ENDLESS MYTH第3話ー5

 赤土がどこまでも広大に続き、星空が地平線の彼方に展開するその場所は、まるで月面に立っているかのように、地平線の下から湾曲した緑かかった惑星が頭を出し、これから日の出が始まるかのような風貌をしていた。
 イラート・ガハノフのまっすぐに伸ばされた腕には、例のモデルガンが握りしめられ、銃口の先端は上る惑星へと矛先を向けているのだった。
「地球なんてちいせぇ世界に引きこもって人間にとっちゃ、こんなの信じられないよな。ここがどんな目的の空間なのかは知らねぇけど、これだけのことをできる文明が、宇宙と宇宙の外にはわんさかいるんだろうな」
 感心する一方でどこか少年っぽい彼の口調には、感情らしきものが見えず、どこか他人事のようにいっていた。
 彼の心はここにはなく完全に逸脱していた。心、思考の先端はすでに、自らの大望、レゾンデートルのありかへと移動していたのだから。
 オレンジ色の瞳、紺碧色の髪の毛。人間の姿をしていながら、皮膚の色は蒼白と、人間の様相を呈しながら人間ではない宇宙の彼方の種族トチスの女性もまた、上る巨大惑星を見つめる。
「ここは天文観測空間。この時間の宇宙、現在、過去、未来の宇宙、別空間の宇宙など、あらゆる宇宙空間の観測を目的として設計された空間です」
 イヴェトゥデーションに拾われてより長く、組織の施設内部を熟知した様子の口ぶりであった。
「空間ってのは作れるのかい」
 不思議そうにオレンジの眼球と視線を合わせるイラート。
「ええ。空間とは3つの次元と1つの時間で構成されているわけですから、次元の操作技術さえ確率してしまえば、次元構築を行い、空間を形成するだけのことです。あとは空間という箱の中に時間軸を設定してしまえば、時は砂のように流れてくれるだけですから。人間が未だ解明できていない数式を解明してしまえさえすれば、人間もいずれは空間構造を把握し、時間連鎖を操作するようになるでしょう」
 赤子の人間と言わんばかりに微笑むトチス人の女。
 それを侮辱と受け取ったイラートが言い返そうとした時、
「科学講義はあとにしろ。咎人の果実はもう動いている。【繭の盾】たるワシ等も対策を練らなくてはならないのではないのか」
 茶色い金属の皮膚と巨大な筋肉に覆われ、額に瞳が4つある宇宙の辺境惑星出身のノーブランの男が叫ぶ。
 警備担当としての仕事と救世主を守護する【繭の盾】としての役割に対する律義さ、頑固さ、短気さは、ノーブランの種族的イデオロギーから発生するものであり、声量が大きいのもまた、ノーブランの特徴的な一部であった。
「警備体制に抜かりはないんだろ?」
 大男に問いかけるのはニノラ・ペンダース。地球からメシアたちと合流した黒人青年であった。
「ワシが指揮する警備体制を疑うか、人間!」
 興奮するノーブラン。
 それを黒い掌で軽く押さえ、その場に集結した【繭の盾】に属する面々の顔を一瞥した。それぞれがこれから始まる戦いのために生を受けた生命体たちである。
「貴方を疑っているのではない。万全をきしても尚、万全にしなければ。我らの置かれている立場を考慮すれば、万全であろうとも、心配は尽きないのです」
 自ら憤慨していた鋼鉄の男も、流石にこれにら鋼鉄の口をつぐむしかなかった。
「向こうの時間での準備は?」
 誰に聞くでもなく、全員を見渡す若い黒人。
 すると全身に渦巻き模様があり、鱗が2枚かさなったような嘴をしたニャコソフフ人がその、小さな嘴を上下させた。
「向こうの時代で【咎人の果実】とすでに交戦状態にあるそうよ。あたしたちも急いで移動しないと、劣勢においこまれるばっかりだ」
 粗暴な言い方をする彼女もまた、医療空間の呈したそれとは性格が違っていた。
「だが救世主はまだ目覚めないぞ」
 ニノラの横、ホモサピエンスにしては巨体で筋肉の鎧を身に着けているようなイ・ヴェンスが腕組みをした。
「あんな男のためにあたしたちが犠牲になる意味ってあるの?」
 脳天から抜ける甲高い声は、相変わらずふてぶてしくこの場に立つジェイミー・スパヒッチであった。
「ここに立つ意味はそこにある。永劫の過去から我々の魂はこの場に存在するためだけにあった。神々がそう仕組んだのだから、彼を守護するのが我々の宿命だ。放棄は許されない」
 厳しい口調に自然となるニノラ。
「だって生きるってもっと自由のはずよ。それにあたしだけじゃないと思うけど、疑問をいだくの。そうでしょ、マキナ」
 マリア・プリースの親友であり、彼女にだけは唯一、心を開いていたマキナ・アナズ。だがマリアの損失で埋められない穴を抱いたまま、この場に立つも、親友以外とは言葉を交わすこともなく、むっつりとしていた。
 急に話を振られ、顔を上げたボブヘアの丸顔の女性は、戸惑いが顔色にそのまま現れた。
「私的感情を考慮しているほど、今の我々に余裕があるとでも?」
 わめくジェイミーに対して、少し不機嫌そうに言ったのは複数の種族の混血であり、額に蜘蛛のようなコブがある色白な人物である。それ以外を除けば性別が中性的にしか見えないところを省けば、ホモサピエンスといっても過言ではない風貌をしていた。
 これに対してもう1人、ジェイミーの姿をした人物が口を開いた。
「救世主を守護する宿命を拒んでも、世界はいずれ彼を目撃する。最悪の事態となった時、無に帰する世界を黙ってみることになる。わたしたちに選択しは最初からないんだ」
 何者かに常に化けている種族、デンコーホンがジェイミーに化けつつ言い放つ。
「ちょっと、あたしに変化してそういうこというの、やめてくれる?」
 不快感を遠慮なくあらわにするジェイミー。
「とにかく、救世主の目覚めを待たなければならない。彼も事情が分からないままに、付き合わされているのはきついだろうからね」
 ジェイミーの金切り声に一瞬、苛立ちのにおいをさせた言葉を吐き出したニノラは、巫女に類似した姿でこの宇宙空間を望む大地に立つ女性に視線を移動させた。
「君の組織は我々をバックアップしてくれるんだろ?」
 この異形の種族の中に在りながら、その存在感は人間以上のもとを醸し、たたづまいも若者という概念では推し量れない、威風堂々たる立ち姿をしていた。
 KESYAから派兵された守護する者として、この場でのポリオン・タリーの言動はKESYAの総意としての発言権をはらんでいた。
 それでも彼女は堂々と宣言した。
「KESYAは何事があろうとも、救世主を保護し守護する立場は変わりません。時代、時空が変動しようとも、不動の意思のもと、私たちは行動をおこしているのです」
 強気な態度に半分笑ったニノラは、また全員の顔を一瞥するのであった。
「時間は止まることを知らない。避けては通れない大波が眼前に迫っている。我々がこの盾で救世主を狙う矛から守らなければ、すべてが終わってしまう。この命、この時のために・・・・・・」
 と言い終えたニノラであったが、その顔には悲愴感がにじんでいた。自らがこれから手をかける絶壁がどれほどまでに苦難なのかを理解しているから。

ENDLESS MYTH第3話ー6へ続く
                                                     

ENDLESS MYTH第3話ー5

ENDLESS MYTH第3話ー5

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-13

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