『鈍感コインとツンデレ』【掌編・恋愛】
『鈍感コインのツンデレ』作:山田文公社
どうにも気怠い午前の講義が終わって、それが朝食を抜き始めたの原因だと思い、そのことを少し後悔しながら、食堂へと向かった。昼には早いし、かといってこれ以上空腹が続くのも辛いので、パンを買うことにした。財布から小銭をとりだして、コインを自販機に投入して、ふと売られているパンを眺める。どれもこれもがパッとしないラインナップで、思わず返却レバーを押してしまいたくなる。
仕方なく無難な商品の並んでいる番号を押して、パンが出てくるのを待った。パンが出てくるとそれを取って、貪り食べた。パンを席にも座らずに食べていると、工藤進が話しかけてきた。
「なに自販機の前でお前パン貪り食べてるんだよ」
口に物を含んでいる時に話しかける奴は等しく滅びれば良いと、心の中で呪い言葉を呟きながら、口に含んだパンを飲み込んだ。
「朝抜いたから、お腹が減って死にそうなの」
私は事情を説明すると、工藤進は軽薄な笑みを浮かべてこちらの感情を逆撫でしてきた。
「へぇ、なに? ダイエットか何か?」
すこぶる不快な尋ね方に、もしここがアメリカなら射殺しているか、もしくは訴訟しているだろうと思いながら、工藤進を睨みつけて無駄だと知りながらも、二食健康法について説明することにした。
「朝抜いてダイエットってのも効果的かもしれないけど、実際には効果は認めれていない、むしろ二食にすることで無駄なカロリーの摂取を抑えて、胃腸の負担を減らして体を本来の自然な状態に戻すのが狙いなの」
案の定、工藤進は途中から話を聞いてる様子はなく、こちらが一方的に説明する羽目になる。国に何かを要求するならば、会話に対して相づちを打つ事を是非とも法案化して義務づけて欲しいものだ。
「へぇ、で、今食べて三食にしてるの?」
図星をつかれると、立腹するのは本当だった。この天然パーマ野郎の頭に火を放ちたい気分だ。工藤進は面白そうに私を見ている。
「まぁ、理想と現実の狭間って奴よ」
私は腕を組んで、憮然と答えた。
「そうか……まぁお前はダイエットしなくても充分だしな」
それはつまりダイエットする価値も無いと言いたいのだろうか、いちいち棘のある物言いが工藤進の難点だと言える。
「どうせ、ダイエットする価値もないですよ」
そう言い私は工藤進から顔を背けた。すると工藤進が妙な事を言い出した。
「なぁ……勝負しないか?」
そう言い工藤進はコインを取り出してこちらに見せた。
「勝負?」
私が怪訝な顔で尋ねると、工藤進は大きく頷いて答えた。
「そう、勝負」
私はろくでも無いと判断し、反対側を向き講義室へと向かおうとすると、工藤進は尚も食い下がってきた。
「まぁ聞けって、勝った奴が負けた奴に一つ命令できる、勝負の方法もコインの裏表で決めるだけだ」
食堂の扉に手を掛ける所で私は止まった。
「コインの裏表を当てて勝負を決める……それって何回勝負?」
私は工藤進の方を見て尋ねた。工藤進はニヤリと笑みを浮かべて指を三本立て言った。
「コイントスは三回、そのうち二回取ったら勝ちだ」
私も同じく笑みを浮かべて答えた。
「その勝負、乗った!」
少なくとも私は勝つ気でいる。一回目のコイントスは食堂で行われた。私は裏を予告し工藤進は表を予告した。コイントスは公平を保つ為に第三者に頼んでやってもらった。
一回目を当てたのは私だった。
「悪いわね」
私は気分良く講義室へと向かった。
パンを食べたおかげで、気怠さも抜けて教授の話も頭に入ってくるようになった。何故か隣には工藤進が座っているのだが、細かい事は気にせずに講義に耳を傾けた。時々工藤進が話し掛けてきたが、軽く無視した。
「さ、二回目だ」
そう言いコインを取り出して、工藤進は手近な人にコイントスを頼んだ。私は表を選び、工藤進は裏を選んだ。そして……工藤進が正解した。
「これでイーブンだな」
工藤進は嬉しそうに私に言った。一体勝ったら何を私にやらせる気だろうか、あまりに恐ろしいので聞けないが、それでも、あまりろくでもない要求である事には違いない。心の中で神に祈りながら、最後の勝負を待つ事にした。
食堂でお昼のうどんを食べていると、普段は遠くで食べている工藤進が今日に限っては向かいに座っていた。
「席他にも空いてるけど?」
私がそう言うと、目の前でカレーを食べながら工藤進は言った。
「別に俺がどこに座ろうと自由だろう?」
確かに決まりはないが、お前の顔を見て食事すると食事が不味くなるのだ、と怒鳴ってやりたいが、さすがに酷すぎるので胸にしまっておいた。私はうどんを食べ終わると早々に席を立った。
「最後は午後の講義終わったらな」
工藤進はカレーを食べながらそう言った。私は頷く程度の返事で食堂を後にした。
午後の講義が始まると何故か、また工藤進は私の隣に座った。講義は始まったと言うのに工藤進は私に質問してきた。
「なぁ、お前さ……好きな男とかいるの?」
あまりに突然の質問に私は工藤進の方を見た。
「なにそれ?」
質問の意図がわからないので、私は聞き返した。
「いや、いないなら別に良いけど」
私は首を傾げて、副教授の講義の耳を傾けた。
「なぁ、お前行ってみたい場所とかある?」
私はやぶにらみになりながら、工藤進の方を向き答えた。
「ギアナ高地」
私の答えに何故か工藤進は吹きだして笑い、手を前に振って質問に付け加えて、再度尋ねた。
「じゃなくて、日本国内限定で行きたい場所とかある?」
私はしばらく考えた、国内で一度見てみたい場所……色々た脳裏に地名が浮かんでは消えて、一つの場所が形になり答えになった。
「京都の比叡山」
工藤進は思い切り吹きだした。あまり大きく吹きだしたので、副教授がこちらに気づいて注意された。工藤進は席を立ち謝った。
「お前笑わすなよ」
質問しておいて、責任を私に転嫁してきた。そもそも今は講義中なのだから、講義者の言葉に耳を傾けない方が悪い。若干不機嫌になりながらも、以後工藤進の質問は全て無視して、講義は終わった。
「よし、最後だ」
工藤進はコインを手近な人に渡して、お互いに予想を口にした。
「俺は裏だ」
工藤進は自信を持って断言した。
「私は表」
私は多少自信は無くなっていた。
コインが親指で弾かれて宙を舞う、コインが吸い込まれるように手の甲に収まって、手で覆われた。そしてゆっくりと手が開かれて……。
大学から駅への道を私は工藤進と並んで歩いていた。すぐに無理な要求が来るかと思ったら、案外工藤進は押し黙ってしまって、私の後を金魚の糞のようについて来る。
「そろそろ、要求を言ったら?」
私が催促しても、工藤進は黙ったままだった。でもようやく思い口を開いた。
「じゃあ、今度3日ほど予定明けて、一緒に京都の比叡山に行こう」
あまりに突然の要求に私は思わず聞き返していた。
「なぜ京都でしかも比叡山?」
その質問に工藤進は何故か逆ギレした様子で答えた。
「お前が抗議の時に行きたいって言ったんだろうが?!」
そう言えば、講義の最中にそんな質問に答えた気がした。
「ああ……ごめん確かに講義の時そう答えたけど、実際は大して興味は無い」
私のその言葉に工藤進は口をとがらせてそっぽを向いた。
「それなら先に言えって……」
愚痴をこぼすように、独り言なのか抗議かわからなく呟いた。
「なに、何か文句あるの?」
私が聞くと工藤進は怒った様子で捨て台詞を残して走って言った。
「もう良いよ、今度の日曜空けとけよ、朝9時に大学前な!」
それが工藤進の要求だった。一体何があるのだろうか、私は仕方なく日曜の予定をキャンセルして、空ける事にした。
日曜の当日、大学前で待っていると工藤進がやって来た。普段と違ってオシャレな格好をしていた。
「なに、誰かとデート?」
私が尋ねると、工藤進は吹きだして笑って言った。
「ああ、そうだよ悪いかよ」
人を待たせて置いて、デートに行くとは一体どういう神経をしているのだろうか、私は腕を組んで保留の要求工藤進から聞く事にした。
「で、こんな朝から人を待たせて、誰かとデートに行く前に私に何をさせるつもり?」
その言葉を聞いて、工藤進は目を見開いて、私の顔を見てきて心配そうな顔で謎の言葉を呟いた。
「え、ウソ……マジで気づいてないの?」
私は眉の根を寄せて、工藤進に尋ねた。
「なに言ってるの、ほら早く要求を言いなさい」
私がそう言うのを聞いて、工藤進は私の両肩を掴んで言った。
「俺、今日はお前とデートするつもりなんだ」
工藤進は真っ直ぐ私を見て言った。私はしばらく意味がわからなくて硬直していた。やがて意味がわかり私の顔は真っ赤になった。
「なんで、急にそんな事になったの?!」
私は両肩を掴む工藤進の手をふりほどいて尋ねた。
「いや、急にも何も、普通は気があるぐらいは気づくだろうがよ普通さ、どうせお前の事だから告白しても普通に断りそうだから、こんな手の込んだ事したけど、まさか全く気づいてないって……」
工藤進は肩を落としてため息を漏らして続けて言った。
「まぁ、気が向かないなら帰って良いよ、だけどさ俺、本気だから、本気でお前の事好きだから」
心臓の音が良く聞こえた、顔はたぶん真っ赤だろうし、恥ずかしさで逃げ出したかったが、私は毅然とした態度で答えた。
「これは勝負に負けたからで、別に好きとかそういのじゃないから、今日はデート……してあげるわよ」
その言葉を聞いて工藤進は吹きだした。
「それなんて言うツンデレだよ、じゃあ今日は一日俺に付き合えよ」
そう言い工藤進は私の腕を掴んで歩き出した。
「まさか、お前がそういうこと言うとはね」
工藤進は私の腕を引きながらそう言ったのを聞いて私は答えた。
「物事には何事も裏表があるのものなの」
それを聞いて工藤進は肩をすくめて笑った尋ねてきた。
「どっか行きたい所……あるか?」
私は小さく首を振り答えた。
「任せるよ」
『鈍感コインとツンデレ』【掌編・恋愛】
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