その後、クビをハネられた

 近所のコンビニエントな店のパスタ「ペペロンチーノ」がとても美味しい。特に好きなのは「カルボナーラ」なのだけど、コンビニエントな店で買うなら「ペペロンチーノ」がいい。それをフォークに巻きつけずに垂らしながら食べるのがいい。口いっぱいに詰め込むのもいいけど、ちびちび口に入れながら味わうのがいい。
 ママンが作るのは「ボロネーゼ」ばかりで、小さい頃は出てくるたびに嫌な顔をしていたような気がする。美味しいけどベーシックで単調な味ゆえにだんだん飽きるから。
 大人になってはじめて作ったのは「カルボナーラ」。その時は手際が悪くて、パスタと絡めた時にはソースがかたくなっていて。当たり前だけど店のと違うってがっかりした。あれから何度も練習して、今では有名レストランのシェフからオファーを受けるくらい美味しく作れるようになった。ちなみに「カルボナーラ」を作る時は、絶対「生フェットゥッチーネ」を使うというこだわりがある。とろみのある「カルボナーラ」のソースにはこのパスタが1番合う。と思う。
 それにしてもコンビニエントな店のペペロンチーノは美味しい。レストランで出されるものと同じくらい美味しい。だのに、あんな安っぽい容器に閉じ込められている。
 それを見るといつも胸が締め付けられるような思いをする。早くあの場所から解放して、あれに相応しい場所に連れ出してあげたいと思う。白い皿にあけて、森の奥に一輪だけ咲いているバラみたいに辺りに芳醇な香りを漂わせてほしいと思うのだ。
 最近はペペロンチーノをただ食べるだけでは物足りなくなって、目でも鼻でも食べるようになった。上に散りばめられた唐辛子を四つ又のフォークに通して目で味わう。それだけで幸せ。ずっとそうしていたいと思うくらい。だけど、喉を通ったペペロンチーノが自分の体の一部になると思うと、あっという間に平らげてしまう。逸る気持ちがフォークを持つ手を速めるのだ。
 そんな幸せを呼ぶペペロンチーノだけど、ひとつだけ難点がある。時にペペロンチーノは時間と場所を考えられなくさせるということだ。
 まだ学生だった頃、講義中に食べてしまっていたことがあった。もちろんあの芳醇な香りですぐにバレて怒られた。怒られてもなお食べるのをやめずにいたらもっと怒られた。
 「このペペロンチーノが解放してくれないんです」って必死に伝えたけど理解はしてもらえなかった。でもあのやり取りのおかげで、同じ講義を受けていた人にペペロンチーノサークル略してぺぺサーに誘ってもらえた。1ヶ月後には、途中参加なのにも関わらず部室の真ん中の玉座(ちょっとお高い椅子)で脚を組んでいた。その頃から告白をしてくる人はみんな手紙ではなくペペロンチーノを持ってくるようになった。
 最近だと、いつものようにコンビニエントな店でペペロンチーノを買い、家に帰って袋を開けるとすでになくなっていたことがあった。どこで食べたのかさっぱり思い出せない。
 この通り、それらの行為は無意識に行われている。それほどまでにペペロンチーノの虜なのだ。
 今日も朝食にペペロンチーノを食べて出勤する。もちろんニンニク抜き。
 ぺぺサーの時とは違い、一生懸命働いて我が社最年少で手に入れた部長の冠。資料を纏めていると同い年の部下がマグにコーヒーではなく、紅茶でもなく、こっそりペペロンチーノを入れて持って来てくれる。ありがとうと言っただけなのに、唐辛子みたいに頬を染める部下。
 数時間のデスクワークの後、会議室に移動する。この会議が終われば昼休みだからコンビニエントな店にまた買いに行こう。
 ふと顔を上げるとデスクの向こうに唐辛子みたいに顔を赤くした、でもさっきの部下とは違った感じの上司の顔があった。
 何か聞き逃したかなと、資料を確認するために手元に視線を落とす。あれ。どうしてこんなところに空になった容器が?

その後、クビをハネられた

その後、クビをハネられた

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-12

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