いじめの三角関係
いじめの三角関係
佐々木翔吾。勉強もできず、運動もできない。社交的でもなければ女にモテるわけでもない。何一つ取り柄のない典型的ないじめられっ子。丸いフレームのメガネをかけ、意味もなく丸坊主にしたその風貌はまるで滝廉太郎のよう。
俺はそんな佐々木を小、中、そして高2になった今でも、ひたすらいじめ続けている。
晴れの日も雨の日も、好きなあの子が微笑んでくれた日も、失恋した日も、いつだって佐々木の嫌がる顔を見ると楽しい気分にとなるのだ。
昼休みの教室、コンビニ弁当だけでは満足できない食欲旺盛な胃袋が小さな悲鳴を上げていると、なぜか暗い顔をした佐々木が教室に入ってきた。だが、佐々木に何があろうが俺の知ったことではない。
「おい佐々木、お前学食行ってあんぱん買ってこいよ」
いつもなら嫌がりながらもスッと学食に向かっていくはずなのだが、今日はただもじもじしているばかり。やはり今日は様子がおかしい。それどころか佐々木はプイと顔を背けたのだ。全身の血が逆流するような怒りを感じる。
「言うこと気かねぇとどうなるか、わかってるよな」
拳を振り上げた俺に対して、佐々木は「もうこの関係、終わりにしよう」などとをぬかす。全くもって理解不能。イミフ。
「実はね・・・」
佐々木はそう言って教室の入り口に目をやると、一人の男が入ってきた。
隣のクラスの友池とかいうやつ。顔を見かけたことがある程度で、喋ったことなど一度もない。見た目から受ける印象は、真面目。友達にはなれないタイプ。きっとこいつはつまらない。佐々木とは友人関係にあり、俺にいじめられていることを相談していのかもしれない。俺がガツンと言ってやるよ。的な?あーチャブイチャブイ。
なんてことを思っていると佐々木は意を決心したようにこんなことを口にする。
「新しいいじめっ子ができた。隣のクラスの友池くん。実は二ヶ月くらい前から友池くんにもいじめられてたんだ、ごめん!」
??
俺は今、何を謝られているのか。
「最初は軽い気持ちだったんだ!でも、、何回か友池くんにいじめられてるうちに、、何だかその、、、小川くんのいじめって、、、その、、、ぬるいんだなって」
プチン
よくわからないことが起きている。ただ、聞き捨てならないことを言われたのは理解できる。
「ぬるい?てめえふざけたこと言ってんな」
そう言って飛びかかろうとした俺に佐々木が口を開く。
「男の嫉妬は見苦しいよ」
これは一体何なのだ。こいつら一体何なのだ。んー、あーそうだ、俺はあんぱんが食いたかったんだ。
「わけわかんねぇこと言ってないでさっさと学食行ってあんぱん買ってこい」
「つまらない男」佐々木は呆れた表情で俺に言い放つ。
つまらない?パシリに面白みがあってたまるか。
そのとき、友池は「あーなんか腹減ってきたな。おい、フランス行ってフランスパン買ってこい。3分で」と佐々木に命じたのである。
これには佐々木も「そ、そんなの無理に決まってるじゃないか」と困惑した様子だ。
「あ?お前俺の言うこと気かねぇとどうなるか、わかってんだろうな」と詰め寄り、拳を振り上げる友池。
なんだ、大差ないじゃないか、と安堵したのも束の間、友池は「今からボクシングにジムに通い、血と汗と涙を流しながらプロボクサーを目指し、天下を取ったその最強の拳でお前のことをぶん殴ってやろうか!?」と佐々木を恫喝した。
労力がすごい。決して俺には真似できない情熱と覚悟。こいつなら本当にやるだろう。佐々木の血走った目が全てを物語っていた。
「か、買ってきます!」恐れおののいた佐々木は、そう叫んだあと、俺の方を見てニヤリ。
「はい。友池くんの方がサディスティック!!」
俺は佐々木のスタンスがわからず呆然と立ち尽くす。
「じゃあ、もう僕いくね。ごめん」そう言って立ち去ろうとしていた佐々木に、起死回生の一言をぶつける。
「あ!そういえばお前の靴、下駄箱にあるかなぁ?へっへっへっへ」
そう。俺は朝登校すると同時に先に来ていた佐々木の靴を隠していたのだ。それも絶対見つからない場所に。なめんな。
しかし、佐々木は何一つ動揺することなく「どうせ体育館裏とかでしょ」とズバリ当ててきやがった。
「え!?あ、えぇ、、あぁ、まぁ」とまごまごしている俺に友池は「君さ、彼が初めて?」なんて舐めたことを聞いてくる。
たたみかけるように佐々木が「下手くそ!!」と罵り、俺はもうボロボロ。
何一つ言い返すことができずに立ち尽くしていると佐々木が辺りをキョロキョロ見回し、何かを探している。
「あれバッグがない、まさか!?」
「あぁ!タウンページをパッと開いたところの個人宅に郵送してやったよ」
「そこまでやるの?!」
つい口を挟んでしまった俺に佐々木が同調する。
「そうだよ!やりすぎだよ!」
「うん!さすがにやりすぎ!」
柄にもなくこんなことを言う俺に佐々木は一転しって
「いややりすぎじゃないんだよ」
どっちなんだよ。
「ヒントだけでも」
「わかった。仕方ないな」
なんだ、優しいとこ見せちゃってるじゃんか。何がサディスティックだ。
「たしか、佐藤だったかな」
佐藤性を持つ日本人は凡そ70万人。世帯数にして40万。日本で一番多い苗字である。なせ俺はこんなことを知っているのだロウ。
「絶対見つからないよー!」佐々木が叫ぶ。
そのとき俺に、思ってもみない感情が湧いた。ちょっとかわいそう。
しかし、佐々木は俺の顔見つめるとまたしてもニヤリ。
「ね?友池くんの方がテクニシャン!!!」
そう言ってケタケタ笑っているのである。
もうついていけない。この二人は住む世界が違うのだ。いや、佐々木はもともとそんな人間ではなかったはずだ。全ては友池、お前のせいだ。
「小川くんのいじめはいじりの域を抜け出せてないんだよ」
佐々木が憎たらしい口を聞く。
しかし、俺はもう血液が逆流したりしない。俺は、俺が、お前を、狼狽させてやりたいんだ。いつだって。
「言ったな?こうなったらお前の机を屋上から放り投げてやるよ!」
「え?や、やめてよ」佐々木は頬を赤く染め、くねくねしている。
手応えあり。どうだ、俺はお前をこんなにも激しくいじめることができるんだ。
「だったら俺は、、」
そう言って友池は佐々木をお姫様抱っこし、耳元でこう囁いた。
「屋上からお前のこと放り投げてやるよ」
雷に打たれたように硬直する佐々木。
「ロマンチック」佐々木はそう呟くと愉悦の微笑みを浮かべたまましばし痙攣していたのだ。
敗北。完膚なきまでに敗北。
もう勝手にすればいい。
つーか俺は何を向きになっていたのだ。いじめの対象が一人いなくなるだけのことじゃんか。新しいかもを見つけりゃいいだけの話。死にたいのなら勝手に死ね。
お姫様抱っこのまま去っていく二人の背中を見つめながらそんな風に自分に言い聞かせてみる。
「プルルルル」
突然友池の携帯が鳴る。抱きかかえていた佐々木を下ろす。携帯に表示された名前を見た友池は驚きを隠せない。
「高橋」
「だぁれ?」
「昔俺がいじめてたやつ。本場のいじめを体験したい。そう言ってアメリカに行ったっきり連絡がつかなくなってたんだ」
「ふうん」
「電話、出るの?」
「もしもし?」
「フンだ」
「え?日本に帰ってくる?どうして!?」
佐々木は不安げな表情を浮かべている。
「アメリカ人のいじめはガサツ?ハンバーガーを投げつけてくるだけ?そう、、」
一斉にこちらを見る友池と佐々木。
俺はハンバーガーを投げつけるなどそんな野蛮なことはしない。おむすびだ。
「わかった、待ってるよ。それじゃあ」
電話を切った友池に佐々木が問いただす。
「待ってるって?」
「え?あぁ、まぁ、いろいろ楽しかったよ」
「そんな」
「じゃな」
しがみつく佐々木を振り払い教室を去っていく友池。
泣きじゃくる佐々木に、少ししてから声をかけた。
「あー腹減った。おい佐々木、あんパン買ってこいよ」
「、、、え?でも、僕、、」
「気にすんな、お前のこと心のそこからいじめられんの、俺しかいねえだろ?」
「小川くん!」
「佐々木—!」
俺たちはお互いをめがけて全力で走り出し、熱い抱擁をかわ、、すその寸前。
一連の異常さに気がついた俺は向かってくる佐々木をすんでのところで躱すと佐々木は勢い余って転倒し教室の床をズテーとどこまでも滑って行ったのだった。
いじめの三角関係