【黒歴史掌編シリーズ】闘姫(とうき)(2007年1月)
闘姫(とうき)(2007年1月)
 どこかの部屋に入る。
薄暗く、外の明かりは見えない。
外が晴れているのか曇っているのか、雨が降っているのか。
 それすらもわからない。
音も聞こえない。
小さく息を吐く、その音だけが耳に入る。
独り言を話せば少しは楽だろうか。
そう思うが実行に移せない。
金縛りにあったように動けない。
 部屋を見渡す。
中心部には、輝く小さな光がある。
それも消えそうに儚いから、それを求めて一歩進む。
 一歩
二歩
三歩……
 やがて、その光の前までたどり着く。
手をそっと触れる。
伝わるあたたかいぬくもり。
 彼女が覚えていたのはそれだけだった。
* * *
 最近、変な夢を見るな……。
「姫!」
 最近よく見る変な夢のことについて考えていた我は、聞き慣れた声に反射的に振り返ってしまった。
「また戦地へ赴かれるのですか!?」
 我の目の前にいる男は、眉をひそめ、決していいとは思えない顔色で、我を止めようと声を張り上げる。
その悲しげな声と表情が見ていられなくて視線をそっと外した。
「姫!」
 また呼ばれる。今回はいつにも増して強情だな……。
「我は行く。止めても無駄だ」
 簡潔にそれだけを言い、また歩を進める。
歩を止めてはならない。歩を休めれば、決意が揺らぐ。
「姫っ!!」
「!!」
 予想にもしていなかった強い力に驚き、戦地では見せぬ隙が生まれてしまった。
左腕がきつく締め付けられて、痛い。
「どうして命を粗末にするのですかっ!?」
 男の感情の高ぶりと共に更に力が込められる。ここまで強いとは知らなかった。
「お主には関係のないことだろう。何故、毎回我を止める?」
 相手をきつく睨みつけてやる。
「……っ」
 この男はいつもそうだ。肝心の場面でいつも言葉に詰まる。
「何故だ? きちんと言わないか!」
 たまには強く問い詰めてみるのも悪くない。
我は声を張り上げて問うてみた。
「姫……」
 その後の言葉は出てこなかった。
「我のことは気にするな。我はこの為に生まれてきたのだぞ?」
「……」
 何かを言いたがっているのはわかるが、聞く気がしない。
「早くこの手を離せ!」
「お断り致します」
 この男は、よく通る声できっぱりと断言した。
「……っ!」
 本当に今回は強情だな。
我は予想にしていなかった意志の強さに初めて言葉を詰まらせた。
「……いつもならすぐに“わかりました”と言い、我を送り出すお主が珍しいな」
 掴まれた腕の力は弱くなったが、それでも離れようとした途端に強めるだろう。この男の目がそう言っていた。
隙を掴まなければ、抜け出すことすらできんな……。
 「そうですね。私もまさかここまで強く姫をお引き止めするなんて思いませんでしたよ」
 さらりと言う。
まるで何事もなかったかのように。先ほどまでの気迫が嘘みたいな態度に拍子抜けしてしまう。
「何故だ?」
「それはお話できません」
「理由もわからぬまま、我はお主に力づくで止められているのか?」
「そうなりますね」
 奴の隙が見えぬ。心の中が読めたら苦労はしないのだが……。
「何故話せないのだ?」
「それは……とにかく、いくら姫でも、お話することはできません」
 理由について触れた時、この男はまた言葉を詰まらせた。
「父上でもか?」
 我の父上は、闘王(とうおう)と呼ばれている。
戦地では、自国の兵にほとんど血を出させずに勝利し、また国では、民のことを思い国の為に尽くすという、文武に長けた王だとさえ言われている。
だが、我の知っている父上の姿は闘王とはとても呼べない、とても優しく、ふんわりとした雰囲気の持つ父上の姿だ。
 「私がお仕えしているのは姫、貴女です。王では御座いません」
またさらりとかわされる。
 「ならば、我の言う事を聞け」
「それはお断り致します。いつも聞いていれば、私の命がいくつあっても足りませんので」
 それは我に対し、失礼ではないのか?
言葉の意味について我が考えていると。
「今回ばかりは貴女を外へ出すわけには行きません。ご理解ください」
 きつい口調で奴にそう言われた。
「嫌だ」
 我も負けずに簡潔に言い返してみた。しかし、返って来たのは困ったような表情だった。
「姫……」
 この声は嫌いだ。どうしていつも悲しそうな声で我を呼ぶ?
「理由を言え。言わぬ限り、我はいつまでも反発するぞ?」
 そこまで止める理由を知りたい。我は闘姫、闘王の娘だ。戦地で死ぬことは決してない。
「……困りましたね」
 そう言い、小さなため息をつく。困っているのは我だ。どうしてお主が困るのだ?
「他の者に聞かれると困るのか?」
「そうですね。私以外の人に知られると困るのですよ」
 そこまで、隠す理由は何だ?
「お部屋にお戻りください、姫」
「理由を言わぬ限り、我は部屋には戻らぬ」
 部屋に戻れば、そこから出られなくなるではないか。それは嫌だ。
今度は大きなため息を一つ……。
そして、左右を確認……?
「……?!」
 次の瞬間、視界は真っ暗になった。
* * *
 初めはわけがわからず困惑していたが、やがて落ち着くと状況がある程度わかってきた。
真っ暗で何もわからない分、音だけはクリアで聞こえてくる。
聞こえてくるのは、どちらのものかわからぬ心臓の音……。
 少し動こうとしてみるが、動けない。
腕の力の所為かとも思ったが、温かくて、無意識の内に動くことをやめているのかもしれない。
「すみません。後でいくらでも文句言ってください」
「言葉が見つからぬ」
 文句もない。そもそも何を言えばいいのかもわからないのだ。
「そうですか……」
 小さく息を吐いたのがわかる。ほっとしているようにも思えた。
「この行動に意味はあるのか?」
 いつまで経っても解放しないから、我は意味を問うことにした。
我の身体から聞こえてくる心臓の音は、早い。
「ありますよ。私にとっては。自害しなければいけないほどに重大な意味が」
 大袈裟のようにも聞こえたが、しかし、そこまでして重大な意味が何なのか、我に好奇心が生まれた。
「何故?」
「姫はお怒りになられないのですか?」
「そもそも、何故我がこの件でお主に怒らなければならぬのだ?」
「それは……」
 歯切れが悪いのう。さっさと言わぬか。
ずっと気になっていた、我の心臓の音が激しくなった。
それと同時に、何故か、夢のことをまた思い出した。
【黒歴史掌編シリーズ】闘姫(とうき)(2007年1月)