フェデリカの幸せな侵略計画

お題『臆病な建機×人間嫌いな少女、テーマ:侵略計画』

《ほ、本当にやるのか?》
 もう何度目になるかわからない質問に、フェデリカはきつく頭上を睨んだ。
「やらないなんて選択肢は最初からないって言ってるでしょ」
 まるで老婆のようにしゃがれた声の鋭さに、少女に覆いかぶさる巨大な影がぎこちなく身じろぐ。
《……わかった》
 低い駆動音が唸り、ショベルがゆっくりと鎌首をもたげた。『彼』の機体に遮られていた白い陽射しがチカチカと瞳をつつき、フェデリカは顔をしかめた。
 ショベルは緩慢な動作で堅く乾いた地面を砕き、ごっそりと彼女の眼前の土を抉り取った。舞い上がった土埃が煙のようにフェデリカを包みこむ。
 思わず咳きこむと、《危ないから、下がっていてくれ》と懇願された。しかしフェデリカはひと睨みで『彼』を黙らせた。
「いいから続けなさい」
 渋々とショベルが動き出す。人の手ではスコップの刃先を突き立てるのが精いっぱいの大地をたやすく穿ち、あっという間にあたり一面を掘り返してしまった。
 砂塵の幕がすっかり引くと、フェデリカの足元から先には干上がった湖のような穴が口を開けていた。フェデリカは目を細め、その中を覗きこんだ。
 ざらざらと砂礫が滑り落ちていく斜面のあちこちから白い何かが飛び出している。それは下に向かうほど数を増し、穴の底は真っ白だった。
『彼』が電子音の声を引きつらせ、言葉にならない悲鳴を上げた。
 代わりにフェデリカはひびわれた唇を噛んだ。たとえそれが予想通りの光景であったとしても。何十年、何百年ぶりに陽の光に晒されたおびただしい人骨の白い色を、おぞましさと苦々しさの混じり合った唾を飲み下して睥睨した。
《フェ、フェデリカ、フェデリカ……》
 声と機体をギシギシと震わせ、『彼』は必死に訴えた。
《やっぱりここは駄目だ。たとえ何もなくなっても、ここは墓地なんだ。ここで死んでしまったやつらが眠る、墓地なん――》
「余計な感傷は捨てなさい、イエローハンド」
 痩せこけた小さな体から放たれた冷たい怒りに、名前を呼ばれた『彼』は凍りついた。旋毛から裸足の爪先まで汚れ、ぼろ切れよりもひどいぶかぶかのシャツを一枚だけ身につけたフェデリカは、しかし檻の中の獅子よりも苛烈な目をしていた。
「おまえは人間じゃない。人間を駆逐する、侵略者よ」
 名前どおりのメタリックイエローのショベルを意味もなく揺らし、イエローハンドは反論した。
《でも、でもフェデリカは人間だ。ここはおまえの故郷で、この下にいるやつらはおまえの先祖じゃないか……》
「ええ、そうよ。あたしをこんな腐りきった世界に産み落とした、腐りきった人間たちよ」
 フェデリカは頬を歪めて笑った。
「ねえ、イエローハンド。あたしはとても嬉しいの。おまえたちが宙からやってきて、人間を殺しはじめて、あたしはようやく家畜から人間に戻れた。おまけに侵略者の仲間に加わって、殺し足りないほど人間を殺せるの。ねえ、こんなにも幸せなことってないと思わない?」
《フェデリカ……》
 イエローハンドは悲しげにショベルを下向けた。建築機械によく似た機体と能力を有する『彼』の任務は、侵略の新たな拠点の建設予定地の調査だった。選ばれたのは、最初に原住民の掃討が完了した地域。そしてふたりが立っているのは、かつてたくさんの墓標があった場所だった。
 それらはすべて撤去され、美しい建造物が折り重なる城のような街は平らな荒野になった。今、この土地で確かに生きている地球生命体は、イエローハンドの目の前の少女だけだ。しかしフェデリカはもはや駆逐される原住民ではなく、彼らを侵し、奪う、暴虐なる侵略者だった。
《そんなに人間が嫌いか》
「ええ、嫌いよ。憎いほど大嫌い。どうしてあたしがあいつらを愛せると思うの?」
 フェデリカは声を立てていっそう笑い、わざとらしく首を傾げた。
「おまえは本当に馬鹿ね、イエローハンド。まだあたしが人間に未練があると考えているんでしょ?」
《……すまない》
 いったいどういう意味のこめられた謝罪なのか、フェデリカはくつりと喉を鳴らしただけで問わなかった。軽い足音を立てて近づき、骨張った掌をメタリックイエローのショベルに這わせる。フェデリカ、とどもるような呼びかけに、ほんのりと笑みの種類を変えた。
「お馬鹿で優しいイエローハンド。人間どもに情けをかけ続けて、これが最後のチャンスだと言われたはずよ? 罪深い墓荒らしになって、次なる侵略の礎を築きなさい」
 フェデリカの掠れ声は、いつの間にか少女らしい甘さを取り戻していた。沈黙する機体を仰ぎ、やわらかく両目を細める。
「おまえがあたしを救ってくれた日から、あたしが愛するのはおまえだけ。優しいおまえは、もうかわいそうなあたしをひとりぼっちになんかできないわよね」
《……おまえのために、人間を殺せというのか?》
 苦悩に満ちたイエローハンドの声に、フェデリカは艶やかに微笑んだ。
 イエローハンドは呻き、やがてのろのろとショベルを折り曲げた。フェデリカは心得たようにショベルの内側に潜りこみ、愛しい恋人を正面から見つめた。
《査察は終了。いったん基地に帰還する》
「了解。……それで、おまえはどう報告するのかしら?」
《……フェデリカ》
「なぁに?」
 フェデリカはこの上なく楽しい気持ちだった。イエローハンドはすべてを押し殺した声で呟いた。
《我々は、侵略者だ》
 それが答えだった。
「ええ、そうよ。あたしのイエローハンド」

フェデリカの幸せな侵略計画

フェデリカの幸せな侵略計画

ある侵略者たちの、なんてことはないやりとり。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-23

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