見えない何かを追って歩く

見えない何かを追って歩く

悟られぬようにそっと家を出た。
誰もいない、家を。

光と闇の中で

見えない何かを追って歩く

雷が鳴っているひどい夜だった。久しぶりに降った雨。憂鬱になるにはうってつけの天気だ。18時半とは思えないほど暗い中を、色とりどりの傘が並ぶ。ボツボツと雨を受ける音が心地いい。それと反比例する俺の透明なビニール傘は、雨を受けてもそれほどいい音はしない。
200歩ほど歩いた。びしゃびしゃのコンクリートを歩いていると嫌でも靴に水が入る。だんだん重くなっていき、次第に足の感覚は麻痺した。
904歩ほど歩いた。風が強くて傘の意味がなくなってきた。斜めに飛んでくる雨に打たれて、下半身もびしょ濡れだ。びっちりと張り付いたジーンズが気持ち悪い。
1287歩ほど歩いた。ついに傘に限界がきた。風に煽られ傘の骨がバキバキと音を立てて折れる。無様なもんだ。ボロボロになったそいつを捨てて、俺はまた歩く。

それからも俺は全身に雨を受けながら歩いた。ゴールなんてどこにもない。俺は何を目指して歩いているのかわからなくなっていた。いつの間にか色とりどりの傘たちは消えていた。周りは漆黒。そこに綺麗に舗装された道があって、俺はそれにすがるように歩いている。道が途切れた時、俺はどうなるんだろう。
死ぬのかな。
そう思うと悲しくなって、多分涙が出た。見えないけど。顔にはひたすら雨粒があたってるから実際のところどうなのかはわからないけど。道はどんどん狭くなっていく。歩くにつれてその道の細さに足が震える。感覚がないから震えているのかはわからないけど、この状況下で震えてない方が恐怖だろう。
道の幅が俺の肩幅ほどになってきた。一歩踏み外せば、どこかに落ちてしまう。雨も風もそれに追い打ちをかけるように強くなっていく。
しかしそれにつれて俺の心ではある変化が起きていた。
このまま死んでもいい。早く殺してくれ。
そうなってからは楽になった。狭い道は背中を押してくれてるように思えた。簡単だ!これだけ死ねる要素があれば自動的に死ぬ!あとは流れに身を任せてやれるとこまでやってみよう!

それからというもの、地獄道は楽しさを増した。細い道をスキップで駆けられるようになった。目を見開いて雨風を歓迎した。見えないものは見えないから怖がる必要がなくなった。

どれくらいの時間そうしていただろう。与えられた試練を楽しみつつ全て受け入れた。しかしながら俺が死ぬことはなかった。

数年が経過した。

907651歩ほど歩いた。どこだここは…。雨風の闇を抜けた先には溢れんばかりの青空が広がっていた。今までの地獄は嘘だったかのように太陽光が濡れた体を温める。
「ふざけるなぁ!」
花で編まれた地面に向けて叫んだ。こんなものは望んじゃいない。俺が望んだのは死だ。
「な、なんだここは…」
後ろから声がした。振り返るとそこには傷だらけでずぶ濡れの男が立っていた。
「お前は誰だ?」俺から尋ねる。男はゆっくりと俺の目を見た。
「俺が聞きたい。俺は誰だ?」
何を言っているんだこいつは。言い返そうとした時、ゾクッとした。
“俺は一体何者だ”
俺自身、自分が何者で、何なのかわからなくなっていた。
「分からないならいい」男が言った。そして笑った。綺麗な笑顔だった。
「まぁいいんだ。ここにきた段階でもう決めていた。もう、いいんだ」
そう言うと、男の口から血が流れ始めた。だらだらと量が増していく。そのうち男は立っていられなくなって、地面に倒れた。花道の溝に男の血が流れていく。等間隔に並んだ穴に男の血が流れ込んでいく。
舌を噛み切って男は死んだのだ。

何も考えられなくなった俺は、真っ直ぐ続く花道を歩くことにした。道は開けているのにどこまでも続いているこの道は、いったいどこまで続いているんだろう。
きっとこの先にも何もないんだろう。
花道の片隅に落ちていたボロボロの傘を拾い上げて、俺はまた歩き出した。

見えない何かを追って歩く

見えない何かを追って歩く

「水たまりに映った顔を蹴っ飛ばした」

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-27

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