20160412-転生~千年の時をこえた恋

 二〇一六年五月

 クラクションの音。バスのブレーキの排出音。バイクの耳をつんざく空ぶかし。横断歩道ののどかな電子音。そして、人の騒めき。
 つむった目を開くと、目の前に大きな電子掲示板が見えた。サラ金の宣伝をしていた。あたかも、お得ですよと言っているような、そんなCM。
 わたしは、この世のことが虚像ばかりだと気付く。本当のことなんて、なにもない。けれど、自分に一番嘘を付いているのは、この自分自身だ。そう思うと、スクランブル交差点の前で足が止まった。どうしても、前へと進まない。
(きっと今横断歩道を渡っている人はみな、目的を持ってどこかへ向かっているんだ。けれど、わたしは……)
 誰かが、わたしの背中にぶつかってきた。それを合図のように、わたしはスカートの裾をひるがえし、踵を返した。
 すでに交差点を渡り始めた高校の女友達は、驚いて声を上げる。
「なに?」
「瞳ー。どうしたの?」
 わたしは、その声を無視して、急ぎ足で地下鉄の駅を目指した。

 カラオケなんかで、この気持ちは晴れない。勉強していても、ゲームをしていても、映画館で洋画を見ても、体育の時間に思いっきり走っても、お買い物をして着飾っても、スマホを買ってもらっても、わたしの気持ちは晴れなかった。
 あの人に会いたい。ただ、それだけが、わたしのこころを占めていた。だけど、どこにいるのか、どんな顔をしているか、そして名前さえも知らない。
 一か月前に夢に出た人の名前は、源順と書いて、みなもとの・したごう。それだけだ、知っているのは……。


 二〇一六年四月

 桜の花もほとんど散って、もう少しで新年度を迎えようとしていた頃、わたしは自宅の居間で両親と一緒に、夕食後テレビを見ていた。いつものコーヒー、いつものお菓子で。今度中三になる妹は二階で真面目に受験勉強をしていたが、わたしは高二になる時でのんびりしていた。
 その時やっていた番組は『不思議な体験談』。再現ドラマがある、ちょっとリアルな番組で、○○リが司会をしていた。その日は、輪廻転生(りんねてんしょう)をした少女の話だ。わたしたちは、食い入るように見ていた。

 少女はある日突然、前世の記憶がよみがえる。それは、前世に未練が強く残っていたため。
 片割れのもうひとりの男も、同じだった。
 やがて、ふたりは魂に導かれてめぐり会う。そして、他のことはすべて捨てて、ふたりは愛し合う。

 そんな荒唐無稽な話だった。ああ、面白かったと言ってお休みを言って、別段変わったことなどなくベッドに付いた。だが、その夜わたしは夢を見た。



「……ごう様、したごう様、したごう様ー! はあ、はあ、はあ、はあ」
 目を覚ますと、両手が中空をさまよっていた。天井が涙でにじんでる。わたしは、頭をもたげて涙をぬぐった。
 激しい呼吸と鼓動が身体の異常を訴えていた。だが、どこも痛くはなかった。
 しばらくすると、次第に呼吸は穏やかになり、鼓動も聞こえなくなって、いつもの心拍数に落ち着いてきた。ほっとして、また枕に頭を付けた。枕元のスマホを見ると、起きるにはまだ大分早い。わたしは、もうひと眠りしようと布団を被った……。
 だが、妙に頭が冴えて眠れない。自然とさっき見た夢のことを考えている。

(確か、したごうと言っていたような。誰のことか思い出そうにも頭に浮かんでこない。ただ、妙に懐かしさを感じるだけ。それは今まで味わったことのない甘い記憶……。記憶?
 変だ。そんな経験があるわけない。わたしがしたごうという人と愛を確かめたなんて。
 さっきから頭に浮かぶ人。したごう。この人は一体誰なのか? 思い出そうとするがもう少しの所で出てこない。学校の人ではないし、近所の人でもない。幼馴染ではないかと思ったが、それなら愛を確かめたことが不自然だ)

 記憶の糸がからまったように、いくら考えてもわからなかった……。
 仕方なしに、二段ベッドを下りて床をそっと踏む。カーディガンを羽織って、ノートパソコンを開くと、その瞬間、液晶のまぶしい光に一瞬冷やりとする。だが、妹は枕を抱いてぐっすり寝ている。わたしはほっとして、『したごう』とキーを叩いた。
 すぐにヒットした。けれど、ずいぶん昔の人みたいでそれ以外は見当たらなかった。仕方なくそのページを開いてみる。

 源順と書いて『みなもとの・したごう』と呼ぶ。平安時代九一一年生まれ九八三年没。満七十二歳。
(千年も前の人ようだ。きっと違う)
 わたしは、仕方なしに続きを読んだ。
 嵯峨天皇の子供が臣籍降下した嵯峨源氏の一族。学者、歌人、貴族。三十六歌仙のひとり……。
(和歌の名人なのか。どうやら、かなりの有名人らしい)
 『うつほ物語』『落窪物語』『竹取物語』の作者だと思われる。

 ドックン!

 心臓が大きく鼓動した。『竹取物語』。この言葉にわたしの心臓は確かに反応した。すると、なにかを思い出しそうになり、わたしは必死で記憶の糸をたぐった。
(竹取物語の別名は、かぐや姫物語……。かぐや、かぐや、かや?
 そうじゃ! わらわの名は香耶(かや)じゃ! そう呼ばれていた!)
 わたしの頭は、次々と記憶の糸を手繰り寄せた。それを助けるように、わたしはそっと目をつむった。

 竹林の中、わたしはひとりの男と出会う。わたしは、懇願する。美しい竹を切らないでくれと。
 それに対して、男は朗々とのたまわった。しからば、我に英知を、そして美しいそなたが欲しいと。
 きっと、わらわを天の使いと間違えたのであろう。そして、続けて言った不意を突いた求愛に、わたしのこころは沸き立つ。
 その夜、お付きのものに言って、その者の倉に数々の書物を積んだ。そして、わが身をその者に与えた。
 この幸せな時は、永遠に続くように思えた。

 しかしある夜、その時は終わりを告げる。
 月明かりの中、わたしとしたごう様は引き裂かれる。父上、源満仲の手の者によって。
 涙ながらに、わたしは愛しい人の名を叫ぶ。「したごう様ー!」と。
 そして、手が離れ、わたしは月に誓う。
「この月が満ちた時、来世で、再び相まみえましょうぞ」
 虚しく声だけが響いた。

 急に切なくなって涙が一粒こぼれた。すると、後から後から涙がこぼれ落ちた。
(もしも、これが現実に起こったことならわたしは、したごう様に会わなくちゃいけない。けれど、どこにいるのか、現世の名前さえもわからない。
 どうやって探せばいいのか? まさか、ひとりひとりに聞くわけにもいかず、新聞に探し人で出すわけにもいかない。そんなことをやってしまうと、わたしが輪廻転生をしたことを世の中に知らせることになる。それがどんな状況を生み出すのか考えただけでも恐ろしい。きっと、わたしはマスコミや研究機関の餌食になるだろう)
 そう考えると、わたしにはなにもできることはなかった。わたしは、ほどなくあきらめた。
(もし、これがあのテレビの番組のような話なら、巡り合えるかも知れない。たとえ逢えないとしても、それが運命だ。その時は、あきらめよう)
 そう思いわたしは、運命に身を任せることにした。しかし、いつの間にか源順との記憶はこころに深く刻まれていた。

 このことは誰にも話すつもりはない。余りにもできすぎていて誰も信じないから。
 もし、こんなことを言えば友達は、わたしを小バカにするに決まってる。不思議ちゃんだって。仲のいい友達だってきっとそうだ。裏で悪口を言うに決まってる。そんなこと耐えられない。だから、絶対に他人には言わない。
 でも、わたしだっていい加減うんざりしていた。面白くもない化粧品やファッション、それに男の値踏み。そんな話ばかり。
 もう付いて行けない。今までありがとうね。さよなら、友達ABC!
 でも、カラオケに行く途中で帰って来たのは、さすがにやり過ぎた。後で、頭を下げて謝ろうと思う。

 両親にも話さない。もちろん、妹にも。それは、精神科に行けと言われるの怖いから。それに、無駄に心配されるが嫌だ。一応は大事な家族だ。ましてや、泣かれるのはもっと嫌だ。
「おーい、わたしは前世の記憶がありますよー」
 その言葉を、井戸に向かって叫んだ。そんな訳はないか……。


 その日から、わたしは本を読み始めた。
 他の人は、文学少女ぶっちゃって、と言う。でも、そんなことが気にならないほど、わたしは本に熱中した。なぜだか、文字がわたしを呼んでいるようで。
 それは、前世の記憶のせいかも知れない。とにかく、無性に文字が読みたかった。本を読んでいる時、わたしのこころは不思議と落ち着いた。そして、なにも耳に入ってこないくらい、わたしは集中した。
 まれに、旧かなづかいの本を見かける。でも、なんとなく読めた。わたしの頭は、今前世の記憶と現世の記憶が重なっているんだ。それは、無意識の条件反射のような物。
 同じように、自分のことを『わらわ』と言ったり、友達のことを『そち』と言うようなことがあった。ごまかすのに、どれだけ苦労したか。もう、慣れてそんなことはなくなったが。
 それに対して、前世の覚えている記憶はとても少ない。思い出せるのは、したごう様との出会い、したごう様と愛し合った幸せな時間、したごう様との悲しい別れ、そして泣き暮らす日々。
 そう、こころに強く残っていることしか、思い出せないのかも知れない。もしも、全部の記憶を思い出したら、わたしの頭はいっぱいになってしまうだろう。今でさえ頭が痛いのに。だから、これくらいでいいと思う。

 旧かなづかいの本だが、それは夏目漱石のものだった。きっと、昔からある本で、買い替えるのが惜しかったのだろうか。それとも、誰かの寄贈品で捨てることもできなかったのかは、わからないが。
 彼はいい。
 人の在り方。生きるとは。困難に立ち向かう勇気。どうしても、あがなえない運命。それを受け入れる気持ち。
 それは、自分の生きる道――道しるべ。それを、示されたように感じた。
 ほかの人は、違うかも知れない。だけど、わたしはそう感じた。

 家に帰ってからも本に熱中した。そんなわたしを見て妹が言った。
「お姉ちゃん、どうしたの? 熱でもあるの?」
 わたしは、視線を本から逸らさず言った。
「なにバカなこと言ってんの。いいから、あなたは受験勉強していなさい」
「ふん、わかったわよ」

 妹の結花は、来年受験だ。
 わたしと同じ公立の高校に行くと思っていたら、ずっとレベルの高い私立を目指すらしい。なぜ、そんなにシャカリキになって上を目指すのかと聞いたら、妹は真剣な顔で言った。
「わたしは、お姉ちゃんの様に美人じゃないし、目が悪いからこの牛乳瓶を一生手放せない。こんな女の子、誰も近付いて来ないでしょう? だからわたしは、勉強をしてひとりでも生きてけるようにしなくちゃいけないの」
 妹のその言葉を聞いて、わたしはなにも言えなかった。今までは理数系が強い、ただの頭でっかちだと思っていた。けれど、自分を知り、将来を考えて前向きに生きてる姿は、尊敬に値する。
 そんななんの取り柄もないと言う妹だが、わたしに勝っていることがある。それは身長だ。中学三年で一七三センチ。わたしが一五八センチだからずいぶんと差がある。きっと、お父さんの血を受け継いだのだろう。その身長で、足がやたらに長く胸がないから、きっとモデルに向いていると思う。
 わたしがそう言うと「そんな不確かな世界、自分の将来を託す勇気はない」、そう怒って言った。わたしは妹に、ごめん、としか言えなかった。そんな風に、妹は現実主義者なのだ。
 わたしは、妹の受験の成功をひたすら祈っている。今はそれしかできないのだから。

 ふと、妹を見るとイヤホーンを耳に挿して、なにか聞いていた。きっと、ヒヤリングの練習をしているのだろう。わたしは、また前を向いて本の続きを読み始めた。


 わたしが、夢を見てから二か月がたって、もう少しで梅雨に入る季節になった。
 その頃、わたしは学校の授業を集中して聞いて、図書室と家ではなるべく本を読む時間に当てていた。そしていつもの通り、放課後図書室にこもり、ひとり静かに本を読んでいた。
 その時、静かな図書室に足音が響く。誰だろうと見ると図書担当の女教師、平泉こよね先生だ。とても静かに本を整理している。ワゴンを押してひとつひとつ本を本棚へと入れていく。
 わたしたちの他には、誰もいない図書室。一種の連帯感が沸く。わたしだけかも知れないが、安心して本を読めた。
 ふと、わたしの後ろで平泉先生が立ち止まる。わたしが顔を上げると、平泉先生はメガネを上げニコッと微笑む。ショートカットから覗く金色のピアスが、かすかに光る。
「仲根瞳さん。あなた最近、よく本を読んでいるようだけど。なにか、あったの?」
 わたしは、ちょっと驚く。
(なぜわかったんだろう? そんな波長が出ているのかなあ……。そう、あったの。わたしは平安時代の貴族ですって)
 そう、こころの中で返して、独り冷笑する。自分がバカみたい。この頃そう思うことがよくある。

 しかし、わたしの口は、全く別のことを言ってしまった。
「先生。生きるって辛いことなんですね」
 そう言うと、平泉先生は持っていた本をワゴンに置くと、わたしの横に腰かけた。なにかを言う訳でもなく、ただ手をテーブルの上に乗せて前を見ている。
(あれ、面倒な生徒だなって思わない? わたしだったら、聞こえない振りするのに。フーン、心配してくれるんだ。ちょっと意外)
 わたしは、自然にこころの中を吐露した。
「わたし、この頃無性に本が読みたくなって」
「……」
(よかった。静かに聞いてくれて。わたしは、相づちが嫌い。わざとらしくて)
 平泉先生は、黙って足を組んで、手を膝に乗せた。
「本を読んでいくにつれて、いろいろなことがわかって。
 それは、書いている人の価値観かも知れないけれど、それがわたしの中で膨らんで苦しいの。
 このままじゃ……。このままじゃわたし壊れそう、こころが……」
 いつのまにか、わたしは涙を流していた。
(不思議だった。ただ、本を読んでたはずなのに。いつのまにか、わたしの中はそうなっていたのか。こんなに訴えていたのに、それに気付かず本を読み続けていた。でも、どうしたらよいのか、わたしにはわからない)
 わたしは不安でいっぱいになり、涙が止めどなく流れた。

 平泉先生は、わたしの頭をなで優しく言った。
「仲根さん。あなた、小説を書きなさい」
「えっ」
 わたしは、意外な言葉に驚いた。
「短い文でもいいわ。そして、全部吐き出してしまいなさい。ね、そうなさい」
(吐き出す? そうか、わたしのこころは、なにかを吐き出したくて訴えていたんだ。それがわからず、ただ本を読み続けていた。あのままではいつか壊れていただろう。そのことを平泉先生は教えてくれた。きっと、これでなにかが変わる)
 わたしは、泣きながらうなずいていた。


 次の日から、わたしは小説を書き始めた。
 道具は、自分のノートパソコンを学校に持ち込んだ。持ち運びができる軽くて安いノートなので、念のためにデータをSDカードに保存する。そして、もくもくと書き始めた。
 それ以外のことは、省エネでいった。勉強も、もちろん友達と遊ぶこともしなかった。大好きだったゲームも封印した。
 はたから見れば異常だろう。若い女の子がわきめもふらず、小説に没頭する姿は。それでも、わたしの魂は叫んでいた。書きたいと。

 小説の書き方は、全部平泉先生から教わった。先生は一から丁寧に教えてくれた。
 始めは句読点(くとうてん、『。』と『、』)の使い方から。
 人称――一人称。三人称。それから視点の違い。
 会話文以外の地の文。その中の心理描写、情景描写、説明文。
 ストーリーの起承転結。
 そして、ストーリーを追ったプロット。
 わたしは、熱心に聞いた。今までの、どの勉強よりも集中した。

 聞いたところによると、平泉先生は国文学科を出ているそうだ。それで、小説の書き方も一通り覚えたらしい。
 国語教師をバカにしていたが、今回のことでわかった。わたしは、井の中の蛙だったと。

 わたしの処女作は、わずか三十数ページの短い物語だった。
 作品名は、『転生』。
 ひとりの男性とひとりの女性が千年前から輪廻転生して、現世で巡り合う話だ。しかも、前世の名前も源順と源香耶そのままなのだ。
 なにを危ないことをしているんだ。そんなこと書いたら自分が輪廻転生したことがバレてしまうと思うだろう。
 でも、わたしはきっと誰も気付かないと思った。それは、これが小説だからだ。こんな荒唐無稽な話は、小説なら無尽蔵にある。それに、源順はネットに載っているが、香耶と言う名前はどこにもなかった。だから、わたしの書く転生が本当にあった話だとは、誰も思わないだろう。
 ところで、香耶という名前がどこにも残っていない理由だが、それはこの時代は女性の名前はあまり重要視されていなくて、誰それの女房とか、誰だれの母と呼ばれていた。だがら史実にないのだろう。この香耶という名前が実在の人物だと知っている人はわたしの他には、唯一したごう様だけだ。
 だが、心配なこともある。それは、したごう様がネットに同じ題材でアップしている恐れだが、それはこの前調べた限りはなかった。あれだけ調べてもなかったのだから大丈夫だと思う。わたしは、それらを踏まえたうえで源順と香耶の名前を書こうと決めた。

 わたしは、初めての小説なので起承転結に気を付けて書いた。何度か書き換えて大まかなストーリーができた時、わたしは思わず涙が出てしまった。それはそうだろう。これはわたしと、今はどこかで待っているはずの彼との話なのだから。きっと、この短い文のように巡り会える。そう願いを込めて書いた。

 最初はバカにしていた元友人も、わたしが放課後二時間に渡ってひたすらノートパソコンに打ち込む姿を見て、なにも言わなくなった。きっと、自分もなにかをしなきゃ、と思ったはずだ。わたしの行動がみんなに影響しているのがわかる。最近、授業中にふざける人がいなくなった。きっと、自分の夢や、将来を真剣に考えてのことだろう。

 わたしは、家に帰ってからも小説に打ち込んだ。
 テレビも漫画も見ない生活は、はたから見れば退屈そうだろう。けれど、テレビよりも漫画よりも面白いのだ、小説を書くことが。
 書き換えのできないストーリーと、自由に思う通りに書けるストーリー。どちらが面白いか考えて欲しい。わたしは、そんな自由に創造できる世界に足を踏み入れたのだ。
 妹はそんな私を見て、静かに「お姉ちゃん。目が生きてる」と言った。確かに、今までのわたしの目は死んだ魚のようだったろう。目的もなく、ただダラダラと生きていた。それは、本当の意味では生きてはいなかったのだろう。まるで、と殺を待つブロイラーのように。
 本当に不思議だった。なぜ、今まで書かなかったのかと。それは、きっとあの日見た夢の影響だろうけど、ここまで夢中になるとは思わなかった。もしも、この世にタイムマシーンがあるなら時間を戻してほしい。
 わたしは、今までの時間を取り戻すように、ひたすら小説に打ち込んだ。

 そして、書き始めて一週間。ミスタッチが多くて中々進まなかったけれど、ついに書けた、転生が。
 それを平泉先生に見せると、彼女は目を輝かせて言った。
「これは……。凄い! 本物だわ!」
 その、余りにも大きな感激の仕方に、わたしはギクリとした。もしかして、わたしが輪廻転生したことがバレたと思った。だが、そんな証拠はどこにもない。わたしは、澄まして次の言葉を待った。
「仲根さん。凄いじゃない。あなた、才能があるわ」
(よかった。わたしのことがバレたんじゃないわ。ほっとした。
 どうやら、わたしの作品に先生は本当に感激してくれたみたい。すごく自信になる)

 でもわたしは、書き終えると満足してしまった。
 こんな疲れる作業はもうコリゴリだ。梅雨に降られて、二、三日書かずに過ごした。そして、また本を読んで過ごした。久しぶりに見る活字は新鮮で、新たにわたしのシナプスを刺激した。今までにないスピードで読み続けた。他人の言葉も聞こえぬほど集中して。
 しかし、本を読むにつれ、また指がうずうずしてきた。ああ、あそこのセリフは良くなかった。この部分は説明不足ではなかったのかと。そう、もっと内容を書き込めたのにと。まるで、書き切れなかった言葉が、わたしの中から出たいと、うごめくように。
 もしかして、読むと書くは互いに相乗効果をもたらし、どこまでも終わりのない旅へ出るような物ではないか。一体いつたどり着くのかは知らない。きっと、わたしの命が尽きるまで……。

「もう一度、転生を書き直したい? いいんじゃない。あなたのこころのままに」
 平泉先生は、そう言ってくれた。そしてわたしは、そのひとつのテーマだけに力を入れた。
 白状すると、それ以外のテーマは、気持ちが込められないのだ。ちょっと書いて見てわかったことだが、いく度書き始めても途中で書くのを止めてしまう。そんな調子だ。だが、それでいい。納得のいくまでひとつのテーマに取り組む。そして、ストーリーや登場人物の人格を、より明確に形作るのだ。
 こうしてみると、意外と自分は凝り性なのかも知れない。短気な性格だと思ったのに。それとも、これも輪廻転生のせいだろうか。いずれにせよ、この性格は使わせて頂こう。前世の性格だろうと現世の性格だろうと、結局はわたしの手によって生み出されるのだから。

 始めは三十枚ほど。二作目は百枚も書いた。この百枚が当初の目標だった。ゆくゆくは、公募に作品を出して、確かな評価を受けたい。その最低ラインが百枚なのだ。
 実は、先生はちょっと感激しすぎて評価はできないのではないかと、疑っている。もっと理性的に作品を読めないと、いくら繰り返し読んでも悪い場所に気付かないからだ。
 それとも、感激してるのは別のことかとも考えた。もしかして、わたしが転生したことがバレているのではないかとも思った。しかし、その証拠はないはずだ。まさか、したごう様もわたしと同じように、この転生を書いていたならまずいが。しかし、前述のようにネットで検索したところ、それらしい物は見当たらなかったので、大丈夫と思うが。
 そう思って安心して書いていてのだが、この百枚を書き終えるとわたしは本当に満足してしまった。毎日のように降り続く雨のせいもあるが、わたしは一か月近くも全く書く気が起きなかった。もうこれで、これ以上書く必要がない。わたしの熱は冷めたのだろうと、安心した。それに、もうそろそろ受験勉強を始めないと手遅れになる。浪人は絶対に嫌だ。ちょうど区切りがいいや。そう思っていた。
 しかし、ある時突然、欲望がふつふつと沸き上がってきた。次は、きっと五百枚と。
 もう、わたしの創作意欲は止まることはなかった。

 そして、梅雨が明けてクーラーなしでは生きて行けない七月中旬、わたしは三作目の転生を書き始めた。
 しかし、これは珍しく書き出しで悩んで、何度も頭の中で書いては消してを繰り返した。何日も真っ白なWORDがわたしを悩ませた。このままでは前に進めないと思い、えいや! とばかりに書き始めた。
 やっぱり、書き直しが何度も必要になった上、一日に数ページしか進まない。それでも、あきらめずに少しずつ進めた。何度ももう消そうかと思った。けれど、わたしはあきらめなかった。そして、ようやくプロットの三分の一を書き終えた頃、急に書くスピードが上がった。それは、一日に五、六十ページも。
 わたしは、ほっとして気を緩めた。お気に入りのスマホは夜の九時を少しまわったところだ。アイスが食べたい。ふと、そう思い立ち、妹に一声かけて、近所のコンビニに足をはこんだ。

 クーラーが効いた夜のコンビニ。それだけでも、なにかわくわくする。どんな店員がいるか、客はアベックか、弁当の搬入は来るか。わたしは、その人たちを観察する。前までは、そんなことはしなかったが、この頃注意深く見ている。そして、その人たちの話言葉や、動作を頭に書く。
 だが、その日は客がいなかった。無口な店員がふたりいるだけ。そのうちの背の高く痩せた店員は、どうやらわたしに気があるみたいだ。ちらちらと、こちらを伺っている。ちょっと格好いいが、わたしは今好きな人がいるの。ごめんね。そう、こころの中に書き込んだ。
 わたしは、まずマンガコーナーに刺さった。少年誌をパラパラとめくると、原作募集のコーナーを見つけた。大賞、佳作のタイトル、それにあらすじを読む。ストーリーは少年誌らしく異世界冒険だったり、がらっと違って学園純愛物だったりする。どれも、ありきたりで新鮮味がない。これだったら、あたしのストーリーの方が勝っている。きっと、デテールではなくて、ストーリーの流れが見られるのだろう。わたしもいつか応募してみたいと思った。考えただけでもわくわくする。わたしの書いた原作が、マンガに採用され、そしてアニメ化。
 そんな幸せな妄想を描いて、アイスだけを買い物かごに入れ、レジに向かった。なんとも、おめでたい頭だ。
「ありがとうございました」
 高くもなく、低すぎもないキーの爽やかな声。きっと、大学生だろう。最近の学生は仕送りが少ないと聞く。わたしは、この苦学生にこころの中でエールを送った。
「頑張って!」と。

 夏休みを挟んでも、わたしのペースは落ちなかった。その間、先生は自習室という名目で、クーラーの効いた図書室を解放してくれた。ありがたい。
 わたしは、今までにはないじっくりしたペースで書き上げていって、推敲も入れると一か月近くも掛かったが、ようやくでき上がった。当初の予定の五百枚には、ほど遠いが三百枚弱が。
 平泉先生は、その作品を読んで、うーんとうなった。そして、わたしの顔を見上げると、凄いことを言ったのだ。
「仲根さん。あなた、出版社に出して見なさい。この作品を」
(まさか、そんなことを言われるとは思っていなかった。ただ、こころの中の思いを吐き出していただけなのに。
 でも、これはチャンスだ。もしも、わたしの本が出て、それをしたごう様が見てくれたら)
 そう思うとわたしは、「はい」と言っていた。
 少し目がうるんでいたのか、平泉先生は、わたしの頭を撫でてくれた。

 それからの行動は、テキパキしていた。
 わたしは、先生に言われた通りに、SDカードに提出用の文書データを入れた。もちろん、プロットもちゃんとファイルを分けて入れた。
 その間に先生は電話を掛け、アポイントメントを取ってくれた。
「あ、わたし。こよね。明日、どうしても見てもらいたい人がいるんだけど。うん、うん。それでね、あなたに見てもらいたいのよ。うん、うん。明後日ね? それじゃ、お願いね」
 先生はスマホをポケットにしまい、わたしに微笑んだ。
「バッチリよ。でも持ち込みなんて非効率なこと、普通じゃ絶対にダメだけど。そこの編集長はわたしの同窓生だから大丈夫なの。
 さあ、これをメモして」
 そう言って、平泉先生は名刺を出した。そして、わたしの目を見て言った。
「このことは他の人に言っちゃダメよ」
 先生は片目をつむって、自分の口に人差し指を当てた。
 わたしは「はい」と言って、出版社の住所、電話番号、そして編集長の名前をメモした。
 本当に頼りになると、改めて先生を尊敬のまなざしで見上げた。
「じゃ、明後日。頑張ってね」
 平泉こよね先生は、そう言ってわたしを送り出してくれた。
 日曜午後一時。それが約束の時間だ。わたしは、どきどきしながらその時を待った。


 電話でアポイントメントしてから翌々日、わたしは電車に揺られて銀座を目指した。
 その日は、やたら暑くてクーラーが入っていても汗が吹き出した。後でニュースを見ると、四十度あったらしい。いい加減にして欲しい。
 わたしはハンカチで吹き出る汗をふきつつ、昨夜の両親との会話を思い出し、苦笑いをしていた。

「あのね。わたし明日、出版社に行くんだ」
 いきなりのことで、父は飲んでたお茶をこぼした。
「えー、なにしに行くのーそんなとこ?」
 父は、ずり落ちそうになったメガネを直して聞いてきた。
「ちょっと、見てもらおうと思って。わたしの書いた・小・説・を」
「なに? そんなことしていたんだ、瞳は!
 で、どこの出版社だ? それに住所は?」
 わたしがそれを教えると、父は安心したような表情をした。母は洗い物を中断して、わたしたちの話に聞き耳を立てる。
「○○出版社か。なかなか立派な会社じゃないか。これだったら、安心していいよね。ねえ、かあさん?」
「まったく、この子ったらこそこそと、なにかしていると思っていたけど。
 まあ、わたしの娘ですから。変なことはしないわね。ねえ、瞳?」
「はいはい、その通りです。わたしは、小説を見せに行くだけです。ただ、それだけです」
 その後、父と母は言い争いをしていた。内容は、どちらに似て文才があるか。強いて言うなら、母か。一応は文学部の出だから。インド語学科だが……。一体なにを勉強していたのか。なんのために行ったのか。謎だ。
 妹には、そのあと言ったが、妹いわく。
「お姉ちゃんは近頃、頭が小説家になった。この前、わたしにせつせつと夏目漱石の話をしたから。きっと、前世は女流作家だったろう」
 そう言ったのだ。
 前世などと言う言葉が飛び出て、わたしはドキリとした。妹にも、わたしが千年前から転生したことは話していないのに。もしかして、寝言でなにか口走ったのかも知れない。
 そう思って、妹になにか言おうとしたが、やぶ蛇になるのが怖くって聞けなかった。正直、妹にはそのうち、全てを話すことになるだろう。そう、覚悟している。
 そのことを思い出したら、ため息が出た。ふと、駅のホームを見ると銀座だった。わたしは、あわてて地下鉄を下りた。

 銀座は幾重にも路線が折り重なって、出口に迷うと聞いたが、案の上、その通りだった。本当にわかり辛い。念のために一時間余裕をとってよかった。
 そうして、やっとの思いで地上に出たのだが、この後へとへとになって銀座をさまよった。東京都中央区銀座はやたら広い。スマホでナビしたが、それでも迷った。
(これか? ○○出版社は)
 その建物の前に、ようやく立つ。汗だくだ。
 狭い敷地に立っているが、地上十階ほどの立派な建物。見上げると首が痛い……。
(父もこんなところで働いているんだろうか。帰ったら肩を揉もう)
 ウインドーの前で、汗を拭きつつ、身なりを整えた。
 わたしは深呼吸して扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
 いきなり受付に綺麗な女性がふたり。なぜか、わたしを見て笑いを堪えている。不思議に思い、入口を振り返った。
(えっ! 外が丸見え……。恥ずかしい。全部見られていたんだ)
 わたしは、顔から火が出る思いだった。
 気を取り直し、練習通りに言った。
「あの、わたしは仲根瞳ですが、編集部の中根巧さんにお会いしたいのですが……」
 かなり緊張した。手がこころなしか震えている。
「あっ、仲根瞳の仲は、仲良しの仲です」
 お姉さんは、訪問者リストを見ていたが、指が止まった。
「はい、受けたまわっております。案内いたしますので、どうぞこちらへ」
 そう言って受付の女性は、エレベーターへと向かった。
 タイトスカートに背の高いヒール。
(あこがれる。いつかわたしも……)
 そうして、後姿も美しい受付のお姉さんに付いて、エレベーターに乗った。

 静かに二階に止まって、ドアが開く。○○出版編集部と書いた、白いプレートが見えた。が、そこには入らず、壁に面した小さな個室のひとつに案内された。
 わたしは、席にうながされ座る。
「少々お待ちください」
 会釈をして行ってしまった。その後姿を見えなくなるまで目で追った。
 受付の女性を思い出してドキドキしていると、入れ替わりに、さっきとは違う女性が、冷たいお茶を入れてくれた。わたしを見て、にっこり微笑み出て行った。
(ここは、綺麗な人しかいない。もしかして社長の好みか?)
 ふっ、と笑う。
 その途端に、ようやく緊張が取れた。
 ガラスのテーブルには、画面の大きなノートパソコン。新し機種だ。触りたいのを我慢する。
 周りを見渡すと、まるでネットカフェの様なたたずまい。そして、テーブルに置かれた一輪挿しのヒヤシンスが、爽やかな香りで包んでくれる。
 わたしは、居心地のよい空間で冷たいお茶をゴクゴク飲んで、身体の熱を冷ました。

 十分ほど待った。
 足音が近付いてくる。そして、戸が開いて背の高い男性が入って来た。一八〇くらいか。いかにもスポーツマンだ。短髪が似合っている。
 わたしは、席を立って挨拶をした。
「初めまして、仲根瞳です。よろしくお願いします」
「やあ、どうも。編集長は多忙で。
 僕は担当の高田です。ああ、『たかた』だから間違えないでね、あはは。さあ、席に着いてください」
 そう言って高田さんは名刺を出した。わたしは、持っているわけはない。
 名刺を見る。高田公平……。
(なんだか、評価を素直に聞けれそうな気がする)
「いやー、君みたいな可愛い子の担当なんて、ツイテるなー。あははは」
(なんて軽い男なの。それによく笑うなー。ちょっと心配……)
「どうも……」
「で、中根編集長の紹介ね。どれどれ、まず見せてもらいましょうか?」
 SDカードを差し出すと、「どうも」と言って、ノートパソコンに挿した。ほおに手を当て、ノンビリ見てる。でも、読む速度が早い。あっという間に、もう三分の一。
(凄いなー、やっぱりプロだ。ちょっと、尊敬)
 そう思って高田さんを見ていると、突然ビックリしたような顔をした。
「へー、瞳ちゃん。きみ、中根編集長と親戚?」
 なにを言ってるのかわからない。わたしは、平泉先生がその人を紹介してくれただけだが。
「あのー。わたしは、お会いしたことはないんですが……」
 高田さんは笑って、こう言った。
「えー、だってこの小説は編集長の昔アップしてた作品『新・竹取物語』を使った話でしょう?」
「えっ!」
 初めは、なにを言ってるのかわからなかった。でも、すぐに結び付いた。
 わたしと中根編集長は、どうやら同じ話を書いたようだ。
「すみません。その新・竹取物語。見せて頂けないでしょうか?」
 冷静になって言ったつもりだが、焦っていたかも知れない。
 高田さんは、あわててノートをクリックした。そして、一八〇度回転させ、画面をわたしに見せた。

一九九九-〇六『新・竹取物語』中根巧

 昔々、竹取地方のある村に竹取の翁(おきな)が住んでいた。
 ある日、竹取の翁が竹を切っていると、目の前に肌衣をまとった若い女が現れた。何という可憐さ。竹取の翁は、見とれて呆然と立ち尽くした。
 その女は言った。
「その方、この竹林になぜ入って参った。わらわの安息の地を汚すもの。その方は、悪しき者か?」
 甘い声と香りに平静さを失いつつも翁、女の眼を一点見つめながら答えた。
「我は、この竹林の正当な持ち主。そして、この竹は我が書物を束ねる物。また、悪しき人かと尋ねられれば、我人であるゆえ、決して善い者とは言い難いことよ」
 その女は問うた。
「では、どうすればその方は、この竹林をそっとして置いてくれのか? そちの願い事を叶えるゆえ、申してみるがよい」
 何という幸運。ここぞとばかりに翁は言い放った。
「さすれば、我に世に出ても恥ずかしくない文才。そして、美しいその方が欲しい。このふたつを満たさば、我この竹林より永遠に立ち去ろう」
 その夜、翁の蔵に数多の書物が積まれた。そして、あの可憐な女が寝所(しんじょ)に現われた。その日から、翁は書物を読み漁(あさ)り、夜なよな女の身体を貪(むさぼ)った。
 しかし、翁の幸せは長く続かなかった。二人が出会って三年目の夏の満月の夜、女は大勢の守護者たちに迎えられ、翁の下を去って行った。

 何を隠そう、その女とは清和源氏の一族で源満仲の娘『源香耶(かや)』なのでした。竹取の翁、嵯峨源氏の一族で源順(したごう)は、その女が自分の姪であること、そして自分とは身分違いの清和源氏の娘であることを知り、保身の為に竹取物語を書くのでした。その物語の中で香耶は『かぐや姫』、その人だったのです。

 その後、竹取の翁はその物語と数多の歌によって世に認められました。そして、一人の妻をめとることなく、ひっそりとこの世を去ったのです。
 翁七十三才。一人の女を愛し続けた男の寂しい最後でした……。


(終わり)

 心臓が、バクバクする。それでも、この状況を打開しなくては。わたしの頭は、急いでこの答えを導き出した。
「……この話だったら、読んだことがあります、小さい頃に」
「やっぱり。瞳ちゃん親戚だったんだ」
「そうみたいですね。あははは」
「それでね、これは昔編集長のホームページにあった作品。その頭にある一九九九ってのは、それ以前に書いたってことらしいよ。
 へー、この短い作品がこんな小説に化けるんだ。あ、まだ途中だけど……」

(中根編集長が、したごう様?
 まさか、こんな所で会えるなんて。嘘のような本当の話。これが、魂が呼び合うってことなのね)
 そうひとり納得していた。
(それにしても良かった。編集長がわたしの親戚と勘違いしてくれて。関係ないところで同じ源順と源香耶の名前がでたら大変なことになっていた。これを見つけれなかったのは、今はインターネットにアップしていないからだったとは。
 それで、これが一九九九年以前の作品だってことは、今は二〇一六年だから少なくても十七年前。
 当時二十才の学生だとして今年で三十七。わたしは十七。その差二十才……。
 やっぱり、そうなるのか。
 年上だろうとは思ったけど、二十才も上だったなんて、ショック。
 もしかして、きもいオジサンだったらどうしよう……。
 あっ、そんなことより、とっくに結婚してるかも知れない。一応聞いておこう)
 その時、高田さんが手持ちぶさたにしているのに気が付いた。あわててノートパソコンを返した。
「すみません。どうぞ続きを見てください」
「ありがとう、瞳ちゃん。今急いで読むからね」
(今聞かないでどうする? わたしは、そのためにここまで来たんじゃないか)
 わたしは、おそるおそる聞いた。
「……それで、編集長は結婚なさってるんですか?」
 生唾を呑み込んだ。
「いいえ、編集長は結婚していませんよ」
 高田さんは、声をひそめて言った。
「離婚したんですよ。だいぶ前にね」
「そうですか……」
 それ以上、聞く気にはなれなかった。
 三十七才くらいで、バツ一の独身……。
 一体、これをどう処理いいのか? わたしの頭は思考停止した――――――――――――。

「瞳ちゃん、瞳ちゃん、おーい」
(はっ。呼ばれてる)
「どうしたんですか? ぼーっとしちゃって。大丈夫?
 で、取りあえず全部読みましたけど。まあ、素人にしちゃ頑張った方ですね。でも、プロにはちょっと……」
「そうですか……」
(やっぱり、そんなに甘くないか。ちょっと、ショック)
「それで、わたしの指導のもとで書いてみませんか?」
(驚いた。そんなシステム?があるなんて)
「はい! お願いします」
 そう言って、わたしは頭を下げていた。

 それから、高田さんの授業は長く続いた。
 彼の言うことはいちいちもっともで、いつしかわたしは集中していた。編集長のことも忘れて。
 この後高田さんは言わなくてもいいのに、野球を今でもやっていると言った。それも、ピッチャーで五番打者。わたしにアピールしているのか? わたしは、野球なんて見たこともないのに……。出版社を出る時に、記憶のカイバから消去した。

 帰りの電車に座り、わたしは腕組をしながら考えていた。編集長に、わたしが香耶だと名乗り出るべきかどうか。
 三十七才くらいだから、結婚はしてると思った。しかし、離婚してるだなんて……。高田さんは、ずいぶん昔と言っていたけど。それにしても、三十七才と十七才。こんなに年の差があるだなんて。わたしの倍以上だ。
(あーあ、好きになるのかなあ。こんなオジサン)
 考えてる間に、乗り換え駅に着いた。わたしは、考えごとをしながら電車を降りた。

 最寄りの駅に着くと、辺りはすっかり夜になっていた。わたしは、早くご飯が食べたくて急いで歩いた。すると、塀に上にミケ猫のしっぽが見えた。いつもならちょっかいを出すのだが、わたしはしっぽに未練を残して帰り道を急いだ。
 駅から歩いて約二十分。ようやく、家にたどり着き玄関のチャイム鳴らす。
「お帰りー、瞳」
 父は、そう言って玄関を勢いよく開けた。
(珍しい。玄関に出るなんて)
 わたしは、ちょっと驚いて返事をした。
「た、ただいま」
 クツを脱ぐのも待たないで、結果を聞いてきた。
「で、どうだった?」
 母も、手を拭きつつ急いで来た。
(そんなに結果が知りたいのか)
 わたしは、ちょっとイラッときた。
「まだまだ素人だって。でも、色々アドバイスしてくれたんだ」
 両親は顔を見合わせ、ハテナ顔で父が聞いてきた。
「それって、見込みアリ、ってことだよね?」
「うん、一応。来週、もう一度お出でって」
「そら見なさいよ! やっぱりわたしの娘よ。さあ、今夜はすき焼きだわ」
 ふたりとも上機嫌で祝杯をあげるようだ。だけど、作家になれるかどうかは、これ以降のわたしの成長次第になる。正直、自信はない。けれど、この祝杯ムードをぶち壊すようで、言えなかった。

 父には珍しく、わたしにコーヒーを入れてくれたり、母は今にも踊り出しそうに鼻歌を歌ったりと、なんだか居心地がいい。
 小遣いのおねだりなら、今だと思ったが、今日電車賃を出してもらったし、止めておく。すき焼きを、お腹いっぱい食べた。
 妹の結花は、相変わらず受験勉強で忙しい。わたしのことなど気にしないで、ひたすら数学の問題を解いていた。ちょっと、覗いてみたが全然わからなかった。もしかして、もう高校の問題を解いているのかも知れない。それも、文系のわたしには全然わからなかったが……。


 翌日、わたしはいつもの様に、誰もいない図書室に行った。昨日、高田さんに言われた個所を直していた。だが、言葉の繋がりが悪く中々いい言葉が出てこない。もしかして、頭が疲れているのではないかと、目をつむってしばらく仮眠を取っていた。
 すると、勢いよく図書室のドアが開く音がした。目を開けると平泉先生だった。夏休みの仕事を終えて急いできたのか、だいぶ息が荒れていた。
「はあはあはあ、仲根さん。で、どうだった?」
 平泉先生はかなり期待していたのか、目を輝させていた。
「まだまだ、だって……。はっきり言ってショックです。
 でも、編集部の人が、わたしに指導してくれて、来週も習いに行くんです」
 平泉先生は、かなり驚いたようで、わたしの目をまじまじと見て言った。
「あなた。中根編集長とは会っていないの?」
「はい、お忙しいようで。代わりに、高田さんって言う人が指導してくれました?」
「そ、そう。会っていないの……」
 平泉先生は、中根編集長が見てくれなかったことに落ち込んだ。わたしは、そんなに編集長が優秀なのかと思った。
 でも、すぐに気を取り直して平泉先生は、わたしに言った。
「いい、よく聞いておいて。
 あなたがこれから作家になれるか。それとも、よく書けるおばさんに終わるかは、それはこれからのあなたの努力次第ね。頑張って」
 そう言って、先生はわたしの肩をポンと叩き、図書室を後にした。

 『おばさん』って言葉が引っかかった。
 もしかして、先生もプロを目指していたんだろうか。
 平泉先生の若い頃を想像してみた。
 文学少女。いや、作家志望の少女。
 一体なにをテーマに書いたのだろうか……。
 やっぱり、愛をテーマに書いたのではないか、ドロドロの。
 そう、思えてきた。あのメガネを掛けた上品な顔で。
 わたしは、にやけて身震いした。
 そんな変態チックな妄想。癖になりそう。

 その時、ふと、気が付いた。
 平泉先生は、中根編集長の新・竹取物語を読んでる?
 もしそうなら、転生のことも話したかもしれない。それなら、わたしの書いた小説『転生』を読んで驚くはずだ。
 あなただったのね、編集長の片割れは、と。
 それとも、新・竹取物語を読んでなかったのか?
 うん。きっと、そうに違いない。先生が、わたしに隠しごとをする理由はないのだから。
 でも、やぶ蛇になるのが怖くて聞けなかった。わたしが転生したってことは、まだ誰にも話していないのだから。


 一週間ほどたって、わたしは手直しをして再び○○出版社へ向かった。この日は、雨が降って少し涼しい風が吹いていた。それでも、十分暑いが。
 わたしは、傘をたたんで受付の女性に挨拶をした。今日も横から見た姿が美しい。わたしは、彼女をうっとりと眺めてエレベーターに乗り込んだ。そして、二階のボタンを押すと、いきなり男性が飛び込んできて、ちょっとドキッとした。
「失礼」
「いいえ」
 見たところ三十才ほど。どうやら、雨に降られたようだ。髪にしずくが。
(ひょっとして編集部の人? 挨拶しなきゃ)
「あの」
「はい、なんでしょうか?」
 わたしは、その顔を見て固まった。
(この人、どこかで会った。なぜだか、懐かしい顔。ああ、涙が出そう)
「あの。ぐっすん……」
「君は……。ひょっとして、香耶?」
「はい」
 わたしは、その場で泣き出してしまった。

(目の前にいるのは、間違いなくしたごう様。千年の昔に、あの竹林で引き裂かれた人。
 浅黒く日に焼けて健康そうな肌も、その優しい眼差しも、引き締まった口元も、力強く長い指も、すべてが昔のまま。
 思い出す、初めてしたごう様に会った日を。あなたの厳(おごそ)かな身のこなしを。あなたの腕に抱かれた幸福な時を。
 今まさに時は来たりて、再びその腕に抱(いだ)かれん……)

(はっ! どうしたのだろう、わたしは……?)
 わたしの意識が、千年前の平安時代へ飛んでいたと感じた。だが、嫌な感じではなかった。そう、幸福な思いが胸を満たしたのだ。
「あーあ、泣かしている」
 エレベーターのドアが開き、それを待っていた女性が大きな声で言った。
(泣いている女の子。とまどう中年男性……。これは、まずい。勘違いされちゃう)
「違うんです。ぐっすん。あまりに久しぶりで。そう、これはうれし涙です。ぐっすん」
「本当? ダメですよ、中根編集長。女の子泣かしちゃ」
 そう言って女の人は、わたしたちと入れ替わりにエレベーターに乗った。

 わたしは、個室でしばらく泣いていた。編集長は、わたしをソファーに座らせると、冷たい麦茶をふたつ抱えて帰って来た。残念ながら、頭のしずくは拭き取ったようだ。
「多分、会ったらわかるって思っていたよ、香耶。
 しかし、よく来たね。こんな所まで」
 そう言って編集長は、麦茶をすすめてくれた。暖かい笑顔が目に染みる。
「やっと会えた、したごう様。そう呼んで構いませんか?」
 彼は、ちょっと小首をかしげて言った。
「それは、まずいな。きっと、わかる人にはわかっちゃうから。
 そうだな、みんなと同じに編集長と呼んでよ」
「はい、わかりました」
「ところで、君の現世の名前は?」
「瞳、仲根瞳です。あ、仲根の仲は仲良しの仲です」
「こりゃ、苗字が俺と同じ呼び名で面倒だな。同じ源氏だからかな……

 そうだな、瞳ちゃん。そう呼んでいい?」
「はい。よろしくお願いします。
 ところで……、編集長のお歳は?」
 きっと、自分の歳なんて気にしていないと思って、ずばり聞いた。
「俺? 俺は三十七だけど。瞳ちゃんは高校生だね? こよねの生徒だから」
(三十七か。思った通りだ。だけど、イケてる…………。
 えっ!
 今、確かに平泉先生の名前を呼んだ。しかも呼び捨て)
「あのー。平泉先生とは?」
「ああ、彼女とは夫婦だった。昔ね。もう十年以上前の話だけど。
 でもね、……」
 あとになにを言ってるかわからなかった。目が点。
(編集長と平泉先生が夫婦だった。
 悪い冗談? 一体どういうこと?
 ……もしかして、先生のお古……?
 ダメだ、こりゃ。
 前言撤回。涙を返して)

 わたしは、あきれて聞いた。
「なんで、別れたんですか」
「瞳ちゃん。君のせいだよ」
「えー!」
「いや、冗談じゃなく。名前をね。香耶。君の名前を間違って呼んじゃってね」
「……」
「まあ、俺のせいだけどね、あはは。瞳ちゃんは気にしなくていいよ」
「ええ……」
 わたしは、それしか言えなかった。
「それにしても、俺たち。二十以上も年が離れているんだねえ。
 これじゃ、再び相まみえましょう、って言ってもねえ。
 それにインコウ条例もあるし。俺、捕まるの嫌だから。あははは」

(この状況。どう返せばいいのか……。インコウうんぬんは置いといて、もう一度整理する。
 編集長と平泉先生。ふたりは結婚していたが、編集長はわたしの名前、香耶を間違えて呼んでしまい、怒った平泉先生は三下り半を突き付ける。
 確かに、勝手に名前呼んだのは編集長。わたしは、悪くない)

 すると、ひとつの疑問が沸いてきた。平泉先生は、編集長が転生したことを知ってる? まさかと思うが一応聞いて見た。
「あの、編集長が源順(みなもとの・したごう)だってことは?」
「うん。バレちゃった」
 ずいぶんとあっさり言った。
 でも、それじゃわたしのことは平泉先生はなにか感付いている? わたしは、おそるおそる聞いた。
「あのー。先生は、わたしが香耶だってことは?」
「さあ。知らないんじゃないのかな」
「そう言えば、わたし転生の話を書いてる……」
「あ……」
「やっぱり、知っていたんだわ。どうしよう?」
 わたしは、かなり動揺した。顔が青ざめたのがわかる。
「うーん。そのままでいいんじゃない? 彼女が、俺と香耶の再会を望んだとしたら」
 そうだ。知っててわたしたち、ふたりを合わせたんだ。
「それじゃ、先生に育てられて、ここまで来たわたしは?」
 言ってるうちに、ふつふつと怒りが沸いてきた。
 わたし、あやつられた?
「そう、瞳ちゃんは悪くない。そして、俺もね。全部こよねの意思だ」
 そう言って、編集長は部屋を出て行った。「ごめんね。仕事が山積みなんだ」と言って。

 平泉先生は、一体どういうつもりだろう? 自分の教え子に、自分の別れた旦那さんを勧めて。嫌じゃないんだろうか。わたしだったら、気になってもう普通には話せない。現に今、わたしはこの後どうやって平泉先生と接すればいいのか考えあぐねている。もっとも、まだ編集長とお付き合いしているわけじゃないが。
 それに加え、平泉先生はわたしたちふたりが転生していたことを知っていた。なのになぜ、そのことをわたしに隠したのだろう。その理由がどうしてもわからない。
 わたしは、自分がなにか得体の知れないオブラートに包まれている様に思え、いら立った。そして、平泉先生がわたしの知らない世界の人に思えた。
(先生は何者?)
 その怒りと疑問は、いつまでもこころに残った。

 その日、傘をさして家に帰ってから、わたしは妹の結花とひさびさの姉妹喧嘩をした。わたしが、いらいらしていたのが原因だった。
 後でアイスを買って仲直りしようと、お風呂に逃げた。

 お風呂の窓を少し開けて見ると、雨はいつのまにか晴れて青い満月が静かに地上を照らしていた。そう。前世で誓ったあの日の月と同じように。
(これが、あの時願った再会だなんて、ふざけてる)
 わたしは、あの美しい月もいまいましく思えて、すぐに窓を閉めた。


 次の日、わたしはかなりイライラして先生を図書室で待っていた。
 昨夜は眠れなかった。こんなことは昔飼っていた愛犬のチャッピーがお産した時以来だ。そのことを思い出し、わたしは自分のお腹をさする。わたしもいつかあんな苦しい思いをして子供を産むのか。大変だと思うのだが、生まれてくる子を抱きしめてお乳を飲ます姿を想像して、わたしはちょっと幸せな気持ちになる。そんなことを考えてる暇はないのだが。
 その時、図書室のドアが開いた。澄まし顔で平泉こよね先生が姿を現す。わたしはズカズカと詰め寄った。
「平泉先生。なんで知っていたのに黙ってたんですか? わたしが香耶だって」
 わたしが、そう言うと平泉先生は目を輝させた。
「あら、バレちゃった? 黙っててごめんね。悪気はなかったのよ。
 でも、その分だと編集長と会ったのね?」
「ええ、会いました。それよりも、先生。なんで、わたしが香耶だって知っていたのに、隠していたんですか?」
 平泉先生は悪びれもせず、微笑んだ。
 開け放たれた窓から、野球部の練習風景を眺めながら、先生は話始めた。

「あれは、大学二年の時だった。
 その頃、わたしは巧くん、中根編集長と付き合っていた。もちろん、身体の関係もあったわ。
 ある日、彼酷くうなされて起きたの。それは、もう汗びっしょりでね。
 その時、香耶。って言ったの。初めは名前だってわからなかったわ。
 その日以来、しょっちゅう寝言でその名前を言うのね。それで、わたし浮気を疑ったの。
 でも、わたし見つけた。新・竹取物語、その短い物語を。
 ご丁寧にホーム・ページまで作っちゃって……。
 わたし、びっくりしちゃった。どうみてもただの作り話ではなく、嘘や妄想ではない。これは、真実の話なんだって。そう、彼が源順の生まれ変わりだって。
 最初はただ驚いたわ。けれど、その後気付いたの。香耶を探してるって。わたしがいるのに、なんでこんな訳のわからない女に巧を取られなければいけないんだって思った。そう、わたし嫉妬した。香耶に。
 そして、意地悪したくなった。それで、妊娠したって彼に嘘を付いた。
 ひどい女よね。わたし……。でも、すぐにわたしと別れない彼も悪いのよ。
 そんな訳で、わたしたちは学生結婚をしたの。
 でも、すぐにバレちゃって。それはそうよね。いつまでたっても大きくあらないお腹。そして、産婦人科につきそうって言う巧をいろいろ理由を付けて断って。すぐにバレちゃったわ。しょせん、女の浅知恵だったってことね。ふふふ。
 それで、離婚よ。結局一年足らずの結婚生活だったわ。その時のわたしは、巧を手に入れた喜びと、いつばれるかわからない恐怖で、躁鬱を繰り返していた。やるもんじゃないわね、こんなバカげたことは。
 でも彼、別れる時言ったの。ごめん、ってわたしに頭を下げて。悪いのは、わたしなのに。できることならも一度、出会いからやり直したいって……。
 でも、それも無理だったのよ。いつのまにか巧のこころは、香耶で一杯になっていたから」

 わたしは、あまりに重い告白に言葉を失った。
 編集長は、確かに平泉先生を愛していた。けれど、そこに割って入ったのはこのわたしだ。わたしさえ転生しなければ、そして前世の記憶が戻らなければ、ふたりの愛は壊れなかった。そう思ったが、編集長の前世の記憶が大分先に、そうわたしが生まれた時に記憶が戻っていたなら、それは避けられないことだったのかも知れない。
 それが運命と言うなら、全て壊してもかまわないと言うのか。わたしは、その運命がいまいましく思えた。そして、平泉先生に申し訳なくなって、このことを聞くのが精一杯だった。
「それなのに、別れた後なぜ編集長の近くにいたんですか? 友達として?」
 平泉先生は、外に向けていた顔をこちらに向けた。そして、目を輝かせて言い放った。
「先生はね。物語の結末を見たくなったの。転生のね。
 特等席だったわ。こんな身近で奇跡を見れるなんて。
 どんな小説家だって、書けやしない。こんな話」
「……」
 あまりの衝撃的告白に、言葉が出ない。生唾を呑み込むのがやっとだった。
(ああ、この人は本物の小説家だ。今、プロットを頭に描いているに違いない。本物の転生の)
「それで、仲根さん、あなたを図書室で見かけた時は、これは。って思ったわ。
 案の上小説を勧めたら、いきなり転生!
 あの時は、叫びたいのを抑えるのに、ほんと苦労した」
 平泉先生は嬉しそうに、そう言った。
「それじゃ、わたしは先生の手の中で踊っていたんですか?」
 平泉先生は、ちょっと考えて言った。
「悪いけど……。そう言うことになるわね。
 本当は、○○出版には、わたしも付いて行きたかったのよ。でも、わたしがいたら、きっと言い出せないでしょう?」
 喜々として語ってる。そして、わたしの話を聞きたくて、うずうずしてる。

 この時ほど、小説家が恐ろしいと思ったことはない。他人の人生を、なんだと思っているんだ。わたしは、こうはなりたくない。いや、できない。
 だけどわたしには、とても文句は言えない。平泉先生は、自分の人生を費やして十七年も待っていた。編集長の相手が現れるのを。しかも、自分の愛を犠牲にして。その執念に、背筋が凍った。
 そして、平泉先生をこんなにしたのは、わたしだと言う思い。そのことがわたしに、あの言葉を言わせたがっていた。
「先生……」

 わたしは、自分で書くことをあきらめた。とてもじゃないが、平泉先生にはかなわない。ことの顛末(てんまつ)を、全て話した。本当の転生を書いてもらうために……。

「ありがとうね、仲根さん。全部話してくれて。おまけに転生を書く権利をゆずってくれて。
 代わりに、お返しするわね。
 あのね、経験的に言って……、わたしの関与も含めて、全て運命なのよ。
 きっと、あなたたちは結ばれる運命なの。
 それを、忘れないでね」
 最後に平泉先生は、そう言って図書室を出て行った。
 その後には、静けさだけが残った。わたしが、クーラーと明かりを消して図書室を出る時、平泉先生のいた場所には、得体の知れないなにかが見えた。

 家に帰っても、ご飯を食べても、わたしの気持はどんよりして晴れなかった。
「瞳、結花。早くフロ入っちゃいなさい」
「はーい」

「結花。先にお風呂入るわね」
「うん、お姉ちゃん。あ、湯船のフタはしておいてね。お風呂、冷えちゃうから」
「わかった」

 妹は、勉強の途中では、めったに中断しない。記憶が切断されるかららしい。文系のわたしには理解できないが。
 わたしの場合は、トイレやお風呂に入ると頭は使い放題なので、小説の続きをどうするかなど考えるには打って付けなのだが。

 急いでお風呂の用意をして、階段を下り台所を横切る。
「入るねー」
 両親は仲良くテレビを見てる。番組はあの日と同じ、『不思議な体験談』。
 わたしは、見ないようにして脱衣所に入った。

 身体を念入りに洗い終え、湯船に浸かった。
「フー」
 わたしは、サッパリした身体を伸ばし、天井の水滴を見つめていた。

 あの水滴のように平泉先生は、わたしのこころに落ちそうで落ちないわだかまりを作った。一体どうしてだろうと、もう一度考えてみる。
 編集長とわたしの再会に、編集長の前の奥さんの平泉先生が絡んでいた。もし、平泉先生が手出ししなければ、わたしたちは出会うこともなかっただろう。そう、平泉先生は偶然にもふたりの関係者だった。そのこと自体、偶然ではありえないことだ。
 もしかして、平泉先生は編集長とわたしをこの世で会せる運命のキーだったのではないか。そう思った。
 そして、今日聞いた『わたしの関与も含めて、全て運命なのよ。きっと、あなたたちは結ばれる運命なの』。この言葉を、こころの中で繰り返した。
 確かにそう思えてきて、わたしは平泉先生を憎むことはできなかった。そして、自分を責める気持ちも薄らいできた。ただ、感謝の気持だけが残った。
 わたしは、身体と同じに、サッパリした気持ちで湯船から上がった。


 あの日、平泉先生の壮絶な独白以来、編集長とわたしの間にはなにも起こらず。かといって、出版社へ行くことも止めれなかった。わたしは、編集長と付き合うべきかどうかで悩んでいた。いくら、前の奥さん、平泉先生のお許しが出たって、わたしは二十才も離れた編集長とおいそれとは付き合えない。しかも、編集長の気持はどうなのかだって聞けずにいる。でも、こころのどこかで思っている。いつか、わたしたちは結ばれると。そう、平泉先生の言うように。

 そして、今年も暮れようとしていたとき、高田さんの指導を仰ぎ、新しいテーマを延々考えていた。そう、転生は平泉先生にお譲りしたのだから。
 高田さんの言うことは、指導はいちいちもっともなことだった。テーマが面白そうでも、ありえない話だと、バカらしくって誰も手に取ってはくれない。そして、ストーリーにはっきりとした起承転結、言い換えるとメリハリがないと、いつの間にか終わって涙もでない。それに加え、ストーリーにたとえ小さな齟齬(そご)あっても、それだけで読む気が失せる。二度と買ってはくれない。
 わたしは、テーマごとに簡単なプロットを書いて何度も持って行ったが、なかなかオーケーはでなかった。没の嵐だ。だが、これが不完全な段階で書き始めると、百ページも二百ページも書き換えることになるのだ。できあがっても、最悪、出版されないことになるという。
 考えて見ると、本にするのに値するテーマはとても少ないのかも知れない。わたしは、この壁が中々打ち破れないで、もがいていた。
 この日も、熱の入った指導に少しめまいがして、一言断って息を抜きに個室を出た。すると、平泉先生も打ち合わせを終わったようで、はち合せた。わたしを見ると、彼女はなにごともなかったように話し掛けてきた。
「あら、仲根さん。来ていたのね、ふふふ。どう? 彼とは」
 どうやら、転生ができ上がったようだ。やたらハイテンション。
「なにもありませんよ。いたって普通です」
「なーに? まだ、お付き合いしていないの? あんなにいい男なのに。
 それとも、わたしのお古じゃいや? ふふふ」
(なんで、笑い話に出来るかな……。あきれる。
 でも、今の先生は吹っ切れている。世間のタブーや、しがらみから。
 先生という職業は、それほど規律が厳しいのだろうか……)

 平泉先生は、翌年の一月一日に文壇にデビューを果たした。
 ペンネームは『平泉こよね』。本名だ。
 作品は『転生』。題名はそのままでページ数は千枚弱……。
 とてもじゃないが太刀打ちできない。やっぱり、文学部卒業はだてじゃない。平泉先生なら、きっと作品を昇華させてくれたことだろう。ゆずって良かった。わたしは、怖くてまだ一度も読んでないのだが。
「仲根さん。あなたもデビュー。頑張ってね」
 スカートの裾をひるがえし、行ってしまった。もう、貫禄が出てきている。
 平泉先生は、翌年の年度末で学校を辞めるそうだ。小説家一本で生きてくつもりらしい。きっと、彼女ならできるだろう。応援してる。

 平泉先生のことは、もう気にせずに行こう。
 わたしは、トイレで毒気を抜いて便器に流した。

 そして、高田(たかた)さんと打ち合わせを再開して一時間余り。
 ようやく、わたしの次のテーマが決まった。
 題名は『私の愛したブロンズ像』。
 これは、編集長の一九九九年以前の詩。『話し掛けてください』をイメージしてストーリーを考えた物だ。わたしが見付けて、編集長が使用を認めてくれた。
 早速、プロットを書いて、高田さんと打ち合わせに入った。

 橋の上に立つブロンズ像―春―が、人間に恋しする話。
 ある時ブロンズ像は、人間の男に恋をする。
 男はブロンズ像を洗うと、人間になってしまう。
 ブロンズ像を連れ帰った男は、人間の生き方を教える。
 ふたりは、寂しさを埋めるために愛し合う。
 しかし、ある日彼女は姿を消す。
 二日後、帰って来た彼女は、独白する。
 ブロンズ像の作者入江修氏に、さよならを言われたと。
 そして、ふたりは抱き合い、涙する。
 
 とても美しいブロンズ像だからこそ書けたプロットだ。これ以上のプロットを書けと言われても、書く自信がない。けれど途中、どうしても話が淀んでしまうのだが……。
 男性は編集長をイメージして人格を作った。誠実で、優しく、いつも包んでくれる。そう、編集長はわたし思い描く、理想の男性だ。
 でも、このことを言うと、なに少女の夢語ってるの? って思われるから、秘密だ。
 それに、なんてと言っても、ブロンズ像の作者『入江修』さんをストーリーにからめたことが大きい。彼がスパイスになって、いい味をかもし出してる。会心のプロットだ……。
 そんな風に、わたしは新たなテーマを打ち合わせていた。

 その時、ふと思った。
(編集長は、どんなタイプの女が好きなのだろう? やっぱり前の奥さん、平泉先生のような人がいいんだろうか……。気になる)
「ねえ、高田さん。編集長って付き合っている人いるんですか?」
(ストレートに聞いちゃった。ドキドキ)
「えー、瞳ちゃん。編集長に気があるの? ショック」
 わたしは、あわてた。すぐに否定して、ごまかした。
「違う、違いますよ。そんなんじゃありません。編集長はお父さん? そんな感じです」
 そう言うと、高田さんはほっとした顔で言った。
「ああ、よかった。編集長が相手じゃ、分が悪いからなー」
 わたしは、高田さんの、それとはなしの告白を聞かなかったことにした……。
「でも、結婚していないんでしょ? 誰かと付き合っているんですか?」
(ドキドキ。ドキドキ)
「誰かいるって思うでしょ? あんなにいい男なのに。あれで三十七なんてインチキだ。
 でもね、編集長はいませんよ。付き合ってる人は」
(不思議だ。なにか欠点があるのかな……)
 そんなこと、高田さんは知らないだろうけれど、一応聞いて見た。
「なんで、誰とも付き合わないんでしょうか?」
 高田さんは、声をひそめて言った。
「これは、編集長の飲み仲間から聞いた話ですけど。
 いいですか、誰にも言っちゃダメですよ。
 編集長は、なんでも誰かを待っているんだって。十七年も」
「……」
(ああ、駄目だ。胸が苦しい)
 涙が出た。突然、沸き出した。あわてた高田さんは、必死になってわたしの機嫌を取った。けれど、涙は止まらなかった。壊れた蛇口のように、大粒の涙が止めどなく流れた。

(編集長は、わたしを待っていたんだ。十七年間も。
 それも、誰ともお付き合いしないで)
 その誠実さに、わたしは感激した。

(でも、今は現代。二〇一六年。インコウ条例がある。きっと編集長もそれで待っているはず。わたしが、高校を卒業するのを。きっとその時に、告白してくれるはず。
 でも……万が一、わたしがタイプじゃなくて、なにも言ってくれないとしたら……。ううん! それはないはず。だって、こんなに可愛いんだし。でも、気が短いってクラスのみんなが言っていたのよねえ。ちょっと心配……。
 そう言えば、平泉先生の言葉を思い出した。平泉先生の関与があったって、それは全て運命。きっと、わたしたちは結ばれるはず。うん。大丈夫。
 元気出せ、自分。ファイトー、オー!)
 無理やり自分を奮い立たせ、高田さんとの打ち合わせを再開した。きっとわたしの気持ちは高田さんにバレただろう。だが、そんなことは気にならないほど打ち合わせは進んだ。たぶん、頭の中がスッキリしてこころの準備ができたせいだろう。迷うことなく打ち合わせを終わり、帰路についた。

 二月になって受験シーズンがきた。妹の結花は私立の入学試験に受かった。わたしでは、絶対に入れないところだが、結花には滑り止めだった。あんなに頑張ったのに、結花は三次志望まで全部落ちた。
 その日から結花は小説を書き始めた。もし一次志望に落ちたらそうするつもりだったと言った。可能性は増やさないとね。妹はそう言って笑った。
「よろしく。先輩」
 その日から、わたしは結花の小説の先生になった。
 きっと、結花はわたしのコネを期待している。しかし、わたしはとてもそんな力はない。わたし自身、いつお払い箱にされるかわからない。私にできることは、結花の書いた物を高田さんにちょっと見てもらうことくらいだ。あまり期待しないで。そう結花に言った。


十一

 あれから、わたしが中根編集長とめぐり会ってから一年が過ぎて、また暑い季節が来た。
 わたしは、高校三年なのに受験勉強せずに、相変わらず小説にのめり込んでいた。妹もこのたび○○出版社にお世話になることが決まって、一緒に○○出版社に来た。そう、わたしもうかうかしてられない。ますます気合が入った。
 それと、大学だが、一応出ておこうとは思うが、推薦で行ける所でいい。でも、文学部は譲れない。絶対、行く。だって、仲間が欲しいから。その人たちと刺激し合うなんて、考えただけでもワクワクする。そして、ゆくゆくはこの世界で食べて行く。それがわたしの希望だ。

 そして、わたしは近々デビューする。
 『私の愛したブロンズ像』。やっと、日の目を見た。わたしは、結花に今度から先生と呼ぶように言った。無視されたけどね。ふっ。
 肝心の売り上げだけど、予想はたぶん売れない。きっと、今のままでは食べていくのは難しいと思う。やっぱり、大学でもっと勉強しなきゃ。言わば、デビューはこの世界の慣れて置くための練習。そうわたしは、考えている。

 わたしは、個室で担当の高田さんからデビューの心得を、真剣に聞いていた。はっきり言って、編集長のことは完全に忘れていた。そう、安心していた。急がなくたって編集長はいつでもここに居るし、誰にも取られることはないと思っていた。

 ふと、編集部内が急に騒がしくなった。高田さんが、ちょっと見てくると行ったきり戻ってこない。仕方なく、わたしも編集部を覗いた。
「あ、瞳ちゃん。大変だよ! 編集長が」
 わたしの担当、高田さんが酷く動揺している。わたしは、大変なことが起きているんだと思い、高田さんにおそるおそる聞いた。
「高田さん。一体どうしたんですか?」
「大変だ。編集長が、辞めるって」
「ええ!」
(いつまでも近くにいると思っていたのに。なぜ、突然?)
 わたしは、流れ出る涙を拭きもせずに、編集長に詰め寄った。
「どうして! どうして、辞めるんですか? 訳けを教えて!」
 わたしは取り乱し、編集長のシャツを両手でつかんでいた。
「瞳ちゃん。いや、もうそろそろ親父の後を継ごうと思ってね。
 親父、八十近いし、もう足腰がね」
「……」
「うちの実家は、喫茶店やってんだよ。だから、いつでも来てよ。ご馳走するから」
 その言葉に安心して力が抜けた。わたしは、イスに腰かけ誰かの机に顔をうずめた。
「それで、いつまで、いるんですか?」
「うん。あとひと月」
「場所は?」
「ああ、これね」
 そう言って編集長は、ライターを差し出した。見ると、ちゃんと電話番号と住所が書いてある。
(なんだ、うちからわりと近い。これなら、いつでも会える)
 わたしは、ほっとして目の前にあったコーヒーを飲んだ。
「瞳ちゃん。それ、俺のだよ」
「あっ……」
 わたしは、編集長のコーヒーを飲んでしまった。それを見てみんなは、しーんとなった。様子をうかがっている。わたしは、ええいっとばかりに、それをぐいっ、と飲み干した。
 その途端に、オオーと歓声が沸き起こる。もう、みんなにバレた。わたしが、編集長に気があると。
 わたしは、覚悟を決めて言った。
「編集長」
「ん?」
「好きです!」
 わたしがそう言うと、編集長はとびきりの優しい笑顔をした。
「仕方ないな。俺もだよ」
 そう言って編集長は、わたしを抱きしめ、そしてキスした……。

 わたしは、よし! と思い、みんなにピースサインを出した。
 拍手と、歓声と、怒号と、それと泣き声が咲き乱れる。
(ごめんね。高田さん……。
 それから、インコウだって怒鳴った人。シケイ!
 それにしても、よかった、嫌われていなくて……。万が一、そうだったら自殺物だったわ。
 そうよ、あなたは運命には逆らえないんだから。
 ありがとう。平泉こよね先生)

 妹が驚いて見ている。
(それは、そうだろう。年の差二十才。二回り近く離れているのだから。でも、わたしは幸せだ、誰よりも)
 ありったけの笑顔を振りまいた。
 わたしに触発されたのか、結花が熱い視線で泣いている高田さんを見つめる。
(そうか、結花は高田さんがいいのね。一八〇と一七三センチ。うん。ふたりはお似合いだわ。
 高田さん。妹をどうかよろしく)

 これから、わたしはあなたと一緒に過ごす。
 たとえ、誰かに反対されても、この気持は揺らがない。
 だって、『再び、相まみえましょうぞ』と約束したから。千年前に……。


十二

 ある、晴れた日の午前。
 わたしは、カフェでノートパソコンを打っていた。横には食べかけのスパゲティが。そして、ちょっと冷めたコーヒーが少しだけ残っていた。それを飲み干す。そして、立て続けに水をゴクゴク飲んだ。相当頭が熱くなっている。キーを打つ手は、もう長い時間止まっていた。
 わたしは、頭を両手でかきむしって言った。
「うーん。いいセリフが出てこない」
 巧が、後ろからのぞいて口を出した。
「瞳。それはね。地の文を……」
「あっ、言わないで! これは、わたしの作品だから。めっ!」
「おお、こわ」
 巧は、そそくさと厨房へ避難した。

 あれから、わたしは某大学の文学部へと無事入り、小説家の道をひたすら歩んでいる。でも、この前出版した『私の愛したブロンズ像』は、思った通り売れ行きが悪い。とてもじゃないが、小説家一本で食べて行くには、まだまだ時間が掛かりそうだ。結局、平泉先生には勝てない。彼女は、天才なのだ。
 それでも、わたしは好きなテーマを、好きなだけ、好きなペースで書いている。幸せだ。そんなわたしに、編集長はマスターとなって、毎日コーヒーを入れてくれる。なんだか、ここで小説を書くのが落ち着いて……。

「瞳」
「ん?」
「もうそろそろ、大学へ行く時間だよ」
「あ、もうこんな時間? それじゃ行ってくるね」
 ノートパソコンをたたみ出口に手を掛けると、思い出した。わたしは、振り返る。
「そうだ。今日は、早く帰ってくるから、ご飯作って待ってるからね。それじゃね。巧」

 二十才も上なのに、わたしは彼を『巧』と呼ぶ。そして、彼は『瞳』と言ってくれる。ふたりは同棲はしてるが、結婚はまだしていない。わたしが、大学を卒業したらする。そのときは、きっと泣くだろう。だって、千年を掛けた結婚だから。
 わたしは幸せだ。この世の誰より。


(終わり)

20160412-転生~千年の時をこえた恋

20160412-転生~千年の時をこえた恋

98枚。修正20200930。平安時代から現代に転生した二人、源順(したごう)と源香耶(かや)。千年のときを超えて、彼らは再び巡り合えるのか?

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-24

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