タイムマシンでGO!
森田がその競技に参加するのは、これが初めてだった。通常は野外コンサートなどに使用する会場に、すでに数十名の参加者が集まっている。やがて定刻となり、正面のステージに立った司会者が、マイクに向かってしゃべり始めた。
《みなさま、お待たせしました。それでは今回のレースに使用するマシンについてご説明いたします。みなさまの前に1台ずつ、初期のウエルズ型タイムマシンが用意されております。ご存じない方のために解説いたしますと、このマシンはレバー操作のみで動くようになっています。レバーを前に倒せば未来へ、レバーを後ろに引けば過去へ進みます。時間の中を進むスピードは、レバーの角度によって調整します。そう、今どなたかがおっしゃったとおり、極めてアナログです。したがって、目的の時代に行くには、刻々と変化する年月表示を目で追いながら、レバーの角度を加減しなければなりません。例えば過去に戻るとしたら、最初はグイーッと力いっぱい引いて、目的の時代が近づいてきたら徐々に弛めていき、最後にピタリと止める、ということです》
その時、司会者が立っているステージの真後ろでボカンという大きな音がし、まさにそのウエルズ型タイムマシンが、3メートルほどの高さの空中に出現した。と、見る間に、そのまま地面にドスンと落ちた。スタッフ数名がバラバラと駆け寄り、乗員をマシンから降ろして医務室と書かれたテントの方へ連れていった。
《えー、今の方は、出発前に戻って来たようですね。報告では、幸い大きなケガはないそうです。もちろん、この方は1着ではありませんよ。競技の判定は、みなさまの手首に付けさせていただいた固有時間時計によって決まります。まあ、簡単に言えば、本人が主観的に感じる時間が一番短い方が優勝、ということです。ちなみに、先ほどの方は、なんと出発から1ヶ月経過していました。さぞや大変だったでしょうね。ああ、それから、これだけは絶対に守って欲しいのですが、走行中のUターンは厳禁です。必ず、一旦停止してくださいね。それでは、レディー、ゴー!》
みなが一斉にマシンに乗り込み、次々と消えて行く中、森田は初動に手間取り、やや遅れてスタートした。
行先は全員1億年前だが、同じ場所にマシンが重なると危険なので、各自が出発点から同じ距離だけ離れた目的地に着くようにセットされている。そのおかげで、普通タイムマシン免許しか持っていない森田のような素人でも参加できるのである。そして、その目的地で、きっかり1億年前に10分間だけ出現する各自の名札を回収し、現在に戻って来るというレースなのだ。
森田はスタートの遅れを取り戻そうと、一気にレバーを最大限に引いた。目にも止まらぬスピードで年月表示の数字が変わって行く。
(あっ、いかん、通り過ぎてしまった!)
森田は焦って、一旦停止せずにレバーを前に倒した。
(お、この辺だ。レバーを弛めないと。さあ、いいぞ、およそ1時間前だ。また通り過ぎるといけないから、ここで止めよう)
森田がマシンから降りると、そこには先客がいた。まだ人類が出現する前の時代だから、レースの参加者に違いない。だが、みな自分の名札を回収しないといけないから、他人がここに来るはずはないのだ。
「おまえ、もしかしたら、おれか?」
相手が振り返ると、思ったとおり森田と同じ顔をしていた。
「びっくりしたぞ!おどかすなよ。ええと、おまえは、おれだな」
「もちろん、おれさ。今着いたところだ」
「えっ、今着いたって。それじゃ、おまえは未来のおれじゃないのか?」
「何言ってんだ。この場面は初めての経験だ。当然、おまえが未来のおれだろう。この後しばらくしてから、おれがマシンに乗って少し時間を遡り、過去のおれ、つまり、今ここにいる、じゃないな、今しゃべっているおれに出会う。それがつまり、今のおまえなんだろう。ほら、よくあるじゃないか、見かけ上のパラドックス、というやつさ」
森田は言いながら、だんだん不安になって来たが、それ以上に相手の顔は青ざめていた。
「知らん知らん。おれにはそんな記憶はない。おまえに、つまり、おれに出会うのは今が初めてだ。だから、てっきり、おまえは未来のおれで、この後しばらく経ってから、おれが少し時間を遡って戻って来たのかと……」
二人は顔を見合わせて、同時に叫んだ。
「やばい!本物のパラドックスだ!」
どうしよう、どうしようと、二人がわめいているところへ、ボカンと音がして、3台目のマシンが出現した。
これ以上自分が増えたら収拾がつかなくなると、不安げに見守る二人の前に現れたのは、あの司会者だった。苦い顔をしている。
「困りますねえ。Uターンは禁止と言ったじゃないですか。おかげで時間線が切れて、パラドックスが発生してしまったのです。このまま放置すれば、因果律の乱れが拡散して大変なことになりますよ。カエルの子がタカになったり、トンビがゾンビを産んだり、ゾンビがくるりと輪を描いたり。ですので、できるだけ早めに修復しなければなりません。ああ、申し遅れましたが、わたくし、司会はアルバイトで、本業は時間管理局の局員なのです」
先にこの場所にいた方の森田が、ギョッとした顔で叫んだ。
「どっちかのおれを消すのか!だとしたら、おれじゃないぞ!おれは初めからここにいた。消すなら、後からここに来た、こいつだ!」
指差された方の森田も負けていない。
「冗談じゃない!おれこそオリジナルだ!こんなコピー野郎は、早く消してくれよ!」
二人の森田の醜い言い争いを聞いていた司会者、いや、時間管理局の局員は、天を仰いでため息をついた。
「やれやれ、そんな野蛮なことはいたしませんよ。ちょっと歴史を修正するだけです。それも、できる限り最小限にとどめます。あまり大掛かりな変更を加えると、副作用で別の個所に不具合が生じますので。我々がよくやるのは、英単語のスペルに発音上必要のない文字を入れ込むとか、ロゴマークに意味のない線を1本足すとか、その程度です。今までにやった一番大きな変更は、電気のプラスとマイナスの表示を逆にしたことですが、これは多方面に迷惑がかかってしまいました。あなたも、マイナスの電子が流れる方向と逆に電気が流れると聞いて、不自然だと思いませんでしたか。まあ、今回は小さな変更で済みそうですが」
二人の森田はホッと安堵して、言い争ったことなどなかったように、手を取り合って喜んだ。だが、局員は、ちょっと顔を引き締めた。
「ああ、まだ喜ぶのは早いですよ。今言ったのは、あくまでも、事故の後始末の話です。あなたがたには、キチンと罪を償ってもらいます」
「や、やっぱり、どっちか消すのか?」
「また、そんなことを言う。歴史に変更が加わった時点で時間線がつながり、自然に一人に戻りますよ。但し」
「但し?」
「その後、時間禁錮1ヶ月です!」
田森がその競技に参加するのは、これが初めてだった。通常は野外コンサートなどに使用する会場に、すでに数十名の参加者が集まっている。何故だかわからないが、田森は激しいデジャヴを感じていた。
(あれっ、なんか、前にもこんなこと、なかったっけ?)
マシンの説明の途中、司会者が立っているステージの真後ろでボカンという大きな音がし、まさにそのウエルズ型タイムマシンが、3メートルほどの高さの空中に出現した。と、見る間に、そのまま地面にドスンと落ちた。スタッフ数名がバラバラと駆け寄り、乗員をマシンから降ろして医務室と書かれたテントの方へ連れていった。
《えー、今の方は、出発前に戻って来たようですね。報告では、幸い大きなケガはないそうです。もちろん、この方は1着ではありませんよ。競技の判定は、みなさまの手首に付けさせていただいた固有時間時計によって決まります。まあ、簡単に言えば、本人が主観的に感じる時間が一番短い方が優勝、ということです。ちなみに、先ほどの方は、なんと出発から1ヶ月経過していました。さぞや大変だったでしょうね。田森さん、という方ですが。ああ、それから、これだけは絶対に守って欲しいのですが……」
(おわり)
タイムマシンでGO!