君に見ていて欲しいんだ

君に見ていて欲しいんだ

「君に見ていて欲しいんだ」
あの人はそう言って、リングに向かった。そして、その日あの人はリングで倒れた。明日がもしあの人にあったのなら、私たちはきっと良い友達になれたはずなのに。運命とは残酷なものだ。私たちは、あの日、永久に引き裂かれた。人間のちょうど二本足のつま先の一対が私とあの人だったのだ。そして、私の世界という下半身は片足を失った。それでも、私は生きていく。むしろ、私の家族から引き継がれた宗教的禁忌こそが、私を唯一この世界につなぎとめたものだったのだ。悲しみはどこまでも続くように思われた。あの日のあの人の言葉が何度も頭の中で浮かんでは、私を責めている。あの人が私を責めているなんて感じない。きっと私が私を責めているのだ。あの日、私はリングに行かなかったのだから。さようなら。さようなら。

 二重母音を教えている先生は、どこか悲しげだ。俺は先生の肩に触れて慰めたかったが、生徒と先生なのだから、できるはずもない。そうして、先生が、人生から大事な”何か”を失った今、俺にできることは、ただ先生を見守ることだけだったんだ。誰も知らない秘密を嗅ぎつけるハイエナのような人間はいるもので、Bの口から衝撃をうけた。先生が、あの人と愛し合っていた??俺の先生が??あの人を殴るマシーンと?リングの上で5人を殺した殺人鬼と?Bは俺の顔をじっと見つめて、反応を楽しんでいたのだろう。俺が何も表情に出さないのを笑ったのだろうか?くっと奇妙な声をあげて、指さす校庭には、先生がいた。先生は校長と話している。恐ろしい妄想が膨らんでくる。あの校長がまさか先生を!!ありえない。でも、その嫉妬が顔に出たのだろう。Bは、今度は大声で笑った。そして、俺の視線が先生に注がれている間に、もういなくなってしまっていた。我に帰った俺は、Bの話を信じないほうが良いという結論に達した。俺は気づいてしまった。先生はずっと前から死んでいたのだ。
 夜の道。死骸が辺りをうろつく頃に、Bと俺は走りだす。全速力で、間違いなど社会には何もない、と信じきっていた童児そのものだ。俺は、1人の死骸を動かないようにすると、涙を流す。もう俺の中で死骸と生者の区別がつかないのだ。Bお前も?Bは笑った。そして、俺の十字架を避けた。「君は生や死という問題に執着している。それは、同じだよ。君の先生への恋心とね」「うるさいっ!!このペテン師め!!」俺はBをなじり、1人で駆けていく。「1人では何もできない癖に!!」Bの言葉など何の意味もないとわかっていても、あのBにとどめをさしたことを思い出す。やはり??だが、俺の記憶は正しいのか。時間軸が定かでない。もう、人々は1人も生き残っていないのに、なんでこんなことを続けているのか。何かを救いたい。ヒーローごっこには飽き飽きしているには人間たちが、自ら望んで死んでいったのも知ってる。最後に生者として、崇められる者のいないライオンになってしまったのだ。俺の口には牙が生えて、その先から血が滴っている。吸血鬼らしいな。どうやら、ヘルシングの世界に入ってしまったらしい。キム・ニューマンが玉座に座ってこちらを見ている。あの恐るべき魔術師が!!死すれば死するだけの価値があったらしい。驚くべき正確無比に俺の力を吸いとっていく。やばいな…存在の圧縮が起こりはじめている。芸術存在への昇華が始まりつつある。「お前はどこにいるんだ?」俺は先生とBのどちらかを思い出したようだった。言葉から、それがBであるかもしれないと知って、失望した。結局俺は無情のユゴーだったのだ。あのすべてを消し去る力をもったユゴー・ゼラミラル。カテドラルの頂点に位置するドストリーも、トルティンストも、死んでしまったというのに、おめおめと俺だけが……。生きている??のか?死んでいるのか?超越した世界の末路に1頭の羊がいるのは明白なのだ。珍しい金色の羊だ。イアソン、メディナ。人々の信仰心が試されている。
 
 私は見た。あのヒトの姿を。死んだはずだ。大きな爆発だった。精神が揺れ動いている。「君に見ていて欲しいんだ」魔術言語のように、繰りかえし頭に襲ってくる京大な呪文は、あの人そのものが、ついには、霊的、神的、そして真的愚物になった表れだろう。私は家にあるテーブルに座り、椅子の上に食事を並べる。砂肝とアラブ牛のソテー。煮魚は、クジラなのかサメなのか、どちらかだろう。口の中に食欲が広がり、辺り一面にながれるようなヨダレが発する。暗い屋店に1人座っている私の肩を誰かが叩いた。振り向くのが怖い。私は十分に料理(いや、単に食事)を味わってから、涙をふいてから、十分にリラックスして、後を振り向いた。「もう誰もいないのね」言葉が先に出た。それは予感だった。けれども、やはり誰もいなかった。予言になった。ノストラダムスの血をひいているのよ。母の言葉を思い出す。あの頃の母は、恐ろしく神経質だった。そして、何より、屍だった。血はなく、抜かれ、心臓も止まっている。その目は青く凹んで光っている。あの頃の母を表す言葉があるとしたら、『幽鬼』。涙が空から降ってくる。またあの人が私の後を歩いている。でも、その距離はどんどん遠くなっている。「あなたが見ているだけじゃないの」私は、つぶやく。

君に見ていて欲しいんだ

君に見ていて欲しいんだ

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更新日
登録日
2016-05-11

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