小説家になっちゃいな
校舎から少し離れたプレハブ棟に文化系クラブの部室がある。文芸部は一階の右から二番目、映画研究会と手芸部の間だ。尚美が入って行くと、すでに話し合いが始まっていた。
「すいません、遅れちゃって」
テーブルの奥側にいる部長の高梨が、軽く手を振った。
「ああ、いや、待ち切れずに、ぼくが始めたんだ。大丈夫、まだ何も決まってないよ」
高梨の左に座っている迫田が、皮肉な笑みを浮かべた。
「今日中に何か決まれば、いいけどな」
すると、反対側にいる真行寺が、いつもの癖で長い髪をかき上げながら、迫田をたしなめた。
「あなたが協力的なら、早く決まるわ」
この二人の対立は、今に始まったことではない。尚美は苦笑をこらえながら、高梨の正面に座った。高梨も、困ったものだね、とでも言いたそうな顔をして見せた。
「じゃあ、早川くんも来たことだし、話を整理しよう。現在、文芸部はこの四名。来年の春、ぼくら三人が卒業すると、早川くん一人になってしまう。言わば、存亡の危機だ。今度の文化祭で、みんなの注目を集めるような企画を出さないと、新入部員が集まらない。かといって、模擬店やコスプレは、よそのクラブが散々やってる。それに、できれば文芸部らしいことをやりたい。と、いうことで、ぼくは手作りの詩集を配布しよう、と言ったんだが」
迫田がワザとらしく首を振った。
「だめだめ。そんなの誰も見ないよ。無名の高校生が一生懸命に詩を書きました、読んでくださいって言っても、『はあ?』ってなるさ」
めずらしく迫田の意見に真行寺がうなずいた。
「そうね。もっとインパクトのあることをやらないと。わたしはやはり、有名作家の展示の方がいいと思うわ。生い立ちとかエピソードとかを大きめの紙に印刷してパネルに貼るの。そうねえ、ゲーテとかいいんじゃない?」
迫田が鼻で笑った。
「ふん。時代錯誤もはなはだしい。真行寺くんは昭和の生まれだったっけ?」
「あら、お生憎さま、ゲーテは幕末の頃の人よ。それに、文学の価値は時代に縛られるものじゃないわ」
「残念ながら、今時の高校生にウケるものじゃなきゃ意味がないね。やっぱりラノベだよ。ラノベの有名な作家の研究なら、まだしも、だな。まあ、もっとも、ゲーテがラノベを書いてるんだったら、話は別だけど」
「あら、それじゃ、あなたが『ファウスト』をラノベ風に書き直してみたら。案外、ウケるかもよ」
険悪な雰囲気になってきた二人を、高梨が「まあまあ」と宥めた。
「ちょっと、早川くんの意見も聞いてみようよ」
急に話を振られ、尚美は反射的に応えた。
「ラノベ、いいと思います」
それ見たことかと小鼻を膨らませる迫田。呆れ顔の真行寺。意外そうに目をしばたいている高梨。
「あ、いえ、迫田さんじゃなく、真行寺さんの意見の方です」
三人とも、意味がわからない、という顔になったが、名指しされた真行寺が聞き返した。
「それって、どういうことなの?」
尚美は耳まで真っ赤になった。
「あ、いえ、真行寺さんのおっしゃった、『ファウスト』をラノベ風に書く、という意見です」
真行寺は笑い出してしまった。
「ふふふ、冗談よ。迫田くんを困らせたかっただけよ。それに、良くは知らないけど、そういう作品って、もうあるんじゃないの?」
その質問には、迫田が答えた。
「ああ、二次創作というか、パロディーというか、そういうのが、確か出てたような気がするな」
尚美は顔を赤くしながらも、頷いた。
「ええ、それでもいいと思います。あたしが考えたのは、二次創作というより、だいたいの骨組み以外、もっと大幅に作り変えてしまうことです。本歌取り、とでも言うのでしょうか」
高梨が、少し心配そうな顔になった。
「それって、盗作にならないか?」
「それは大丈夫だと思います。有名な話ですが、映画にもなった『ウエストサイドストーリー』は、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を下敷きにしているそうです。でも、誰も盗作などとは言いません」
迫田が関心を示した。
「じゃあ、ファウスト博士もメフィストフェレスも名前を変えなきゃな」
「そうですね。仮の案ですが、セカンド博士とフェミニストファミレスとか」
「ははは、そりゃいいや」
だが、暴走する二人を高梨が止めた。
「ちょっと待って。それを書いたとして、その後どうする?やっぱり、ぼくらで製本して展示即売するとか、かな?」
すると、真行寺が割り込んで来た。
「ダメよ、物品販売は。許可がおりないわ」
尚美があわてて手を振った。
「違うんです。そうじゃなくて、ネットに掲載するんです。今は『ヨミカキ』とか『夜空文庫』とか『小説家になっちゃいな』とか、掲載してくれるサイトがたくさんあります。特に『小説家になっちゃいな』は出版される作品も多くて、『なっちゃいな系』と呼ばれる作家も大勢います。ランキングなんかもやっていますから、現在何位になってるとかを、パソコンで見せるんです。きっと、みんなの興味を引きますよ」
高梨も納得した顔になった。
「よし、じゃあ、そういうことなら、迫田と早川くんに作品の制作をお願いするよ。それ以外の準備をぼくと真行寺さんでやろう。次回までに、草稿だけでも書けるかい?」
「ああ、とりあえず、ざっくりでいいよな。面白そうだから、早川に下書きしてもらって、おれは推敲に専念するよ。ところで、早川、ペンネームとか、どうする?」
「そうですね。ゲーテをひっくり返して、テーゲーとか、どうでしょう」
「ははっ、そいつはいいや。うん、なんだか楽しくなってきたぞ」
高梨も大きくうなずいたが、ただ一人、真行寺は不安そうだ。
「本当にそんなもの、掲載してくれるのかしら?」
だが、テーゲー作『セカンド』は『小説家になっちゃいな』のランキング上位に入り、翌年出版されて、大ベストセラーとなった……。
と、いうようなわけには行かなかったが、一応、文化祭の展示は成功し、新入部員が三人入った。
(おわり)
小説家になっちゃいな