魔法のパンケーキ

「はなちゃん、お姉ちゃんになりたくてなったんじゃないもん。お母さんなんて大嫌い」はなちゃんはそう叫ぶと、ぱたぱたと廊下を走っていって、ぺちんと部屋の扉を閉めてしまいました。
 でも、お母さんは追いかけてきてはくれません。
「お母さんはわたしのことが嫌いなんだ」はなちゃんはそう思い、悲しい気持ちになりました。
 はなちゃんは最近お姉ちゃんになりました。
 最初はとてもかわいい妹のお姉ちゃんになれたことをとても嬉しく思いました。けれども、妹が生まれてからお母さんは妹のことばかりで、はなちゃんとちっとも遊んでくれません。だんだんお姉ちゃんであることが嫌になってきました。
それにお母さんったら、何かあったらすぐ「お姉ちゃんでしょ」と言うのです。妹が泣いたら「はいはい、どうしたの」ってすぐに飛んでくるのに、はなちゃんが泣いたら「お姉ちゃんでしょ」と言うのです。
 お母さんははなちゃんのことが嫌いになってしまったのでしょうか。
 はなちゃんはふかふかのベッドの上で三角座りをして、小さな声で泣きました。考えれば考えるほど悲しくなります。
 やっとのことで泣き止み、ふと横を見るとはなちゃんの隣にある窓から蓮華のお花畑がよく見えました。
 柔らかな春の日差しを浴びた蓮華たちが、あちらにもこちらにも、嬉しそうに咲き誇っています。風が吹くと淡い紫の花は右へ左へ揺れ動き、はなちゃんにはたくさんのお姫様が舞を舞っているように見えました。
「うわー、きれい!」はなちゃんは思わず窓を開けました。すると蓮華の甘い香りが、部屋の中に入り込んできて、はなちゃんの胸は蓮華の香りでいっぱいになりました。
 そうして畑の花の上を眺めると、たくさんの小さなミツバチたちが一心に蜜を集めているのを見つけました。はなちゃんは偉い科学者になった気がして、ミツバチたちをじっと見つめて観察し始めました。
ミツバチたちはぶんぶんと羽音をたてて一生懸命、蜜を集めています。
 はなちゃんは、息を潜めてミツバチたちのお仕事をいくときか見守っていました。
 そしてあるとき、はなちゃんはミツバチたちの羽音の間から、何やら声のようなものが聞こえてくることに気がついたのです。
「あれ?なんだろう」
 はなちゃんは耳をそばだてます。
 すると、ぶんぶんという羽音の中に確かに声が聞こえるのです。
 しばらくじっと耳をすませていると、やがてなんと言っているのか、はなちゃんにも聞きとれるようになってきました。

 働け 働け
 甘い 蜜を 集めるぞ
 おいしい 蜜を 集めるぞ

 それは歌でした。小さなミツバチが一匹一匹声を震わせ、精一杯の声で歌っているのです。精一杯の声と言っても、何分小さなミツバチのことなので、みんなで歌っても羽音に負けてしまうような小さな声にしかならなかったのです。
 はなちゃんは面白くなって、もっともっと聞き取ろうとしました。

 働け 働け
 甘い 蜜を 集めるぞ
 おいしい 蜜を 集めるぞ
 お母さん欲しいと 言ったから
 はなちゃんのためと 言ったから
 甘くて おいしい 蜜 たくさん
 いっぱい いっぱい 集めるぞ

 はなちゃんは急に自分の名前が出てきてびっくりしました。
「こんにちは」はなちゃんは思い切って声をかけてみました。
「こんにちは」ミツバチたちは声を答えました。
「はちさん、わたしのこと知ってるの?」はなちゃんは尋ねました。
「わたしたちの巣の蜂はみんな知ってるよ」
「さっきはなちゃんのお母さんが来たんだ」
「それでね、わたしたちにおいしい蜜をわけて下さいって言ったんだよ」
「はなちゃんと喧嘩しちゃったから、仲直りにおいしいパンケーキを作りたいんだって。それにはおいしい蜂蜜が必要だから」
「おいしいおいしい蜂蜜をわけて下さいって。集めて下さいって」ミツバチたちはあっちこっちで答えてくれました。
「わたしたちの蜜は特別においしい魔法の蜜なんだから。本当においしいんだよ」空中で一回転して見せたミツバチが自慢気に言いました。
「わたしたちの集めた魔法の蜜があれば、絶対お母さんと仲直りできるよ」窓枠にとまったミツバチも嬉しそうに叫びました。
「でも、お母さん、わたしのこと嫌いだと思うよ」はなちゃんは思わず下を向きました。
「そんなことないよ。お母さんにお願いされたもの」
「すっごく甘くてすっごくおいしい蜂蜜ののったパンケーキを」
「どうしてもどうしても作りたいから」
「はちさん。大変なことはわかっていますが、よろしくお願いしますって」ミツバチたちはまた口々に叫び出しました。
「あんまり丁寧にお願いされたものだから、そりゃ私たちも一肌脱がないとってことで、大忙しなのよ」
「心配しないでも、お母さんははなちゃんのこと、大好きよ」
「その気持ちがないと、こんな忙しいお仕事どうして引き受けるものですか」
 はなちゃんは、まだミツバチたちの言葉を信じられませんでしたが、ミツバチたちは「さあ、おしごとおしごと」と言って、飛んでいってしまいました。
 はなちゃんは窓を閉めて、おそるおそる部屋の扉を開けてみました。
 すると廊下の先の台所の扉の隙間からお母さんが歌っているのが聞こえてきました。

 作ろう作ろう パンケーキ
 甘くて おいしい パンケーキ
 蜂蜜 たっぷり パンケーキ
 はちさん はちさん ありがとう
 お母さんが つくります
 はなちゃんのために つくります

 パンケーキのこんがりと焼ける匂いが廊下の先から漂ってきました。
「さあ、あとははちさんから蜂蜜をもらうだけだわ」
台所でお母さんがそう言うのが聞こえてきました。
 はなちゃんはそっと部屋の扉を閉め、そうしてベッドにちょこんと座り、お母さんが来るのを待ちました。
 しばらくすると、お母さんがあつあつのパンケーキがのったお皿を手に持って部屋に入ってきました。
 さっきよりもっと濃厚な甘い香りが部屋いっぱいに広がりました。
「はい、どうぞ。はなちゃんのために作ったよ」お母さんは言いました。
 はなちゃんはお母さんの顔と、まあるいパンケーキを交互に見つめました。
パンケーキには美味しそうな蜂蜜がたっぷりとかかっています。
「どうぞ召し上がれ」お母さんが言いました。
 はなちゃんは六等分されたパンケーキの中の一切れをフォークでつき、その先っぽをちょっとかじってみました。
「お……おいしい!」一口食べただけで、はなちゃんの口の中に蓮華の花がいっせいに咲いたような心地がしました。暖かく柔らかなパンの間から甘い 蓮華の蜜がとろーりと舌の上に落ちてきます。
 優しい味でした。お母さんの思いがたくさんつまった手作りパンケーキです。
 はなちゃんはもう夢中になってパンケーキを食べました。あまりにもおいしかったので、食べている途中で、頬っぺたが落ちてしまうのではないかと思ったほどです。
 あっという間にパンケーキは目の前からなくなり、真っ白いお皿だけが残りました。
「ごちそうさまでした」はなちゃんはお母さんにお皿を返しました。
 すると、お母さんはお皿を受け取り、側の机に置き、そしてすっと屈み、はなちゃんの頭を優しくなでながら言いました。
「はなちゃん、ごめんね。いつもお姉ちゃんだからって我慢させちゃって。でもお母さんはなちゃんのこと、大好きだからね」
「本当に?」はなちゃんはお母さんを見つめました。
「本当よ」
 それを聞くとはなちゃんは嬉しくてぴょーんと飛んでお母さんに抱きつきました。お母さんもしっかりとはなちゃんを抱きとめてくれました。
「ねえ、お母さん」はなちゃんは言いました。
「もし、またお母さんとはなちゃんが喧嘩したら、またこの魔法のパンケーキ作ってよ。絶対仲直りできるから」
「そうねえ。はちさんに聞いてみないとわからないわね。この魔法のパンケーキは、はちさんが集めてくれた特別な蜂蜜がないと作れないから」お母さんは微笑んで言いました。
「そっか。そうだね」はなちゃんもにっこり笑いました。
「ねえ、お母さん」
「なあに、はなちゃん」
「はちさんにお礼言おうか」はなちゃんが窓を指差し言いました。
「そうね、ぜひそうしましょう」
 はなちゃんはベッドの上によじ登り、そして元気よく窓を開けました。
 するとお母さんがはなちゃんの隣で大きな声で言いました。
「はちさーん、はなちゃんとお母さんは仲直りできましたよお」
「はちさーん、ありがとう!」はなちゃんも一生懸命叫びました。そしてお母さんと一緒に窓の外に手をふりました。
 窓の外では蓮華の花が風に揺れています。
 風のささやきの間から、わずかにぶんぶんという羽音が聞こえてきました。

魔法のパンケーキ

魔法のパンケーキ

童話です。あったかい作品をめざしました。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-05

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