其処にも、君の声が
佳代子さんが、ルルに残したもの。
病気になった佳代子さんは、残されるルルの耳に、いつも何か呟いていました。
佳代子さんは、36歳。
若い頃に病気して、働くことが出来なくなりました。
佳代子さんは、いつもご近所の噂の種。良い年をして、いつも気楽に散歩してる。たまに買い物行って、散髪行って、良いご身分。
お父さんたちがあんなに働いているのに、と、いつもお隣のお婆さんに叱られてばかり。
佳代子さん、いつも苦笑して会釈してなさった。
佳代子さんの仕事は、寝ること、健康的に食べること、穏やかにいること。掃除に洗濯、ご飯の後片付け。
ある日お父さんが、小さな子犬のルルを連れてきて、それから佳代子さん、とっても日々が楽しくなった。
散歩だって、買い物だって、なんだって、ルルと一緒。
ルルは可愛くて人気者。近所の子供が褒めてくれる。佳代子さん、嬉しかった。
佳代子さん、将来のために勉強してなさった。
お父さんの会社がうまく行ったら、事務員として働くために。
佳代子さんはお電話や挨拶が上手だから、一通りのことはできた。
家が会社だから、後は安静にしているだけ。
でも、佳代子さん、最近なんだかとっても調子が悪い。
眠くて眠くて仕方がない。薬だってちっとも減らない。
ある日、佳代子さん倒れてしまった。お昼ご飯の前。
ルルが吠えて、近所の人に救急車を呼んでもらった。ひどい貧血と、発見された病気。
佳代子さんの寿命は、もって後三年と少し。
佳代子さん、覚悟してなさった。昔から、自分は籤運が悪い。他の人じゃなくて良かったと、安心してなさった。
佳代子さん、その日からルルの耳元で、小鳥の鳴きまねを始めた。
お母さんたちは遊んでるのかと思ったけれど、随分熱心になさる。その内本当の小鳥の声みたいで、とても上手くなった。
ルルは小鳥の声に包まれて毎日眠った。
その内、佳代子さん、お亡くなりになった。
ルルを抱いて、朝、眠るように亡くなっていた。
佳代子さんを、働かないお荷物だったなんて言う人もいて、お母さんたちは悲しんだ。でも佳代子さんそこは納得してなさったから、夜に亡霊として現れることもなかった。
佳代子さん、ルルを見ていた。ルルも佳代子さんを見ていた。
ただじっと、見ていた。
翌朝、ルルは佳代子さんのお布団で、佳代子さんがいないのを不思議に思いながら、透明な佳代子さんが話しかけてくれない、触ってくれないのとお母さんに擦り寄ってみた。
でもお母さんはそれどころじゃなくて、もっと悲しい淵にいたから、ルルは独りぼっちだった。
佳代子さん、ルルにおいでおいでをした。
ルルが佳代子さんのもとへ行くと、途端、聞いたことのある声がした。
チュンチュン、雀の声。ニャーオ、猫の声。ざざっざざっと風の音。
ルルの周りには、佳代子さんが生前聞かしてくれた音で溢れていた。
一人じゃないよ、と佳代子さんが言った。
ほんとだね、とルルは尻尾を振って、世界の音に耳を澄ませた。
其処にも、君の声が
いつもしている遊びから。