くまかめついのべ。⑤

《①》
世界中の人が苦しそうな顔で必死に言葉を吐き続けていた中には酸欠でぶっ倒れた人もいた事態を重く見て口を開かなかった僕らは何とか助かったけれどいやまさか文字を書く打つ行為にまで影響が出るなんて思わなかった考えが甘かったんだ指がしんどいいっそ意識を失った方が楽になれ

《②》
「チョコは買いません。無駄遣いはダメって言ったでしょ、ママ」
夢が通貨のこの世界では、子供たちの方がお金持ち。
「はーい」
夢のない大人は、子供に養って貰っています。

《③》
僕は昔から北海道産、って響きに弱い。
その文字が書き添えられているだけで、どんな物でも何だか美味しそうに見えてしまって。

「課長」
妻と子供が、を呪文のように呟く僕。
「私、北海道出身なんです。北海道産、ですよ?」
全てを見透かした瞳に、途切れる呪文。

《④》
喫茶『ダイアン』の特製珈琲はとんでもなく味わい深い。
異常なくらい、深い。
「田町さんなんて三年も帰って来ないよ」
何とか三時間で戻って来れた私に、マスターは苦笑いしながらそう言った。
新たに注がれる珈琲。
素敵な香りにうっかり足を滑らせ、また、意識が深みに。

《⑤》
「これは駒だ。戦い、散る為だけの駒なんだよ」
手足が欠けても深い傷を負っていても、奴の前に立つ彼らは誇らしげな顔をしていた。
「愛なんて求めていない。必要ない。無理矢理押し付けられた善意など」
振り返る事が出来ない。
僕の後ろの彼らの顔を、見るのが恐い。

《⑥》
穏やかな川をゆらりゆらり、数え切れない数の傘が流れていく。
色とりどりの開いた傘が川面を埋め尽くしていた。
「東京にはなかったの?」
不思議そうに笑う少女。
初めて見たよ、と返す僕の顔も、久し振りに笑顔になっていて。

《⑦》
無慈悲に押し寄せるとろとろあつあつチーズの津波。
素敵な香りが辺りを支配する。
『君に滅び方を選ばせてあげよう』
おかしな神様がおかしな少女に人類滅亡の方法を決めさせた結果で。
「こりゃ、酷い」
隣で目を輝かせる彼女。
……僕だったらチョコレートにするけどな。

《⑧》
「やっぱり」
天候を操ったり空を飛べたりする魔法使い達が、皆賞賛する大魔法。
どう見ても折り鶴。
見事な折り鶴。
「真壁君」
泣きそうな顔の偉大なる王様は、行方不明になっていたクラスメートだった。
不可思議な世界でも通用するなんて、流石折り紙同好会の部長だ。

《⑨》
死闘の末に倒した魔女の使いは、段ボールと輪ゴムで出来ていた。
「嘘だろ」
満身創痍の僕らは目の前の事実に困惑し、立ち尽くして。
「……」
ふと、傷口に違和感が走る。
触れた指先が、輪ゴムに触れる。

《⑩》
妻が友達と小旅行。
久し振りに、物置の奥の小さな箱を引っ張り出してみた。
「うわ」
古ぼけた箱の蓋を開けると、恐ろしいまでに美化された昔の思い出たちが溢れ出して。
「……」
寝かせれば寝かせる程美化は進む。
捨てないと、なんて呟いてから、結局また物置の奥に。

《⑪》
ええあのはい。
分かっています。
食べちゃいけない事くらい、はい。
あの、前世の記憶とかそういう話を信じていますか?
私にはあるのです、ぼんやりと。
私は人間で、そしてかなり、とんでもなく、異常なくらいネギ類が大好きで。
ああええはい。
分かっていますとも。

くまかめついのべ。⑤

くまかめついのべ。⑤

ついのべまとめでござい。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted