厚さ5mmのマリンスノー

気付いた時にはもう遅い

いつもそうなのだ。私の心がずたずたになって、取り繕うことが難しくなった時にやっと事態の深刻さに気付くのだ。私が海面で、必死にもがいているときには、誰も気づいてくれないのだ。やがてもがく体力もなくなって、もがくことを諦めて、ゆっくりと海の底に沈んでいくのだ。その時になって、ようやく一人が気づいてくれる。船の上から、必死に手を伸ばそうとしてくれる。それでも、力が入らない私の体は、ゆっくりゆっくり、海底まで2000メートルの道を、沈んでいく。周りを泳ぐ魚が、見慣れないものに変わってくるあたりで、もう少し多くの人が、沈む私の体に気付いてくれる。大丈夫か、と大きな声で叫んでいるのだろう。私には、口をぱくぱくとさせているようにしか、見えないけれど。沈んで、沈んで、そろそろ、光が届かなくなる。周りを泳ぐ魚たちは、深海で生きるのに適した姿をしている。深海で生きるために作られていない私の体は、痛み出す。なんだか心地のよい痛みである。海底にたどり着いたとき、真っ白い粉砂糖のようなものが降っていることに気付いた。近くを通りかかった、ちょうちんあんこうの夫婦に問いかける。
「これはなあに?」夫婦はくすり、と笑って、
「さあ?」と答えた。どうして教えてくれないの?と声を出そうとした瞬間、痛みがひどくなって、その場に倒れるようにして横たわる。夫婦は言ってしまった。なんだか、起き上がる気力もなくて、そこに横たわったまま、いったいどのくらいの時間が経っただろうか。粉砂糖が私の体に積もっていく。それを感じながら、ぼんやりと、ここに住む魚は最初は私と同じ、人間だったのかしら、私も魚に姿を変えるのかしら、なんて考える。なんだか眠くなってきた。次に目を覚ました時、私は今の私ではないだろうことを確信しながら、瞼を閉じる。

厚さ5mmのマリンスノー

厚さ5mmのマリンスノー

誰かに気付いてほしかった

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-29

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