支配者の生き残り2

潤子(うるこ)は和美の手を握って和吉に片方の手を振った。和吉は跪(ひざまず)いて聖なるつららを手で撫でていたが、立ち上がって潤子と和美に両手を上げて、にっこりと笑った。そしてゆっくりと彼女たちの方に向かって歩き出した。
「久しぶりだね、姉さん、君が潤子ちゃんかい?」
「こんにちは、初めまして」潤子は手を差し出した。和吉は潤子の手袋を引っ張って外してその小さな手をぎゅっと握った。とても暖かい手だった。そこには情熱が宿っているようだった。彼女の手は水分をたくさん吸収しているように湿っていた。
夜の夕張はとても静かだった。微かに雪が降っていて落ちる雪が空気との摩擦で発生させる音が聞こえてきそうだった。
「姉さん、あの時のこと覚えているかい?初めて姉さんが物語を書いて俺たちが橇(そり)で聖なるつらら神殿に連れて行った時のことを」
「うん、いまでも鮮明に覚えてる。とても現実的な感じと非現実的な感じが混ざりあって、今のように心の中に静かな炎が燃えている感じがしたわ。潤子、あなたが今度はわたしの代わりに今年の聖なる女王に任命されるの。その為に物語を書いて聖なるつらら神殿で朗読をする。とても厳粛な場所なの。男の子たちがあなたを導き跪(ひざまず)いてあなたの唇から吐かれる音声に聞き入る。それはとても神聖な行為で、物語を語る自分の言葉に感化されるの。自己陶酔とは違って、自分の発する言葉が他の人に感動を与えられるのを知って感動を覚えるのよ。それはとても印象深い行為よ」
「和美、わたし、がんばるわ。自分には必ず成し遂げることができると感じるわ」潤子はとても穏やかな表情でにっこりと微笑を浮かべて、聖なるつららに近づいて、その先端に触れた。そして口から舌を出してそのつららを舐めはじめた。
「冷たい!でもなんか美味しい感じがする」
「潤子ちゃん、聖なるつららを舐めた女王はきっと君が初めてじゃないかな」
「潤子、今日は夕張のホテルでゆっくりと休むことにしましょう。そして実家で物語を書く準備をしよう。わたしが手伝ってあげるからね」
「和美、なんだか楽しみになってきたわね。これからの行為を考えると脳みそが覚醒してきて、眠れないかも」潤子はたくさんの黄色いハンカチが夜空にはためいているその光景を眺めて目を瞑(つぶ)った。強く、強く、目を瞑(つぶ)った。
「和吉、わたしたちは歩いてホテルに向かうわ。あなたはどうするの?」
「俺は札幌に帰るよ。聖なるつらら騎士団に潤子ちゃんのことを話さないとね。そうだ、写真を撮らしてもらうよ」そう言うと和吉は携帯電話をポケットから取り出して、潤子を撮影した。
「うん、とても綺麗に撮れている。騎士団も楽しみにするだろうね」
和美たちと和吉は分かれて、和美と潤子は歩いて夕張のホテルへ、和吉は札幌へと向かった。和吉はmazdaロードスターのハンドルを握ってラジオのfm放送を聞きながらも、頭の中ではマイケルシェンカーのロックボトムを再現して鼻歌を鳴らしていた。とても上機嫌だった。

和美と潤子はホテルに着くと夕食をレストランで食べた。北海道牛のステーキが出てきた。食後のデザートは夕張メロンだった。
「和美、こんな美味しい牛肉は食べたことが無いわ。とてもジューシー。メロンも美味しい」
「ほんとね。やっぱり地元の食材が一番ね。明日の昼は、ここのホテルの近くにあるラーメン屋さんに行きましょう。食べログで評価が高いのよ。寒い中で食べる味噌ラーメンって格別なのよ」
和美と潤子は部屋に戻ってベッドに横になりながらなんとなくテレビを見た。
「わたしたちが今北海道の夕張で楽しんでいることはテレビでは中継されていないわね」和美はあくびをして隣のベッドに横たわっている潤子に話かけた。
「これってとても重大な事件だと思うけどね。だって過去女王だった人とこれから女王になる人が北海道を訪れているんだから。テレビ局の人っていったい何やってるのかな?」
「多分、ネタが無いんでしょうね。こんな潤子みたいな子役モデルがいるというのにね」
「ふふふ…。わたしってそんなに可愛いかな?」
「うん、ミス北海道でさえ嫉妬しちゃうくらいにね」
彼女たちは室内の電気を消してベッドに入った。夕張全体はとても静かで物音ひとつしなかった。およそ三十分後に廊下の方から中国語が聞こえてきたが、それもやんでまた静かな真空の世界が支配した。
「和美、起きてる?」
「うん、起きてるわ。とっても静かね。なんだかほんと遠い所まで来ちゃったって感じ。なんだろう、まるで自分が映画の主人公になったような気がする」
「そうね、それはわたしも感じている。他の人たちが配役というかエキストラのような、そんな雰囲気が世界を醸(かも)しだしている」潤子は起き上がって窓に掛かっているカーテンを開いて外を眺めてみた。雪は止んでいたが、とても寒々しい空気が透き通って、遠くまで見ることができた。夜空を見ると、月が輝いていた。潤子はベッドに戻って掛け布団の中に入ると微かなため息をついた。それは自分では成し遂げることができないことへの嘆息であった。自分がこうしている間にも人々は憎しみ合っていることへの悲しみでもあった。この少女潤子は先を見通していた。
和美はいつの間にか眠っていた。潤子は彼女の名前を呼んだが応答がなかったので、ベッドから出て、和美の布団に入り込んだ。それから、小さな声で、おやすみ、と言って目を瞑(つぶ)った。

和吉は有給休暇をとって、聖なるつらら神殿の竣工具合を見る為に公園を訪れていた。少年たちが一生懸命になってトンネルを掘っていた。おそらくあと一週間はかかるだろう。彼らは潤子の画像を見てからは目の輝きが変わってきた。女王を迎え入れる為に真剣になって作業をこなしていた。
それにしても潤子はどんな物語を作るのだろう。それは十三代聖なるつらら騎士団にしか聞くことはできないのであった。残念だ、率直にそのことを悲しんだ。そうだ、久しぶりに姉さんが書いた物語を見てみよう。和吉は押入れを開けて段ボール箱を何個か取り出して和美が書いた物語を見つけだした。紙は黄色く変色していたが、破れたりはしていなかった。ソファーに座ってコーヒーを飲みながらくつろいで読むことにした。大体の内容は覚えていたが、詳細な点は忘れていた。

救い主はかりんとうを食べながら地に降りた。 第一代女王 和美

空は寒々としてどんよりと曇っていたが気温は生温かかった。微かな汗が体を包んでいたがなんだか心地よかった。高校に向かう途中で電車に揺られながらたくさんの人たちにぶつかりながら、携帯音楽プレーヤーでFMラジオを聴くというのは日課になっていた。そこの放送局は素人をDJとして生放送をしているのだが、なんとも、つっかえながらも一生懸命に話す姿はとても感動を及ぼした。DJが自分の経験した事を視聴者に話したり、自分の大好きな曲をかけたりして、自然体でする放送はなかなか味があって良かった。学校に着くともちろん携帯音楽プレーヤーは切って授業に集中するのだけど、先生の吉原が、(この40代、女性は男子高生の沢村君が大好きでよく職員室に彼を呼んで話し合っている姿がよく目撃される)宿題を毎日のようにだすのでみんなから嫌われているのだけど、そんなことは気にすることも無く、もういいおばさんなのにミニスカートで男子高生を挑発でもしているのか分からないけど、わたしたちがスカートの丈を注意されているのにもかかわらずに平気な顔をしている。それはいいとしてだ、この学校には変わった先生が多い。いつも笑顔でにたにたしている満面笑みの先生、それかと思えばいつも泣き顔をして絶望的な表情をしている科学の先生だとか枚挙にいとまがない。そんんな個性的な先生が大勢いる学校が終わってから友達とマクドナルドで話をしながらお互いの悩みや恋愛話をしているときにふと自分達はこれから何処へ向かうのだろうと感慨に耽って、
「わたしたち、将来どんな人生を歩んでいけばいいのかな?」と、突然、思考がそんなところに向かっていくのだった。
「きっとわたしは医療事務の仕事をしているんだろうな。患者さんとひょっとしたら恋愛に発展して、大金持ちの人と結婚して無事、退職する。それから毎日ファッションをたくさんこしらえて優雅に暮らす。きっと何の希望も無く、ただ毎日が過ぎて行って、子供に希望を託して歳をとって儚(はかな)い最後を迎える」
「なるほど、ひとのいくところは皆決まっているのよね。わたし達まだ若いけど将来、杖をついて歩くお婆ちゃんになるのよね。なんだろう、ただ恋をして恋愛が生きていく中で一番大事なことのように思えるけど、それよりも崇高なものってある感じがする。世界を見てみると、犯罪が多かったり、紛争が酷(ひど)かったりして、なんて日本って安全なのだろうと思うのよね。それとわたしが今感じているのは、人と人との一瞬の出会い、歩いていて、他の人と視線が合って、にっこりと笑顔になる時ってあるのよ。もうその人とは出会うことがないんじゃないかな、と思うと切ない感じがして少し悲しくなるの。でも、その切なさがなんとも心地よいのよ。なんだろうね」
「大勢の人たちが

支配者の生き残り2

支配者の生き残り2

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-04-23

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