ENDLESS MYTH第3話ー4
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レンガの床を革靴の厚い踵で踏みつけ、不敵な笑みを周囲へと這わせる。
そこには瓦礫の山があった。ただ普通と異なることがひとつ。重力に従わず、中空を浮遊していたのだ。
ファン・ロッペンが立つレンガの地面。そこも割れた2メートル程度の、石畳であった。
斜め、上下に回転する石畳には、重力場が固定されているせいもあって、輝く霧が浮遊している広大な空間に放り出されることはなく、不規則に回転する他の瓦礫と衝突することもなかった。
「これも襲撃の影響ですか」
微笑みの中に、不気味な鈍い光をまとった彼が、レンガにこぼすように囁いた。
「元は美しい街並みがこの空間には建っていたのだがね。住居空間も通常は僅か2秒とせず復興するが、デーモンの悪臭が空間の自己修復特性を妨げている。
まったく救世主がこれから彼らを含め、戦わければならない敵の強大さは、ため息が出るほど巨大だねぇ」
他人事として、ヘラヘラと口にしたのは、昆虫のような肉体を持つソフリオウなる、別に次元の宇宙から逃げ延びてきた種族である。
医療空間での様子とは別人の、軽い印象であった。
「その前座を務めるだけの存在とは、わたしたちも惨めな定めね」
塔の頂上が縦に割れた瓦礫に乗る昆虫生物の横、建物の窓枠だけが流れるその上に、緑色の皮膚、至るところから皮膚の余った皮が触手のように垂れ下がった、遠い宇宙の果てで崩壊した種族、ミサイルラン人。医療空間とはやはり別人のように、ふてぶてしい態度で窓枠に立っていた。
また口調が変化していたのは全身に赤、黒の民族的タトゥーを施した大男、ブソナレロなる種族であった。
「世界を変えるのは俺たちなんだよ。前座じゃねぇ、これで終わりだ。あいつを殺せば、俺たちの望みはすべて叶う」
欲望を剥き出しにする大男であった。
「救世主の覚醒、人類文明の復興、大戦の始まり。デヴィルのシナリオ通りですな。ただ我々の思惑とはいささか重ならない部分はあるようですが。我々の全滅、それがこの物語の、デヴィルの描くシナリオですな」
ラーフォヌヌは透明な肉体の内部に赤い炎のような、蛍火の如き光をたたえていた、これがこのラーフォヌヌなる別次元宇宙から生存した種族の特性である。感情をこうした発光で外界へ伝達するのである。
「デヴィルはデヴィル。俺たちは俺たちってことだ。救世主を屈辱のもとに排除する。目的はただ1つ。もっとも我ら【咎人の果実】の目的を逸脱している者もいるようだがなぁ」
そう言って汚らわしい視線を横に向けると、コンクリートの塊の上に、黒髪をたなびかせるエリザベス・ガハノフが俯き、周囲の異種族と瞳を合わせないようにしていた。
彼女の気持ちはすでに周囲には明白であり、それが自らの立場、使命の妨げになることも理解していた。
「困るんですよねぇ。そういう態度では」
ダラリと垂れた皮膚を腕から、カーテンのように伸ばすミサイルラン人が困り顔でいう。表情は別次元の種族とはいえ、人間のそれと似たものがあった。
「わたしの感情が使命の妨げになることはけしてない。使命は必ずまっとうする」
決意の視線を上げるエリザベス。
が、ファンはそれをニタニタとみていた。
「本当に貴女にできるのでしょうか? メシア・クライストを殺すという行為が」
眼を見開き、真意を問い詰めるようにファンは言い放った。
「やってみせるわよ。例え心が破裂したとしてもね」
自らの気持ちを隠すことなく吐露するエリザベスの瞳の奥には、鈍い決意の炎が見え隠れしていた。
しかしながらファンが彼女がどういった宿命の元に産まれたか、存在理由と定めを理解していた。だからこそそこに興味とおもしろみを感じ、心底、楽しげに微笑みをその面長の顔にたたえるのであった。
「向こうの時代へ先に行っている連中からの知らせは?」
話の細先をエリザベスの私欲から使命へと向きを変えたのは全身タトゥーの大男だ。
「戦場に支障はない。目的はぶれることはないんだからなぁ」
そう面長の男は微笑むと同時に、行動を起こす運命の日が近いことを予見する瞳を、この場にたたずむ全員に向けるのであった。
「戦いはこれからだ」
ENDLESS MYTH第3話ー5へ続く
ENDLESS MYTH第3話ー4