斯くして王は蕃殖りたり
天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ
(他サイトにも投稿)
王、誕生す
もう誰も知らぬ、絵空となってしまった宙の核の近く、金色の兎を纏う蒼天の星があった。
かつては輝く姉妹と共に、力ある父の恵みを受け、母なる蒼天のもとに栄えていた星。
あるとき、母なる蒼天は“人”を身籠った。
“人”は今までに母が身籠った命の中で最も賢く、唯一声を紡ぐことができたので、母はもちろん、父と姉妹もその誕生を楽しみにしており、姉妹は“人”が生まれた時にどのような恵みを与えるかで盛り上がり、父は祝福の準備をしていた。
そして皆に祝福される中、ついに“人”は生まれるに至り、母なる蒼天の命を仕切る長になることを許されたのであった。
だが、“人”は愚かだったのだ。
彼らは平和と自由を望んだが、手に入れては捨てた。
母のために供える贄で自身の腹を満たすどころか、弄んで情の杯と共に穢し尽くした。
詠まず吟わず、叫びと慟哭を響きわたらせた。
飢えても満たされず、理力があっても使おうとせず、無駄にはしても尊びはせず、怖れても畏れはなく、蒼天の命を鼓動に変えていることを知ろうともしなかった。
この事に母は嘆き、姉妹は喚き、“人”に憤怒を向けた父は彼らを白痴に変えるよう呪ったが解決はせず、それどころか悪化した。
困り果てた母は宙の核から誰も解らぬ宝物を取り出し、“人”の欲がそれに集中するよう仕向けたのだった。
それによって禍も共に取り出してしまったことも知らずに。
幾許も無く“人”は母が与えた宝物を「発光する書片」と認識し、母の呪いによって書片に書いてある文に対して最たる欲求を見いだした。
それからは“人”は落ち着きを見せ始め、互いに向けた刃を降ろして手を組んだのであった。
“人”は詠み吟うことこそできなかったものの、言葉を道具として使うまでには成長し、書片の文を研究するだけの知を得た。
だが書片の文を読み解こうにも人は新しく得た知識をすぐ忘れてしまうことに気づいた。
それはかつて父にかけられた呪いであり、この事に不安を持った“人”の一部が他の者と分かれまた暴れだしてしまった。
戦争が起こり、和は乱され知識は失われたかに思われた。
しかし、戦火は収まったのだった。一人の「王」によって。
王は特別強い体をもっていた。
生まれるときに“人”を変えようとした金色の兎の祝福を受けていたのだ。
王は自らの足が届く地にいる全ての者を、己の支配欲と膂力で押さえつけ、自らの奴隷とした。
王の勢力は次第に強くなり、やがては蒼天の地全てを征服するに至った。
こうして戦争を起こす火種は潰え、王は「発光する書片」を手にしたのだが、王はそれに惹かれるにも関わらず、何も解らないのであった。
王もまた白痴の呪いからは逃れられなかったのだ。
王は悩んだ末自らの奴隷を使い書片を解読することを思いついた。
すぐに解読は始められたがなかなか進みはせず、命の灯が消えかかってきた王は焦り、さらに暴虐な行いをするようになった。
奴隷たちは耐えられなくなり、ついには協力して王を殺した。
そしてその事を活力に書片を読み解いたのだった。
王の奴隷から解放された“人”どもはこぞって書片の内容を知りたがったが、そこに記されていたのは皮肉にもこれから訪れるであろう調和の狂気と、それに対抗しうる唯一無二の絶対的な存在の造り方であった。
調和の正体を知った“人”は恐怖と狂気に襲われながら王の蛹を造った。
王の蛹の素となる王は殺してしまったので、代わりに王の娘を素材とした。
母なる蒼天はこの事態を危惧し、“人”に未知の創造をしないよう警告したが、“人”はもう恐怖のみしか感じることはなかったために聞き入れられなかった。
やがて時は告げられ、“人”は初めて吟詠したのだった。
全ての意志を灰に 鼓動を泥に 命を贄に
王の蛹が孵る前に宙を降ろし揺り籠を造れ
斯くして王は生まれり
王が孤独と調和に苦しまぬよう
我ら吟詠を遺さん
斯くして王は蕃殖りたり