじゃったか。しかし良いのか?最後の日じゃというのに学校なんぞ行ってもつまらんぞ?」
「じいさんも落葉の掃除してるじゃねぇか」
「…それもそうじゃの」

じいさんは白髭を撫でながら笑う。すると白髭で見えなかったが、見覚えのある傷が頬に刻まれているのが微かに見てた。

「あんた、武田のおっさん!?」
「うん?確かにわしは武田信隆じゃが…。お主どっかで会ったかの?」

よく見るとだいぶ老けてはいるが、間違いなくあの生徒指導のおっさんだった。

「俺だよ、空崎大輔!!ほら、よくタイマン勝負してはおっさんの自慢の竹刀でボコられてた!」
「お、おお…。大輔、お前だったのか。随分と老けたのぉ」
「おっさんこそ、まだ生きてたのかよ」

自分を棚にあげて喋る癖も変わってない。これは嬉しい出会いだった。


学校までの坂道をおっさん二人が歩いて行く。…俺が40だから、おっさんは…もう70になるのか?

「そういやおっさん。」
「おっさんはお前じゃろが」
「俺ん中ではあんたがおっさんなんだよ。…で、自慢の竹刀はまだ持ってるのか?」
「あんなもんとうの昔に折れちまったわい。それに、そんなもん使わなくてもわしは強かった」
「言えてる。おっさん本当に強かった」

あまり変わり映えしない桜並木を見ながら、おっさんは半ば退屈そうにため息をついた。ここの風景があまりにも変わってなくて、まるで時間が止まってるか、過去に逆戻りしているかの様な錯覚を感じる。


学校の校門前に着くと、空崎は驚いた。あの頃、空崎がいつも通っていたあの学校とは似ても似つかない。全てが変わっていた。

「驚いたじゃろ?」
「…ああ、この学校に来たのは卒業して以来だからな。まさかこんなに…変わってるとは」

校舎も、ボロかった体育館も改装され、少し古びていた。

「中へ入ってみるかの」
「え、おっさんまだここで教師やってるのか?」
「いや、もうとっくに定年じゃよ。今は校庭の管理人をしとる」
「校庭の…管理人?」

要らねぇだろそんなもん。と、口に出かけたが、たいしてつっこむ程でもないので空崎はスルーした。
二人は校門に足を踏み入れ、校舎の中庭えと向かう。空崎はまだここが母校だという実感が無かった。よく授業をサボって寝ていた時の桜の木の下や、友達とよく喧嘩した場所。何処にも空崎の思い出をつつくような場所は無かった。正直、ショックだ。

「ここじゃよ、入れ」

校舎に隣接している小さな小屋。そこにおっさんは入っていく。空崎も続いて小屋に入った。中は以外ときれいで、畳に座布団、ちゃぶ台。用具棚にガスコンロまであった。

「おっさん、ここに住んでるのか?」
「アホかい、わしはこれでも妻がおるぞ。息子が上京して、わしと二人でのんびり暮らしとる。…まあ、それも今日までじゃがな」

ここに座っとけ。と催促され、空崎は大人しく座布団に座った。

「今湯を沸かすからの。待っとれ、お茶を淹れてやる」

二話 露星 秋音(つゆほし あきね)

私は、死ぬのが怖かった。

「秋音、ご飯ここに置いておくからね」

ドアに向かって話かけるが、返事は無かった。お母さんはため息を漏らし、私の部屋をあとにした。
私はというと、私服姿で布団にくるまって時計を見ていた。今日が地球最後の日。ついに何もせずに2ヶ月が過ぎていた。


―2ヶ月前

「うっし、飯食ったしカラオケ行こうぜ!」
「うん」

私は雄太(ゆうた)とデートしていた。ファミレスで少し早めの昼食をとり、町を歩いていた。
雄太とは中学の時から知ってて、高校に入るのと同時に告白し、付き合う事になった。もうとにかく遊ぶことが好きで、友達も年齢問わず多い。女友達も多く、告白されている雄太を何度か見かけていた。でも、雄太は全部断っていた。相手の心を傷つけないように、また友達として遊べる関係に戻れるように。そんな彼を優しい人間だと思った。そして、私も雄太を好きになってしまった。今思うと、どうして彼氏になってくれたのか全くわからない。いや、嬉しいケド…。

「あっちーな!春通り越して夏になったのか?」
「あはは…。お茶いる?私持ってきてるけど」

バッグから取りだしたお茶を渡した。サンキューといってお構い無しに蓋を開ける…が。

「え、あ!それ飲みかけだった…」
「ん?別にいいじゃんか飲みかけくらい」
「か、間接キスだね」

ぶッ、と雄太は飲んでいたお茶を吹いてしまう。

「ちょ、そんな事言われると飲めねーじゃんかよ!!」
「もう飲んじゃったでしょ?あーあ、こんなとこでファーストキスとられちゃった~」
「バーカ、直接的じゃねぇから奪ってねぇよ。」

ホラ、 返すよ。と言ってお茶を私に押し付けて歩き出す。顔が少し赤くなっているのに少し驚いた。雄太は結構大人びているイメージが強かったけど、手を繋いだり、さっきの様にいじめてみると、意外に子供っぽかったりする。

町を10分程歩いてカラオケについた。雄太は特にカラオケが好きで、ロックを主に歌っている。男らしいハスキーな声なので、これがまた曲に合っていた。たまに歌ってくれるバラード系も上手いが、雄太自身は盛り上がる曲の方が性にあってるらしく、あまり歌ってくれなかったりする。

「じゃ、一番貰うぜ」

そう言って雄太は迷う事なく曲を入力し、マイクを握った。雄太のお気に入りのバンドの新曲の伴奏が流れはじめる。そして、雄太の歌声が重なって曲に色がついていく。ホントに、雄太は歌が上手い。ブレがなく、真っ直ぐ心に響く。過大評価かも知れないけど、それくらい私は彼の歌声が好きで仕方がないのだ。
私はと言うと、いざ歌うと普段より声が小さくなって、正直全く出来ない。それに恥ずかしいし、雄太みたいに気持ち良さそうに歌えなかった。


大体一時間程経っただろうか、雄太がなんとバラードを入れた。頼みでもしないと歌ってくれないのに…。

「前にバラードも上手いって言ってくれたろ。あのあと、俺結構練習したんだぜ」

曲名は『キミのオト』。私の好きな曲だ。


君はいつもひとりぼっちで
さみしく震えてた
僕はただ見てるしか出来ずに
君は僕が思ってるより
強く優しくて
ただ自分の苦しみを我慢していた


優しく囁く様に、雄太の声がとても耳に優しかった。感情もこもっていて、ああ、きっと沢山練習したんだろうな。なんて思ってしまう。

「あ~あ。あと2ヶ月だよなこの世界」
「…そうだね」

二人は歌い疲れて少し休憩していた。

「お前はあと残り2ヶ月どうする?」
「私は雄太と一緒に居たいなぁ」
「俺は最後までこの世界を楽しむつもりだ。それでも良いなら一緒に過ごそう」
「ばか、そのつもりよ」

そっか、と雄太は笑う。でも、私は上手く笑えなかった。あと2ヶ月。私にとってそれはとても残酷な事。
だから、やってしまった。

「…ねぇ、雄太」
「ん?」

私は雄太に近づき、肩が当たるくらい密接した。

「わッ!秋音」
「雄太、お願い」

私は雄太の手を取り、自分の胸に押し付けた。雄太の顔が今までにないくらい赤くなる。

「私に、えっちな事…して」
「な、何言ってんだ」
「雄太が好き。だから私の体、全部雄太のなんだから。いくとこまでいっても…いいんだからね?」

私はそのまま雄太の口に、自分の口をゆっくり近づける。雄太の吐息が感じられるくらいにまで迫った。だが…。

「ダメだ!!」

雄太は秋音から体を離し、距離を置いた。顔はまだ赤く、照れているが何処か悲しそうな複雑な表情をしていた。

「…ごめん、ダメだ俺」
「…そっか、そうだよね。私なんかに迫られても困るだけよ」
「違う秋音!!俺は」
「じゃあ、私を抱いてよ…。えっちな事してもいいから」
「だ、だけどよ」
「怖いの!!」

秋音の叫びに、雄太はハッとなる。

「私、弱いから。とても怖いの…。なのに、みんな当たり前の様に受け入れて、私だけ怖がってて…。誰にも…話せなくて…!」

秋音は涙が止まらなくなり、部屋から出ていく。

「おい、待てよ秋音!!」
「…ごめん、私もう我慢出来ない」

そう言って秋音は雄太のもとを去っていった―。

●●●●●●●

あれから2ヶ月…

「死にたくないよぉ…」

私は布団にくるまって体を丸くした。また涙が流れる。もうベッドはすっかり濡れていた。どうせ洗ったって今日に死ぬし…。と、自暴自棄になってみようとしたが、鬱になるだけだった。
あのときから私は家に引きこもり、親ともコミュニケーションをとっていない。勿論部屋から一歩も出ていない。ちなみにお風呂は夜遅くにこっそり入ってる。ちゃんとお湯が沸いてる辺り、お母さんにはバレバレみたいだけど…。
そんな事を考えてると、カリカリっという音が聞こえた。テレビもCDも何もつけていないから小さな音でもすごく気になる。
にしても何の音?と、秋音が布団から顔を出した瞬間。ガラスの砕ける様な音がした。あわてて床をみると、ガラスの破片が飛び散っていた。でもあんな所にガラス製品なんて…。

「アキネ」
「え?」

見上げると、鍵をかけた筈の窓が開いていて、そこには…

「ゆう…た?」
「久しぶりだな、秋音!!」

そこには確かに雄太がいた。2ヶ月ぶりの再開。

「さあ、いくぞ秋音。この世界を最後まで楽しまねェとな!」

世界はまだ、終わっていない。

三話 天嶺 大地(あまみね だいち)

今日も君は箱庭の中…。

「先輩ぃ~。遂に最後の日まで伸ばしちゃったんすよぉ」
「はぁ?お前まだ告白してなかったのか?」
「はい…そうなんです」
「お前飲んでる場合じゃねぇだろ!…誘った俺も悪ぃけどよ。今日で世界は終わっちまうんだから、一か八か告白した方が良いぞ」
「でもですよ、もし駄目だったら悲しい気持ちで俺の人生終わっちゃうじゃあないですか!?」

俺は今、先輩と飲んでいる。しかも朝っぱらから…。朝に酒を飲むのはこれが初めてだと思う。誰も寝起きに酒を飲もうなんて考える奴はそういないだろう。俺的にはイケる口だけどな。
と、思ってたら先輩が勘定を支払っていた。

「悪ぃがお先、勘定払っとくから、てめぇはさっさと行動しろ」
「え~、空崎さんもう行くんですか?」
「ああ、お前と一緒に死ぬのはゴメンだ」

そう言い残し、空崎は居酒屋から出ていった。

「ちぇ、ひっどいなぁ空崎さん。」

天嶺はおちょこの酒を一気に飲み干し、ぐで~っと机に突っ伏す。まだ酔い潰れていない。ここまで悩むと気持ち良く酔える訳もない。こんなことなら、恋なんてしなければ良かった…。
おやっさん、もう一杯…。と、空になったおちょこを持ち上げる。

「若ェの、もうその辺にしとけ」
「ええ~、良いじゃんかおやっさんあと一本くらい」
「もう勘定は払ったんだ。追加料金とるぞ?」
「げ、それは勿体無いなぁ…」

天嶺は仕方なく居酒屋を後にし、ぼけ~っと街を歩く。
あ~くそぉ…。もうちょい最後の日を後回しには出来ないのかよ…。このままじゃあ先輩の言う通り未練タラタラ幽霊で宇宙を闊歩するはめになる。それだけは嫌だな。せめて思い残すことなく死にたいけど…。

天嶺は以前から親や親戚に嫌気がさすほど結婚するように催促されていた。いくつかお見合い話もあったのだが、全て断っていた。ただ結婚が嫌な訳ではなく、本命が天嶺にはいるからだ。

それは生まれて初めての恋。初恋と言われるそれは、天嶺にとって劇的だった。3年前、叔母が入院してお見舞いに行った時だ。一階の中庭に面した窓際に彼女は居た。日焼けの無い、病的なまでに白い肌、綺麗な栗色の髪。睫毛が長く、黒い瞳。弱々しい感じもあったが、何より天嶺の目には一輪の美しい花に見えた。要するに、一目惚れだ。

「あら、今日も来たんですね」
「あ、は、はい」

6回目の叔母のお見舞い(ほぼ一目惚れの彼女目的)の時の事だった。いつもの様にわざわざ中庭を通っていたら、急に話かけられたのだ。天嶺は慌てて裏返った返事をしてしまった。
そんな天嶺を見て、クスクスと彼女は笑った。

「遠回りなのに、いつも中庭を通っていらっしゃったので気になってたんです。」
「あッ、そうなんっスか!?えっと、俺も…」

俺も貴女の事が気になってます。という言葉が頭に浮かんだが、即脳から削除した。会話センスの無さに悔やむ。

「景色…そう、景色!ここの中庭落ち着くんですよね~」
「わぁ、貴方もここが好きだったんですね!私も毎日、この窓から景色を眺めているんですよ」
(か、可愛い…。って、違う違う!!なんで嘘ついちまったんだ俺のバカ野郎!!)
「私、花宮 舞里(はなみやまいり)って、言います」
「お、俺は。天嶺…大輔」
「ここで会ったのも何かの縁。良かったら病院の外のお話、色々聞かせて欲しいのですが…」
「へ?」

あれ?いつの間にかお知り合いになっちゃった!?

「…ダメ、ですか?」
「い、いやいやいやいや!やります、是非!!語らして下さいな!」

これが俺の初恋───。

俺達の、出会い─────。

四話 消えたアルバムと二つ目の願い

倉庫の様な部屋にはいくつか本棚が並んでおり、大小様々な本が詰まっている。おっさんはその中から一冊の本を取り出す。

「…ふむ、これがお前の歳の卒業アルバムじゃよ」
「おっさん、あんたこんなもん大切に持ってたのかよジジ臭ェ」
「じいさんになると思い出にふけるのが趣味になるんじゃよ」
「いやぁ、あんただけだろ」
「そう言うお前も、思い出につられてここへ来た口じゃろがい」
「ぐっ…確かに」

そう言いながら空崎大輔は軽くページをめくっていく。そこには授業風景や文化祭、修学旅行といった学生時代の思い出が、写真として収められていた。若き頃の自分や親友、ついでにおっさんも所々写っている。懐かしいと思える時代。将来の事なんて考えてなくて、何時だって今に全力だった。

「お、タイムカプセル埋めた時の写真じゃねぇか。そういや忘れてたな~。もう掘り起こしたのか?」
「…いんや、10年後そこに行ってみたが誰も集まらんかった」
「そっか…ふーん。ん?あれ?」
「なんじゃどうした?」
「ここだけ写真ねぇじゃねぇか」
「……」
「なんでここだけ抜けてんだ?」
「お前、忘れたのか?」
「は?何が」

じいさんは呆れた様に溜め息をつく。

「行くぞ、空崎」
「うぇ、どこに!?」

じいさんは無理やり空崎の腕を掴み、倉庫を出る。

「掘るんじゃよ、タイムカプセル」

■■■■■■■■■■

校舎からグラウンドを挟んだ向こう側に桜並木がある。その何本目かの木の根元で、空崎はせっせと穴を掘っていた。

「…ふぅ、おい、おっさんも穴を掘ってくれよ」
「そうしたいんじゃが、生憎腰やら足やらガタがきておるからの~」
「こ、ここまで強引に連れて来たのおっさんだろ!」
「歳をとるといざというとき身体が言う事聞かんもんなんじゃ」
「ちっ、ほざきやがって…」
「うん?何か、行ったかの」
「別に、なんでもねーよ!」

ヤケクソになりながら穴を堀続けていると、固い金属音が土の中から聞こえた。空崎は周りの土を掘り下げて、土を払う。そこには、お菓子の金属箱があった。文字がかすれて、なんのお菓子だったか分からない。しかし確かにこれは、あの時俺が…俺達が埋めたタイムカプセル。

「…開けてみろ」
「いいのか?俺だけなのに…」
「今日でこの世も終いじゃ。今更こんな所来る奴はおらん」

空崎は頷き、歪んでしまった箱の蓋をこじ開ける。中身はクラス分の手紙の束と、大学の合格通知や制服のボタン。誰が入れたのか、エロ本まで入っていた。───そして

「これは…」

空崎が取り出したのは、女子と空崎が身を寄せて写っている古い写真だ。バカみたいに笑ってピースしている。

俺の、妻だ─────。

「お前さん、自分のアルバムから抜くの嫌がって、勝手にわしのアルバムから抜き取って箱に入れたじゃろ」
「ああ、そうだ。思い出した。」

写真の裏を見てみると、汚ない字で『辛わせにしてやれてるか大輔!』と書いてある。きっと『幸せ』と書きたかったのだろう。馬鹿みたいな間違いしている。凄く恥ずかしい。

「お前さん、どうしてこんな所にいるのじゃ。側に居てやるべき方がいるじゃろうて。地球最後の日じゃと言うのに、なにをうろついておる」
「…そうだな。ワリィ、変なこと付き合わせちまって」
「なあに気にするな。最後に教え子に会えて幸せもんじゃよ」

空崎は写真をポケットにしまい、学校を後にした。

五話 地球最後の贈り物

「ち、ちょっと!!どっから入ってるのよ!」

今、私の目の前には雄太がいる。あまりにもいきなり過ぎて私の頭は真っ白。寝巻き姿とか、髪がくしゃくしゃとか、気にしていられなかった。

「よ!久しぶり秋音」
「久しぶりじゃないわよ!」

部屋の向こうから、慌てた物音が近づいてくるのが聞こえた。

「あ、やべ。行くぞ秋音!」
「は?って、キャッ!!」

雄太は私を抱き抱え、窓から出ようとする。私は今更寝巻き姿だって事に気づいて抵抗した。

「ちょっと待ってってば!私、今寝巻きなんだけど!?」
「大丈夫だ、外に秋音の服を用意してる。それに…」
「…それに?」
「くしゃった髪に寝巻き姿の秋音…ちょー可愛い」
「……ッ!!」

顔が火照ってるのが自分でもわかる。思わず抵抗するのを止めてしまった。…ずるい、その笑顔。

そして秋音達は家から脱出し、バイクで走り去っていった───。

■■■■■■

住宅地の公園。さすがに早朝は人気が少なかった。雄太はここでバイクを止めて、私に服を押し付けて公衆トイレで着替える様に言われた。まだ頭の整理はついてない。状況すら把握してない…。

「もう、なんであんな危ない事するのよ!」
「ごめんな。俺、秋音の母さんに嫌われてるから正面からじゃ絶対入れなかったんだ」
「え…」

きっとお母さんは、私が引きこもったのを雄太のせいだと思ったらしい。私が勝手に怖くなっていただけなのに。

「ご、ごめん。私のせいで…」
「お、おいおい。謝る必要ねぇって!俺がしっかり支えてなかったから、お前を悲しませたんだ。そんな事より、せっかくのデートだぞ~。はやく着替えなよ!!」
「う、うん。待ってて」

そう言って私は紙袋から雄太の用意した服を取り出す。シャツにパーカー、スカートにブーツ、帽子から…それと──

「な、なんでパンツまであるのよー!!」

そこには、真っ白な生地にフリルがあしらわれた可愛いらしいパンツがあった。雄太の趣味だろう…。

「ん?下着なんてプレゼントとかで普通に贈る物じゃないのか?」
「誰の入れ知恵よ…」
「ぐっさんが…」

『ぐっさん!俺、どうすればいいんスか!!』
『先生と呼べ雄太!!』
『すんません!でも、女物の服を買うのなんて初めてで…ましてや下着なんてとても』
『バッキャロゥ!!女の子にパンツの一つや二つプレゼントすんのが礼儀だろうが』
『まじすかぐっさん!』
『先生と呼べ雄太!!』
『すんません!でも、それでも買える勇気が…』
『仕方ない。先生が一緒に行こう。お前の愛はちゃんと心に伝わっているぞ』
『ぐ、ぐっさん…』

「何でだぁぁぁぁぁ!!」

服を着た秋音がトイレから飛び出し、雄太におもいっきり平手打ちをかました。

「いっ!何すんだよ!!」

う~、あのセンコー。この服あいつの趣味かよ…。ってことは下着も…。
秋音は顔を真っ赤にする。はやく服を脱ぎたくなった。

「お、スゲー似合ってんじゃん。選んだ甲斐があったぜ~」
「え、雄太が選んでくれたんだ…」
「?当たり前だろ。他に誰がいるんだ??」

そっか、と秋音は少し嬉しい気持ちにな…

「下着がよく分かんなくてよ~。そこはぐっさんにご指導を…」
「バカぁぁぁぁぁぁぁ!!」

『女ってのは複雑でデリケートだ。触れたら壊れちゃうんだぞ☆』
そんなぐっさんの声が聞こえた様な気がした雄太だった。

■■■■■■■

すっかり日が昇り、駅前広場の時計は時刻午前10時を指していた。辺りは何時もの様に活気に満ちている。会社に行く人、買い物に行く主婦、遊びに行く学生グループ。まるで私だけが取り残されている気がした。

「さて、そんじゃ行くか」
「うぇ?ど、どこによ」
「どこって、カラオケだよ」
「か、カラオケ?」

地球最後の日、学校はどこも休校だ。よって、思いの丈を歌詞にのせて叫び倒そうとする人達は大勢いる。カラオケ店なんてどこも満室なのは明らかだ。というか、あんな気まずい事が起きたカラオケに平気に誘う雄太にびっくりだった。

「ダチのコネで部屋空けてくれてよ。ちょっと狭めだけど、まぁ歌えるなら別にいいよな!」

そういって雄太は私の手を握り、ひっぱっていく。

「ちょ、ちょっと雄太!」
「ん?何だ?」
「何だ?じゃないよ。忘れた訳じゃないんでしょ?あの日、カラオケで私がしたこと…」
「…忘れてなんかいないよ。…忘れるもんか」
「だったら!」
「俺は秋音を傷つけた…。守ることが出来なかった。俺、ずっと後悔してたんだ。どうして秋音の気持ちに気付けなかったのか。」

雄太はポケットから取り出したモノを秋音の首にそっとかけた。
それは小さな白いまが玉のネックレスだった。

「作ったんだ、御守りだよ」
「………」

雄太は優しく私の手を握る。

「頼む秋音。もう一度、やり直したいんだ」
「………」

やっぱり、ダメだ…私。こんなの…やだ。

「…秋音?」

俯く秋音の顔から雫が落ちる。顔が、頭が熱くなってぼやけてきた。

「むりだよぉ…雄太」
「な、なんで!」
「やり直すなんて出来っこないよ!!」

街中に悲鳴のような叫びが響きわたる。まわりの通行人達が驚きこちらを見ていた。
秋音は握った手をほどいて、八つ当たりに雄太の胸を叩いた。

「雄太のばか。ばかばか!!何にも分かってない!私達、今日で終わっちゃうんだよ?今日で死んじゃうんだよ!?もう会えなくなっちゃうのに…やり直せる訳ないじゃない!」

秋音は雄太をつき倒した。雄太はただ茫然としている。

「なんで…最後の日なんかに来るのよ…。もっと早く来てよ!!バカ!!」

秋音は近くの自転車に乗り、走り出した。

「え、あ、ちょ、待てよ、秋音ッ!!」

追いつかれたくなかった。ただ遠く離れたかった。こんな残酷な世界なのだから、雄太に恋をしなければ良かったのに…。雄太に出合わなければ良かったのに…。

六話 鳥籠の姫

ここは都内のとある病院前。ほぼ毎日、天嶺 大地はここに通っている。勿論、彼女のためだ。

「…よし」

ポケットに何ヵ月か前に買った彼女のプレゼントを確認して、確かな足取りで病院内へと入っていく。

病院は相変わらず機能している。地球最後の日でもお節介焼き達がせっせと働いていた。職務精神の欠片もない天嶺には、爪の垢でも飲ませてやりたいくらいの所業である。
中庭へ入ると南側の窓越しに、彼女が景色を眺めているのが目に入った。

「あら、今日もいらして下さったの?」
「え、ええ。祖母の見舞いで、今帰りです」

ちなみに祖母はとっくに退院して、楽しく余生を過ごしている。

「ふふふ、最後の日ですのに律儀というか真面目なんですね」
「いや、別に真面目なんかじゃあ…」
「真面目ですよ。帰りに私なんかに立ち寄って頂けるなんて素敵です」
「俺は…」

貴女に会うのが楽しみなんです。…とは言えない。

「…?天嶺さん?」
「ぅえ?いや、いやはは…」

頭がまた真っ白、首をかしげながらこちらを見ている花宮さんか可愛いくらいしか頭にない。彼女と出会って、どれだけ自分が自主性がなくて子供だって事が痛感した。もう少し喋りが上手くて、彼女に想いを伝えれたならどれだけ楽かと、この数ヶ月悩み続けてきた。

「花宮さんは…調子どう?」
「今日は少し喘息があるかな?でも、そんな酷いものじゃないので、心配は要りませんよ?」
「そ、そっか…良かった」

ホッと安堵する天嶺を見て花宮はクスクス笑う

「ところで天嶺さん。この後ご予定とかありますか?」
「予定、ですか?…いや、とくには」

花宮さんはなにか言いづらそうに子供っぽくもじもじしてる。清楚で大人びたイメージとのギャップに、天嶺は思わずにやついてしまいそうになるが、顔の筋肉をフルに使い、なんとか顔に出さなかった。

「なんでも言ってくださいよ!俺なんでもしますから!」
「そ、そうです?…では」

「私を病院の外へ連れ出して頂けないでしょうか?」
「はい!喜んで!!…って、へ??」

外って、花宮さんと!?
頭が一瞬思考停止する。急展開なこの状況に天嶺の脳のスペックは追い付かない。

「だめ…ですか?」
「いえ!そんなことないですよ!」

上目遣いで不安そうに聞いてくるなんて反則すぎる!!天嶺はうなずくしかなかった。

「じゃあじゃあ!私支度してきますね!ちょっとだけここで待ってて下さい!」

そういって花宮は窓を閉じ、カーテンを締めた。
天嶺は思考が固まったまま、ただ突っ立っているしかなかった。

◆◆◆◆◆◆◆

彼女の細く、温もりのある腕が俺の腕に絡み付く。彼女の鼓動、吐息が伝わっていく。

「き、緊張する…。私初めてだから…」
「お、俺もですよ、こんなの」
「優しく…そっと…」
「…ゴクリ」

天嶺はそっと手を伸ばし…

…カチャリ

病院の裏口を開けた。

「警備員さんは…誰もいませんね」

思ったよりも病院から抜け出すのは簡単だった。皮肉にも、地球最後の日まで警備するほどの奴はいなかったって事だ。
とりあえず天嶺は彼女を引き連れ、自分の停めてある車へと向かう。
いまだ緊張が解けない天嶺と裏腹に花宮はわくわくが押さえきれない子供のようにそわそわし始めた。

「あの!天嶺さん」
「はい?どうきゃしましたか?」

思わず噛んでしまう天嶺。

「まず何処へ行きますか?」
「えっと、そうだなぁ、、、とりあえず繁華街へ向かいますか?あそこなら色んなお店もあるし」
「繁華街!行ってみたいです!」

もうわくわくがこぼれて笑みを浮かべずにはいられないらしい、というか、こんな花宮さんは初めて見た。いつも物静かでおっとりなイメージなのに。

二人は車に乗り、難なく病院を後にする。

地球最後の日常

まだ完成してません。暇さえあれば更新してます。

地球最後の日常

200年前、巨大隕石を確認。対抗策もなく今に至り、とうとう地球最後の日が来た。しかし、以外にも世界は平穏で機能的だった。 地球最後の日、あなたは何をしたいのか…。 三人の主人公視点で描く世界の隅っこの小さなお話。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-05-28

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 一話 空崎大輔(からさき だいすけ)
  2. 二話 露星 秋音(つゆほし あきね)
  3. 三話 天嶺 大地(あまみね だいち)
  4. 四話 消えたアルバムと二つ目の願い
  5. 五話 地球最後の贈り物
  6. 六話 鳥籠の姫