秋桜空

ガアンと開け放たれるドア。時計の針は6:30を指す。
「遅刻だ遅刻だアッ!」
彼の名は吉谷駿。このクラスの代議員である。
「しまった、移動教室だったのか!? 時間割は?」
現代文である。口に加えていたパンが落ちる。
「ぬ? どうしたのだろう?」

教室に入ってきた松河葵は唖然とする。
「どうしたの、その服装。夏服じゃない」
「ネクタイ忘れた人に言われたくないな」
二人は走って家に帰り始める。黒板に「本日より夏服」というプリントが貼ってあるのも知らずに。夏服がネクタイ不要であることはご存知の通りである。
 その後、仲良く遅刻することになるのは想像に難くない。

「あいつら、いつも全校で一、二を争って登校してるのに、遅刻か? 珍し」
「どうせ、衣替えで慌ててるんじゃないの?」
笑う伊藤翔と山中楓。

「企画書の締め切りが来週だから、いい加減まともに話し合わんか?」
文化祭委員がチョークで黒板をコツコツと叩き、音が教室中にこだまする。
「これまで出てる案は、喫茶店か写真をコマ送りにして動画にするという奴なんだが、他に誰か無いならこの二つのどちらかで決めるよ?」
「いいんじゃね? それで」
「異議なーし」
「じゃあ、喫茶店がいい人?」
ちらほらと手が上がる。
「ワン、ツー、サン、シー……写真動画がいい人?」
半数ほどが手を挙げる。
「数えるまでもないね。写真動画に決定しました」
まばらに拍手が起こる。
「じゃあ、明日までに動画の内容を考えてくるように。以上で解散」

駿が廊下を歩いていると、窓の外からカプセルが飛んできて廊下のゴミ箱に入った。気になり拾い上げると、中に紙が入っていた。
『放課後、中庭まで。香織』
前を向くと、廊下のT字角から消えた人影がひとつ。

「駿。今日は久しぶりに部活が休みなんだ。ちょっと話さんか?」
「あー……悪い。ちょっと約束があるんだよ」
「そうか。じゃ、また明日な」
「またな」

「で、話っていうのは?」
「最近、葵に変わったこと、なかった?」
「いや? 特には」
「そう。でも気をつけてね。今日、なにか変だったから……」
「そうか?」
香織は姿を消す。
「香織……?」

翌日の教室に駿の姿はない。
「手紙?」
『放課後、中庭まで。駿』
「なんだろ。香織の件かな」
「香織? ああ、転校生のことか」
「色々と不思議な人だけどね。怖いくらい先が読めるんだよ」
「そういえば写真動画を提案したのも香織だったな」

「皆、内容は考えてきた?」
「アクションシーンを撮りたい」
「人にできないようなことをやってみる」
楓が黒板に書きとっていく。
「翔はどこ? 荷物はあるんだけど。あれ、葵も駿もいない」

「で、話っていうのは?」
「昨日の僕と香織の話、聞いてたか?」
「……聞いてないよ?」
「そうか。ならいいや」
「……え? それだけ?」
「すぐ側にいたことは知ってるんだよ。残念だ」
駿は姿を消す。後ろ姿を葵は香織と重ねる。

 翔は図書館で歴史資料を調べている。
「文化祭は100年前から始まったんだな……」
100年前の文化祭で行われた企画。それは映画の作成。そして主役の名前は、
「葵……? まさかとは思うけど」
「翔、駿がどこに行ったか知らない?」
「クラス会議に出てたんじゃね?」
「これこれこういうわけで」
「さすが香織だな。全部読み切ってる」
「どういうことよ?」
「これまで駿に嘘をついたこと、なかっただろ?」
「それは……確かにそうだけど、一つだけ心当たりのあることがあるよ」

「主役が葵、カメラ担当が駿、構成が翔? 皆さ、もうちょっと仕事しない? ここにいない人たちに押し付けるのもどうかと思うんだけど」
「他に適任がいるのか?」
「ん……しょうがない、これで決定します」

吉谷駿のもと、会議が進んだ。
「出演はこれでいいね。裏方は明日決めるってことでいい?」
「賛成」
「な、駿。最近、変わったこと、なかった?」
「いや? 特には」
「そう。でも気をつけてね。今日、なにか変だったから……」
「そうか?」
翔は姿を消した。

「聞いた? 香織が自殺したって」
「そうなの? 何があったんだろう。とくに何かを抱え込む性格じゃなかったけど」

「嘘だ……」
駿の目の前には、翔が天井から吊るされていた。

 葵がふらふらと現場に入り、倒れる。
「やっぱり、スケジュール詰めすぎじゃね?」
「そうだけど、締め切りまで時間がないのよ」
編集担当の井上麻里も考えこむ。
「葵? 大丈夫か? ……おーい、葵?」
「香織のことがあったもんな。しょうがない、今日の撮影は中止だな」
「そういえば、あんた楓に呼び出されてなかった?」
「……そうだった、片付け頼む」
「ああ、分かった」

「悪い、遅れた。話ってなんだ?」
「なんで葵があんなに疲れてるか知ってる?」
「そりゃ、撮影のスケジュールが詰めすぎて……」
「違う。葵が香織の仕事までこなしているからなの」

葵に関して根も葉もない噂が広まったこともある。
「な、葵、学校やめるって本当か?」
「……」
「何があったんだよ。親の転勤か?」
「……」
「なにか言ってくれよ」
「……うるさい」
「え?」
「うるさい!」
次の瞬間、葵の右ストレートをかまされた翔が飛ばされ、壁にぶち当たる。静まり返る教室。その日の放課後、葵は階段から転げ落ちる。階段の上に麻里を駿は確かに見る。

「翔……何やってるんだよ。起きろよ」
固くなった翔を引きつった笑顔で揺すった駿。
「なんか眠くなってきた……また明日な」
乾いた笑いを響かせ、駿は出て行った。
「はあ……あらっ!? あーっ!」
ドタンバタンと騒がしい音が廊下にこだました。

「あいかわらず暗い顔してんな……」
「その話はするな……」
「あいつ、いつ目を覚ますんだろうな」
「黙れ……」

「どうだった、駿の具合は?」
「全然。まったく動かない」
「いつ頃になったら起きるのかなあ……」
「さあね……」

「撮り直し。大丈夫、吉谷?」
「ああ……ちょっと疲れてきたかな」
寄りかかった机が倒れ、ガシャンと大きな音とを立てて駿の腰が砕けた。
「休んだら? 締め切りまでまだ時間あるよ?」
「いや、まだいける。これは僕が撮らなくちゃいけないんだ」
「そう……」

香織という人物と、駿は2回しか会っていない。最初はカプセルを渡された日、最後は昨日。
「これを見て」
渡された紙は葵の診断書だった。回復の見込みなし。余命1ヶ月。
「文化祭は2ヶ月後よね? どうする?」
「……全部撮り切るしかないだろ」
「結構な強行スケジュールになりそうね。体に負荷がかかり過ぎない?」
確かにそうだ。駿はうつむいた。

画面に大量の写真が映し出され、編集作業が始まる。
「ん? この写真は何だろう?」
「私の後ろに、誰かが写り込んでいる」
「……気にしない、じっくり見ないと気づかんよ、これ」
この時に気づいていたなら、悲劇は避けられたかもしれない。しかし、全ては終わってしまった。

机の引き出しからカプセルを取り出す。メモ帳を一枚ちぎって書き込み、フタをする。
『放課後、中庭まで。駿』
全力で投げると、周辺がぴかりと光ってカプセルはどこかに消えた。

「皆、編集完了。試写会するよ」
井上麻里がノートパソコンを抱えて教室に入ってきた。葵をパソコンの前の椅子に座らせ、動画を再生する。クラスメートも集合する。

 終盤にさしかかる。すると、突然葵が写真と違う動きをする。画面の前に立つと、手話で「ありがとう」と言う。次の瞬間、現実と心の中の葵が同時に笑顔で倒れた。再び、教室を静寂が支配する。
 しばらくして、駿が闇に光を放った。
「香織だったら何を話すだろうか……」
「実はな……こういうわけなんだ」
「100年前に同じことをやってたのか?」
「それも同じ名前の人がね」
「いや、違う。その頃、映画の技術は日本になかったんだ」
「ということは……」
「1916年と2016年がシンクロしてたってわけさ」
「いや、待て。最初は男子校だぞ?」
「その場合は祖先とつながったのさ」
「ということは、香織の祖先が葵の祖先でも会ったわけで、香織が死んだから葵の存在自体が消えた……」
「おい、駿? どこに行くんだよ」
「僕が消えれば、誰かが消える。すでに100年前の僕は消えている。だから僕は消えなければならない」
「何言ってんの? 滅茶苦茶じゃん」
「全部香織の予言があたったな」
この後のことは、誰も知らない。

「ちょっと待って。なんで駿は100年前の自分が消えたこと知ってるの?」
「あなたと同じ理由だと思うけど? ふふっ」

【初出:文化祭2016ボツ】2016/05/08 全面改訂 友情が常に良い方向に働くとは限りません。しかし良い方向に働いているのなら共に進むべきでしょう。

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