闇04

初めて書きました。稚拙な文章ですが、見てください

ジージー、ジージー
 セミの声が耳の中でこだまする。でも、そんなことは誰も気にしない。もうテレビのニュースでは本日も最高気温更新とか言っている時期。まだ、真夏の暑さは本気を出してこないけど、体感では、もう耐えきれなくなってくる、そういう時期。
八月のことだった。

 あっ、と我に返った時には、もう昼間の三時を過ぎていた。講習が終わって、家に帰ってきたのは一時だから……二時間以上も寝ていたことになる。
ふと、ベッドのそばの窓をのぞき込むとさっきまでの豪雨が嘘のように、晴れていた。
ブーブー、ブーブー
耳に携帯電話独特の不協和音が流れ込んでくる。誰かからの誘いかな? そう思って、携帯を取ろうとする……あと少しのところで手が届かない。
ん……あと少しなのに……指先がちょこんと触れる感触がある。でも、握れそうにはない。もう少し体を伸ばしたらつかめそう……そう思って、手を伸ばしたのが、いけなかった。
「あっ……」
スマホがベッドの上から落ち、壁に当たってベッドの下に潜り込んでしまった。こうなったら、面倒だけど、体を起こしてとるしかない。
私は、そっとベッドの下をのぞき込んだ。ベッドの下は長らく掃除されていなかったためか妙に汚かった。掃除しなきゃな……そう思ったとき、一つ懐かしいものを見つけた。
 
「なつかしー!」
思わず、声が漏れてしまった。そこにあったのは、子供の頃のアルバムだった。そういえば、ここ数年全く見ていない。
ペラッ
長い間開かれていなかったためか、重い音がした。そこには、もはや、私も全く覚えていない思い出がたくさん詰まっていた。一枚、一枚みていくたびに、頭の中のパズルが完成されていくようだった。このアルバムのころ……まだ、小学校に入って間もない頃だっけ、確か、私はまだ、別の市にいた。今では、そのころのことはほとんど覚えていない。けれど、確か、仲の良い友達がたくさんいた気がする。みんなで、河川敷らへんで、遊んでいたっけ……そういえば、そこに秘密基地を作った気がする。そうだ、そこを、拠点にして、近くの森とか、冒険したんだ。そのころの写真とかないかな……
 ペラッ、
次のページには、秘密基地の写真があった。あのころの友達とみんなで移っている写真。一人、一人の顔をなぞりながら、記憶をたどって、思い出していく。リョウに、よっちゃんに、サトと……これは私かな。パズルのピースが頭の中で埋まっていく。記憶が少しづつ、鮮明なっていく気がした。このころは、楽しかったな……
けれど、次ページに私は驚くことになる。どこか懐かしい気持ちのまま私は次のページをめくった。
 ペラッ
 え?
きっと、このときの私の顔を誰かが見ていたら、きっと驚くと思う。
 自分でも分かる。そのくらい、変な顔をしていた。
結果からいうと、次のページなんてなかった。破られていた。そして、その代わりに――
 血の付いたキーホルダーがおいてあった。


「おーい」
私が、キーホルダーを見つけたと、ほぼ同時に外から私を呼ぶ声が聞こえた。そういえば、誰かと約束していたような記憶がある。私はそのキーホルダーを一旦床に置いて、窓から、顔を出した。
「あー!ごめん。ごめん。うっかり寝ちゃってさ」
声の主は、クラスメイトのカナだった。そういえば、今日、カラオケに行く約束をしていたのを思い出した。でもカナのことだ。ずっと待っていた訳でもないだろう。きっと私を待ちながら、ゲーセンでもいっていたに違いない。
「もー、しっかりしてよね。私、一時間も待っちゃったよ」
「ごめん。ごめんってば。いいよ。今回は私がおごってあげるからさ」
カナはこういうことにうるさいからな。後々めんどうなことになるよりはマシだけど……千円かぁ……少しばかり痛い出費。
「えっ、いいの?じゃあ――申し訳ないけど、遠慮なくもらうね」
「普通、そこは遠慮するもんじゃないの?」
「え――一時間も待たせたんだよ?それくらい貰っていい権利あるはずだけど」
「まあまあ、冗談、冗談。今回ばかりは私が悪いしね。んじゃあ、すぐ支度するから待っていて」
「分かったー。ちゃんとすぐ来ないと、今度こそ本当に怒るからね?」
「分かってるって。じゃあ、ちょっと待っていてね」
 私は再び自分の部屋に目線を向ける。そこには、いつもと違うものが一つある。
「これ……どうしよう?」
血で染まられている訳ではない。けれど……気味が悪い……。たぶんキーホルダーについているところが気味悪さを増させているのだと思う。単体だときれいなキーホルダーなのだけどな……そういえば、なんでアルバムの中にこんなのがあったんだろ? 思い当たる節がない。ん―――
「まだー」
そうだ、そんなことを考えている暇じゃない。とりあえず、今は早く支度をしなきゃ。髪を整えてから、鞄と、財布と――

「おそーい」
カナは玄関で私を待っていた。今日、デートでもするのかというくらいしっかりとした服を着ている。でも、カナにとってこれは普通の服。カナは昔から何事に対しても基本的に全力だ。
「ごめんってば。これでも急いで、支度したほうなんだよ」
私はそう言いながら、靴紐を結ぶ。まだ、雨が上がったばっかりだ。濡れても大丈夫な靴のほうがいいだろう。
外に出ると、相変わらず太陽がかんかんと照り付けていた。さっきまで、雨が降っていたせいか、いつにもまして、蒸し暑い。肌がべたべたするのをなんとなく感じる。
「暑くね~」
 カナは耐えきれなくなったかのように、声を漏らした。
「確かに……ホント熱い……」
これは、今年の最高気温を超えたのではないか。そのくらいの暑さだった。流したくもない汗が、だらだらと流れてくる。汗……汗……
私はそのとき無意識に汗を拭こうと、鞄の中に手を入れていた。
「ん?」
手に妙な違和感を覚える。いや、詳しくは何か変なものに触れてしまった。反射的に、頭の中でそれが何かという答えを探す。
「…………ッ……!」
怖い。怖い。怖い。え、なんでここにあるの……
私は確かめるために、何度もそれに触れた。でも、何度再確認してもそれはそれであり、そこにあった。
「ん? どうした? 何かあった?」
 カナも私の様子を変だと思ったのか、尋ねてきた。
「い、いや、何もないよ。ホントに」
 慌てて応える。でも、本当にこれどうしよう?
「あっ、ねえ、ちょっとトイレ行ってきていいかな?」
「えっ、でも、もうすぐカラオケボックス着くよ?」
カナは私の突然の言動にたじろいだ様子だった。でも、私はここで引くわけにはいかない。
「い、いや、ちょっと我慢できないかも……? じゃ、じゃあ、あのコンビニ行ってくるね?」
私は、何か言いたそうなカナを振り切って、駆け出した。


私の鞄の中にあったそれは、やっぱり血の付いたキーホルダーだった。いつ入ったのだろうか? いや、そういう次元ではないのかもしれない。きっと、科学ではない何かの力が働いたんだろう……うん、そうに違いない。でなければ、こんな不可解な現象なんて起きるはずない。でも、そういうことになると、ついに私は呪われたのか……そんなことを考えていると、ふとキーホルダーに変な記述があるのを見つけた。
 
“2004ねん 8がつ 23にち”
 
 ……二〇〇四年といえば、私がまだ子供のころ……ちょうどこのキーホルダーを見つけたアルバムの写真を撮ったころだ。このキーホルダーもそういえば、元々はアルバムに挟まれていたような……やっぱあのころに何かあったのかな?


 ありがとうございましたー
 店員の声が店内に響く。もう、カナを置いて、もう五分ぐらいたっている。あまり放っておくと、後々めんどくさいからなぁ……
 コンビニの外に出ると、カナがふてくされながら、少し遠くの電柱にもたれかかっていた。
 あーあ、こうなると、もう終わりだ。
「おーい、ごめん、ごめん、遅くなっちゃって」
 私はとりあえず、愛想笑いをしながら、カナのもとへ駆け寄った。なんとなく予想していたけれど、カナからの返事はない。
「ごめんってば。確かに、待たせた私も悪いけど、そんな怒らなくてもいいじゃん」
 まだ、返事はない。カナさん完全にお怒りモードに突入。こうなったら、時が流れるのをまつしかないか……
「と、とりあえず、カラオケに行こうよ。もうすぐなんでしょ?」
 すると、カナはコクンと頷いて、歩き始めた。どうやら、着いて来いという意味らしい。
「今日は、大変そうだ……」
 私は、カナに聞こえない小さな声でそっとつぶやいた。

     §

 かんかんと照り付ける太陽の下で、なぜこんなに人が群がるのかなと疑問に思ったことは多々あったけれど、これほど、たくさんの群衆が邪魔だ、と思ったことは人生でたぶん初めてだったと思う。現状、高校生になって初めての夏休みは、ただ、「学校と家を行き来して終わった」と、たった一文で終わってしまうほどで、このままじゃ、「夏休み中、何をしましたか」という学校生活で一番無意味だと思われる作文に、「家に帰って寝ました」としか書けなくなってしまいそうだった。死んでいった真夏のセミもそれでは報われまい。
しかし、そんな現状も今や過去のこととなってしまっている。とりあえずは、今日のことで、原稿用紙二枚分くらいは感想を書けそうだった。
今、私は遊園地にいる。
なぜかと言うと……

     §

カナとのカラオケが終わるころには、もう日が暮れかかっていて、町は黄金色に染まっていた。目の前に広がる大通りも、カラオケに入るころよりは、人影も多く、帰宅ラッシュの時間が近づいていることを感じさせた。それでも、まだ暑かった。部屋でエアコンをガンガンかけていたせいか、昼間よりも、うだるような暑さが私の身体に襲い掛かっているように感じられた。どうやら、今年の残暑はなかなかの意地悪っ子らしい。
「カナ、この後、どうする?」
 私は、カナに話しかけた。当初から、この後の予定は決まっていない。そもそも、カラオケだって、講習が終わった後の謎の解放感から出てきた案であって、前から決めていたものではなかった。
「うーん……このまま帰るのもなんだしさ。どこかで、一緒に食べよ?」
 カナは長い髪をかき上げながら、口にした。
「そーだね。暑いしね」
 私も同意する。もう少し気温が落ち着いてから、帰ったほうが、幾分ましだと思った。
「と……すると、どこ行こうか? ここら辺、よく知らないんだよねー。私の家って、駅の方じゃん。ねえ、さくらの家はここの近くでしょ? なんかおいしいお店知らないの?」
 カナはシュシュで髪を結びながら、そう言った。そういえば、カナのポニーテールの姿を見るのは初めてかもしれない。
「そんなこと言われても……私ずっとここに住んでるはずなんだけど、あんまりここら辺のこと知らないんだよね。うーん……?」
 頭の中に町の地図を広げる。………あっ、そういえば、私が勉強するために、よく行く喫茶店にはディナーがあったような……
「んじゃ、そこ行きましょッ!」
カナは颯爽と自転車に飛び乗って、ペダルを一回転させ、自転車を発車させた。私が、そのお店の場所を告げたとたん、だ。カナは結いたてのポニーテールを揺らし、悠々と走って行った。ちらりと、遠目にカナの後ろ姿をみた私は、ゆっくりと自転車をこぎ始めた。
 カナには意外とすぐ追いついた。……と言っても、カナは詳しい店の場所を知らないから、当たり前といえば、当たり前の話なんだけど。カナは、私の家の前で、迷子の子猫のようにうろうろ回ってた。
「ねえ、どこ?」
 カナは急に止まって、私の顔を見つめてきた。しかも、その顔は若干、ふてくされ顔だ。そんな顔されて、私は、どうしたらいいの? 
「べつにー……」
 カナは何か言いたげな顔をしてたけど、結局何も言わなかった。そして、少しうつむいた後、また顔をあげて、一言こういった。
「ねっ、お店行こ」
 何かが吹っ切れたようだった。

     §

 私たちが来たレストランについての第一印象について、「どうでしたか?」と聞かれたら、「古風で、エレガントで、実にアンティークなレストランでした」と答えると思う。まさに喫茶店という名にふさわしい店だった。そして実に、勉強向きだった。その証拠か、週末には学生がごった返しているらしい。料理が運ばれてくる前にそのことをカナに伝えると、
「そういうことは、早く行ってよね。そんなんだから、相席になるのよ」
 そう、私たちは、男性二人組と相席になっていた。
 よく考えたら、今は、夏休みの終盤。学生は学校という檻から抜け出し、自由となれる時期である。そして、終盤ともなれば、課題に精を出す学生も多いだろう。ともすると、勉強しにくる学生も多いというわけだ。ごめん、カナ。そこまで、頭が回らなかったよ。
「まあ、いいけどさ……」
 本日何回目の、ふてくされ顔だろう。もはや、この顔に愛着がわいてきた。
「何」
 いつのまにか、ずっと見つめていたらしい。カナ、そのジト目もかわいいよ。
「ばかっ」
 そっぽを向かれた。
そんな話を何分かしてると、料理が運ばれてきた。私もカナも両方ともスパゲッティを頼んでいた。ちなみに名前は、「昔ながらのスパゲッティ」。そういえば、これはスパゲッティと呼べばいいのだろうか? パスタと呼べばいいのだろうか? 
「そういうのは、どっちでもいいのよ。スパゲッティと書いてあったら、スパゲッティ。パスタと書いてあったら、パスタよ。だいたい名称なんてのは、昔の人が適当につけたもんが基になってんだから、そんなことまともに考えたらきりないでしょ?」
「え……でも、やっぱそこ間違えたくはないじゃん?」
「変なの」
 そんなに私の考えへんかなぁ……
 あっ
 変といえば、今日の朝に拾ったキーホルダー。
「そういえばさぁ、カナ。今日さ、家で変なもの見つけたんだけど、これなんだと思う?」
 私は、ポケットにしまってある血の付いたキーホルダーをみせる。
机の上に置かれた、キーホルダーは異彩を放っていた。
まず、食卓とのコントラストが非常に悪い。きれいなゴッホのひまわりの隣に、ムンクの
叫びを並べたようなもんで、悲痛なのか喜びなのか全くわからない。そして、私はキーホルダーになにか得体のしれないものを感じた。恐怖……といえるほどのものではないけれどそれに非常に近いもの。
カナはどう思うのかなと思って、カナの顔を見た。
カナは目を丸くして、硬直していた。私と同じように思ったのか、その顔には、畏怖の念
がこもっているように見えた。
「これ……ッ……どこでみつけたの?」
 カナが問いかけてきた。
「えっと……昔のアルバムの中から出てきたんだ。今日さ、ベッドに携帯落としちゃって。携帯を取り出すために、ベッドの中をのぞき込んだら、懐かしいアルバムか見つかってね
……しばらく、パラパラ見てたら、アルバムの中にこれが挟まってたんだよね」
カナは、私が話している間、頬杖をついて、机の上で人さし指をぐるぐる回していた。何
か考えているようだった。
「もしかして……カナ、何か知ってる?」
 ……三秒経った。
「……知らないな、私は」
 カナは、ぎゅっと口をつぐんだ。そして、左下を向いた。あーあ、またそっぽを向かれちゃったな。

 そのとき、私はそれ以上言及しなかった。
 もちろん、カナが、口をつぐんだ理由、このキーホルダーについて何を知っているのか、については、聞きたかった。でも、私に言わないってことは、きっと話せない理由があるんだと思う。カナはいたずらに人を心配させるような人じゃない。それくらいは分かってるつもり。ただ、ただね……、興味があると訊かれたら、かなり興味があるほうなんだよね。まあ、さすがに、あんな顔されたら、引くしかないよなぁ。残念だけど。



 その後、いくら私が、言及しなかったといっても、カナの気分を悪くさせたのは確かなようで、しばらくの間は、空気が悪かった。いつだったか「世界一空気を読むのは日本人」という記事を読んだことがあるけど、どうやら私は、れっきとした日本人のようだ。
 そんな気まずい空気を破ってくれたのは、まさに奇跡とも呼べる出会いだった。

     §

カナとキーホルダーの話してから、数十分後、ちょうど、スパゲッティを食べ終えるくらいのころの時間だった。
 後になって分かったことだったけど、どうやら、相席していた二人組は、ツレを一人待っていたらしい。そして、そのツレが―――――
「……よっちゃん?!」
 あのキーホルダーが入ってたアルバムの写真に必ず写っていた、と言ってもいいほど昔よく遊んでいた幼馴染――――よっちゃんだった。
 私がつい、大声を出してしまったせいなのか、どうか定かではないけど、よっちゃんも私に気付いたようだった。
「えっ……もしかして、さくら?」
 よっちゃんも、私と同様、驚きを隠せない様子だった。久々に見る顔に、歌舞伎役者のような、大きな驚きの表情がが投影される。そういえば、昔から、感情表現は豊かな人だった。
「うん。久しぶりだねッ……もう八年になるのかなぁ」
 私は頭の中で、本日二度目の懐かしい思い出を張り巡らせた。まさか、会うことになるとはなあ。おおよそ八年ぶりに会うだろう、よっちゃんは、ところどころは、成長していたけれど、一目で、よっちゃんってわかるほどの変わらなさだった。相変わらずの体格の良さだ。上手く言いすぎかな?
 私が過去の思い出をなぞっていると、よっちゃんを待っていただろう男の一人が私に話しかけてきた。
「えーと……もしかして、耀生の知り合い?」
 その男は、今年の夏は海に行きましたと言わんばかりの肌の黒さと、その海でナンパしてきたであろう髪形をしていた。どんな髪型か詳しく説明すると、アニメの主人公がよくやるような、あの重力を無視したギザギザ頭である。後で聞いたのだが、この人の名前は「茶笑男(ちゃらお)」というらしい。名前が人を形容するというのはこういうことを言うんだなぁ……
「はい。昔よく遊んでいたさくらです」
 私は、軽く茶笑男におじぎをした。それを見かねたのか、よっちゃんは私の紹介をし始めた。
「紹介するね。昔、よく遊んでいたさくらちゃん。さくらちゃんが引っ越してからだから……八年ぶりになるのかな……そういえば、なんでまたここに返ってきたの?」
 よっちゃんは、茶笑男に向けていた視線を私に戻した。
「ここの近くに、学習院高等科があるでしょ? あそこに合格できたから、親の反対を押し切ってこっちまで来たんだ」
「へー。それじゃ、また遊べるの?」
「うん。この調子で、また昔のメンバーが集まるといいね」
 私はそっと目を閉じて、本日三度目の懐かしい思い出を張り巡らせた。ほのかに香るプールの匂い、セミの鳴き声が、頭の中でこだまのように駆け回っていた。
 私は、よっちゃんを見つめるために再び目を開けた。
「昔の思い出って、なかなか消えないものね……年を取ると、昔話を話したくなる気持ちが分かる気がする」
「いやいや、僕たちがそうなるのはまだ早いって、まだ十六歳だよ?」
「それも、そうだね」
 そんな冗談を言うと、不意に顔がほころびた。短い笑い声も出る。
 すると、よっちゃんは、思わぬ提案をしてきた。
「ねぇ、明日、僕たち、遊園地行くんだ。このメンバーで一緒にどう?」
 そう言ってポケットから、遊園地のチケットと思われる紙切れをひらひらとたなびかせた。そして、じっと私の顔を見つめてくる。
「ホントは四人で行く予定だったのだけれど、友人が二人、急にキャンセルしてきてね。まあ、おおかた課題が終わらないだとかそういうものだと思われるけどね…………で、どうかな?」
 今度はカナに向けて言ったのだろう。目線がカナの方を向いている。普通、カナはそういう誘いは受けない方なんだけど、どうなのだろうか? こう見えて、よっちゃんなかなかのイケメン出しなぁ……
 私の予想通り、初めはカナも、なんとも言えない表情をしていたけれど、私の顔をちらっと見た後、
「まあ、夏休み明けの作文もあるだろうし、いいわよ」
 そう言って、口元に笑みを浮かべた。

     §
相変わらず、茹だるような暑さだった。でも、その暑さと比例するように私のテンションも上がってった。遊園地自体、久しぶりのことだったし、それ以上に「THE・JK!」という感じがして、高揚感で今にも踊りだしそうだった。
 気が付くと、時刻は六時を回っていた。いつの間にか、西の空は真っ赤に染まっていて、反対側には、三日月もかすかに見える。
「ねえ、そろそろ、観覧車でも乗らない?」
 真っ赤な空を背景によっちゃんがそう提案すると、皆がうなずいた。
 
      §
 
  閑散とした遊園地内で、観覧車のところだけ、わずかに賑わいが残っていた。
「ここの観覧車は恋愛成就のスポットとして、有名なんだって~」
「はぁ……」
 茶笑男が解説しているのをカナが軽く受け流しているのが耳に入る。話によると、昔ここでカップルができたとか、どうたら……こうたら……
「まあ、そろそろ乗ろうか」
 長々と話しをしている茶笑男に対し、よっちゃんがむりやり静止した。まだ、後ろのほうで、茶笑男がぶつぶつ言っていたけれど、まあ、これは無視するのが正解だろう。
 だんだんと距離が近づいていく観覧車は、近づくにつれて、少しずつ大きくなる。
 不思議と心臓がどきどきした。
 
      §
 
 街の景色を遠ざけながら、どんどん上昇していく観覧車からは、遠くの景色まで澄んで見えた。いつのまにか、私の家も見える。、前にカナと行ったレストランも。
「きれい……」
 声が漏れた。でも、そのことに突っ込んでくる人はいなかった。
「そういえば、あそこの公園で昔、遊んだよね」
 ふと、よっちゃんが私に尋ねてきた。
 一呼吸ほどの間があった。
「あれ? そうだっけ?」
「うん。確か……あれは、今から……12年くらい前だったかな……? 俺は昔ここに住 んでたんだ。覚えてない?」
「……全く……」
 思い当たる節がない。私はこの町で生まれて……幼少期を――――――
 急に頭にもやがかかって、うまく思い出せない。
「あの頃は……カナも……確か一緒だったよね?」
 よっちゃんがカナをちらりと見たが、カナは何も言わなかった。
「あれは確か……夏休みの初めのほうだったかな? そのあと親の転勤でこの街を離れちゃったけど……今の二人の様子を見て安心したよ。ずっと仲良くやってたんだね」
 そんなはずはなかった。初めて、カナと会ったのは高校生になってからのことだ。
「カナ!」
 思はず、硬い声が出た。
 カナは少し、うつむいて、唇をギュッと〆た。
「カナは……よっちゃんが、私とカナは子供のころ遊んでたって言ってたけど……カナ、 知ってたの?」
 ゆっくりと観覧車は上へ、上へと上がってく。
「さくらに……嫌な思い出をさ……思い出させたくなかったから……」
 カナはばつが悪そうに話す。。まだ、下を向いたままだ。
「あれは……始業式のときだっけ。私は、さくらと再会したつもりだった。でも、さくらは『初めまして!』って話しかけてきたんだ。再会のはずなのに。そのとき、さくらは私のことも、あの日のことも全て忘れてしまってるんだって、気づいたの。私のこと……私と遊んだ日々のことを忘れられてしまったのは、とても悲しかった。それでも、あんな記憶忘れてしまったほうがいい―――そう思ったんだ。そして、あの日のことは、絶対にさくらに言わないでおこうって……そう決めたんだ。……さくらがあの日のことを覚えてないってことは……たぶん、さくらがあの日のことを思い出したくないから……さくらが忘れたいと思っているから……思い出せないんだと思う」
カナは咳ばらいをして続けた。
「さくらは、あの時のことを知りたい?」
 雑音が耳の中でこだまする。
 私は何も答えられなかった。

      §

 カナはずっと私を見つめていた。
 もう観覧車は下に向かっている。
 数分経った。まだ、私の中で、答えは出ずにいた。そんなの急に言われたって、答えられるわけがない。でも、ここであいまいなことをカナに言ったら……もう二度とこの話は聞けない。そんな気がした。
 唾を一つ飲みこんだ。
「カナ……」
 のどがつっかえた。それでも、絞り出すしかない。
「私は……知りたい。」
 束の間の静寂が流れた。カナは一瞬、目を丸くしていたが、すぐに緩んだ顔を繕った。
「なんで?」
 怒ったような表情だった
 まだ、私の中で、完全な答えは出ていない。理由を答えよなんて、難しいこと言われても困る。
 改めて、カナの顔を見返すと、カナはじっと私を見つめていた。答えるしかないのか。
「まだ、うまく言えないけれど……やっと、気づけたって、言えばいいのかな。よっちゃんと昔の話をしているうちにはっきりと確信したことがあるの。私には忘れてしまった過去があるってこと。きっと、それは私にとって、消したい記憶なんだろうし、思い出したくもないことなんだと思う。でも、でもさ」
 いつのまにか、息が荒くなっていた。
「やっぱ……嫌だよ。このまま、知らないままでいるなんて。私の知らない場所がそこにあって、私の知らない人がいて、そこに私の知らない思い出がそこにあって…………」
 それ以上は言葉がでなかった。
 カナが何か言いたげにしていたが、観覧車のアナウンスがそれを遮った。
 気づけば、地表が近づいていた。
 明るかった西日も、なりを潜めている。

      §

 観覧車を降りると、よっちゃんが、「レストランでも行こうか」といったので、私たちは茶笑男が紹介してくれたレストランへ向かうことにした。観覧車の中でちょっとした修羅場が展開されていたせいか、皆の会話も沈みがちだったが、そこは、俺の出番と言わんばかりの茶笑男が一生懸命、場を盛り上げようとしてくれていた。そのせいか、はたから見たら、仲の良い高校生グループに見えたと思う。カナに聞きたいことは山ほどあったけど、レストランに向かっている間、カナはずっと、口をつぐんだままだった。
 赤信号になった。
「見えたよ、ほら」
 茶笑男の指の先には、木とガラスが見事に融合したロッジのような建物があった。テーブルの上にはキャンドルが焚かれているようで、温かみのある淡い光が幻想的な雰囲気を醸し出している。。おとぎ話の建物みたいだ。
「きれい……」
 思はず、早足になっていた。
「さくら!危ない!」
 カナの尖った声が耳に飛び込んでくる。それと、ほぼ同時に、甲高い警告音が私を襲う。音源を探ると、トラックがあった。急いで、ブレーキを切っているようだが、もうどう考えても間に合わない。
 その瞬間、何かに押され、私は押し出された――――
 
       §
 
「カナ! カナ!」
 後ろで、よっちゃんの叫び声が聞こえる。今、私は、白線の上にいる。つまりは――――カナが助けてくれたってこと……。
 振り返ると、そこには、ぐったりと倒れているカナの姿があった。
「カナ!」
 私を押し出して、助けてくれたのは間違いないようだった。足がありえない方向に曲がってるし、頬に青あざがあった。
「なんで……」
 気づけば、涙が出ていた。カナの体にそっと手をやろうとするも、小刻みに震えて、思い通りに動かない。カナへの罪悪感が私を支配していた。
「さくら!」
 ふっと、意識が戻る――――よっちゃんの声だった。私をじっと見ている。
「さくら、大丈夫? さっきからずっと、ぼーっとしてたけど」
 真摯な眼差しだった。いつのまにか、救急車も到着している。茶笑男も警察に事情聴取されていた。それでも……カナの意識はまだ戻ってないようだった。
「うん……大丈夫」
 我ながら、ぎこちない応答だったと思う。
「ほんとに?」
「う、うん……」
「どっからどう見ても、大丈夫じゃないって。ほら、ついてきな」
 そういって、私の手を握った。

      §

 救急車に乗って、病院に着いたころには、もうすっかり日も暮れてしまっていて、西の空には三日月がほのかに輝いていた。病院内は、独特のにおいが漂う。それをかき分けながら進むと、カナの病室があった。
「カナ!」
 病室のドアを開ける。中には、包帯に包まれたカナと、四十、五十代の男がいた。
「先生……カナは大丈夫なんですか?」
 よっちゃんが尋ねる。
「……まあ、奇跡的に当たり所がよく、本来なら、即死するはずの事故でしたが、なんとか軽傷で済みました。ただ……本人の意識がまだ戻っていないのが、気がかりですね……」
 確かに、カナの目はまだ空いていなかった。
「えっ……大丈夫なんですか?」
 思はず、声が出た。
「……正直なところ……なんとも。この気絶が事故のせいなら、もう意識が戻ってきているはずなんです。脳波に全く異常はないですし……。」
「ほんとに……」
 ふいに、ため息が出る。私のせいだ。私のせいでカナはこんなことに――――
 急に、肩をたたかれた。よっちゃんだった。
「さくら、あまり、自分を責めるなよ」
「で、でも――――」
 ふいに、目頭が熱くなる。
「これは、事故なんだ。さくらのせいじゃないよ」
 急に溜まっていた感情が、漏れ出した。自分でも、止められない。
「ごめんね……カナ……」
 私はめいっぱい泣いた。

      §

「先生……カナの意識を取り戻す方法はないんですか?」
 よっちゃんが尋ねる。
「……これは私の推測ですが……事故に遭遇したときに、何らかのショックを脳が受けてしまったんだと思います。昔、あった事故のことを思い出してしまったとか……」
 医者はそう言って、私たちのほうに、視線を向けた。
 私の記憶にあるのは、高校生のカナだけだ。高校生でカナは事故にあったことはない。もちろん、カナと関係のある事故の記憶もない。それ以外に、カナと関係のあるものなんて…………
 あっ! キーホルダー!
 咄嗟にポケットを探った。
 あ、あった。
「あの……一つ、心辺りがあるんですけど……」
 皆の視線が私に向けられる。
「これ……カナに一回見せたんです。そのとき、カナ、かなり動揺してたんです……。きっと、このキーホルダーに何か、秘密が……」
 改めて、キーホルダーを見る。何度見ても、キーホルダーには、血がべったりとついていた。、
「……どうでしょうか。このキーホルダーが関係あるとしたら……それが、代田さんが目を覚まさない原因だとしたら……目覚めるかもしれません」
 医者はキーホルダーを見ながら、そう言った。
「やってみれば?」
 茶笑男が気軽に語り掛けてくれた。
 よっちゃんも顔をほころばせている。
 ……やるか

      §

 ただ、疑問なことが一つある。
「先生……このキーホルダーを使うとしても、どうすればカナは目覚めますか?」
「……今、代田さん、視覚は塞がれてしまっています。唯一の方法は語り掛け続けるしかありません。しかし……それでも、目覚めるか、どうか……」
 …………
 そっと、カナの傍に近づく。
「カナ……私を助けてくれてありがとね。そういえば、この前、私、血の付いたキーホルダー見せたでしょ。このキーホルダーって、きっと、今日、カナが言ってた〈あの日〉に関係あるんでしょ。…………今日さ…カナ、私に本当のことを話してくれようとしたじゃん。あのとき……カナが私のことを思って、真実を隠しててくれたって知って……本当にうれしかった。私のこと、そんなに思ってくれてたんだって。自分が苦しくても、私に苦しい思いさせないようにしてくれたんだって。ねえ……カナ、まだ、私、あの時の質問の答え聞いてないよ……あの時……なにが起きたのか教えてくれるんだよね。だからさ、目覚めてよ! カナ……」
 出し切ったと思った涙があふれてくる。
「さ……くら……」
 ふと、聞きなれた声が耳に飛び込んできた。わっと感情が沸き上がる。
「カナ!」
 カナが……カナが……目覚めた!

      §

 次の日、カナの見舞いに行くと、ベッドの上から、窓の外を見ているカナが目に入った。弱風のせいか、白いカーテンも少しなびいている。
「もう、起き上がって大丈夫なの?」
「ん……まあ、もう大丈夫かな」
 安心させてくれる笑顔だった。。
「昨日は……ほんとごめんね。私のせいで……こんな目にあわせちゃって」
「い、いや、ほら見ての通り、こんなに元気だし。気にしなくっていいって。それに、私を目覚めさせてくれたの、さくらなんでしょう? むしろ、こっちがありがとうって、言いたいくらいだよ」
 カナは元気そうなポーズをとった。なんだかそれが変なポーズで、思はず、笑みがこぼれた。
 心地よい沈黙が流れる。
 カナはわざとらしく、咳払いして、言い放った。
「さくら!」
「はい!」
 思はず、声を張り上げてしまった。それをみて、カナはいたずらな笑顔を見せる。
「これから……話すことは、さくらにとって……さくらの人生にとって、重要なことだから、よく聴いてね」
 カナは一呼吸入れてから、話し始めた――――

      §

 さくらは、忘れてしまっているかもしれないけど……私たちは、家が近所だったこともあってか……昔からよく遊んでいたんだ。そういえば、よっちゃんもこの頃、いたかな。まあ、ほんと子供って無知だと思う。このころは、今じゃ考えられないような危険なところとかも、知らなかったから、面白そうだったから……とか、そんな理由で遊びに行ってたんだ。
 忘れもしない……あれは、二〇〇四年八月二十三日。くらくらするような暑さだった。ちょうど、お昼を食べ終わって、私たちは河川敷の近くにある公園へ行ったんだ。
 そして、川に入ったり、ブランコに乗ったりして遊んだ。よっちゃんが、引っ越した後だったから、なんだか物足りないね―――とか、そういう話をしていたのを今でもかすかに覚えてる。
 その公園の交差点を挟んだところに駄菓子屋があったんだ。私たちは、毎回、そこらへんで遊んだあとは、駄菓子屋によるのが、習慣だった。
 あの日も、日も傾き始めて、五時のチャイムも鳴って……私とさくらは、駄菓子屋によった。いつものように。
 駄菓子屋に入ると、珍しく……さくらが「このキーホルダー、とってもかわいいから、お揃いで買おう!」って、私に提案してきて……。幸い、お金はあったし、私もかわいいと思ったから、それを……買ったんだ。
 
 ……それが、そのキーホルダーだよ。

 あのときは、私が、先に会計をすまして、先に……交差点を渡ったんだ。さくらは、「待ってよ~」って言いながら、すぐに慌てて、追いかけてきた。それが、いけなかった。
 そのとき、一台の黒い影が私たちを遮った。
 一瞬、何が起きたのか全く理解できなかった。さっきまで、話してた、目を合わせていた、隣にいた…………さくらが急に消えた。今でも、思い出すと、体が震える。私は……私は、さくらが引かれて、宙へ飛ぶのを見た。
 それより、先は記憶がはっきりしていない。気づいたら、救急車の中にいた。たぶん、駄菓子屋の店主が呼んでくれたんだと思う……。
 
 そのあと、私は、怖くて、外に出れなくなった。……学校にも行けなくなった。だから、そのあと、さくらがどうなったのかは知らない。
 そして、私は引っ越した。
 
 
 ――――偶然か、必然か、私は、学習院高校に受かった。また、この街に戻ってきた。さくらと同じ高校だと知ったときは……正直、驚いたけど。それでも、また、さくらと会えてうれしかった。こうやって、また話ができるのが今、とても幸せなんだ。

      §

 カナは口ごもることなく、ゆっくりと語った。
「どう? 驚いた?」
 暖かい目だった。
「……とても。まさに、唖然って感じ」
「そうだよね……大丈夫?」。
「うん……なんだか、不思議な感じ。とても、自分のこととは思えないよ」
「そりゃそうだよね」
 少しの間があった。
「私さ、今回、さくらを助けて……なんか罪を償ったような気持ちになってるんだよね。なっちゃいけないんだけどさ。なんか……少しすがすがしい気分」
「いや……ほんとごめんね。よく聴いたら、過去も今回も全部、私がいけないじゃん。私のせいで、カナに負担かけちゃってさ……」
「いいの。いいの。さくらが落ち込んでると、私まで、暗くなちゃう。さくらが元気なのが、私の幸せなんだからさ」
 そういって、冗談っぽく、微笑む
「ありがとうね、カナ」
「……なに言ってんのさ。これからもよろしくね」
 もうすぐ夏休みが終わる。

闇04

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闇04

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更新日
登録日
2016-04-30

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