道の向こう

誰しも一度は失敗する。その大きさは人によってそれぞれだが、葵という少女はその気持ちを引きずったまま、学園生活を過ごしている。ひょんなことから内山という少年と出会い、少女の心に色があらわれはじめた……。

その店は学校帰りにある。最寄りから歩いて約十分、商店街から少し離れたところ。二週間に一回くらい、お母さんがパートで遅くなることがある。その時は朝、テーブルの上に千円札が置いてある。私はそれを財布に入れて学校へ行き、帰りにその店へと足を運ぶ。
「豚骨ください」
店で発する唯一の言葉だ。昔はお喋りでよく笑っていたけど、今は無口で無愛想な人間へと変わってしまった。
 ”由衣…”
 最後に笑ったのはいつだったのだろう?

そんなある日のこと、いつも通り店で食べていたら青年が話しかけてきた。
「豚骨、好きなの?」
 って。私はラーメンをすすりながら平然と答えた。
「親友がいつも食べていたから」
 するとその青年は頬杖ついて一言。
「君は何味が好きなの?」
 ちょうど食べ終わったので何も言わず、お金だけ置いて店をでた。
 ”塩……だよ”
 振り返って看板を見つめながら、心の中でそう呟いた。

 次の日、学校へ行くと女子達がキャーキャーと朝から騒いでる。
「昨日のテレビ見た?」
「もちろん、ちょーかっこよかった」
「だよねー」
 勉強に集中できないから、声を小さくしてほしいと常に思っている。でも言えたことなんて一度もない。
 ”昔はあんな風に笑ってたな”
 彼女達を見ながらそう思った。高校生になる前まで私はいつも笑って、勉強なんかテスト前でもしなかった。毎日、由衣と家でグダグダな話をしてゲームして……幸せな時間だった。でも、由衣は目の前で死んだ。
 ”赤信号なんて怖くないよー”
 あんなことを言わなければ、由衣は車にひかれなかった。葬式に行った時、由衣の両親に言われたんだ。
「もう二度と、あなたの顔なんて見たくない」
 って。だからお母さんに頼んですぐに転校した。新しい学校では誰とも関わらず、勉強ばかりした。
「うちらも頭よくなりたいね」
 由衣の願いを全て叶えたかった。彼女に対するせめての罪滅ぼし。バカな私はそれ以外思いつかなかった。今の高校は特待生として進学した。勉強の縛りさえあれば、もう遊べなくなる。バカやって、もう二度と大切な友達を失わなくてすむ……そう思ったから。
「何? 龍崎さん」
 女子の一人が睨んだ目で聞いてきた。由衣の死を見てから、私の視力と聴力はなぜか良くなった。別に悪かったわけではない。普通だった。前よりも些細なことに気づくようになった。だから、クラスの端と端の距離でもわかってしまう。
「邪魔しちゃダメだよ。金払ってきている私達とは違うんだから、特待生は」
 二宮さんがそう言った。クラスで一番の金持ち。入学して半年経つけど、彼女の名前だけは覚えている。
「そうですよねー。ごめんね龍崎さん」
 その子は笑って言ったけど、目は死んでいた。確か、赤点ばかりとっている子だっけ?
 そんなこと私にはどうでもいい。私は教室のから真っ青な空を見て、
 ”もし由衣が生きていたら、彼女達のようになっていたのかな?”
 心の中でそう呟いた。

 その日の帰り道、私はまたラーメン屋にいる。仕事が大変らしいのか今朝、一週間分の食事代を渡された。
「豚骨ください」
 昨日の青年はどうやらいない。これなら静かに食べられる。水をちびちび飲みながら待っていると、
「いらっしゃい」
 聞き覚えのある声だった。その青年は私の隣に座ると店主に叫んだ。
「俺も同じの」
「おい、暇なら手伝えよ」
「今日シフト入ってないし、タダ働きはごめんですよ」
 彼も私と同じ高校生なようで、制服を着ている。見覚えのない服なので、他校だろう。
「麺、のびちゃうよ」
「はっ?」
「ほら」
 頬杖をついてラーメンを指さした。
「あっ……ありがとう」
 いつも通り、わりばしを人差し指と親指ではさみ”いただきます”と小さく呟いてから、まず海苔を食べる。
「美味しいでしょ?」
「言われなくてもわかってる」
 スープを一口飲んでから麺を食べる。焼豚はなんとなく最後に食べる習慣がある。特別に好きではないけど、癖になったらしくやめられない。
「店長! 俺のまだすか」
「あっ悪い。仕事さぼっている野郎と間違えてたわ」
「だから俺、非番!」
 でも二人は楽しそうな顔をしている。
 ”私達もきっと、こんな風に見られていたんだね”
 そう思うと涙が出てくる。ティッシュでバレないように、たった数滴の涙をふいた。

「ごちそうさま」
 今日は珍しくスープも全部飲んでから店を出た。結局、私が食べ終わってもあの青年には、お水すらでなかった。忘れているのか、わざとなのか……でも青年は決して怒らなかった。一緒に仕事をしているから、きっと忙しさを理解して黙っていたのだろう。
「待ってよ」
 青年の声だ。でも私は気づかないふりして、歩き続けた。私はあの日から、人と関わらないようにしている。それは意識してやっていたんじゃない。ふと考えたら、そういう行動ばかりしていたのだ。だから今も……。
「ストップ!」
 その言葉と共に、制服の裾を引っ張られた。
「何」
「君さ……運動神経いいでしょ。久しぶりに本気だしたよ」
 彼は呼吸を乱しながらも、絶対に離そうとしない。確かに、よく由衣と追いかけっこはしていたけど……そんなに早いか。
「別に。普通だけど」
 それよりも私のこと追いかけてまで、何の用事なんだろう。
「これ、忘れ物」
「……あ、ありがとう」
 それはペアになっている、クマのぬいぐるみ。赤が私で、黄色が由衣。ゲーセンで必死に……何回も両替機に行って手にした宝物。誰にもばれたくないから、鍵につけていた。きっと気づかない間にとれたのだろう。
「それさ、片方ちょうだい」
「はぁ? 嫌だよ」
 なんでこんな人間に、思い出の品を渡さなきゃいけないのよ! だからそいつを思いっきり睨んだ。
「いや、冗談だって」
 って笑いながら言った。でもすぐに真剣な表情で、言ったんだ。
「何があったのかは知らないけど、彼女が今の君を見たら何て言うかね」
 って。そして私の言葉も待たずに、背を向けて行ってしまった。
 ”何も知らないのに、勝手なこと言わないで”

 次の日、またラーメン屋にいた。三日連続は体に悪いんだろうけど、英語の授業でラーメンの絵を見たら……この気持ちわかるよね?
「おっ! 今日も来てくれたのかい」
「……はい。なんかオススメありますか?」
 こってりしたのは……しばらくいいや。店長は両腕を組んでしばらく考えて、提案してくれた。
「メニューとは少し違う炒飯、食べるかい」
 その笑顔にノーとは言えなかった。単語帳をパラパラとめくりながら待っていると、
「へい、熱いから気をつけてな」
 炒める音なんか聞こえなかったのに、いつ作ったんだろう。少しだけ疑問をもちながら一口。
「……美味しい。なんかさっぱりしてる?」
 この店では同じものしか頼んだことがない。だからメニューの味はわからないけど、どこが違うんだろう。
「だろ? まだ店長しか食べたことないから、不安だったよ」
 店の奥からあの青年が出てきた。
「昨日のことチャラにするから、お嬢ちゃんが来たとき俺の炒飯だせって」
 呆れた声で店長は言った。
 ”生意気な人”
 半人前なのにそんな大口たたいて……悔しいけどこんなの作れないよ、私。
「この店はあっさり系がないからな。自分なりに工夫したんすよ」
 自信たっぷりに彼は言った。むかつくけど私達は何も言えなかった。
「今日は、お代いらないから」
 店長は笑ってそう言うと、行ってしまった。
「ねぇ」
 彼は小声で私に話しかけてきた。
「親友はどんな子だったの」
「さぁ。もう忘れた」
「嘘つけ。じゃあどっちのぬいぐるみ? 彼女のは」
 無視してもいいんだけど、彼の料理を食べている以上……しかもタダで。鞄から鍵を出して、黄色の方を指さしながら見せた。
「おぉー。予想通り」
 彼はぬいぐるみの頭をそっとなでると、仕事へ戻ってしまった。

 食べ終わっても、私はずっと店に残った。
 ”ありがとう”
 たったその一言の為に。二人とも忙しそうなので、話しかけるタイミングが難しい。
「どうしよう」
 このまま残っても邪魔になるし、お礼ぐらいなら今度でもいいよね……。二人に気づかれないよう、こっそり帰ろうとしたら、
「待って」
 振り返ると、青年が指で奥の部屋を指している。おそらく従業員の休憩部屋なのだろう。そこで待てと彼は目で訴えている。だから小さく頷いてトイレの隣にあるドアを開けた。部屋に入るといくつものロッカーがあって、真ん中には大きな丸いと机がある。椅子はないので、近くにあった座布団をひいた。じっと待つのは疲れるので宿題を終わらせた。
 ”ふぅ”
 いつもより難しかったと思いながらちらっと店の様子を見ると、忙しさはさほど変わっていない。だから電子辞書を開いて、適当にボタンを押す。漢字や英単語、数学や物理の公式も入っているので何かと便利だ。世界史とかは間違えやすいので、これを見ながら年代で覚えるようにしている。
「あっ、電池切れ」
 せっかくの暇潰しが……。まぁ教科書で予習の続きやるから、問題ないけどね。
 ”それにしても大変そう”
 昨日や一昨日はそうでもなかったのに……。お客の声はもちろん、二人が大声で何かを叫んでいる。聞き取れないけど、全体的にうるさいのは確かだ。静かでない場所での勉強はいつのもことだ。だから特に気にもせず、ノートを開いた。
 
途中で少しばかり休憩を入れたが、終わった頃には十時を過ぎていた。だけど家に帰ってもどうせ一人だ。別に急ぐ必要もない。
「お疲れ様」
 バタンとロッカーの閉まる音と同時に彼は言った。いつから後ろにいたのだろう。いるなら言ってくれればいいのに……。
「それで、何か話でもあるの?」
 髪がびしょびしょで部活帰りの人みたい。二つも制服のボタン、はずしているし……。由衣が好きだった男も確か運動部だったなぁ。部活を優先したいって見事にふられていたけど。
「もしもし?」
「えっ、あー。炒飯おいしかったです。ありがとうございました」
 正座のまま頭を下げたので、土下座に近い形になってしまった。
「それだけ?」
 キョトンとした顔で聞いてきた。だから頷いて荷物を鞄に入れようとした。
「アホ」
 私の頭をポンとたたくと、
「送っていくから早くしろよ」
 その言葉を残し部屋を出た。

 こんな遅い時間に歩くのは久しぶりだ。前に一回だけ由衣と遊んで……あの時もこのくらいだったっけ? お母さんに怒られて、次の日に二人でブーブー悪口をいいあったな。
「何? 嬉しいことでもあったの」
「別に」
 じゃんけんで負けた彼は、私の鞄まで持ってくれている。バイトで疲れていそうだし、冗談でやったつもりなんだけど……なぜか引き下がってくれないので私は手ぶらのままだ。
「そういえばさ、まだ名前聞いてないんだけど」
「龍崎、葵だけど」
 すると彼は何も言わなくなり、無言の時間が続いた。コンビニが見えると彼はこう切り出した。
「あの信号を渡りきれたら、俺と付き合って」
「誰でも出来るじゃん」
するとムッとした顔で、
「バカ! 赤でだよ」
 と言って、いきなり持っていた荷物を捨てて走りだした。
 ”待って。ダメ”
 その言葉を私は声に出せなかった。由衣のように突然消えるかもしれない。頭ではわかっているのに、怖くて涙と一緒に崩れ落ちることしか出来なかった。下を向いて耳をふさぎ、現実から目をそむけて時が流れるのを待った。なんとかしたくても、震える体を自分では抑えられない。同じ過ちを繰り返したくないから、友達も作らず生きようとしたのに。あの人とは友達じゃない。だから自分にとっても大切じゃないはずなのに……。
「葵、顔をあげて」
 この声。幻聴でないことを信じたい。でも前を見た時、由衣と同じ光景だったら……もう死体なんて見たくない。そう思うとまた涙が出た。どんなに努力しても消せない過ちと、恐怖が私の体には染みついていた。あの時と同じ場所じゃない。状況は似ているけど今回は何も言っていない。あいつが勝手にやっただけなのに……。
「キスされると思って照れているの?」
「違う!」
「あっ、やっと顔あげた」
 目の前には人間がいた。その人は指で私の涙をふくと、両手を広げて微笑んだ。
「嫌だ」
 抱きついたら負けだと直感した。そして自分の鍵についているぬいぐるみを、彼に渡した。黄色の、由衣のほうを。
「いいの?」
「その代わり、もう二度あんなことしないで」
 立ち上がろうとした瞬間、思いっきり腕を引っ張られた。声を出そうとした頃には、彼に抱きしめられていた。心臓の音が聞こえるほど強く。
「ねぇ全部話して。じゃないと離さない」
「心臓の音がうるさいから無理」
 するとすぐに離してくれた。そして、
「手はつないでいいでしょ」
 と言った。暗くてはっきりとは見えなかったけど、顔は赤くなっていた。
「強くなら」
 まだ震えの止まらない手を目の前に出した。
「もしかして親友と関係してる?」
 その問いに何も言えなかった。頷くこともしたくなくて、彼の手にあるぬいぐるみをじっと見つめた。
「葵」
「名前で呼ばないで」
 小さな声で呟いた。名前でしかも呼びすてするのは、由衣だけだったから。
「葵」
「だから!」
 殴ろうかと思ったら彼はその手を包みこう言った。
「俺はちゃんと生きてる。これから先、何があっても死なない。約束するから笑って、素直になって」
 この言葉を私は待っていたのかもしれない。誰でもいい。本当は心にある何枚もの壁やガラスを、破ってほしかった。由衣が死んだのは自分のせいだけど、許してあげるって……じゃないと一生、笑えない。何をしても由衣に恨まれるんじゃないかって、いつか呪い殺されるかもって。どうすればいいのか教えてほしかった。
「由衣…ごめんなさい」
 彼を強く抱きしめ私は泣いた。由衣が死んだ時、葬式の時、泣いちゃいけないような気がして……うまく言えないけど、この人はすべてを包み込んでくれるような気がした。もう、楽になりたかった。
「泣け。俺がその分、温めるから」
 彼は私が泣きやむまで一緒にいてくれて、家まで送ってくれた。
「こめん、こんな遅くなって」
「明日また店にきて、今度こそ教えて」
 私が頷くと、おでこにそっとキスをして帰った。

 次の日、店に行くと彼は一番端のカウンターに座っていた。
「それ……」
 昨日渡したぬいぐるみは、鞄につけてあった。
「いやー、彼女できたのかってうるさくて。あぁって言ったから、よろしく」
 ”まだ彼女になるなんて言ってないけど”
「葵ーすねるなよ」
「呼びすてはやめて。それより、あんたの名前は?」
 そういえば、まだこの人のこと何も知らない。知っているのは優しいのと、ここで働いていることくらいかな。
「由衣ちゃんには何て呼ばれてたの?」
「葵」
「じゃあ俺もそうする」
 ”やっぱこの人むかつく”
 彼は手をだすとこう言った。
「俺の名前は、内山裕樹。よろしくな葵」
 だから私もその手を強く握って言った。
「龍崎葵です。彼女にはならないけど、よろしく」
 この人を好きではないけど、知りたいとは思った。由衣、私は生きるよ。生きて羨ましがるくらい幸せになるから、空の上からちゃんと見てて。私はその時、久しぶりに笑えた。

 

道の向こう

道の向こう

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-04-26

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