さんにんのおにいさんたち
あおい はる
いちばん上のおにいさんが昨夜、ワニのたくさんいる国へと旅立ちました。
いちばん上のおにいさんは、ワニのことが大好きなのでした。動物園で飼われているワニではなく、一生に一度は野生のワニが観たいんだ。と云っておにいさんは、インターネットでワニがたくさん生息している国を探し出し、有給休暇をつかって、飛行機に乗って、びゅんっ、と行ってしまわれたのでした。おみやげにワニのはく製を買ってきてやろう、とおにいさんは言っていましたが、ぼくは遠慮しました。ワニには然程、興味がありませんでしたから。
にばんめのおにいさんは一週間前から、女の人がたくさんいる国に滞在しています。
女の人がたくさんいる国とは、女性の人口が男性の人口を上回っている国です。にばんめのおにいさんはその国でも二番目か三番目に栄えている街の、そこそこ寂びれてはいるがベッドの硬さが好みのホテルに寝泊まりしているそうで、新鮮な魚や野菜が並ぶ市場には尻のでかい熟れた女がわんさかいて、おしゃれなカフェや高級ブランドのお店が立ち並ぶ大通りには脚の長い洒落た女がしなを作って歩いている、という内容のメールを、ときどき送ってきます。かわいい子をおまえにもひとり見繕ってやろう、とおにいさんは出かける前に言いましたが、ぼくは遠慮しました。異性には年相応に興味を持っていますが、にばんめのおにいさんが選ぶ女の子というのは、ぼくの好みと大分かけ離れているものですから。過去の彼女とか、おにいさんには美人に見えたのかもしれませんが、ぼくはアフリカゾウに似ていると思いました。
さて、さんばんめのおにいさんですが、一か月前に新種の深海魚の調査に出かけたきり帰ってきません。メールの返信はなく、電話もつながりませんが、このあいだ手紙が届きました。手紙にはこう書かれていました。
『ゲンキです、心配無用、ダイオウグソクムシはいがいとうまい』
手紙を読んだ母さんは、笑いながら泣いていました。親不孝な息子ばかりで困るわと、あなたは高校と大学を卒業したら、まじめに働くのよと。いちばん上のおにいさんも、にばんめのおにいさんも、さんばんめのおにいさんも、高校と大学を卒業し、まじめに働いているというのに。
さんにんのおにいさんたちは、当たり前のように家族が好きで、父さんのさりげないやさしさが好きで、母さんの作る料理が好きで、ぼくのことが好きで、テレビが好きで、ゲームが好きで、音楽が好きで、本が好きで、友だちが好きで、気立ての良い上司が好きで、おもしろい先輩が好きで、かわいい後輩が好きで、いろんな好きなものがある中で、たまたまワニが、女の人が、深海魚が、いろんな好きなものの中でも飛び抜けて好きなだけで、親不孝と泣かれるおにいさんたちのことが、ぼくは、愛おしくてしょうがありませんでした。
だからぼくは三人にメールを送りました。さんにんめのおにいさんには、手紙を送りました。消印が海之中街サンゴ通りという聞いたことのない地名でしたが、手紙は絶対に届くという妙な確信を持っていました。
ワニのはく製は不要ですが、かわいいワニのぬいぐるみなら貰います。
女の子は自分で探しますので、どうかアフリカゾウではなくシマウマみたいなお嫁さんを連れてきて下さい。
ダイオウグソクムシ、ぼくも食べたいです。お土産によろしく。
それから、いちばん上のおにいさんがワニに食べられませんようにと星に祈り、にばんめのおにいさんが女の人に騙されませんようにと通学路に立っているお地蔵さんに祈り、さんばんめのおにいさんが深く暗い海の底でひとりぼっちでありませんようにと、むかし、おにいさんたちと遊んだ神社で祈りました。
ぼくは今、自分で作った動画を配信することに興味があります。
歌を歌ったり、踊りを踊ったり、テレビゲームを実況したり、なにかを作ったり、壊したり、するのです。
ぼくは、ぼくが作った詩を朗読してみたいと思っています。おまえの詩は透明感があって美しいと、いちばん上のおにいさんが褒めてくれましたから。おまえの声は耳心地がいいと、にばんめのおにいさんが称えてくれましたから。おまえは三人の中でいちばん肝が据わっていると、さんばんめのおにいさんが微笑んでくれましたから。
学校の友だちに寒いと笑われましたが、大丈夫です。
ぼくには三人の、大好きなさんにんのおにいさんたちがいますので。
さんにんのおにいさんたち