イケメン女子のリアルな事情
みつるさんも女の子なんです
1
曲が終わると一瞬の静寂が訪れてから、ホール内に黄色い歓声がドッと湧き上がった。
爽快なギターと激しいドラムが奏でる旋律がいつも私の胸を奮い立たせる。自分のキャラに合った曲だと歌う度に思う。
『絶対生命final show女』。尊敬すべき東堂先輩のソロ曲であるから『プリパラの外の私』のような甘えた人間には歌えない歌だ。
「最愛なる天使達。今日も僕の声を聴きに来てくれてありがとう」
そう天使達に伝えると、先ほどよりも大きな歓声が響き渡った。
反応を貰った嬉しさと少しの優越感からつい頬が緩んでしまう。
スーッと息を吐いてから青いサイリウムで埋め尽くされたホール内を見渡す。
天使達がパタパタと羽根…ではなく、うちわを揺らしている。視力が飛び抜けて良いわけではないが、うちわに書かれた文字は意外と読めるものである。個性豊かな要望ばかりだから、私は大抵この要望の中より最後の台詞を考える。
(今日は…『お持ち帰りして』?)
そのうちわの持ち主は先日初めて見に来てくれた、ロリータな衣装を身に纏った女の子。二回目にして『お持ち帰りして』なんてうちわに書いてしまうのだから、私の虜になったんだろう。可愛い子だ。
私がマイクを口元に持ってくると黄色い歓声は徐々に小さくなり始めた。
「僕の歌声に酔っても、神聖な天使達をお持ち帰りはできない。だから代わりに君たちのハートを持って帰るよ」
そう言い、私は青いポニーテールを揺らしながらステージを後にする。
後ろからまた歓声が聞こえる。
この瞬間が私はとても好きだ。
「みつるくん!きょうもすごいうただったね!」
『いつもの世界』に帰ってくると、チョコレートブラウンのショートヘアの小学生がこちらへ走ってきた。
キラキラした瞳で見つめてくる彼女に、私はつい笑顔になってしまう。
「ありがとう。でも、今は美弦『君』じゃないからね?美弦『ちゃん』にしてよー」
ちよりちゃんに目線を合わせて、いつもの様に注意をする。
そう、今の私は青くて長いポニーテールを揺らしながら「天使達、愛してるよ」なんて言う人ではない。
パーマのかかった茶髪のボブに、瞳の色はピンク。『あっちの世界』とは容姿が全くの別人なのだ。
「美弦さん、お疲れ様です」
ちよりちゃんの後を追いかけてやってきたのは佳乃ちゃん。ちよりちゃんの姉だ。
おっとりした優しい表情が長女らしさを感じさせる。
「佳乃ちゃん、ありがとう。……二人はこれからプリパラ?」
二人とも腕にプリチケバインダーを持っていた。
ちよりちゃんはランドセル、佳乃ちゃんは制服に重そうなスクールバッグを肩にかけている。
「ほんとうはね、ぷりぱらいってうたっておどるはずだったんだけど……」
ちよりちゃんの顔が曇る。何か聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうか。
「みつるく……ちゃん!のおうたきいてたらいくのわすれちゃったんだあ。えへへ」
(な、なんて可愛い子なんだ……)
苦笑いをしながら頬を赤らめるちよりちゃん。
サラッと私を持て囃す、罪な子である。
「もう、ちよりちゃんったら!褒めても何も出な……アイス食べ行こうか」
ちよりちゃんの頭をくしゃくしゃと撫でて、溢れ出す萌える気持ちにニンマリと笑う。途轍もないくらい気持ち悪い顔をしているのが自分でわかる。
やったやったあ!、と跳ねるちよりちゃんに「今度ね」とまたくしゃくしゃ撫でた。
「それじゃ、あたしはもう帰るね。二人も遅くならないようにね」
二人に手を振ってプリズムストーンを後にする。
「寒っ」
桜が舞い落ちて葉に生え変わる季節、夕暮れの風はまだ春を思わせる。
少し冷たい空気の中、信号を待つ間にスマートフォンを開く。
プリパスはプリパラ用、スマートフォンは普段の生活用。普通の人はプリパスを普段も使用しているが、私の場合、プリパラに通っている事は家族、友人、会社にも隠している。普段の生活の鬱憤を晴らし、大好きな二次元の彼をリスペクトしたキャラで活動しているなんて、口が裂けても言えない。
あくまで、普段の私は『一般的なOL』なのだ。
ヘッドブックを開くと、一般的なOL達の自己満な投稿で溢れかえっている。
スワイプして適当に眺めていると、『結婚しました』の文字が目に入ってきた。
『皆さんにご報告があります!
この度、私たちは結婚する事になりました♡
これから大変なこと、辛いことがたくさんあると思います。でも、潔君となら乗り越えられるって思ってます!
楽しい時間も苦しい時間も二人で共有していこうね。
これからも今までと変わらず、よろしくお願いします!』
二人が幸せそうに微笑む自撮りも載せられていた。
とりあえず、『いいよ』を押して、おめでとうのメッセージを送る。
(へえー、この子結婚するんだ……。合コン行きまくって彼氏コロコロ変えまくって、ようやく運命の相手見つかったのね)
まだ20歳越えたばかりの彼女で、遊んでばかりの女の子だけれど、やはり運命の相手を見つけた事には尊敬する。彼女の場合は運命なのか怪しいけれど。
今年で俗に言うアラサー入りを果たす私には運命の相手どころか、少しも恋愛を思わせる異性すらいない。私の人間関係はハズレなのか、それとも私の理想が高いだけなのか。
(まあまあ、そのうち、ね)
きっと私にも運命の相手が来るだろう。
……来るのか?
2
「お昼行ってきますー」
財布を片手に会社を飛び出す。ひたすらキーボードと電卓を叩きながら上司に媚びを売る仕事は精神を削ってくる。私は鰹節でも木の板でもない。もっとクリエイティブな仕事をしたいと思うが、給料もそこそこ良いのでこの会社にずっと居座っている。
今日の昼食を何処へ食べに行こうかとスマートフォンを弄りながら歩いていると後ろから「みっちゃーん」と私を呼ぶ声が聞こえた。
「みっちゃんもご飯?なら一緒に食べようよ」
「いいよ、一緒に食べよ」
同僚のエリが休憩を取る私を見て追いかけてきたらしい。
昼食を悩んでいたら彼女がパスタを食べたいということなので、二人でイタリアン料理の店へ入った。
「でさー、あいつ、あたしの料理にいちいちケチつけてくるの!こっちはあんたの為にどれだけ勉強したと思ってるのよ!って思ったけど、それ言っちゃったら喧嘩になるじゃん。だからその時は言わなかったんだけどーー」
料理を注文してからエリの口の動きが止まらない。彼氏の愚痴が次から次へと出てくる。
「お待たせ致しました。季節の野菜とモッツァレラチーズのトマトソースパスタ、エビとアボカドのジェノベーゼです」
タイミング良く料理が運ばれてきた。ここのパスタは安いのにとても美味しい。そして何よりOLにとって嬉しいのがニンニク抜きが出来る事。
「うわぁ……おいしそう」
つい声が漏れてしまうくらい、バジルの香りを漂わせるパスタ。
「ごゆっくりどうぞ」
一礼して店員が去った後は恒例の……パシャ。
「あたし、この店初めてきたけどオシャレすぎてまたきちゃうよー」
「安いし美味しいから本当オススメだよ」
パシャ、パシャ。
「それ最高ぉ。アウスタにアップしよっと」
洒落た食べ物が目の前に出てきたら写真を撮ってアウスタに載せる。寧ろ、『オシャレアピール』をする為に食べ物を食べている。最近の若者が何の為に食事を取っているのか、良く見失う。斯く言う私も食べ物の写真を撮ってはアウスタに載せているが。
「いただきまーす……ん!おいしい」
エリが楽しそうに食べ始めるので連れて来て良かったと思う。
「で、あいつさ、シェフ気取りなの!シェフっていうか料理研究家?『俺、味にうるさいから』みたいなアピールしてくるの!まじうざくない?じゃああんたが作りなさいよ!って言ったら、『俺は作れない』だって。うざすぎでしょ!作れるようになってから言えよ」
美味しいパスタの味が台無しになりそうなくらい怒り始めるエリ。段々、怒りながら笑い始めた。
「確かに。作れないのに味にうるさいとか言っちゃうのはウザい。しかもエリの料理普通に美味しいの知ってるよ、私」
「みっちゃーん!そう言ってもらえると嬉しい!いちいち料理にケチ付けられると自信なくなっていくんだよねー」
「それわかる(わからないけど)!大抵そういう奴に限って料理できなかったりするよねー」
ガールズトークは同情が命。
「そう!できない癖に言ってくるの本当むかつく!でさ、料理だけじゃなくて、服とか仕事にも口出ししてくるんだよね。あいつが変って言った服は全部売ったし、あいつの為に趣味合わせてあげててーー」
エリの彼氏の愚痴を聞きながらパスタを食べ終えた。
(そんなにイライラするなら別れればいいのに。何の為に付き合ってるの?)
ため息を吐きたいところを我慢してアイスティーを飲む。
「それでさ、私、あいつと結婚しようと思うんだよね」
「……ブフォッ!」
不意打ちの告白にアニメの様に吹き出してしまった。アイスティーを吐き出すのは阻止できたが、思い切り変な声を張り上げたので周りから驚異の目で見られている。
耳まで血が昇って、顔を真っ赤にしながら咳き込む姿はこのお洒落なレストランに似つかわしくない光景だ。
「だ、大丈夫?」と驚くエリの表情を見る限り、自分が原因という事に気がついていない。
(愚痴を吐きまくったかと思ったら結婚!?その流れになるのおかしくない?エリの中で何が起こっているのー!)
「だ、大丈夫……。ちょっと喉に詰まっただけ……」
苦笑いしながらアイスティーを飲む。
「それなら良かった。……でね、結婚したいなって思ってるの。みっちゃんはどう思う?」
「ンンッ?!……ゲホゲホ……」
(ええ〜!話戻すの早すぎでしょ!さっきの大丈夫?は何だったのさ!ていうか結婚に対して『どう思う?』って、私がやめなよ!って言ったら辞めるの?何でそんな人生のターニングポイントの決断を私に聞いてくるの……)
またもや逆流しかけたアイスティーをアイスティーで流し込む。
「う、う〜ん。ていうか何で結婚したいと思ったの?」
返答が難しい質問には質問で返す。
エリはニコニコしながら語り始めた。
「やっぱり……、すごく優しんだよね。私には勿論、私以外の人にも。だから偶に嫉妬しちゃうんだけど、人に優しくできる人っていいなって。
後は居心地がいいの!一緒にいて安心できるし。3年間も一緒にいたらもう家族同然。……あれ、既に結婚してるみたいになっちゃってる」
自分言ったことにフフッと笑うエリ。
さっきまであんなに酷い言い方していたのに、突然惚気始めた。
「見た目はまあまあ何だけど、まあ、中途半端だから逆に安心感?イケメンすぎると緊張して結婚生活送れないよー」
見た目は中途半端……。もう褒めているのだか、褒めていないのかわからない。
「料理はさ、これから彼の味に合わせていけばいいかなって。ひたすら彼の好きな味を研究する。そしたら彼もお仕事から帰ってきたら美味しいご飯食べられるし。
『エリ、俺の為に一生懸命料理の勉強してくれてありがとう』なんて、最初より好きになってもらえるかもーー」
エリの話しは休憩時間ギリギリまで続いた。途中で「続きは今度聞かせて」と強引に話を終わらせ、急いで会社に戻ったが、時間には間に合わず上司に頭を下げる事となった。
「次はーアキパパラーアキパパラーー」
仕事帰り。いつもの様に、電車に揺られながらイヤフォンから流れる男性声優の歌声にホッとする。
甘い歌声に脳みそが蕩けてしまいそうだ。
(結婚、かぁ……)
つり革に掴まり、窓の外の景色を目で追いかける。都会の明かりのせいで星は全く見えない。
ボーッとした意識の中、ふと今日のエリの言葉が脳裏に浮かんだ。
(誰にでも優しくて、中途半端な顔……)
耳に流れ込む美声に、耳を傾けながら考える。
(優しくて……中途半端………。……ん?入江……君?)
ふと、同僚のかっこいいと言う言葉は不似合いの誰にでも親切で優しい、小太りの入江君を思い出した。
こんなに優しい人が本当にこの世の人なのか、と疑ってしまうくらいには優しい穏やかな心を持っている人だ。
(も、もしかして……?……いやいやまさか……入江君が運命の相手?いやいや待って。まずそもそも運命って何?)
ふと思い浮かんだ彼、入江君の事が頭から離れない。
再び美声に耳を傾けて、頭の 中に流し込むが、やはり入江君がちらつく。
(ダメなのは顔だけだったりするよなぁ……)
悪い思考が巡ってしまった自分を戒めるように、きゅっと口を結んだ。
(こ、声はそこそこいいよな……?意外とかっこ……)
自分でかっこいいと思い込もうとしているのか。思考回路のスイッチが切り替わり、今度は良い所を探して、つい恋愛対象に入りかけた。
そんな自分のコロコロと変わる思考を落ち着かせるようにしてつり革を力を入れてギュッと掴んだ。
顔が少々火照っているのを感じる。
勝手な思考をして顔を火照らせている事に恥ずかしさを感じ、そのせいで余計に顔が火照っていく。
「扉が閉まります。ご注意ください」
イヤフォンの向こう側から微かに扉の閉まる音がした。
気持ちを整えるように、顔を勢いよくあげて駅名を見る。
「あっ……」
不意に口から出た声とほぼ同時に電車が動き出す。
(乗り過ごした……)
つり革を掴む手を緩ませ、半開きの目で見慣れない景色を眺めた。
イケメン女子のリアルな事情