【黒歴史掌編シリーズ】破邪(2013年6月) ※長さは短編
破邪(2013年6月)
南の島にいる友人に誘われて、夏休みの間、お邪魔することになった。
まずびっくりしたのが、海がきれい。
青というより緑?
とにかく浅瀬もよく見える!
しきりに感動している私に、友人は苦笑いしていた。
とくに何事もなく日々が過ぎて。
ビーチは観光客が多くて人も沢山いて。
私達は友人の家の近くにある誰もいない海岸で遊んでいた。
「私達だけの海だー!」
思わず叫んでしまいそうなくらい、独占している気分になれて嬉しかった。
そんな日々を過ごしていたけど、ある日、友人はカレンダーについている赤丸を見てため息をついていた。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
声をかけても何でもないと返されて。
話したくないことでもあるんだろうと、結局私は何も聞けなかった。
赤丸の日は明後日……。
* * *
赤丸の日は大荒れで。
珍しく海は濁っていて、波も高くて。それを見た大人達は慌てていた。
台風でも来るのかと思っていたら、おとぎ話に出てきそうな衣装を着た友人が私を呼んだ。
「竜宮城の乙姫様ってこんな格好してるよね」
「そうかな。これはこの島に伝わる民族衣装だよ」
「でも、どうして着てるの?」
「それは……見たらわかるよ」
私の手を引いて友人は外に出る。
荒れている海に私を連れて行くと、そこで私の手を離した。
海岸には、友人と同じような衣装を着ていた、私達と同じくらいな女の子が沢山いた。
中には乙姫様ではないが、海パンを着ている男の子が何人かいる。
手には漁で使うと思われるヤリを持っている。
「私は最後まで出番ないから……祈ってて」
「祈る?」
「そう。無事に収まるように」
何かの儀式なのだろうか?
私は友人に言われた通り、この荒れが早く収まるように祈っていた。
女の子が次から次へと海に入っていく。
波のような黒い手のようなものがが女の子に襲いかかる。
それを男の子がヤリを使って追い払おうとする。
女の子は必死に前に進もうとする。
私は目が離せなかった。
儀式にしては、危険すぎる。
あの黒い手のようなものが勝ったら、女の子はどうなってしまうんだろう。
「このままじゃ死者がでる」
「え?」
「やっぱり、私が行くしかないみたいだ」
私の隣で同じように祈っていたらしい友人は、海に向かって進んでいく。
私は慌てて友人の手を掴んで止めようとした。
「どういうこと? 何であんたがいなかきゃいけないの!?」
「決まってたことだから……ごめんね。こんな時に連れて来て。友達だから、知って欲しかったんだ」
「何を……?」
「私がここにいるっていうこと、知ってほしかったの」
「え?」
「ごめんね」
友人はなんのことかよくわかっていない私の手を振り払うと海に向かって走っていく。
私が追いかけようとするも、友人の方がスピードが速くて追いつけない。
海に入った友人は黒い手と一緒に海に消えていく。
しばらく経つと、荒れが段々収まってきて、雲の間から太陽の光が差してきた。
荒れが嘘のように収まったのだ。
私はいつの間にか泣いていた。
海に向かって「バカヤロー!」って叫んでいた。
大切な友人を海に奪われて、ただ泣くしかできない自分が悔しかった。
* * *
“あのできごと”からもう10年。
私は、恋人と旅行も兼ねて、またあの島に行くことにした。
友人はもういない……でも、行けば会えるような気がした。
あの出来事があった翌日、私は地元に帰っていた。
夏休みが明けて担任から「彼女は転校した」と事務的な説明を受けてもただ聞き流すだけ。
他にも友達はいたけれど、私にとって“親友”と呼べるのは大人になった今でもあの子だけだった。
親友がいなくなった日が明日に迫っている。
私はというと、恋人と観光地巡りをしていた。
海を見れば思い出すけど、10年も経っている今となっては胸を小さく痛めるだけ。
時間は良くも悪くもショックも悲しみも癒してくれたようだ。
ディナーで強いお酒を飲んでしまったからか、二人共寝坊してしまって。
やけに静かなホテルを頭抱えながら歩いていた。
フロントに鎮痛剤をもらおうと思ってのことだった。
「あれ? 誰もいないな……」
「ほんとね……」
悪いことだと思いつつも、レストランに水があったので頂いた。
少し痛みが引いてきたような気がする。
「誰もいないっておかしいな……」
私は10年前のことを思い出す。
ホテルのすぐそこは海岸だったことを思い出し、彼の手を引き走る。
驚く彼だったが、文句を言わず着いて来てくれた。
「なんだ、これは……」
「10年前と同じだ……」
「10年前?」
「あ……」
そこには10年前と同じ、黒い手のようなものが、荒れた海の中で多数群れている。
10年前と同じ……いや、10年前よりも状況がひどくなっているみたいだ。
彼には10年前のことを話していない。
元彼に話したところ「変な奴だ」と振られてしまったから……。
「10年前、なにが起きたんだよ、話してみろよ」
「変な奴だって思わない?」
「変な奴というか、これを見て何なのか知ってるなら話して欲しいだけだ」
「信じてくれる?」
「これ、夢じゃないんだろ?」
その問いに頷くことで答える。
「なら、信じる」
私は10年前のことを話した。彼は静かに聞き、全て聞き終わった後にその場に座り込んだ。
「じゃあ、その子がいない今となっては、どうすることもできないのか?」
「わからない……」
10年前にいた、女の子や男の子が誰一人としていない。
なす術はないのかと私も彼の隣に座る。
この天候では逃げることもできない。
どちらからともなく手を繋ぎ、黒い手のようなものが群れている荒れ狂う海を見ていた。
見ることしかできなかったと思う。
「間に合うか?」
「わからない」
「今からでも遅くない。踊れるか?」
「わからないけど、沢山練習したもの」
座ってる私達の隣を私達と同じくらいの年の男女数人が走って行く。
衣装は何も着ていない。Tシャツにジーンズなど、どれも同じ年代のよく見る服装だ。
それでも私は10年前の、あの時の民族衣装を着たあの子達と男女グループを重ね合わせていた。
「あ、おい……」
彼の制止なんて聞こえなかったフリをして。
「私にも教えて」
「え?」
「教えて」
男女グループの一人の肩を掴んでそう訴えて。
みんな困惑していたけど、構っていられないとばかりにもう一度訴えた。
「あ、もしかして君は……10年前、そらの隣にいた……」
その中の一人が私のことを覚えていた。友人の名前を出したその人に頷く。
「わかった。あんたなら、教えてもいいよ。始めはこうで……」
他にも思い出した人がいたのだろう。私はみんなから踊りを教わることができた。
彼もただじっとしているよりマシだと思ったのか、私達の動きを見よう見まねで覚えようとしていた。
ぎこちないけど、何とか覚えたので、みんなで何度も何度も踊る。
みんなが持つヤリを私も持って何度も。
時折黒い手のようなものがこっちに向かって伸びてくるけど、それはヤリで追い払って。
けれど、私達は所詮人間。体力にだって限界がある。
疲れてきた頃を黒い手のようなものが襲ってくる。
その黒い手のようなものに掴まれて、一人、また一人が海に放り投げられる。
私の周りも黒い手のようなもので一杯だ。
「ゆき……っ!」
彼が私の名前を呼んで、手を掴もうとするけど、黒い手のようなものに邪魔されてしまう。
黒い手のようなものが怖くて。怖くてたまらなくて。
私は思わず友人の名前を呼んでいた。
「ゆきー!」
久しぶりに聞く懐かしい声。私は思わず海を見た。
黒い手のようなものは海に引きずられるかのように後退していく。
「久しぶりだね」
「そら……」
私と同じくらいの背丈となって、顔は10年前よりもちょっとだけ大人になって。
よくサーフィンしている人が着ているウェットスーツを着ていたそらがそこにいた。
「いやーよかった。もう会えないかと思ってたよ」
「私も……本当に……今まで何をしていたのよ……」
涙が止まらない。
久しぶりに会えた親友に会えた嬉しさと困惑と色んなものが混じっているのか、それ以上、言葉にならない。
「話せば長くなるけど、それより、もう大丈夫だよ」
彼女の言葉に嘘はなく、黒い手のようなものはいつしか消えていて。
10年前と同じ荒れが嘘のように収まった海がそこにあった。
海で溺れていたみんなを助け出してしばらく経ってから、彼女にもう一度何をしていたのか問う。
「海外のどこかわからない島に漂流していてさ、何年もかけて現地の人からこの場所聞きだして、やっと帰ってこれたんだ」
あのときは、これから死ににいくような顔してたくせに。
海に入って消えちゃったときは、死んだかと思ったのに。
彼女からは、何とも気の抜けるような答えが返ってきて。
「あんたね……」
「わ、わ! お、落ち着いて!」
とりあえず一発殴ってやろうと出したその手は周りに止められて。
「他にも聞きたいことは沢山あるんだろう?」
彼にもそう諭されて。
仕方ないので、私は、もうどこにもいかないように友人の手をしっかりと握ることにした。
【黒歴史掌編シリーズ】破邪(2013年6月) ※長さは短編