くまかめついのべ。⑧

《①》
「……コンポタは世界チャンピオンだと思う」
白い息と一緒に吐き出した一言に、里穂はくすくすと小さく笑った。
「昨日までは斎藤君が世界チャンピオンだったのにねぇ」
あー、うるせぇうるせぇ。
彼から返上されたベルトは今、里穂が買ってくれたコンポタの缶に輝いている。

《②》
新しい王様は『気紛れ』な奴が大嫌い。
昨日も気紛れ罪で三十七人処刑されてしまった。
国中のシェフは、大慌てでメニューを書き換えた。

《③》
彼女は誕生日の度に本をねだる。
「貴方が読みたい、まだ読んでない本が欲しい」

妻は素敵な本棚に、僕が贈った本を綺麗に並べている。
本なんて一切全く全然読まない癖に、だ。
「読ませてよ」
「駄目。私の大事な本だもの」
女心とは、非常に複雑で、とても理不尽だ。

《④》
山向こうからラッパの音が聞こえた。
恐ろしい『音楽隊』の楽器の音。
「早く荷物をまとめなさい」
彼らが誰で何をするかは皆知らない。
それでも、世界を巡る恐ろしい噂の数々に踊らされ、僕らはまた村を捨てて急いで逃げ出すんだ。

山向こうから、悲しげなラッパの音。

《⑤》
今日も焼き立てパンがお店に並ぶ。
悪魔の森の奥の奥の奥。

からんから

開店と同時にお客さんが入ってくる。
うさぎにくまにおばけにおじさん、たぬきにξёэにマスラオーZに。

からんから

カウンターの上に並ぶ、人参蜂蜜魚に葉っぱ、お金にネジにエトセトラ。

《⑥》
かっさばいた腹から溢れ出る鍵かぎカギ。
血塗れ男はいつもの憎たらしい笑顔。
「残念だけど最近鍵しか食べてなかったんだよね、僕」
目の前で飲み込んだ鍵と、全く同タイプの鍵たち。
「チャンスは一度だけ。精々頑張っ」
私は負けた。
完敗だった。
ああ、滅茶苦茶だ。

《⑦》
貰い物の蜜柑が三箱も積み上がってしまったので、家族皆で各々活用法を考え発表する事に。
「無難にゼリーとジャム」
甘い物好きの姉。うま。
「蜜柑飯に手羽煮込みを作ってみたぞ」
料理好きな父。うま。
「蜜柑八個で、次女」
母の一言で私に注がれる視線。
漂う柑橘臭。

《⑧》
宇宙まで伸びる大きな大きな木。

僕の家の庭にあった小さな木。
近所に引っ越した時にも、隣町に引っ越した時にも、上京した時にも、あっと言う間にとんでもなく成長して、僕の住む家から見える大きさになってくれた。

火星の家から眺める地球。
今でも、あの木は僕を。

《⑨》
御手洗君は御手洗と御手洗団子の事が酷く嫌いだ。
もちろん理由は昔から相当嫌な目にあってきたからで。
「大体、御手洗なんて名字」
一日一回文句を言わないと気が済まないらしい。
「御手洗安子」
もし結婚したら私の方が凄い名前になっちゃうんだから、て言うと、黙る。

《⑩》
玉葱型怪人は目に見えて狼狽えていた。
催涙攻撃の威力が突然弱くなってしまったからだ。
「主婦の知恵。私の世界じゃ常識よ?」
冷気の呪文。
大した威力はないけれど、玉葱を刻む時には重宝するの。

《⑪》
牛乳をことこと煮込む。
砂糖をふたつまみ。
蜂蜜を小匙二杯。
ヤハの実を一つ。
「……」
背後の椅子に気配が現れる。
甘い匂いに誘われて、誰かがやって来る魔法のレシピ。
「……」
振り返っても誰もいない。
甘い匂いをマグカップに注ぎ、誰かと過ごす不思議な時間。

《⑫》
「貯金箱強盗が捕まりました。もちろん貯金箱も全て捕獲しています!」
その報告を聞いて、俺達は我先にと部屋を飛び出した。
調教した貯金箱を街に放つ大胆で強引な強盗手段。
ぶたさんに罪はないけれど、叩き壊さなければ盗まれた金を取り返せない。
ああ、心が痛む痛む。

《⑬》
「友達の友達に聞いた話なんだが、セヌっていう小さな都市は数十年前あの邪竜グザフに襲われたらしい。しかしなんと、皆で協力してグザフを討ち取ってしまったんだそうだ。あの、英雄グレゴリーが倒せなかった邪竜をだぞ?いやぁ、すごい都市の伝説だよな」

  『都市伝説の話』

くまかめついのべ。⑧

くまかめついのべ。⑧

ついのべまとめでござい。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-14

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