ガラスを割った子供と神父の話
あるまだ肌寒い土曜の夜で、学校にも行かないイワンは今、凍えそうになりながら離れの小屋で夜を明かそうとしていた。なぜなら彼は、今日球蹴りを友人と遊んでいたところ、離れの小屋のガラスを割り、おまけに母リュドミラの愛用するマリア像を木っ端微塵に割ってしまったのだ。イワンは正直に母に言ったところ、「割ってしまったものは仕方ないが、きちんと自分で片付け、今日は小屋で夜を明かしなさい。藁は用意するから」と申しつけられた。
イワンは云われた通りにし、用意された藁で夜を明かさんとしていた。しかし年端も行かぬイワンにはとても堪え、泣いてしまった。そこに夕の礼拝を終えたニコライ神父が通りかかり、何事かと思わず彼に訊いた。「どうした。なぜこんなところで泣いているのか」「お母さんに怒られたんだ」「怒られただけならこんな仕打ちはないはずだ」「なんだか大変なことをしてしまったみたいなんだ」「分かった。君の母に訊いてみよう」彼は声を荒げた「やめて!また怒られる」「安心なさい。必ず君はそんなところで夜を明かすことがないようにするから」イワンは神父の言葉を信じた。
戸を叩く音がした。リュドミラは戸を開けた。「まあ、神父様。どうされましたか」「いやぁ、ちょっと近くを通りかかったものでしてね」「何かご用意しましょうか」「いや結構。そちらの小屋にある鋤を、ちょっと借りたいと思いましてね。よろしいですかな?」母は一瞬息子のことが脳裏をよぎったが、「わかりました。どうぞ」と小屋の鍵を渡した。
ニコライはすぐに小屋に向かい、小屋の戸を開けた。イワンは恐るおそる小屋を出た。「安心なさい」とニコライは声をかけ、イワンは思わず「どこへ行くの」と訊いた。ニコライは「今夜は家に帰れそうもないね」と云い、「教会へ行き、神さまとともにお話をしようじゃないか」と話した。イワンは不思議な気持ちになった。
教会へ着くと、ニコライは食事を出し、食べながらイワンからことの顛末をすべて話した。ニコライは「分かった。きみはもう十分償っている」と話した。イワンは声を荒げ、「でもお母さんが許してくれない」と話した。「それは、人は”不完全”だからだ」「ふかんぜん?」イワンは意味がよく分からなかった。「人は”不完全”だから、過ちを犯したり、人を憎んだり、嘘をついたりするんだ。」「なおすことはできないの?」イワンは上手くいえなかったが、ニコライは「なおせる。毎日直しつづけるんだ」「終わらないの?」「終わりは神様しか知らない…それまで人は自らを”直し”つづけるんだ、人は生まれながら罪を背負っているからね」「罪?今日の僕?」「そうだ。でもきみは今日認めた。だからひとつだけ、直せたんだ」「なんだか難しいや」「でも神様は”完全”だから、ご存知だ。だから大丈夫。今日はもうやすみなさい」「おやすみなさい」
イワンはニコライ神父からベッドをあてがわれ、ゆっくりやすんだ。
次の日の朝、ニコライ神父はイワンとともに母リュドミラのもとへ行った。母は驚き、「まぁ!イヴァンカ!まさか勝手に教会に…」神父は言葉を制し「親愛なるリュドミラ・フョードロブナ、あなたは傲慢にも神の子たるイワン・アレクサンドロヴィチをあのような目に遭わせ…私が連れ行ったのだ」「まぁ…それはガラスを…」「すべてきいている。」リュドミラは閉口した。「イワンはすべて罪を認めた。しかしリュドミラ・フョードロブナ、あなたはイワンを許さず、かつ不敬にも”裁いた”のだ。意味は分かるかね?」「申し訳…ありませんでした」リュドミラは自らを省みた。しかしニコライは言葉を続けた「しかし私もあなたに謝らなければならないことがある」「まさか。そんな神父様が…」「鋤を借りるといい小屋の鍵を借り、一晩借りたままにしたことだ。申し訳ないことをした。私を許していただきたい」「いえとんでもない…」「申し訳なかった。しかしイワンへは、暖かく迎えてあげなさい」と言い残し、ニコライは帰っていった。
その後、小屋のガラスは神父と修道士たちで直されたとのことである。新しいマリア像もとリュドミラに神父は申し出たが、それはイワンへ渡された。
リュドミラとイワンは、それからの日曜日、度々礼拝に預かるようになった。彼らは教会の立派なマリア像を見るたび、暖かい気持ちに包まれるようになった。
ガラスを割った子供と神父の話