玃の眼 第一部

玃の眼 第一部

初めまして、けん太郎坊と申します。
この作品は処女作です。
読者諸賢から見ると稚拙な文章が浮かび上がって来ると思いますが、
生暖かい目で見守ってくださると幸いです。

縦書きを推奨しております。

さて、今回の小説のテーマですが初投稿なので私が好きな「妖怪・民族・心理・宗教」
を惜しみもなく扱っていく所存でございます。
ちょっとした残酷表現も扱っていこうと考えておりますので
グロ系が苦手な方はブラウザバックを推奨でございます。

あまり長いと飽きられてしまうのでそろそろまえがきを終わっていこうと思います。
最後まで読んでいただけると幸いです。

せうけらの憂

 ……ンボオオーーウ……  
 地響きとともに空気が振動している感覚。
 ……ハハア……と歩きながら妖しく灯る電球を横目で流すと自然と溜息が出る。
 私の溜息が呉々と響くほど――空間は静まり返っている。しかし音が跳ね返ってこないのはこの空間が果てしなく広い事を示唆している、が当人は気付いていない。
 二三人が私を先導しながら歩いている。暗い、寒い……
 前を歩いていた男達は徐ろに立ち止まる。そして云った―― 
「おい、貴様が這入る獄屋はココだ……、精々最後の人生を懺悔しながら過ごせ――後数日で貴様は梟首(きょうしゅ)だからな。」
 私は考える、戦後で晒し首など――永久戦犯でも無い限りあり得ないであろうと……そんな事に思いを馳せつつ獄屋に這入る。中の描写はいらないであろう、なにせ何も無いのだから……寝具も無ければ御不浄もないと来た。
 入った瞬間異臭がした。私も良く異臭は嗅いだモノだが此ればっかりは敵わない。興奮する。――死の匂いだ――。
 匂いで少し含羞(はにか)み乍ら進むと突然一人の男が鍵を掛け出した……
 始め私をここに閉じ込めた卑男共はやれ貴様は梟首だの自ら縊死(いし)サセテやるだの宣っていたのだが軈て諦めたのかスタスタと元来た道に帰った。まるで京童部のような連中だったナア…
               
               ✻

 ……しかし暗いなあ……しかも寒い…
 ――スーと流れるように私の脚元をすねこすりのように走り抜ける。
 風が何処からともなく吹く。 
 風は嫌いだ。
 理由はないが…… 
 閉じ込められてからというもの私はじっとしている。
 いつからじっといているのかは諒解(わか)らないが私自慢の腹時計から計測すると三時間は経ったのだろうか…
 たまにゆっくりと何かが蠢く気配もあるのだが確認するのも億劫なのでじっとしていよう。
 いつに成ったらこの無間地獄から抜け出せるのだろうか。三〇九京二四一三兆四四〇〇億年後であろうか、ハハア……
 少々お暇になってしまったので思考の海へと脳髄伝いに這い寄る。              
               
               ✻ 

【昭和四拾年牟婁新聞第弐百八拾号社会弐】牟婁新聞五頁記事参照
 ・真夜中ノ犯人逃走カ? 夢現ノ少女ヲ翫ボウトシタ疑イ 
 昨夜未明東京都足立区在住ノ中学生sサン(一五)ガ青年ニ翫バレソウニナツタ事件ガ発生シタ。家ニ侵入シタ犯人ニ犯サレソウニナッタsサンハ犯人ニ必死ニ抵抗シ未遂デ済ンダ。犯人ハ少女ノ部屋ノ窓カラ脱走シ、尚モ逃走中。見ツケタ方ハ警視庁若シクハ足立区警察署迄電報入レタシ。 (了) 
               ✻ 

 ……ハア……
 少し寝ていた。起きてもこの空間は真っ暗だ。 
後ろに何かいる気配はあるが私は自分の眼で視えるモノしか信じないのだ。
 少し私の意見を垂れ流すが幽霊というのは概念だと思うのは私だけでは無いハズだ。
 少し思い出して欲しいのだが幼少期に親様に早く寝ないとお化けが来て食べられると言われたことはなゐだろうか……
 それは民俗学的な話だと思っているのだよ。早く寝ないとお化けが来るってのは一種の脅しだとも取れる。私は今年で二五歳だが未だの親様の言いつけは覚えている。今考えると早く寝かしつけたかったのだろう。これは立派な民族性だと考える。
 最近は幽霊や妖怪などの民族学的でありながら神秘的な素晴らしい分野に科学などと云う邪道な分野が入ってきた。
 これを心霊科学などと吐かす。まるで邪教……淫慾に塗れた立川教と差異はないだろう。これ即ち民俗学と妖怪分野の研究者への冒涜だ。
 私個人の見解なのであまり怒らないでくれ給えよ、科学者サン……
 話は変わるが、ここで私の考えが最も伝わるお話をお聞かせしよう…                      
 かの有名な柳田翁の『遠野物語』にこんな話がある……
  
   小正月の夜、または小ならずとも冬の満月の夜は雪女が出でて 
  遊ぶともゐう。 
   童子をあまた引き連れてくろといえり。里の子ども冬は近辺の
  丘に行き、(そりっこ)遊びをして面白さのあまり夜になることあり。
   十五夜の夜に限り、雪女が出てからは早く帰れと戒めらるゝは
  常となり。 
   されど雪女を見たりという者は少なし   (了) 

 ……サア…これを読んで貴方はどう考えるだろう……
 柳田国男は民俗学研究の先駆けだがまざまざと神秘性も見受けられないだろうか。この妖しい論文は決して穢しては成らない。
 柳田国男はフィイルド・ワァカァだったらしい、らしいとゐうのは逢ったことが無いからだ。実際の土地を踏み現地の民族性と照らし合わせながら記事を書く。矢張り文体からも漂ってくるだろう……民俗学、即ち妖怪変化の匂いが……ハア……読者はどう思考したのかは分からないがまだまだ話したことがあるのであまり脳髄を混乱させないでくれ給えよ……ナア読者諸賢。
               
               ✻ 
【昭和四拾年牟婁新聞第弐百八拾四号社会弐】牟婁新聞四頁記事参照 
 ・足立区少女強姦未遂事件緊急追加情報!
 昨夜未明ニ起キタ足立区デノ少女強姦未遂事件ニ新タナル情報ガ飛ビ込ンダ!情報提供足立区在住会社員の長谷川亮サン(四拾五)真ニ感謝イタス。情報ハ以下ノ通リデアル――― 
 壱、身ノ丈ハ五拾八デアル。
 弐、身ナリハ洋服デ有リナガラ足は足袋トイウ稀有ナ格好デアル。
 參、顔ハ柔和デ有リナガラ悪鬼ノ様相ヲ呈ス。
 以上情報ニテ了トスル引キ続キ捜査協力求ム。
               
               ✻

 ――ヤアヤア皆さん、また私だよ。先程は民俗学の神秘性に触れてもらった訳だが……覚えているかナア……
 まあ、相も変わらず私は投獄サれたままである。 
 唐突だが君たちは心理学に造詣は深いだろうか……
 ―――そうそう大体の小童達はフロイトやユングを思い浮かべるだろう……大凡思い当たるのは「夢判断」と「夢分析」で意見の相違があるだとか「無意識」における見解で仲違いしてしまう――などだと思っているのだが……どうだろう。
 私個人の話をするならば特にフロイトに傾倒している訳でもユングを肯定している訳でも無い。性を重点に於いた夢判断の考えは迚も好きだが心理学的に見れば「無意識」からのメッセェジにより意識と紐付けし夢という形で再構築すると考えた夢分析の方が正解な気さえしてくるので不思議だ。――――ああ……こんな話がしたい訳じゃあないのサ……
 私がこの会場で述べたいのはズバリ心理学と幽霊怪異の関係性だ。この研究は随分と前からあるそうだナア……しかし全ての議論が発掘し尽くされた訳ではないから……安心してくれ給えよ。
 しかしながら急に心理学と幽霊などという良く諒解らない議題は触れにくいと思うので私が幾つか論文をもって来たので貴方の考えを聞かせて欲しい。脳髄に喰わせる胤にしたいのでネエ……
      
 参考論文『妖怪と心理学』 片桐 太郎  一部抜粋
  ・水木先生に拠る妖怪の誕生と心理学の紐付け
妖怪は自然に生まれたのではない、人の恨みや憧れの心が伴ったモノである。その心とは、大きく次の五つに分けられる。
   壱、自然災害のような人間とは比べ物にならない畏怖たる力
   弐、病気や貧しさの死ゑの恐怖の原因を妖怪としたため
   參、動物や植物など自分に危害を加えて来る畏怖から
   肆、年老いからの遡行的な若さへの憧れに依るモノ
   伍、噂噺を信じ本当のことのように想像して作り上げたモノ
   
 続いて心理学の分野だが水木しげるは若い頃に太平洋戦に出兵していた。戦地はラバウルと云う、現在は名が変わってしまいパプアニユウギニアと云う土地である。そこで水木しげるは敵軍の不意打ちを喰らってしまい、水木しげるが這入っていた小隊は全滅しかけた。その際に水木しげるだけは海に飛び込み敵の狂弾を逃れた。そこから五日間の逃避行の途中に「妖怪」と遭遇した。出逢ったのは塗り壁とゐう妖怪であった。しかしそも〃妖怪と言う概念が存在しないのは白地であるが 見知らぬ地での四日目のジャングルでの遭遇である――これは心理学でゐう処の「無意識化の脳髄部分の変革」である、完結に云うと「幻覚」である。理由は幾らでもあるが分かりやすいのは栄養失調と危険地帯で多くの時間を過ごした為に発症する解離性健忘に拠る記憶の書き換えが混同して仕舞った為であると考えることが出来る。まあ憶測なので何とでも言えるが……兎も角実際には見えずとも視えるように脳髄に意識を無意識に切り替えていると怪異――妖怪や幽霊が見えてくる――。
 簡潔に纏めると水木しげると心理学は合理的に無理やり紐付けするとするならば、栄養失調と精神圧迫による幻覚で「妖怪」として作用された。しかし私は合理主義者でも唯物論者でも無く民俗研究者であるので民俗学の神秘で包むと水木しげるは「妖怪」に拠って助けられた――とゐう浪漫溢るゝ論も出来る。ジャングル の中でいつ敵に襲われるか分からない恐怖感、栄養失調に拠る判断能力の低下でいつ逝くか分からない中で仲間への正しい道をぬりかべが導いてくれた――なんとも泣ける結ではないか。さらに分析心理学的に「ぬりかべ」の壁と繋がるのは守りと言える。脳髄が防衛本能で壁を見せたのか――これが諒解るのは今のところ「水木しげる」しか諒解らない。――――(了)

 ――うーん……私はこの論文を改めて読んでみて一つ疑問点が生まれてしまったナア、それは水木しげるが見たのが何故「ぬりかべ」であったのか――である。ジャングルならば三精や猩々などの猿人型の妖怪や幻覚なら(はまぐり)の蜃気楼でも良かったのではないかとも考えている。まあジャングルに蛤はないかナア――。貴方ならどう考えるだろう。もしも戦地で遭難してジャングルの中で四日間彷徨い出逢ったのが「比叡三法性坊」であったなら―――。私は戦地で無双しながら駆け巡る水木しげるが想像出来るが……これがお笑い種である。しかし笑うのは亡くなってしまった英霊の畢竟を貶す事になるのでやめにしよう。以上で心理学のお話は終了であるが次が最後のお話にしようではないか――――。
           
             ✻ 
【昭和四拾年牟婁新聞号外】牟婁新聞号外表記事参照 
 ・遂ニ逮捕!足立区少女強姦未遂事件
  先日カラ世間ヲ賑ワシテイタ足立区少女強姦未遂事件ノ犯人・蘇我    
  朔夜(弐拾四)ガ遂ニ東京都江戸川区箱崎ニテ発見、現行犯逮捕サ
  レタ模様!シカシ憎キ犯人ハ瘋癲(ふうてん)患者ノ疑イ有リ。即刻瘋癲行員ニ
  テ診断シ終ワリ次第警察ノ取リ調ベが始マルダロウ。罪アル人間ニ
  慈悲無キ判決ヲ願ウ。速報ヲ待テ。       (了)
 
             ✻ 

 ――ウゥ―寒いナア……ヤア私だよ、蘇我朔夜(そがのさくや)だよ。ここまで読んでくれた諸君ならばもうお気づきだろう……
そう、私が足立区少女強姦未遂事件の犯人なのさ。いやいや糾弾は後にして欲しいナ、もうそろそろ 警察の方々に取り調べを受けるのだから――
 最後の自由時間くらい静かに語らせてくれ給え――。
 さて、察しの良い諸賢ならばもうお気づきだろう……最後は宗教と怪異について語っていこうと考えている。
 まあ宗教と云っても様々だろう。どこが怪異と繋がるのか――だって?
まあまあ一寸待ち給え……まずは私の考える宗教の概要を話そうかなあ『世界宗教事典』ではこう記してある。
  
 宗教とは超越的存在(神、仏、法、原理、道、霊など)についての信仰、超越的なものとの個人的な関係、超越的なものに対する個人の態度(信仰)、信仰に基づいた活動(礼拝、巡礼など)を主にした社会団体である。人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念形態は様々だが主にその観念体型に基づく教義、儀礼、施設、組織など備えた組織などを備えた社会集団である。     (了)

  
 以上が概念だが、ようするに「信仰する対象がいてその信仰に基づいた教義を決めて恒例的に定めた教義を行えば宗教として認定される」とゐう事かナア。
 基本は非営利だったと記憶している……。宗教とは神への信仰を執り行う神聖な場で無ければならない、血のような金はいらない。しかし教祖や施設主は諒解ってしまうのだよ、宗教は「儲かる」とネ。設け方は如何ようにあるが代表的なモノは矢張り「不経済」と云うところカナア。お布施も貰うにしても付加価値のついた水や壷を売るにしても税金は発生しない、そりゃあ施設関連に関しては払うしかないけどネ。そしてなにより人権費なるものが殆どと云っていい程掛からない。幹部や教育係なんかにはたんまり這入るらしいけどね、下っ端は完璧な教育(洗脳)が成されているサ。だから信仰出来るだけで幸せという。なので私が研究の一貫で見学した時にお話を聞かせてくれた信者の月収は5銭だそうだ。大学卒の公務員が4円の時代だとゐうことを念頭に置いて視るととんでもないだろう。
 話しを戻そう。最も設けがあるのは「奇跡体験に依る信仰代金」であろうなここは怪異と繋がる箇所にもなる。今から紹介するのは彼の有名な「立川教」で実際に存在した「奇跡」の見せ方である……

 ―――さあさあ皆さん、ここにおわすのはかの有名な天照大神之神であるぞ――今から奇跡をご覧に入れよう――ナニ、見えない?莫迦を云ってはいかんぞ……信仰心が足りんのダ、しかし安心していい、この腕輪を付ければ立処に信仰心が溢れて今にでも天照大神之神のお心に触れられるだろう……さあ、どうされますか?ああ――ありがとうございます。――さて本題に入りますが今から天照大神之神の「奇跡」を体験してみたい方はイますかな?――ああ、お代は結構でございますよ……はい、そこの綺麗な奥さんどうぞ前へ――そこで耳打ち(打ち合わせのように頼むぞ……、はい……)――ささこれからこの奥様の悩みを聴きましょう……何々、はあ、そう……皆さんお聞きになりましたか、彼女は子宝に恵まれないようでありますなあ――しかし、安心していただきましょう――今降臨成されている天照大神之神は子宝の神でもあります故……では儀礼に移りたいと思います、さあさあ皆さん瞬きのないようにご注意ください……「帰命無量寿如来 南無不可思議光法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所……」といいながら奥様相手におもむろに腰を振る―――ああ……さあ皆さん私の教えは性交なのです――ああ……勘違いしてはいけません。ただ愛欲に身を任せて惰性で性交している訳ではありません……眼を逸らしてはいけません――ああ……さあ皆様もうそろそろでございます……もう間もなくで天照大神之神からのご信託がございます――オン・ソワカうんたらかんから……ほおら、段々を彼女の御腹が膨らんで行きますでしょう……さあ成功いたしましたよ――はぁはぁ……皆様が目の当たりにしたにたのは紛れも無い「奇跡」であります――ああ―拍手喝采で感謝至極で御座います故何卒奇跡を皆様にも体験して頂きたい……ああ――押さないでください……神のご信託は一人一人ゆっくりとさせて頂きます故……しかしながら誰でも神のご信託が受けられる訳では無いのですよ……受けるにはまず巫女として御身体をお清女にならないと……あちらの台にてお神酒をご購入した奥様から順々に、でございます…………。

 多少の妄執は有りますなあ、しかしまるで手品か見世物小屋のショーであるようだナア……と思った読者もいるだろう、しかしこれは本当に合った噺だから面白い。特に立川教は特殊なのだよ、この宗教は邪教の代表のような教えである、「性交こそが神に対する信仰であり儀礼である」とこんな考えで運営していたらしい……(おぞ)ましさと艷やかさが相まってなんとも淫靡であろう……信仰内容も凄まじいが此処では割愛させていただく。今現在はもう存在しない、残念である。脈系の末裔なんぞは実在しているらしいけどネーー
 しかし、民衆も莫迦ではない。回教やユダヤ、キリストそして仏教のように大きな宗教なら扠置き昨日今日フッと沸いたような新興宗教なんかは教え(搾取するための洗脳)を説こうとしても人が集まらないだろう。そこで「怪異」だ。まあ怪異と云っても種類はあるが先程の「奇跡」の再現に引っ張ってくることが多いだろう。大体は英霊や亡くなった有名人の魂魄を教祖の御心と同期させ縛り付け信託を授かる、などこのご時世にはナンセンスな……と思うのも無理はない。
本当にある勧誘の仕方である。想像していただこう……もしも――小さな個室で一寸の微香で少し判断能力を揺るがしながら運営側が一所懸命な「奇跡」の演出。少しの事柄が重なるだけでヒトは簡単に堕ちる事を………。
   
              ✻
  
 ここまで私のお話をお聞きくださってありがとうと感謝するしかない。
――――ああ、やっと警官が私を地上へ呼びにきたらしい……きっと無能な警官は私の事を瘋癲か何かと勘違いしているようだナ。
 実は私は瘋癲では無いのだよ……実は私「奇跡」を演出するものである故……判りやすく言い換えると「呪術師」であるのだよ……ふふ。混乱ココに極まれりと云ったところかナア……しかし安心してくれ給えよ読者諸賢。私は実施に怪異である心霊や妖怪を使役したりなどしない、飽く迄演出者なのだから。
 まあこんなところで私のお話は終わりである。事の発端である足立区少女強姦未遂事件であるが―――実は私は強姦をしようとした訳では無い。追々話そうかと思うナア、まあ君たちのような「奇跡」を知らない庶民はわからないだろうけど……ふふ。
 さて暗闇からコツコツと革を踏み鳴らす音が反芻する――ウウン……どうしたものか――「奇跡」を扱う呪術師としては捜査を錯乱するような惑わし方をしたいなあ―――ああ―――愉快な事を思いついたぞ…名付けて「蘇我朔夜に依る妖怪――しょうけらの再現」てのはどうだろう……あはは……おっと久々にコロコロ笑ってしまったナア――人殺しは久々だからゾクゾクするよ……
 
             ✻
 
 ――全く……あいつは何を道草しているのだ、と増田刑事はつぶやく。僕の同期の堤下が――足立区少女強姦未遂事件の犯人――蘇我朔夜を瘋癲院からここ取調室に連れて来るだけの簡単な仕事のはずだ……筋モンなら兎も角、僕の刑事眼だが蘇我は優男風の若い野郎だったからここに連れてくるのはそこまで苦労では無いとは思うが……。もう取り調べの時間が過ぎてしまう。上に怒られるのは御免なので様子を見に行こう――。
 
 瘋癲院までは階段で三階下に向かうだけだ。しかしなんだろう……下の階に行くに連れてなんだか寒気がしてくる……空気が僕に纏わりつき気持ち悪い。
 ――地下二階に着いた、ここが相当昔から瘋癲患者の一時沮洳(しょじょ)の為に存在する。しかし、なんだこの――悍ましい空気。警官として一年目にはよく来たことがあるはずなのに――なんだが真っ暗な夜道を外灯無しに歩く感覚、踏み外したらもう二度と戻れないような―――。
 ここで戻れば良かったのだ―――あんな事にあるなんて――この出来事で僕の人生は狂ったと云っても過言ではない。
 
 ――コツコツ――、コツコツ―――、コツッ。
 
番号弐壱番、蘇我朔夜が沮洳されているはずの部屋だ。
真っ暗でよく見えないな――僕は予め持ってきていた鍵で施錠した――
 
 開けなければよかったのだ。

 中は異様な匂いだ、しかし嗅いだことはある――腐乱だ。
 中には誰もいない――なんだが想像道理でもある。階段を降りている時からそう感じていた。
 中に這入ると足許の文字?のようなモノに眼が行った。よく分からない梵語のような文字が円形に駆けて羅列してある――
 
 ―――ぴちゃっぴちゃ――

   ――ドンッ―――

 僕が下の円形梵字に眼を向けていると何か上から落ちてきた……
 真っ暗で良く見えない、暗い。
―――ああ――眼が慣れてきたぞ―――
 僕は眼を凝らす―――。

 ―――そこには――僕の同僚「だった」ものが落ちている。
 
      ――――首――だ。
首が落ちてきたのだ。梟首されている。さながら妖怪の「しょうけら」である。しょうけらは家の屋根から家主を覗く妖怪である。僕はこの部屋に這入った時からずっと「覗かれていた」のだ。僕は悲鳴さえ出せずに口を秋刀魚のようにパクパクするしかない。――尻もちを着いてしまった……
―――その拍子に上を見てしまった。薄い灯籠に照らされた僕の同僚だった身体が……そこに浮いている。僕は混乱するしかない。浮いているのだぞヒトの身体が――「奇跡」だ……、僕は無意識に呟いて……
 ――気を失った。

             ✻

 目覚めた時は病院だった。なんだか迚も怖い思いをしたような――夢だったのかな……ドンッ――病室の扉が叩かれた。徐ろにの僕の上司である藤原さんが入ってきた。手には花と果物、ベタである。
 「おい、もう起きて大丈夫なのかよ。――お前は無事で良かったよ。お前も見ただろ――堤下の遺体をさ……あいつは気の毒だった、蘇我の野郎がやったんだよ。しかも最大の恥辱に塗れた殺しだよ――首は切断されていて尚且つ腕、脚ともに切断、話すのも悍ましいが首の切断部分に穴を開けて左腕が挿してあったよ首と共に玩具のようにな――だからお前が沮洳に這入った時に時間差で堕ちるように計算されていた。それだけではない――残りの腕と脚をすべて別々の箇所に差し込んで……」
 「もういい!」
 僕は無意識に叫んでいた――。
 「ああ……すまん。つい高ぶって仕舞ったよ、しかし兎に角凄い現場だった。さながら『奇跡』の再現のようだったよ」
 ――ああ――奇跡はもう沢山だ―――
 「部長」
 「なんだ」
 「僕はこの世に『奇跡』はないと思います、不思議な事などこの僕が否定してやる」
 「ふははは、いいぞ、その粋、お前はまだまだ穴の青いガキだが気持ちだけは負けないと思っているある。そうだな……本日漬けで増田俊介刑事には足立区少女強姦未遂事件及び瘋癲院内警官惨殺事件の捜査を一任する。」
「ええ……必ずや「奇跡」を否定して星を捕まえて――堤下の敵を討ちます……」
 おう、と藤原さんは低い声で返事をした。


 ―――ああ――ここで僕は刑事を辞めておけば良かったのだ――
 素直に田舎に帰り実家の農家を継いで静かに暮らしていれば――
 あんな残酷で救いようがない結末にならずに済んだのに……
 病床で意気込む僕――増田にはまだ「奇跡的」で救いようがない事件には遭遇しなかっただろう。

 今の僕には知る由もない―――。
     
                 ✻
 
 ――ヤア――私だ、蘇我朔夜だ。いやあ楽しい殺人だった。特に床に書いておいた「足止めの魔法陣」に見蕩れている隙に海馬まで届くくらい深く刺した時の警官の顔………ああ、今思い出しても興奮するヨ……宛ら「空間の呪い」だったナア。リチャード・ベルマンといい勝負だ。
一度やってみたかったのだよ、縊死を逼る立場の警官を縊死にて殺して見たいと……だから私は「わざと少女の家に忍び込みわざと捕まりわざと瘋癲のフリ」をしてまで警官を殺したのさ。
 それと嬉しい成果もあった。――ああ、嬉しい事尽くめだナア。
 なんと私が前々から眼を点けていた増田刑事が連れたのだ、彼は若いが根性があると見込んでいる。彼なら私を愉しませてくれるだろう。
 ――楽しみだ。

 
 次はどんな方法で「奇跡」を再現していこうかナア――
 
 
 
 そう云い残し彼は次の事件に向かい艶やかな闇を歩む。
                



           ーーーーー第一部 了ーーーーー

玃の眼 第一部

最後まで読んでいただき感謝の極みでございます。
一部は犯人「蘇我朔夜」が脱獄するまでの語りでした。
最初に申しておきますと蘇我は実際に魔法を使ったり妖怪を使役する訳ではありません。
あくまで蘇我は妖怪・民俗学・宗教に造詣が深いのです。
それらの知識を心理学を扱い人の心・脳髄に植え込んでいるに過ぎません。
私が小説のタブに「ファンタジー」を入れないのもその為です。
「蘇我朔夜は魔術を扱えない」という事柄を念頭に置いて第二部、第三部の事件の謎を読者諸賢には考えて頂きたいです。
以上であとがきを終わります。
第二部でお逢いしましょう。それでは・・・

玃の眼 第一部

戦後の復興もある程度終わりが見えた頃、東京都足立区で少女強姦未遂事件が発生する。呆気無く犯人は捕まるがそこから物語は連鎖的に繋がっていく・・・。 怪奇的な世界で織り成される事件。 貴方は妖怪に依る謎が解けますか?

  • 小説
  • 短編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-05

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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