おづさん
レジがよく見える席を探す。
「お待たせしました」
チーク濃いめの店員が笑顔を向けている。
てりやきバーガーとポテトのSサイズ、お茶のLサイズが置かれたトレイを受け取る。
レジの対角線上にあるテーブル席に移動する。
二人用のテーブル席が三つ並んでいる。
右端のテーブルにトレイを置く。
壁側のソファに座る。
平日の午後3時過ぎ。
20席ほどの店内は半分が埋まっている。
LINEで二人に連絡する。
二人の返信を確認し隣のテーブルを近づける。
ハンバーガーとポテトを急いで食べる。
トレイを横にのけてカバンからノートを出しテーブルに開く。
チーク濃いめの店員の名札に"おづ"と書かれていた。
少し考え、ノートに"小津"と書く。
身長は160センチ位。
出るとこ出てない華奢な体つき。
黒い髪を後ろで束ねている。
きれい系。
眉は太め。
意思の強そうな目つき。
知り合いに魔女がいて森の中の小屋でカラスの絵を描いている――そんな雰囲気。
客への応対、態度、言葉遣いなど問題点は無し。
2人が来るまでのあいだ怪しまれない程度に彼女を観察する。
いつからいたのか――レジから少し離れた所に一人の男が立っている。
黒縁の眼鏡をかけた――それしか特徴の無い男。
メニュー紹介パネルを眺めながら腕を組んでいる。
5分ほど経ったが動く気配がない。
秀吉に「早く決めろ」とLINEする。
男はポケットからスマホを取り出し画面を見た。
その場でキョロキョロする男。
オレと目が合い軽く手を上げる男。
無視する。
男がレジ前に行くと、同じタイミングでおばあさんと鉢合わせする。
男がおばあさんに先を譲る。
男がオレに手を上げる。
無視する。
「小津さん、タトゥいれたいらしいね」
秀吉はオレの向かいの席に座った。
テーブルに置かれたトレイには赤い紙袋が置いてある。
テイクアウトにしたのか?
ハッピーセット――秀吉は袋からミニカーを取り出しながら嬉しそうに言った。
「アザラシのタトゥがいいらしい」
「昔からアザラシ好きだからな」
「でも温泉入れないよ。スポーツジムも入会断られるらしいし」
「問題ないんじゃない。温泉もジムも興味ないし」
「やっぱ帰国子女ってのがあるのかな」
「それは大きいだろうね」
30分位二人で小津さんのタトゥ宣言に自論をぶつけ合い、なぜにこうもアザラシを愛でるようになったのか回想し、帰国子女ゆえの悩みに同情を寄せた。
小津さんは10月10日――銭湯の日にカリフォルニアで生まれた。
年齢はオレらより6つ年上の26歳。
12歳の時に日本に来た。
父親は日本の一流商社のアメリカ支社社長。
だけにとどまらず、怖い話を語らせたらあのヒゲの人に勝るとも劣らずといわれるほどのホラーストーリーテラーで、彼女は小さい頃からそれを聞かされていたため怖い話に免疫ができてしまい聞いてる途中で笑ってしまう。
まわりからは下の名前もしくは"小津さん"と呼ばれているがオレらより親しい友人は<
小津さん→オジサン→じーさん>からの流れで"サンジ"と呼んでいる。
足技は特にないが料理は好き。
得意料理は蒸し料理で"私に蒸せないものはない"と豪語している。
彼氏は――
「家康」
オレが最後まで言い終わらないうちに秀吉は言った。
そしてニヤリと笑った。
オレは「そうそう、家康の彼女なんだよ、小津さんは」と言わざるを得なかった。
全然来る気配がないので、家康にLINEしてみる。
返信は無い。
こっちに向かっているのだろう。
あいつはスマホを外に持ち出さない。
もう失くすのは嫌だから――と言っていた。
店内に坊主頭の男が入ってきた。
男はまっすぐレジに向かってツカツカ歩いていく。
レジ前でおばあさんと鉢合わせするが構わずレジ前に立つ。
メニュー表を指差しながら次々決めていく。
会計が終わるやいなやレジ前から離れ、離れるやいなやオレと目が合い、目が合うやいなや威勢よく手を挙げた。
「おまえ、小津さんと付き合ってるんだって?」
家康は一瞬だけ顔面を硬直させたがすぐに「理解した」顔になって言った。
「ばれちゃったか。そうなんだよ。隠す気はなかったんだけど」
そういいながらオレの横に座った。
家康はオレのトレイを無人の席の方へ押しやり自分のトレイを置いた。
トレイの上にはナゲット、サラダ、アップルパイ、パンケーキ、ソフトクリームがのっている。
「いつからだよ」
「先月だったかな」
「どういうあれでそうなったんだよ」
オレは横にいる恋敵に詰め寄った。
家康は眉間に皺を寄せ少し唸った。
「小津さんの元彼の紹介で」
「だれだよ元彼って」
「秀吉」
右を向いていたオレの顔面左に水しぶきがかかった。
自分の名前が呼ばれたことに秀吉は牛乳を右手にうろたえている。
テーブルに白い液体が飛び散っている。
秀吉はナプキンで口を拭った。
「信長、落ち着いて聞いてくれ――その前にこれで顔を拭いてくれ」
オレは渡されたナプキンで顔を拭いた。
「信長、お前が悪いんだ」
「なんで俺が悪いんだ」
「お前が小津さんにかまってやらなかったから」
「そうだ。そんなようなことを言ってたぞ。もう少し妹をかまってやらないと」
「いも――妹、小津さんはオレの妹か――」
「何をいまさら言ってんだ。お前の生き別れた妹だって言ってたじゃないか」
「そ、そうだ、オレの妹だ。大切な妹をお前らみたいなあれに――あれされてたまるか」
夕日が目に差し込んだ。
店は夕方のかきいれ時を迎え大勢の人がレジの前に立っていた。
その人たちが残らずみんなこちらを見ている。
いつのまにか立ち上がって論戦していたオレ達の白熱具合に白けきっている。
ポテトが揚がった音楽が静寂の店内に響き渡る。
その時、店に一人の客が入ってきた。
ショートカットの女子高生。
彼女は店内にいる客の視線の方向に目を向けた。
オレと目が合った。
オレはすぐに視線を逸らした。
オレ達は静かに着席した。
数秒後、店内の空気が活気を取り戻しざわざわと騒がしくなった。
「何したの」
オレの斜向かいにショートカットの女子高生が立っている。
「いや別に」
家康がこの子は誰かと聞いてくる。
オレの妹だと答える。
ちらと妹の顔を見てみる。
無表情でオレを見ている。
「何それ」
妹はテーブルに開いてあったノートを取り上げた。
妹は立ったまま読んでいる。
小津さんについての情報が書かれたノート。
「これって――あそこにいる、おづっちと関係ある?」
おづっち。
そうか、そういう呼び方もあったか。
「知り合い?」
「同級生だよ」
妹は小津さん――おづっちに向かって手を振った。
それに気づいておづっちは接客の合間に妹に小さく手を振った。
「ってことは何歳なの?」秀吉が口を開いた。
「16だよ」
オレ達より年上じゃない。
全然26歳じゃない。
「というかこのノート全然合ってないよ。まず苗字が違う。小津じゃない。尾津」
そう言って、オレ達の妄想で築き上げた彼女を片っ端から木端微塵にしていった。
タトゥは怖いから嫌いらしい。
生まれは東京の下町、江戸っ子らしい。
怖い話にはめっぽう弱く卒倒してしまうらしい。
料理は得意でないが足技は得意で空手の関東大会で優勝経験あり。
彼氏は――
「おづっちは男だよ。尾津平八」
おづ"くん"――
オレ達はショックから立ち直れずにいた。
「すごい、これは合ってる」
妹が声を上げた。
「おづっち、アザラシ好きなんだよ」
どうでもいい。
おづさん