天体観測
星空の下で
健彦は、もともと活発で、元気いっぱいな男の子でした。たまにいたずらが過ぎるようなところはありましたが、友達も多く、充実した学生生活を送りました。しかし健彦は大学に入った時、自分というものを見失ったような、そんな感覚に陥りました。それは突然のできごとでした。受験という一大イベントが終わり、一時的に目標がなくなったことが原因なのか、環境の変化が原因なのか、それは彼にも、彼の周りの人間にもわかりませんでした。自分は何のために生きているのか、自分はいったい何がしたくてここにいるのか、そんなことを考えながら、代わり映えのしない毎日を過ごしました。
健彦は、学部で仲良くなった友達の御沢に誘われて、天文サークルに入ることにしました。別に何かやりたいことがあったわけでもなかったため、好都合でした。天文サークルでは、新入生の歓迎を兼ねて、長野の山奥にキャンプをしに行きます。なんだか面倒くさいな、と少しだけ思いながら、それでもなんだか参加しなくてはいけない気がして、健彦は参加することにしました。
昼間はテントを建てたり、バーベキューをしたりして、それなりに楽しいひと時を過ごしました。いつもと違う、ということが、健彦のこころを少しだけうきうきとさせました。
夜になりました。いよいよメインイベントの時間です。御沢や、他の部員たちは、そわそわする気持ちを隠しきれていません。しかし、実のところ、健彦はそんなに期待はしていませんでした。どうせそんなに大したものではないだろう、なんて思っていました。周囲の明かりを、誰かが落としました。暗闇に慣れていないからか、健彦の目は、虚無を映しました。まるで僕の心のようだ、なんて思って少しだけ笑いました。何秒かたつと、だんだん目が慣れてきました。少しづつ、何かがきらめきだしました。御沢に、目をつむって、しばらくしてから開けてごらんと言われました。きっと、何かが変わるはず…と。健彦は言う通りにしました。そして、目を開けた瞬間、飛び込んできたのは満天の星空でした。健彦が期待していなかったはずの、星空でした。いて座、こと座、白鳥座なんて、どれがどれだかわからないほどの、きらめきでした。囚われたように、星たちを眺めながら、健彦は自分が一番嫌っていたものは何だったのか、そして、自分が自分でなくなってしまったことの理由に気が付きました。健彦の目には、しっかりと星たちがきらめいていました。
天体観測