夏の落とし子

夏休み前、終業式のこと。
わたしこと篠木恵香は例によってこのクラスに友達がおらず、下校はつねに、隣のクラスの下校時間を待ってからだった。担任教師が夏休みの注意事項を言っている間、わたしは隣のクラスの倉田先生の「では、さようなら」の声に耳をそばだてていた。
「では、次の出校日まで、みなさんさようなら」
わたしのいる教室から生徒達が一斉に飛び出していく。わたしは上履き袋を持ってとぼとぼと廊下に出てから、隣のクラスの神谷瑠璃子に会いに行った。
「瑠璃子、こっち」
「ケイちゃん、お待たせ」
瑠璃子はぼさぼさの黒髪でショートヘアで、この夏にもかかわらず磁器のように白い肌を保つ不健康少女だった。
わたし達はお互い、自分のクラスに友達がいない。中1のとき、最初の身体測定のときに瑠璃子が話しかけてきて、それ以来友達になった。瑠璃子はどうか知らないが、わたしは、最初に瑠璃子に会ったときから、これからの学校生活、この子しか友達ができないだろうな。と思った。瑠璃子はそれくらい周りから浮いていたのだった。
まず、体育は必ずと言っていいほどさぼる。部活も入らない。シャンプーは何を使っているのか分からないが髪はぼさぼさ(たぶん石鹸とか使ってるんじゃないだろうか)。お昼はかならずパンを買う。成績は中の下。休み時間はいつも保健室で寝ている。
そんな瑠璃子に、わたしは惹かれた。わたしも似たようなものだったからだ。だけど一つ、瑠璃子にはわたしとは違う秘密があった。瑠璃子は魔女だったのだ。

わたしの家は瑠璃子の下校途中の道にあるので、わたしは鞄と上履き袋を家に置いて、私服に着替えてそのまま瑠璃子に付いていく。瑠璃子と手を繋いで廃線の幽霊トンネルをくぐって外に出ると、瓦礫とトタン屋根と鉄骨がパフェのように積み重なった荒涼とした街に出る。廃都アビエニア。そこは魔女たちの住処なのだ。
わたしが明るい中学生デビューをかなぐり捨てて瑠璃子以外との人間関係を一切絶ちきったわけは、この都市に魅了されたからでもあった。
瑠璃子の部屋は鉄パイプの梯子を444段上ったところにある刑務所のような扉の中にある。といっても鉄パイプには術がかけてあって、合い言葉を言えば一瞬で目的地まで運んでくれるのだが。
「ケイちゃん、あがって」
「お邪魔します……って足の踏み場もないじゃないの」
呪術に使う小さなマリンバ、ウイジャ板、サーベルタイガーの頭蓋骨、牛乳石鹸、鉱石ラジオ、その他あらゆるどうでもいいガラクタが散らばっている。これで一体何をしようとしていたのか。それらがどんな相互作用を果たすのか、それは瑠璃子にしか分からない。
「あ、それは動かさないで。呪術的な影響が……」
「そんなこと言っても、この段ボール箱の山、どうにかなんないの?引っ越し初日じゃあるまいし。要らないものはどれ?」
だいたい瑠璃子の家にいくと片付けからスタートすることになる。それでも見たことのないアイテムを拝めたりするので、オカルト好きなわたしの好奇心を十全に満たしてくれるのだが。
「いらないものなんてないよ」
「いいからさっさと片付けなさい」
わたしと瑠璃子は段ボール箱にウイジャ板などを片付け始めた。段ボールに入りきらないガラクタは、押し入れの中にいれようとしたそのとき、やってしまった。
「あ」
押し入れを開けた途端、カップラーメンや洋服類や道化師の仮面やコンビーフの缶詰などが雪崩のように崩れ落ちてきた。
「ご、ごめん……」
これは完全にわたしのせいだ。
「いいよ。詰め方が悪かったの」
わたし達は再び片付けを再スタートするはめになった。
「あー。カップ麺見てたらお腹減ってきたわ。それにしても賞味期限とか大丈夫なのかしら」
「カップ麺とか缶詰って賞味期限あるの?」
「いや、あるでしょ。さすがに。ねえ、これやばいよ。さびついてるもん」
わたしは錆び付いてラベルの剥がれた缶詰を見つけた。桃缶くらいの大きさだが、形は手榴弾みたいに中央が膨らんでいて、今にも破裂しそうだ。どこか外国の珍味でこんなのがあったような気がする。
「うん。中身わかんないね」
わたし達は好奇心に駆られて開けてみることにした。
じゃんけんに負けた瑠璃子が、お風呂場で缶切りを持って目をつぶっている。
「目を閉じてちゃ開けられないでしょ」
「うう。じゃあ開けるよ。せいのっ」
ばしゅ。と勢いよく中から水っぽいものが吹き出してきた。
化粧水のような香りがする。瑠璃子はめげずにふたたび缶切りを切り込んでいく。
「どう?う、うわああ!」
「ケイちゃん……これ」
孵化する寸前の卵のように、中でうごめいているのは何かの胎児だ。
「妖精の缶詰だ」
わたしたちの夏休みはこうしてはじまった。ここからは妖精観察日記である。

「……とにかく、わたしの家では飼えないでしょう。まあ、夏休みでよかったね。」
妖精。瑠璃子は少なくともそう呼んでいるが、たしかにそう呼ぶしかないのかもしれない。それは3頭身くらいの幼児の姿をしていた。背中にオオミズアオみたいな水色の羽が生えている。髪の毛は癖毛で、水彩絵の具でぼかしたみたいに薄い桃色と紫のグラデーションになっている。透き通ったムーンストーンのような肌に、瞳はサファイアのような青。小さな唇が可愛らしく、ときどき子猫のような甲高い産声をあげている。指は爪楊の先くらいにちっちゃくて、その一つ一つに爪が付いているのが不思議なくらいだ。
「エサは何をあげるのかなあ。あとで調べてみよう」
「餌は無いでしょ。子供なんだからミルクだよ……たぶん」
わたしはこの小さな妖精が、なんだか未熟児のように見えてほうっておけない、痛々しいほどよわよわしい感じがして、罪悪感に似たなにかを感じるのだが、瑠璃子は意外とドライであった。まるで縁日で金魚をすくってきたという感じで接しているように見える。
わたしは夏休みの宿題を放り出して、毎日瑠璃子の家にこの妖精の世話に来るようになった。スーパーマーケットで粉ミルクを買い、ペットショップに行って、哺乳瓶がわりのスポイトを買った。
そして今、こうしてミルクを与えようとしているのだが、なぜか全部吐き出してしまう。水ならちゃんと飲むのに、これはいったいどういうことだろう。
「血だよ血」
瑠璃子は突然言った。
「は?」
「妖精は人間の血を飲むんだって」
「妖精は蚊か何かか」
こんな愛くるしい見た目で血を吸うとはどういうことか。魔界の生き物の生態系はどうなっているのだろう。
「やばいでしょ。これが成長したらどうするのよ」
「血がいっぱいいるね。人間もたべちゃう」
「え?」
怖いので聞かなかったことにしよう。
「うーん。缶詰のこと忘れてたわたしのせいなんだけど、孵っちゃったものは仕方がないし」
確かにここで殺すなんて事はとてもわたしには出来ない。こんなに愛くるしい目でこっちを見ている。
「じゃあ、わたしがやるわ」
わたしは安全ピンをライターで炙り、親指に刺してスポイトで血を吸い取った。
妖精はわたしの血を嬉々として舐め取っている。その仕草は思ったよりもあどけなく、吸血生物であることなど忘れてしまいそうだ。
「そうだ。この子の名前はどうしよう」
「名前付けちゃったら引き返せないよ」
瑠璃子の言うとおりだ。
「それにしても、魔界に血液とか売ってないの?」
「そうだね、買いに行こう。」
というわけで久しぶりに幽霊列車に買い物に行くことが決定した。
幽霊列車というのは魔界を縦横無尽に走っている魔女達専用の列車で、魔女達のフリーマーケット場のように使われている移動市場みたいなものだ。
くろがね色の車体の中には、赤いベルベット織りの絨毯が敷き詰められ、そこでは青い炎のような髪をした少女達が、黄金細工の荷車を押してにこやかにお辞儀をした。
「いらっしゃいませ」
「こんにちわ。向坂ゑみ子さんに繋いでください」
「向坂ゑみ子さんですね。わかりました。少々お待ち下さい」
青い髪の少女達は、ヘッドホンのような装置を両耳に取り付けて、音響カプラみたいなピーガガガというノイズを響かせながら何かを受信している。
「お待たせしました。こちらの車両へお進み下さい」
そうして隣の車両に案内されると、赤と黒のタータンチェックのスカートを穿き、デニムのシャツをきたカジュアルな魔女が現れた。
「よっ」ツリ目で若干赤毛の少女がニヤリと笑う。彼女が向坂ゑみ子だ。
「ひさしぶりー。」瑠璃子が人畜無害そうな挨拶をする。
「まあこっちに座りなよ。商談をおっぱじめようか」
わたしたちは向かい合わせの椅子に座り、話を始めた。
瑠璃子は妖精のことはまったく話さず、わたしの友人が吸血鬼になったので血液がほしいということで話を持って行った。なんでそうなるのか分からないがそういうふうに話を合わせるしかなかった。友達なんて他にいないのに。
「わかった。お互い多くを詮索しないってことで分けてあげよう」
「ありがとー。」
そしてゑみ子はわたしの薬指に、真っ赤な指輪を嵌めた。瑠璃子はゑみ子に黒い銀貨を渡した。これで瑠璃子の部屋にカラスの宅配便が届くはずだ。
宅配便は当日中に届いた。指輪を印鑑代わりに使うと、指輪は赤い煙に変わって跡形もなく消えた。
栄養ドリンクぐらいの大きさの香水瓶が4つ、血液を満たして箱に入っていた。

ニアは見知らぬ誰かの血液を吸ってどんどん成長した。ニアとはわたしがつけた妖精の名前である。
8月の初頭にはもう、ニアは少女の姿をとっていた。
「そろそろ大きい服を作ってあげなきゃね」
「もうわたしが作っておいたよ。ほら」
そのころには瑠璃子もすっかり情が移ったみたいで、人形用の白いワンピースを背中の羽の邪魔にならないように切れ込みを作って特注の衣装を作っていた。
ニアは新しい服に袖を通すと、おおはしゃぎでくるくると舞を舞った。
「しかしこのまま段ボールハウスってのもかわいそうな気がするわね」
ニアは水色の羽を広げてぶんぶんと羽ばたいた。
「もう空を飛べるかなあ」
瑠璃子がそう言うので、わたしは段ボールハウスからニアをつまみ出して、本棚の上に置いた。そしてわたしと瑠璃子は棚から離れた場所に移動する。
「さあ、こっちにおいで」
ニアはわたし達のいる方へ行こうとする。だが高い場所から降りることができない。甲高い子猫のような声を上げてわたしを呼ぶ。それを何度か繰り返し、ついに羽を広げて空中へ飛び立った。小さな羽を小刻みに羽ばたかせ、懸命に風を掴んで空中を渡りきった。
「ニア!」
わたしは夢中でニアに駆け寄り、両手にすくい取った。
「すごい!すごいよニア!」
小さな桃色の髪の毛を指で撫でた。ニアはわたしの指に頬ずりをして目を細めた。
わたしは別段情に厚い方ではないと思うのだが、このときばかりは少し涙が出た。
だが次の瞬間、ニアは突然わたしの手の中でぐったりと倒れ込んでしまった。
「え?どうしたのニア。疲れたの?」
手のひらにニアの小刻みな震えが伝わってくる。わたしはすぐに、これが深刻な事態であることを察知した。
「瑠璃子、どうしよう。ニアが……」
瑠璃子は冷静な目でニアをじっと見つめた。そして言った。
「栄養失調だよ」
「どういうこと?血液は毎日欠かさず与えてるじゃない。」
「そろそろ食べ物を取らないといけないんだ」
「食べ物って、つまり」
わたしはすぐに理解した。
「肉を与えればいいのよね」
わたしはスーパーで買い集めてきた鶏肉や魚肉、ハムなどを与えてみたが、ニアは少し咀嚼しただけですぐ吐き出してしまった。
「瑠璃子、知ってたの?」
「わたしは言ったよ。」
たしかに瑠璃子は言った。『血がいっぱいいるね。人間もたべちゃう』
「冗談かと思ったのよ。いや冗談じゃ無いわ。わたしに人殺しをさせろっていうの?それか死体を売ってる店はないの?」
「妖精は肉を食べるんじゃないよ。人の魂を食べるんだ」
瑠璃子は語った。この缶詰は昔、瑠璃子が手強い魔女と戦ったとき置きみやげに残していったものだと。
「まさか妖精が入っていたとは思わないよ」
孵ってしまったものは仕方がない。わたしはニアのために決断した。
その夜、わたしと瑠璃子はニアを連れて街に繰り出した。けれど、殺してもいい人間なんてなかなか見つかるものじゃない。そう思っていた矢先、高架下で不良が女性に暴行を加えようとしている現場に出くわした。もちろん偶然じゃない。瑠璃子が持っているラジオで人の悲鳴を受信し、それを頼りに悪人を捜し当てたのだ。
不良は瑠璃子の仕掛けた見えない糸に引っかかり、そこへわたしがニアを解き放つ。ニアは不良目掛けて飛んでいく。不良の胸の辺りに青白く光るニアが吸い込まれていったかと思うと、不良は突然意識を失い、道路に倒れ込む。そこへ猛スピードで突っ込んできた乗用車に撥ねられる。女性は悲鳴をあげる。わたし達はすぐにニアを呼び戻し、その場を立ち去った。

ニアは人の魂を喰らい、急激に成長した。なんと人間の子供と同じ大きさになった。そして食欲も増し、瓶に入った血液では当然足りなくなり、人の魂をどんどん食べるようになった。街では不可解な事故が多発し、騒然となった。
「どうしよう。このままじゃ取り返しの付かないことになる。缶詰に封印されたのはこういう理由だったんだ。人の魂を際限なく喰らって、どこまでも成長するから止められない。」
瑠璃子はアビエニアの図書館で妖精を封印する方法を探していたが、見つからなかった。そこには、すでに瑠璃子の家には収まり切らなくなったニアの姿があった。廃都アビエニアでは、人食いの魔物が現れたと密かな噂になったが、魔女達にとっては、外部の人間がどうなろうと大した関心は寄せなかった。
ニアはわたしが選んだ人間ではなく、無差別に人間を喰らおうとするようになった。仕方なく、瑠璃子の見えない糸でニアを縛っているが、これもいつまで持つかわからない。
ついに、ニアが空腹に耐えきれず、暴れ始めた。糸の結界を破り、アビエニアの街に飛び出してしまった。
「二ア、戻りなさい!もう少しの辛抱だから」
「だめだよ。ニアは一度封印されたことを覚えているんだ。わたし達の言うことはもう聞かないよ」
ニアはわたしの声に耳を貸さず、大きく咆哮した。すでにアビエニアの魔女達が集まってきた。
「やめて、殺さないで!」
わたしは魔女達に向かって叫ぶ。だが街を壊されてはひとたまりもない魔女達は、ニアに攻撃をしかけてくる。
なんてことだろう。わたしはニアを、なんのためにここまで育ててきたというのだろう。わたしは人間を殺すためにニアを育てたわけじゃない。ニアをこんな目に遭わせるために育てたのでもない。
「瑠璃子、わたしは一体どうするべきだったのかな。まだ小さなうちに、思い切って、殺してしまったほうがあの子のためだったのかな」
「ケイちゃん……」
もう一度封印する方法が見つかっても、同じ事の繰り返しだ。あの子は、ずっと暗く狭い缶詰の中に閉じこめられて、ようやく陽の光を浴びることができて、やっと外の世界を飛び回るよろこびを覚えたばかりなのに。こんなのってないよ。
どうして人間を食べてしまうのか。どうしてこんな在り方でしか、ニアは存在できないのだろう。
「わたしのせいだ。わたしが軽い気持ちで命を育てたりしたから」
「ケイちゃん、よく聞いて」
「瑠璃子?」
「本当は、助かる方法は見つかったんだよ。でもそれは、ケイちゃんが……」
「何で?方法があるならどうして黙っていたのよ!」
瑠璃子は伏し目がちに答えた。
「ニアに、ケイちゃんを食べてもらう。ニアが、ニアの一番好きな人を食べれば、呪いが解けて、人間に戻れるの」
「呪い?」
「そう。ひどい魔法。昔、大昔に考え出された、ひどい魔法だよ」
「わたし……ニアのためなら、なんだってできる。もう、ニアが、悲しまなくてすむなら、わたし自身を捧げたっていいよ」
「ケイちゃんは、立派なお母さんになれるよ。でも、ニアは……」
「本当の子供じゃないっていうの?。違うわ。わたし達の子よ」
「ケイちゃん……いやだ。だめだよ」
「わたしね、瑠璃子と出会って、本当に嬉しいの。小学校では友達もいなかった。先生も、みんなわたしの敵だった。わたしは自分が人間じゃないって思ってた。人間じゃないから、人間から仲間はずれにされるんだって。なのにどうして人間の言葉を喋って、人間と一緒に暮らしているんだろうって。そう思ってた。でも、瑠璃子と出会って……瑠璃子以外に優しくなれた初めての他人が、ニアなの。」
だからニアを見殺しにしたら、わたしは、また人間じゃなくなる。
わたしは、ニアの前に立ちはだかり、叫んだ。
「ニア、ごはんよ!わたしを食べなさい!」
ニアがわたしの声に反応し、眼球をぎろりと動かしてこっちを見た。ニアは魔女達から火球をぶつけられ、羽はぼろぼろに焼け焦げている。
巨人の大きな顎が開かれた。わたしはニアの吐息を真正面から受けて、よろめいた。
気付くとわたしは、ニアの両手にすくい取られ、時計塔の上にそっと降ろされた。
「ニア、だめよ。わたしを食べなさい。そうしないとわたしはあなたを許さないわ!」
ニアの双眸から、滝のような涙がぼろぼろとこぼれおちていた。わたしもつられて涙があふれた。
「わかっていたのね。ニア。あなたは、最初からすべてを知っていて、わたしを食べずにいてくれた。でもいいのよ、つらいことはこれで終わるんだから」
ニアは口を閉じて、右手の人差し指をわたしの頬に当てた。涙を拭ってくれた。そしてその指はわたしの心臓に向けられた。指先から魂を吸い取っているのだ。
わたしは急に身体が冷たくなり、麻酔をかけられたように眠くなった。そして意識が途切れ……。

目が覚めた。この天井はよく知っている。瑠璃子の部屋だった。わたしは自分が生きているということに気付いて、泣いた。ニアは自ら死を選んだのだ。
そのとき、わたしの手をそっと握る感触がした。
「瑠璃子なの?」
そこにいたのは、瑠璃子の服を着た、薄い桃色の髪の毛をした、青い瞳の、ムーンストーンのように透き通った白い肌の、少女だった。
「おかあさん」
「ニア!あなたどうして、どうなったの?言葉が喋れるの?」
少女の姿になったニアは、ぎこちなく答えた。
「ごめんね、おかあさん。おかあさんを、半分だけたべたから、おかあさんは、はんぶんしか、いきられないよ」
その言葉でわたしはすべてを理解した。
「いいのよ。ニアとわたしで、はんぶんこだもの」
「ケイちゃん、目が覚めた!」
瑠璃子がやってきた。わたしの手を両手で握りしめ。それからわたしの身体をぎゅっと抱きしめた。
「瑠璃子……無事だったのね」
わたしは瑠璃子を抱き締め返した。
「ケイちゃん、ずっと一緒だからね」
瑠璃子は知っているのだろう。わたしの寿命のことを。
「うん。ずっと一緒だよ。瑠璃子、ニア。」

まずは3人でごはんを食べよう。食卓を囲んで。みんなで同じ食事を。

夏の落とし子

夏の落とし子

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-07

Copyrighted
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