ラッキーボーイ。
人の命とは天秤にかけられるものではない。
平等であるべきだと人々は認識していても、
人間の傲慢さと言うものはどこへいっても
私利私欲のためにしか働かない。
何かの為に人の命を犠牲にすることは
正義ではないと再認識してほしい。
ラッキーボーイ。
ああ今日も生きていた。
眠っていたのか死んでいたのか、日が昇ると目が覚める。
それが良かったのか悪かったのか、正確にはわからない。
生きていたって無駄かもしれない。
いつまでも戦争が終わらないこの国は、もう兵士以外の気配はほとんどなかった。
たまに、痩せた野良猫がふらふらと食べ物を探し歩いては倒れ、歩いては倒れ、を繰り返しているだけだ。
食べ物なんて、この国にはない。
半年前まではお互い頑張って生きようと言っていた仲間も、いつごろからか見かけなくなった。
銃弾が耳の横を通り抜けようと、もう怖くはなくなった。
人が干からび、もしくは血まみれになって道端に転がっている姿すら当たり前の風景になってしまった。
最初の一、二年は、もうすぐ戦争が終わるんじゃないかと微かな希望を抱いていたものだ。
しかし、今となっては永遠に終わらないような気がしていた。
そんな希望のない毎日を、徘徊して過ごすのだった。
『とまれ!』
元々は民家だったのか、それすらもわからないほどにボロボロになった外壁から、小さな少年が飛び出してきた。
『やあ、君はラッキーボーイだね』
喉が渇きやっと出た声で話しかけてみた。
まだ生きていた子供がいるなんて。
『たべものをだせ!そうでないと、うつぞ!』
戦死した兵士から盗んできたものだろうか。
小さな少年の体には不似合いな大きさの銃が、彼の手元にあった。
銃口はこちらを向いている。
『すまないな、僕は食べ物を持っていない。あるなら分けて欲しいくらいだよ』
少年の手はふるふると震え、彼には撃てないと悟った。
『やめたほうがいい、君に僕は撃てないよ』
そんなに怯えてちゃダメだ。
死体がごろごろ転がっていると言うのに、人を殺めることに恐怖を感じていては。
生き残るためには人の肉を食べるしかないと、分かっていても躊躇はするものだろうか。
『君は生きていてよかったかい?これからも生き続けたいかい?』
僕はもうどうだっていいや、そんな言葉も口にでなかった。
『なにいってるんだ!あたりまえだろ!父ちゃんがオレに生きろっていったんだ!』
彼は父親の最後を見届けたのだろうか。
まだ幼いというのに。
『オレはころしてやるんだ。おまえたちみたいな大人を。戦争なんてだいじなものをいくつも失うだけだ!』
随分とまともなことを言う子だと思った。
子供が無邪気に遊べる時代はもうこないのか。
『そうだな、僕は無力で平凡な大人だ。何一つ救えず何一つ守れない』
少年はじっと僕を見つめている。
家族を失って孤独になったこの少年は、まだ生きる執念を忘れてはいない。
僕は、彼のようないつか大物になりそうなラッキーボーイを、見捨てるわけには行かなかった。
『オレをたすけろ!』
少年はそのうち涙ぐんで、痩せ細った手で僕の足にしがみついた。
『オレは生きてりっぱな王になる!そして戦争なんてしない平和な国にするんだ。そうすればおまえもだいじなものを失わなくてすむだろう!』
誰もが叶えたかった夢、それが平和。
ただそれを実現するまでにどれだけの犠牲が出るものか。
『僕もできればそうしたい』
早く終戦して、目覚めることにワクワクするようなそんな日を迎えたい。
だけどな、
〈パァン〉
乾いた銃声が、ボロボロの建物中に響いた。
僕の足元には頭から血を流す少年の死体が転がった。
『だけどな、悪いなラッキーボーイ。僕だって兵士だ、家族を守るためにはこの国の人間を一人残らず殺さなきゃならない。早く終戦するためにも』
生きるって惨いな。
そう感じた。
天国で父親に会えるといいな。
僕は少年の持っていた銃から銃弾を抜き出し、自分のものに継ぎ足した。
『来世では立派な大人になれよ』
そう言って少年に敬礼し、その場を離れた。
さあ、まだ生き残ったやつはいるだろうか。
さっさと殺して、僕も早く家族の元へ戻らなければ。
再び街を徘徊しだした頃、背後に人の気配を感じた。
人だ。
また見つけた。
早く出てこい、殺してやる。
振り返ったその瞬間、
僕の視界は真っ暗になった。
ラッキーボーイ。
嘲笑っては行けません。
ただの物語の中であっても
その世界に存在する人間が殺されているのですから。
あなたの優しさはどの程度ですか?
イメージカラーは白。