突っ張り棒

四月は星空文庫さんでの活動が少なかったので、今月はもっとたくさん書きたいなーと思います。とりあえずそう思います。

前々から欲しいと思っていたんだ。

 「おお・・・」
 その日の夕方、私は自分が住んでいる家の部屋の真ん中の中空に、一本の突っ張り棒を設置した。
 それは先日アマゾンで購入した3,000円しない突っ張り棒だった。
 かの熱帯雨林でレビューを見てみると、ソレが☆四つ半の評価で一番よかったので、それにしたのだ。
 で、
 休みだった本日、一人で苦労して、
 「この野郎、いう事を聞きやがれ、こちとら金払って購入した持ち主様だぞ!コラアウラア!」
 やっと設置できたものであった。

 「これは・・・」
 設置してみて、予想以上にいいぞ!と思った。自分ひとりで突っ張り棒を設置できた事に加えて、しかもそれが思いのほか、思いのほかよかったので感動してしまった。本当に感動してしまった。落涙しそうだった。
 「いひょおー!」
 早速、その辺に散らかっていたシャツやら、パーカーやら、コートやら、ハンガーやらを突っ張り棒にかけてみると、
 「・・・」
 いい・・・。
 やはり良かった。
 すごくいい。
 景観がすばらしかった。
 テンションが上がった。
 うわあー!いいぞ、コレはいいぞ!いいものを買った!今年のアマゾンベストアイテム賞!
 はしゃぐ。心がはしゃぐ。
 心がはしゃいだので、それに連動して体もはしゃいだ。
 私はしばらくその場でズンドコズンドコ踊った。
 コレで部屋で習字をしたときなどに、この突っ張り棒に書いた奴を干しておくことが出来るじゃん!ナイスアイディア!ナイス買い物!
 「明日は、ダイソーに輪っかのついた洗濯ばさみを買いに行こう」
 踊りつかれた私は、そう決めて、その日は眠りについた。


 深夜、

 バゴウィーン!

 突然のその音に私は驚いて目を覚ました。
 「・・・え?」
 最初まったく何か分からなかった。
 「え?何?何の音?」
 部屋の中は真っ暗だった。
 まあ私が、真っ暗にして寝たんだから当たり前なんだけど・・・。
 枕から首だけを持ち上げて暗い室内を見回していると、部屋の真ん中の中空に何かが薄ぼんやりと見えた。枕もとに置いてある眼鏡を手探りで探してかけてみる。
 「・・・ああ・・・」
 それは突っ張り棒だった。
 私がアマゾンで買った、そして夕方苦労して設置したやつ。
 間違いなく突っ張り棒だ。
 でも、
 「・・・あれ?」
 それが、なんか少し・・・、
 「ゆれてる・・・?」

 バゴウィーン!

 そしてまたあの音。その瞬間、突っ張り棒ははっきりと揺れた。いや、振動しているっていうのかな・・・。

 バゴウィーン!

 また音。
 ケータイを見ると、深夜一時。

 バゴウィーン!!

 部屋の真ん中の中空に設置した一本の突っ張り棒が、何かにぶつかって、それで揺れて震えていた。
 「・・・」
 もちろん、突っ張り棒にぶつかっているモノなど何も見えない。


 少なくとも私には。


 「・・・」
 布団から起きると、まず部屋の電気をつけた。
 そしてしまっておいた習字道具を取り出して、習字の準備をした。
 墨をすって、心を静め、精神を集中させてから、半紙を広げて、筆を掴んだ。



 頭上注意

 リンボーでお願いします



 「・・・うん」
 両方、五枚ずつ書いてみたものの、やはりどちらも一枚目が改心の出来であった。
 それからその二枚を突っ張り棒にガムテで貼り付けた。
 でも、ガムテで張るのはやはり情緒に欠けると思った。
 明日絶対に輪っかのついた洗濯ばさみを買ってこよう。改めて心に誓う。
 それから習字道具の後片付けを行い、洗面台で手を洗い、トイレに行って、台所で水を一杯飲んでから、部屋を真っ暗にしてまた寝た。

 その後はもう、バゴウィーンっていう音も他の音も何もしなかった。


 翌日、私はダイソーで洗濯ばさみと半紙を買って、更にその足で不動産屋さんに行った。

 そこで私が、出されたお茶を飲みながら対応をしてくれた人に「今、私が借りている部屋って何か居るんですか?」と聞くと、その人はすぐに真っ青になって「な、何も・・・居ませんよ・・・」と言った。
 だから私が、
 「じゃあ、ブログとかツイッターとかに書いてもいいんですね?」
 と言うと、
 「しょ・・・少々お待ちください・・・」と一端引っ込み、十五分後に戻ってきて、
 「家賃を二万円安くするので、ブログやツイッターに書くのは止めてください」
 と言われた。
 だから私は、分かりました。と答えて家に帰り、突っ張り棒に買ってきたばかりの洗濯ばさみを取り付けていった。

 今のこの部屋に住んで五年になる。でも私は今まで一回も不思議な体験など無かった。
 何も無かったし、何も感じなかったし、何も見えなかった。
 「君のおかげで家賃が二万円も安くなったよ」
 私は突っ張り棒を撫でながら、感謝の言葉を述べた。
 浮いた二万円で来月からもっとアマゾンで買い物が出来る。何買おうかな。そう考えるとまた楽しくなってきて、私はまたズンドコズンドコと部屋で踊ってしまった。
 ラッキーだった。

 物を書く身として、こんなにラッキーな体験は今まで無かった。
 超ラッキーだったと思う。

 あと、不動産屋さんとの約束どおりこの事は、ブログやツイッターには書いていない。

 でも、星空文庫さんに書くなとは言われていなかったので、こうして書いてしまった。

 まあ創作という体だし、きっと大丈夫だろう。

突っ張り棒

あると存外に便利ですよね。突っ張り棒って。

突っ張り棒

突っ張り棒を一人で設置することに生涯を捧げた人間の話です(嘘です)。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-01

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