葉桜の季節

病弱な女が呟きます

 夕日がきれいですね。
最近は何だか体の調子もよろしいみたいで外に出ることも多くなりましたの。食欲も出てきて昨日は昼食は入らなかったけれどちゃんと二食食べることが出来ましたわ。
もちろん頂いたお薬は飲んでいます。
そのお薬のせいか頭がぼーっとすることも多いんです、だからこんな風に今日も夕日を眺めているのでしょう。
何だか不思議な感覚ですの、朝起きたらあっという間に日が傾き夕焼け空が広がっているんです。
もう何日も前からこんな調子なんですのよ、まるで時間に取り残されてしまったみたいに時があっという間に流れて行ってしまう。
夕日がきれいですね。
本当にうっとりしてしまう、このままだと三階のベランダから飛び降りてしまいそう。
ベランダから外を眺めているとね、いろんなものが見えるんですのよ。郵便配達のバイクとか宅配便の車、マレットを持った老人。
葉桜の下で子供たちが笑い、サッカーボールを蹴りながら住宅街の車道を走り去っていく。
カラスが鳴いているわ。
私ね、昔の記憶がないんですの。といっても小さかった頃の思い出はあるんです、でもここ数年の出来事をすっかり忘れてしまったみたいで……思い出したとしてもそれこそ何十年も前の出来事のように感じるんです。
ぼんやりと走馬灯でも見ているみたい、まだ若いのにまるでもう少しで死んでしまうんじゃないかなんて思ったりもするんですの、笑ってしまうわね。
いっそ死んでしまった方が楽かしらなんて思ったりもしたこともあるの、でもやっぱり死ねなかった、やっぱり私は生きたかったのですわ、だって今私は生きているのですから。
ちょっと前まではとっても悩んでいたような気がするんです。でも今じゃ何に悩んでいたのか思い出せない。でもそれは決していいことでは無くて、ただただ私が無関心になっただけなんです。
何だか寂しいような気もします、でもそれが今の私。
生も死も全部どうにでもよく思えて、ただただ夕日を見つめるんです。
街を誰かが歩いている、不思議ですよね、この街には多くの人間が生きていて、皆笑ったり泣いたり悩みながら今を生きている。
喜怒哀楽の感情が一人一人の人間にあって、世界中がそれに溢れてる。
私には他の人がそれぞれ様々な感情を持って生活していると考えると、とっても不思議な気持ちになるんです。私以外にみんながそれぞれの人生を歩んでいると思うと怖いような悲しいような、いやもしかしたら私は自分以外の人に人生があるということが考えられないのかもしれません。
ごめんなさい、訳の分からないことを言ってしまいましたね。でも表現し辛いそんなことを私は思ってしまうんです。
そう言えば私には上に兄弟がいたらしいのです。前に一度お母様がそう言っていました。なんでも流産とかで直ぐに流れていってしまったとのこと。
そんな生まれずに流れた子供が三人はいるみたいなんです。そして最後に私が生まれた。
そう思うとなんだか流れてしまった子たちが可愛そうで……いやそんな憐みの気持ちではありませんね、私が生きてしまっているのが申し訳ないのです。
私が生まれてきて、他の方はうれしかったのでしょうか。私は病弱で皆様の足を引っ張ってばかり、私は何かのお役に立てたでしょうか。
お父様、お母様、本当にごめんなさい。
なぜ謝るのと聞かれても私は困ってしまいますが。それでも私にはごめんなさいを言うことしかできません。
夕日が沈んでいく。
夜が来ますね。風も強まってきて寒さがやってきます。
どこからか魚の焼ける臭いがします、そういえば今日の晩のご飯は何なのでしょうね。今日はちっともお腹が減っていないので別にどうだって構わないのですけれども。
今日も明日も明後日も何も不自由の無い生活、いったいいつまで続くのやら。何もせずとも時間ばかりが過ぎていく。
なんとも知れない虚無感と虚しさに包まれて、今日もただただ生き残ってしまった。

葉桜の季節

葉桜の季節

病弱で、諦めてしまった女が、独白します。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-15

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted