【黒歴史掌編シリーズ】医者と流浪人のお話(2007年7月)
医者と流浪人のお話(2007年7月)
ある流浪人はとある町の女性医者に一目惚れし、毎日毎日口説いていた。
とある町の女性医者はその口説きには慣れているのか。
「夢があるならこの町からとっとと離れて旅をしな!」
「年齢的に若い子を口説きな。こんなおばさんを口説いても仕方ないだろう?」
「しつこいねぇ……あんた、そうやってこの町にずっと留まる気かい?」
様々な言葉で追い返す。
実は、女性医者も流浪人に一目惚れしていのだが、
自分の年齢と職業を建前に、自分の本心……流浪人への想いを隠し、彼を振り続けた。
流浪人はそれで諦めず、毎日凝りもせずに女性医者の元に通い続ける。
そんな日々を過ごしていた二人に転機が訪れる。
いつものように女性医者の元に訪ねた流浪人は、顔色が悪かった。
「どうした?」
「俺としたことが……背後からばっさりよ」
女性医者の目の前で倒れる流浪人。
「今から助ける! おい、早くしろっ!」
町の女性医者は倒れた流浪人を抱きしめ、弟子に向かって叫んだ。
(必ず助けるんだ! 私がこの人を……!)
すばやく止血して、斬られた部分を縫い終わる。他に外傷もなく、出血も致死量には達していない。
(よかった……これで、もう大丈夫だ……)
緊張の糸が切れたのか、町の女性医者はベッドの横で座り込んでしまった。
彼の処置にかなり精神が疲れてしまっていたのだろう。彼女は彼が眠るベッドに突っ伏して、そのまま眠ってしまった。
* * *
町の女性医者は夢を見る。
二人で旅をする夢を。
(俺は助かったのか……?)
隣を見ると愛しい人が眠っている。
(綺麗だな……)
それだけじゃなくて可愛いとも思う。
頭を撫でてみる。
いい夢を見ているからだろうか、小さくくすっとした笑い声が聞こえた。
(……なんだろう?)
頭に乗っている温かい感触に気づき、町の女性医者はゆっくりと目を開く。
そこには穏やかな笑みで自分を見つめている愛しい人。
「もう大丈夫なのか?」
「ああ。あんたのおかげだ。ありがとう」
「いや……」
少し、恥ずかしくなってしまい、町の女性医者は流浪人から視線を外した。
「それにしても、あんたの寝顔、可愛いな」
「な……!!」
ばちーん!
いい音が響く。
「いってぇ~!!」
「まだ完治するまで安静にしてろ!」
「叩いたのはあんたじゃないのか……?」
流浪人のぼやきは聞かなかったことにする。
「なぁ」
「何だ?」
「抱いてもいいか?」
「……は!?」
町の女性医者からの平手がもう一度来るのを、流浪人は慌てて防ぐ。
「いや、ちょっと待て! その……なんだ。抱きしめてもいいか?」
「なにをいきなり……?」
「いいから」
「……」
(これ以上抵抗すると、力づくのような気がするし、怪我人だし……)
さっき手を上げたのは、なかったことにした。
「いいだろう」
町の女性医者は素直に流浪人の胸の中に収まった。
流浪人は無言で町の女性医者を抱きしめる。
町の女性医者は夢にまで見た光景にただ顔を真っ赤に戸惑うしかない。
「俺のものにしたい」
「え……!?」
耳元で突然そんなことを囁かれても、彼女には正直どうしたらいいのか、わからない。
しばらく間が空いて、また流浪人は。
「一緒に行かないか?」
「え?」
「一緒に国を見て回ろう」
「何故、ここまで私を……?」
(何度も何度も。どうして、飽きずに毎度同じ言葉で口説くんだ……?)
「愛しているから」
「もっと若い子を……」
「何度も聞いた。何度も言うが、俺はあんたがいい」
「しかし……」
「俺のことは嫌いか?」
「嫌いではないが……」
むしろ彼女は彼のことが好きなのだ。
(これ以上口説かれると辛くなるだけなのに……)
「私は……っ!」
半分も言葉にできなかった。口を塞がれていたから。
「俺はあんたを俺のものにしたい」
「……」
「あんたの素直な返事が欲しい」
「私は……あんたのことを愛している」
「ありがとう」
今度の口づけは優しかった。
* * *
流浪人の怪我が完治した頃。
後のことは弟子に任せ、旅装束になった町の女性医者の姿があった。
その隣には流浪人。
「後は頼む」
「わかりました。先生、お達者で」
「私は国中の患者を診て回ろうと思う」
「俺は国を見て回る」
目的は違えど、行く先は同じ。
二人は連れ添って歩き出した。
【黒歴史掌編シリーズ】医者と流浪人のお話(2007年7月)