ゼダーソルン ウェシュニップへ (前)
今回特に字数が多いワケではないのですが、読みやすくするため、前・中・後のみっつに分けて、ひと月かけて更新していきます。
ウェシュニップへ (前)
「ウィミューンへはラグブーンに乗っていくわ。あれなら身元確認なしに乗れるから、乗客名簿に名前が残らないもの」
「ラグブーンって、あっ、あれか? あっちこっちが水に浸かって陸路がつかえなくなったからって、役人たちが代わりに用意したっていう乗り合い専用の臨時便」
「巡航だから時間がかかるな。ウィミューンへは直行するからいいとして、そこから乗り換えてウェシュニップへいくとなると、むこうへつくのは真夜中近くだ。もっとも、神和ぎ祭がはじまる明日の昼までに、すべての仕事をこなすことができれば、帰りの時間を気にすることはないはずだけどね」
そんなこんなな会話をしたあと、ぼくらは出発をすこしだけ遅らせて、三家の支持母体から派遣された警護班と合流することになった。それはエイシャさまが乗り合い専用機ラグブーンの運行状況を確認しようとしたところ、その発着場で暴動が起こったというニュースをキャッチしたためにとった処置だった。この星に十七部屋あると言う『ポケット』は、支持母体にも秘密だそうで、だからラグブーン搭乗組のぼくとトゥシェルハーテは来た道を引き返し、今度は地下街へ足を進めて警護班と合流。地下街にものりばがあるシュノーカに乗って、ラグブーンの発着場があるターミナルに通路で直結してるという、みっつ先ののりばで降りた。
ところで。数人の警護班の中でも、ぼくらの保護者と見せかけずっとそばでつきそってくれたのは、トゥシェルハーテとおなじ、大きくてキレイな色の耳を持つ女の人だったんだけど、なぜかその人の頭にはちゃんと髪の毛があったんだ。不思議に思って聞いてみると、ヴィーガの中でもほんの一部の人たちが、髪の毛を脱毛する決まりがあると言うんだ。
「すると。ほかの人種より耳の聞こえがいいのがヴィーガの特徴で、中でも特別聞こえがいいと、称号があたえられるのと同時に脱毛する決まりなんだ? それでトゥシェルハーテも脱毛を」
「そのとおりです。能力の高さと言う意味では、いまのところトゥシェルハーテさまが一番ですよ」
でもそのせいで髪の毛を抜かなけりゃならないなんて。
「髪があると特別な能力の妨げになるからって。迷信なのだけど、昔からのしきたりだから。でも自分とおなじ人たちを見つけやすくって、お友だちにもなれるから気にならないの」
「目立つから特別あつかいもされるだろ?」
「そこは代々おうちが特別で、はじめからのことだもの」
その答えはちょっとイヤミかも、だけど。ふうん、まるで気にしないなんて。やっぱり風習がちがえば考え方もちがうってことなんだな。
「そんなワケだから、そろそろ気をつけなくちゃ危ないみたい。この通路のむこう側、ちょっとすごいことになってるわ」
あっ、本当だ。いますれ違った人、服がやぶれてケガもしてたような、やっ、だけじゃなく。さっきの人だけじゃない。なにかから逃げるように、必死でこっちに走ってくる大人が一人二人、わっ、また大勢が束になって通路になだれ込んできたぞ。
「みんな、追いかけっこに必死で、トゥシェルハーテたちの姿は目に入ってないみたい。ちょうどいいわ」
「臨時便の搭乗口は通路を突き当って右へいった先です」
突き当って右、の先には。本当だ、エイシャさまが情報をキャッチしたときからずいぶん経ったはずなのに、まだ警邏隊と外からきた難民たちとの衝突が続いてるぞ。もっともほとんどの難民は、到着口をふさぐ何十人もの警邏隊に外へ押し戻されてるみたいなんだけど。さっき走ってった人のように、あの防壁を突破して中へ入ったのはすくないみたい。それともすでに捕まって、どこかへ連れていかれてしまった後なのか。
「王都へ入るための許可証をもたない者に、ゲートをくぐらせるワケにはいきません」
「けど、難民ってことは、水害で行き場がなくなった人たちなんじゃ。まだどこも壊れてない、この街なら助けてもらえると思ってやってきたんだろう?」
「法王庁と中央政府からなるこの街は、国のかなめでもあるのです。いま以上の混乱をよび込むワケにはいけませんから」
搭乗口も警邏隊がふさいでる、と言うことは。
「むこう側、別の搭乗口から入ってラグブーンまでたどり着くしかないみたい。移動しましょう。騒ぎにまき込まれないように気をつけて」
「では私も搭乗口までご一緒いたします」
耳ざといせいか見晴らしがいい。こういっちゃなんだけど便利だよな。
訂正。
耳ざといとか見晴らしがいいなんて生半可なレベルじゃなかった。トゥシェルハーテが言った別の搭乗口は思ったよりずっと遠くて。それなのに臨時便の乗客がこっちへ回ったのを『聞き取った』ということは、聞く音は音でも反響音や超音波、十中八九、ヴィーガの特別な聞こえのよさは、探知機のようなものにちがいがない。
「あっちに見えるのがシャーリー、小型機でちょっとかわいい、変わった形をしているの。むこうに泊まっているのが定期便のラグブーンで、正面に泊まっているのが、トゥシェルハーテたちがこれから乗り込む、臨時便のラグブーンよ」
それにしてもこのターミナルは本当に広い。ぼくが住むアープナイムの宙空都市にもそれぞれターミナルがあるけれど、ほとんどが短距離離陸型飛行艇と貨物機のためのものだから、これほど大がかりなターミナルは必要ないんだ。それにくらべて、このターミナルにはいろんな機体の出入りがあって目にも楽しい。そしてぼくらがこれから乗り込もうとするラグブーンは、滑走路を必要としない垂直離着陸型の機体『飛翔船』と言うものらしい。こんなときになんだけど、垂直離着陸型の機体に乗るのははじめてだから楽しみだ。もっとも。陸路をつかった場合にかかる程度の格安運賃で乗れるとあって、大勢の客がラグブーンのまわりにつめかけてる、あの中に混ざらなきゃなんない現実をのぞけばねってことなんだけど。
「一階と二階席、合わせて三百五十人乗り。さっきもらった整理番号が三百三十七番と三百三十八番だから、ちゃんとトゥシェルハーテたちも乗れるはずよ。あっ、いまから扉を開けるからならんでくれって、スタッフが」
四角ばった形状は、アープナイムの外宙空域探索機ブレバーにも似て悪くない。中は、へえ。いつもは高い料金を払ってしか乗れないと聞いただけあって、照明は暗すぎず明るすぎず、内装にほどほどの高級感があって清潔だ。席は両側の窓ぎわに二人掛け、そのまん中が三人掛け。始発から満席とあって整理番号順に着席。子ども二人だけなのに席がはなれていてはかわいそうだと、となりに座った人が席を交換してくれたおかげで、窓ぎわの席にトゥシェルハーテとならんで座ることができた。けど気分はフクザツ。なぜってこれからウェシュニップへ着くまでの長い時間、六歳も年下の女の子といっしょにいてタイクツせずにいられるのか、自信がまるでなかったからだ。
「ねっ、窓の外を見て。空の上からだと街の形と大きさがよくわかるわ」
話をするにも色々とちがいすぎて、かみ合う話題がないにちがいない、そう思って。ところが。
機体が離陸していくらも経たないうちにぼくの目に飛び込んだ、空からの光をあびて全体が白く光り輝くハルサソーブの街のようすは本当にきれいで。
「高くて分厚い塀に囲まれたこの街は、催事場や政府機関がある行政特区を中心に、よっつの方向へとのびる大通りと、ぜんぶの大通りを横切る金環通りとで区画分けされているの。そして、見えてきたわ。塀の外のすこし先、ずっと遠くまで続く平らな部分、金色に光って見えるあれぜんぶが水なのよ。あのあたりは低地なだけだけでなく、砂漠が広がるばかりのなにもない土地だったから。ほかの街や村で水害が起こったとき、ここでも急に湧き出た地下水が、あっと言う間に砂漠を水がめに変えてしまったの」
まるでハルサソーブの街が水に浮かんでるかのように見えた、そのようすもすごくきれいで、だけどものすごく残酷な気がしたんだ。そしてまたひとつ、小さな街が水に浸かってるのを見たとたんだった。ここへきてからと言うもの、ずっとだれとも合わずにいたぼくの歩みが、トゥシェルハーテやみんなの足並みにピッタリ合ったような気がしたんだ。
そこからはおもしろいほどに。どんな会話も目にした光景も、これからの行動に必要な作戦会議のように思えて気持ちが高まるばかり、タイクツなんて言葉があることも忘れてしまったかのようだった。そしてとうとう、トゥシェルハーテと約束していた、あの回想録を読むときがきたんだ。
ゼダーソルン ウェシュニップへ (前)