制作進行は忙しい!
■制作進行の悩み①
ぼんやりと夜空に浮かぶ満月。
「今日も月が綺麗だなぁ…」
ぼんやりと車の窓から眺めている女性。
ここは深夜の新青梅街道。練馬方面から小平方面へ移動中である。
「あ、青になった」
アクセルを思いっきり踏み、走り出す。
彼女が運転する車は白い軽自動車。会社の進行車である。
ラジオから流れるのは、ユーミンの「ルージュの伝言」。
「あぁ…この曲…思えばこれが全ての始まりか…」
彼女は、この曲が主題歌のアニメ映画を観て、アニメ業界へ入った。
夢と現実の狭間で、今、彼女が思うことは…
「作監上がりが3カット以上ありますように!」
制作進行にとって、深夜の素材回収は当たり前のこと。
彼女は今、作画監督の自宅に作業が終わったカット、いわゆる「上がり」を回収に行く途中なのだ。
彼女、大倉朱音は、アニメ業界では中堅の下請け会社に所属している制作進行。
朱音はまだ2年目だが、制作進行は離職率が高いため、半年~1年も続けば、いつの間にか「中堅クラス」になっていることも少なくない。
デジタルに移行してきている近年は女性の制作進行が急激に増えた印象がある。
ただし、辛さの質は違えど、制作の悩みは今も昔もさほど変わらないのではないだろうか。
作画監督(略して、作監)の自宅に付き、いつも上がりを置いて頂いている玄関先の鍵の付いたBOXを開けると…
そこには「スタジオラピス御中大倉様 メルボン上がり在中」と書かれたB4サイズの封筒が置いてあった。
中身を確認すると…
「…2カット…しかも…BGオンリー…」
BGオンリー…つまり、キャラが描かれていない、背景のみのカットのことである。
ということは、背景の修正が無い限り、作監が手を加えることがほぼ無いカットと言える。
今も昔も変わらないであろう制作進行の悩み
それは…
「作監から上がりが出ない」
つづく
制作進行の悩み②
「はぁ…往復4時間かけて回収に行って…BGonly2カットってどういうことだよ…」
会社に戻ってきた朱音は、席につくなり、愚痴をこぼした。
「どうしたの?大倉ちゃん」
そんな朱音を見兼ねて声をかけてきたのは、一見、優しそうな爽やか青年。
「岡村さん…すみません…作監が上がりません…」
「あぁ…。村本さんねぇ。あの人、ぶっちぎるよねぇ」
話を親身に聞いてくれるこの人物・岡村芳明(30)。
現在、朱音が担当する作品「メルヘンボンバー(略してメルボン)」の制作デスク。
メルボン全体の制作の流れを仕切っている、朱音の直属の上司である。
「だいたい…設定が細かすぎませんか?全然設定が間に合ってないですよね?」
キツイ口調になって岡村に詰め寄る朱音。
「設定の追いかけは、設定制作の山田に言ってよ。さすがに俺の管轄外」
「デスク様が…設定は管轄外とか言い切っていいんでしょうか?設定が上がらなければ、原画に入れないし、納品できませんよ?」
「相変わらずキッツイなぁ。大倉ちゃん。そういうとこ好きだけど」
こうして、朱音にはヘラヘラしているように見えるが…
「戻りました…」
連日徹夜のV編間近の進行が外回りから戻ってくると…
「…二原は全部撒けたのか?」
「いえ…まだあと10カットあります…」
「…今日中に撒ききれるんだよな?撒ききれなかったら、アウトだぞ?分かってるよな?」
「…はい」
「Vは延ばせないからな」
「…はい」
「分かってるんだよな?」
「…はい」
態度が一変。急にとてもつなく怖いデスクに生まれ変わる。
普段は優しいが、スケジュールにはとにかく厳しい。ものすごく厳しい。
制作進行の悩みその②
それは…
デスクが怖い。
でも、プロデューサーの方がもっと怖い。
それ以上に、監督の方が死ぬほど怖い…。
(…ギャップが怖すぎる…)
(…いるだけで怖い…)
(…プレッシャーが半端じゃない…)
つづく
制作進行は忙しい!